夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

オミクロン株 ワクチン供給を自国ファーストにしたつけがまわってきた

2021-12-14 11:17:05 | 政治

 
 世界中が、オミクロン株に怯えている。日本でも12月13日現在で17名の感染が確認されたが、特に欧米、中でも英国は11月27日に初めて確認された後急増し、12月13日には、1日で1576名が確認され、累計で4713名となってい る。また、ジョンソン首相はオミクロン株による1名の死者があったとも公表した。ロンドン大学の研究チームは11日、「来年1月にオミクロン株による大きな感染の波に直面することになる 」という見通しを明らかにし、感染対策を強化しなければ、「来年4月末までに2万5000人~7万5000人がオミクロン株で死亡する可能性がある」とまで警告している。
 英国でのオミクロン株感染拡大が早いのは、英国がロンドン空港を中心に、この新型変異株が発見された南アやアフリカ諸国との結びつきが強く、入出国が多いからだと考えられるが、イスラエルと並んで英国が、自国民へのワクチン接種が最も早い国だったのは、まさに、自国ファーストのつけがまわってきたという言葉がぴったりと当てはまる。
 WHOは2020年、ワクチン開発が進んだ頃から、世界の公平なワクチン供給を主張してきた。それは、ワクチン供給能力のある先進国だけで接種が進んでも、途上国で接種が遅れれば、途上国での感染が長引き、そこで変異株の出現が起こる可能性が高くなるからでもある。南アのワクチン2回完了率は12月10日で26%、その周辺国はさらに遅く、アフリカ全土では3.6%に過ぎない。
 南アで初めてオミクロン株が確認されたが、変異株が南アで出現したという意味ではなく、周辺国よりも比較的医療体制が整っているので、南アで発見されたということである。アフリカの中央、南部は医療体制が脆弱なので、COVID-19自体の感染状況が正確には把握されていないのである。
 主に途上国へのワクチン供給体制は、国連主導のCOVAXファシリティがあるが、2021年10月の段階では、供給量は3億回分に過ぎない。計画では、当初2021年中に20億回分を目標としていたが、14億回分に下方修正せざるを得なくなった。調達の見通しが悪く、その下方修正した目標も実行できるかどうか分からない状況である。
 途上国へのワクチン供給は、中国が早く、2021年6月の段階で「習近平によれば世界に10億回分を供給した」(CNN7月13日)という。それに対して、西側先進国は「ワクチン外交」と非難し、慌てて6月のG7サミットで「途上国に対する新型コロナウイルスワクチン10億回分の寄付を誓約 」(ロイター6月11日)したが、どこまで実行されているかどうかは不明である。
 
 欧米の接種率の鈍化と在庫過剰
 欧米は自国民へのワクチン供給は早く、英国などは2020年12月8日に開始している。7月3日には、2回目接種者は全人口の50%に達したが、その後は接種率は上がらず、7月から12月までの6ヶ月間で20%上昇したに過ぎない。アメリカも4月22日に同30%に達してから接種率は鈍化し、50%が3か月後の7月20日、12月になっても60%に過ぎない。英国もアメリカもワクチン製造国であり、報道されていないが、製造量、国の調達量は、その時点で大幅に過剰になったと推測される。バイデン大統領は、6月9日に「5億回分を約100カ国に提供する方針を明らかにし、2021年中に2億回分、残りは2022年に提供する」(CNN6月11日)としたが、これもどこまで実行されているかは不明である。
 いずれしても、自国民への接種には熱意があったが、他国への供給は積極的に行ったとは言えない。中国にしても、その供給は、アジア、南米の外交関係の友好的な国に限られ、アフリカ諸国へは、極めて少量しか供給していない。だから、7月にWHOのテドロス事務局長は、欧米に3回目接種より途上国供給を優先させるよう呼びかげざるを得なかったのである。
 
 結局のところ、WHOの警告どおり、ワクチン供給を自国ファーストにしたつけが、オミクロン株という変異種によって、世界中にまわってきたのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西側と中・ロの戦争は避けられるのか?

