持つ者のみが捨てることができる。
そうひらめいた。
執行草舟の「現世で幸せなんか目指すなよ」的な言葉をTwitterで紹介したら、「そうは言っても、幸せは大事だよね」的なコメントがついた。レスをもらった。
ふむ。
そう考える人もいるだろう。精神的なことも大事だけど、とはいえ、世俗的な幸せも大事。
執行草舟も、創業社長で、お金が余ってしょうがなく、フェラーリとか乗るくらい、世俗的にも大成功している人。
だからこそ、「世俗的な成功を追うな」って言えるのかもしれない。貧乏で、年収200万円とかの方には、「現世での幸せを目指すな」というのは、酷なのかも。
托鉢僧とか修道女みたいなとっても宗教的な人を除いては。
要するに、得ているから、捨てることができる。
持てる者だからこそ、捨てることができる。
禅の用語で「放下(ほうげ)」なんて言うけれども、よほどの高僧・傑僧ではない限り、得ていない人は離す・捨てることもできないのかも。
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学歴社会・受験地獄も同じ。
学歴社会とか、受験地獄を批判することができるのは、一番上の大学に行った者だけだ。私はそう考えて大学受験を頑張った。
最高峰の学歴を得たからこそ、学歴社会を批判し、学歴偏重の「価値観を捨てる」ことができる。
普通の大学に入った者が、学歴社会を批判しても、負け惜しみにしか聞こえない。
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金持ちだけが、俗物を批判でき、
高学歴者だけが、学歴社会を批判できる。
同様に、美貌に恵まれた者だけが、「人間は外見ではなく中身」って言えるのか。
スポーツが得意なものだけが、スポーツなんて、、って言えるのか。
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本当に幸せな者だけが、現世の幸せを捨て、独自の価値観を打ち立てることができる。
そう言える部分は、たしかにあろう。