35年前の今日。
35年前の今日、ちょうど埼玉に帰省中で、前日の晩は池袋で幼なじみと居酒屋で盛り上がり、渋谷のKくん宅に泊めてもらい、12日は埼玉の実家に朝帰りであった。KくんはTBSの報道記者である。
羽田発伊丹行きの日航機墜落事故はその12日の夕方だった。
このとき、かみさんは身重で、お腹には8か月の次男がいた。そのため、いつもの車ではなく、長男と3人で大阪から、新幹線を使っての帰省だった。
突然、おふくろの弟のおじから、
「秩父から山が明るく燃えているのが見える」
「幸雄は飛行機で大阪に帰ってないか?」
という連絡が入る。ことの重大さを知った。
翌日13日の朝、事故現場からの生々しい映像をテレビで見た。言葉が出ない。
TBSのニュースで、現場から帰り、第一報報告した記者は、一昨日、一緒に飲み泊めてもらったKくんだった。泥だらけの服装のまま現場の状況を伝えていた。
帰省に飛行機を使うことはなかったが、仕事の出張では利用したこともある。いつもは車だが今回は新幹線だったので、もしか飛行機を利用使用としたら、、、恐ろしくなった。
まさか自分が、とは皆思わなかっただろう。そう思うと、生死の境は、簡単にまたいで行けるとても低い壁のような気がする。けっしてまたいではいけない壁だ、、
今日一日、生きていることに感謝してすごそうと思う。
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