2021-12-12 12:07:48 | 政治
 

 アメリカのジョー・バイデン大統領は、12月9日から10日、民主主義サミット(The Summit for Democracy 民主主義のためのサミット)を開催した。「民主主義」の108の国と地域が招待されているが、政権に問題のあるフィリピンやパキスタンが招待され、シンガポール、スリランカがされていないなど、部分的には基準が不明という批判もあり、その目的が世界を「民主主義」と「専制・権威主義」に分け、後者の代表と見做す中国・ロシアに対抗する勢力を強固にすることにあるのは、誰も否定しないだろう。そして、その対立はつまるところ、軍事力の対峙にまで至ることも誰も否定派できないことだ。

西側対中国
 2021年3月、米軍アジア太平洋地域の司令官フィリップ・デビッドソンが、中国が今後6年以内に台湾に侵攻すると警告した。実際に中国は、台湾側が設定した「防空識別圏」に、何度も軍用機を侵入させている。日本でも安倍晋三元首相が「中国が台湾に武力攻撃すれば日米同盟の有事(日本も参戦するということ)になる 」と発言するなど、「台湾有事」が差し迫ったものとして議論されている。
 しかしアメリカ政府や米軍は、11月に、米軍トップのマーク・ミリー 統合参謀本部議長が、中国の軍が台湾に侵攻する可能性は当面は低いと発言したように、中国がすぐにでも台湾に軍事進攻するとの認識はない。もともと、習近平が「台湾の軍事力による解放」と言っているのは、中国共産党の降ろすことができない「建て前」である。現実に軍事進攻すれば、強力な軍事的抵抗と西側だけでなくアジア・アフリカも含めた世界全体との経済の遮断によって(例えば、欧米国際金融機関が中国以外の人民元流通を停止させる可能性がある)、多大な人的・経済的犠牲を負い、延いては中国共産党の一党支配すら危うくする。習近平がそのことを理解できないとは考えられない。
 それでも中国の経済的・軍事的台頭を、西側は看過できず、アメリカだけでなく、その同盟国は軍事力の向上と軍事プレゼンスを強化している。オーストラリアは原潜配備を決定したし、英、仏、独のNATO加盟国は、アジア地域にも海軍を展開し始めた。このことが、西側同様にこの海域に陸海空軍を展開しつつある中国との軍事的摩擦をひき起こし、一触即発への危険性が増大するのは言うまでもない。

西側対ロシア
 ロシア軍は、今年になって度々、ウクライナ国境沿いに大部隊(ウクライナ国防省によれば11月には9万人)を集結させている。ロシア側はこれを「通常の演習であり」、「他国に脅威を与えるものではない(ラブロフ外相)」としているが、「ロシアは安全保障上の目的で、自国領土のどこにでも軍を移動させる権利がある(プーチン大統領)」とも言っており、ウクライナ政府に対する牽制であるのは間違いない。
 西側によれば、2014年、ロシアはクリミア半島を「軍事制圧」し、ウクライナ東部の「分離派」に対する軍事支援によって、その地域を支配化に置いた、という。そしてウクライナのキエフの政権は、ロシアからの侵略の危機にあるとして、速やかなNATO加盟を目指している。さらに、米軍の情報機関は、ロシア軍にウクライナ進攻計画があると発表し、バイデンは「攻撃を行えば制裁など深刻な結果を招く 」とロシア政府に警告した。
 この危機的な状況に陥ったのには、ロシア側から見ればNATOの東方拡大という脅威がある。ソ連崩壊後、それまでソ連領やワルシャワ条約機構加盟国だった東欧の14ヶ国がNATOに加盟している。さらにウクライナがNATOに加盟すれば、ロシア国境の外側に米軍が駐留することになる。それは、アメリカに置き換えれば、隣接するメキシコが中国やロシアと軍事同盟を結び、そこに中国軍やロシア軍が展開することと同じで、到底容認できるものではない。ロシアの狙いは、軍事的圧力によって「ウクライナ政府に自らの立場を見直させる 」(ジョナサン・マーカス、英エクセター大学戦略・安全保障研究所長)ことにあり、NATO加盟によって西側と軍事同盟を結ぶことが、かえって危険性が増すことを理解させるというものだろう。
 バイデンは12月8日「ロシアが侵攻した場合に、米軍をウクライナに派遣することは検討していない」と述べたが、 ウクライナをめぐる軍事的緊張は日に日に高まっている。

