① ""太陽フレアの謎の偏光をさぐる""
太陽面で起きる爆発であるフレアが放つHα (エイチアルファ) 線の輝きには、偏光が見られるという報告がいくつもあります。一方それを否定する結果も出されており、その性質は謎でした。今回私たちは、多くのフレアの観測からこの偏光が一部のフレアでのみ起こる現象であることを明らかにしました。観測の結果からは、この偏光が惑星間空間へのコロナ物質の放出に伴う高エネルギー現象と関係あることがうかがえます。
偏光は光 (電磁波) の振動方向に偏りがある状態です。フレアからのHα線が直線偏光しているということは、そこに何らかの非等方性があることを示しています。したがって偏光は、フレアを起こしている太陽大気の状態や加速された粒子を理解する手掛かりになります。そこで私たちは、三鷹の太陽フレア望遠鏡に従来よりも高い精度で偏光を測定できるよう工夫したHα偏光観測装置を組み込み、多数のフレアについて偏光を調べました。
2004年から2005年にかけて観測された71個のフレアを解析したところ、ほとんどのフレアは偏光を見せませんでしたが、ただ1つだけ偏光を示すフレアを見つけることができました[1]。これを詳しく調べてみると、図のようにHαで最も明るい場所とは異なる所で強い直線偏光信号が出ていることがわかりました。この結果は、Hαでの偏光が、どのフレアにも見られる一般的な現象によるものではなく特定のある種のフレアだけにしか見られない原因で発生していることを示しています。
このフレアでは、コロナ質量放出という惑星間空間にプラズマを吹き飛ばす現象の兆候が現れていました。近年、Fermi衛星によるガンマ線観測では、コロナ質量放出に伴う加速陽子の存在の可能性が見えています。このような加速陽子がHαでの偏光の原因であるとすると、一部のフレアでしか偏光が見えないことも理解できます。粒子加速は、太陽に限らず宇宙全般で起こっているまだ未解明の部分が多い現象です。本研究のようなフレアにおけるHα線の偏光観測は、粒子加速のひとつの現場を明らかにし、粒子加速問題を理解する手掛かりのひとつになります。
[1] Kawate1 and Hanaoka2, 2019, The Astrophysical Journal, 872, 74, DOI:10.3847/1538-4357/aafe0f ( 1宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所、2自然科学研究機構 国立天文台 )
図. 強い直線偏光が見られたフレアにおけるHα放射強度、直線偏光とフレア発生中の光球・コロナの画像。各画像中の等高線はHα強度の上昇している場所を表しており、直線偏光画像の緑矢印で示した場所に強い直線偏光が見られます。またコロナの画像の水色矢印は直線偏光の方向を示しており、コロナループ構造と対応しています。光球の白色光画像とコロナの紫外線画像は、ESA・NASA共同のSOHO consortiumの厚意によるものです。 |
☀ コロナ質量放出 (wikipedia)
コロナ質量放出は元来1970年代にスカイラブに搭載されたコロナグラフにより最初に発見されたものの、当時は太陽フレアに伴う爆風ではないかと考えられており、コロナ突発現象 (coronal transient) と呼ばれていた。しかしながらより詳細な研究が進むにつれて、単なる爆風ではなく実際に大規模な質量が太陽から放出されていることが解明され、現在のようにコロナ質量放出と呼ばれるようになった。
太陽フレアにともなって放出されることが多いものの、太陽フレアより先に起こったり、太陽フレアとは独立に発生することも約半数ある。このことから両者に因果関係が無いように考えられる。しかし、太陽観測衛星ようこうのX線観測による最近の研究では強度の弱いX線データを精密に分析すると、通常のフレアと酷似した巨大X線アーケード構造がみられることが判明し、フレアと何らかの関係があることも推察される。
すなわち、突発的磁気エネルギー解放(≒フレア)によって巨大X線アーケードも生ずるため、大半のCMEでは巨大X線アーケード現象とともに発生するのでフレアとは因果関係がある、といえるわけである。
いずれにせよ両者は共通の原因、『太陽磁場の影響(突発的磁気流体エネルギー解放現象という)』に帰せられる現象である。太陽の磁気エネルギーが解放され、電磁放射エネルギーに変換されるのが太陽フレア、力学的な運動エネルギーに変換されるのがコロナ質量放出であるといえる。
観測によると、惑星間空間における規模は非常に大きく、エネルギー的にも高く、高温のプラズマや相対論的な高エネルギー物質の集合体である。
放出されたプラズマは通常の太陽風の速度 ( - 400 km/sec) よりも速く広がり、CMEsによって圧縮された空間に発生するショック面(通常、CMEsの前面)の速度は、700 - 800 km/secにも達する場合がある。
放出される質量は1012 kg(10億トン、地球の重さの約6兆分の1に匹敵する)にも上り、速度は秒速30キロから3000キロメートル、太陽からCMEが放出される角度は50度程度で時間変化はあまりなく、このため太陽から距離が離れるとCMEの大きさは自己相似的に大きくなる。また、全運動エネルギーは1029から1032エルグ程度でありこれは太陽フレアのエネルギーと同レベルである。
CMEは3部構造 (three-part structure) をなしており、外側がループまたはシェル構造、内側がプロミネンス、その中間が空洞という階層構造をなしている。とくにプロミネンス近傍の磁気構造が螺旋状となっているため、惑星間空間撹乱 (interplanetary disturbance) を引き起こし、これが地球磁気圏に衝突すると、大きな地磁気変動が引き起こされる。上記動画からは螺旋状の磁束管が噴出している様子が見て取れ、惑星間空間に伝播することで、磁気ロープなどをなすわけである。
CMEは惑星間空間において太陽風と相互作用をするため、初速度は秒速30から3000キロメートルと多岐にわたるが、地球近傍では秒速300から800キロメートル程度に加減速される。このため、この太陽風との相互作用によって衝撃波を形成したCMEはICME(Interplanetary CME、惑星間コロナ質量放出)とも呼ばれる。前方の衝撃波とICME本体のプラズマの中間領域では高温高密度の状態になっており、プラズマ中のヘリウム比率は通常の太陽風よりも高めになっている。またプラズマの磁場はフォースフリー状態(ローレンツ力がゼロの状態)になっており、螺旋状のループ構造となっているわけである。
とくに太陽フレアよりも地球磁場への影響が大きいとされており、地磁気変動の原因である南向きの磁場は上述の通りICME(CMEの成れの果て)の螺旋状の磁気ロープ(ヘリカルにねじれた磁束管)が磁気圏に衝突することによって引き起こされるため、直接被害は太陽フレアに比べこちらのほうが大きいという主張がゴスリング (J. T. Gosling) によってなされている(フレア神話批判)。