中・ロは1から100まですべて悪い?
 西側主要メディアで、中・ロ二か国に対する批判記事が報道されない日はないと言っていい。ロシアの野党指導者の逮捕、中国ウイグル自治区住民への抑圧、ごく最近では、中国はテニス選手の人権問題で、ロシアは「独裁国家」ベラルーシが中東移民を西側にけしかけているのを支援していると非難されている。日本は勿論のこと、英国BBC、仏ル・モンド、米CNN、ニューヨークタイムズなど、新聞でも各国公共放送でも、コロナ危機関連記事の次には、中・ロ批判が繰り返されている。
 
政府と一体化する西側主要メディア
 しかし、西側主要メディアの報道が完全に中立的、客観的かと言えば、そうではない。西側政府の意向に沿った報道がなされることが度々ある。例えば、ロシアの「クリミア併合」では、西側主要メディアがまったく触れないことがある。クリミア半島が、1954年以前はロシア共和国に属していたという事実である。クリミア半島は、ロシア帝国に併合される1783年以前は、東ローマ帝国等様々な勢力の支配下に置かれていたが、近代ではロシア領に属していたというのが歴史的事実であ。それが、1954年にウクライナ(ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国) に移ったのは、ソ連フルシチョフ書記長によってである(ウクライナ共産党幹部の歓心を買うため、という説が有力) 。これは、当時は同じソ連内の出来事だったので、大きな問題にならなかっただけである。「クリミア併合」は、ロシアにとっては、クリミア奪還なのである。さらに、西側主要メディアが決して報じないのは、現在のクリミアの住民の様子である。タリバンの支配下のカブールは、連日報道されるが、現在のクリミア半島住民の様子が西側のテレビに映し出されたことは一度もない。なぜなら、西側に都合が悪いからである。現在のクリミア半島の人口構成は、2001年ウクライナ共和国の統計でも、ロシア人が58%、ウクライナ人は24%で、ロシア語話者は77%にも及ぶ。ミハイル・ゴルバチョフが言うように「住民の大半がロシアへの再統合を希望 」していたというのは、頷けるものだ。ロシア国営テレビは、住民の喜ぶ様子を伝えるが、それが嘘だというのなら、西側メディアは、実際の状況を伝えればいいのだが、そのような報道は皆無である。
 そもそも、ウクライナ東部のロシア系住民が、キエフのウクライナ政府に反感を持ったのは、2014年親ロシアと見做されたビクトル・ヤヌコビッチ政権が倒され、ウクライナ民族主義一色に染まった極右勢力が権力を握ったからである。特に「ロシア語公用語廃止」が、ロシア語で教育を受けロシア語しか話さないロシア系住民にとっては、キエフの政権に対し、恐怖を呼び起こしたからである。(ル・モンド ディプロマティーク 2014年3月「ウクライナのナショナリズム過激派」、4月「ウクライナ問題で反ロシアに凝り固まるEU」に詳しい)このようなことが、主要メディアでも報道されれば、一方的にロシア側にだけ問題があるという認識にはならないだろう。
 中国の場合にも、公平・中立を疑わせる報道は多々ある。2019年、香港で大規模な抗議行動が起きている同時期に、南米チリでも大規模な反政府抗議行動が起きていた。チリ国立人権研究所(INDH)は、デモ活動が盛んだった2019年10月18日から2020年3月18日までの5カ月間で、デモ隊と治安維持部隊との衝突時に、チリ警察や軍によって引き起こされた人権侵害に相当する被害報告を2,520件受理したと発表した(JETROビジネス短信2020年10月21日)。うち主な苦情は、職権乱用(1,730件)、拷問(460件)、過度な暴力(101件)、殺人未遂(35件) であり、抗議行動側の死者は数十人に及ぶ。このような政府側の弾圧ぶりは、香港の比ではないが、西側主要メディアの報道は、香港の抗議行動と比べ極めて小さな扱いしかしていない。このことが意味するのは、世界中で強権力は反対者を弾圧しているが、中国の弾圧だけがより強調されるということだ。
 これらの西側主要メディアの報道は、「中・ロは1から100まですべて悪い」というイメージを作り出す。

冷戦との違い
「中・ロを擁護する者は西側にはいない」
 西側と中・ロとの対立は、新冷戦と呼ばれることもある。そして、かつての冷戦とを違いを、「ソ連圏は西側と経済関係が遮断されていたが、中・ロは世界経済に組み込まれている。特に中国は、世界第二位の経済大国になっている」という点が指摘される。確かに、そのとおりである。しかし、もう一つ、異なることがある。「中・ロを擁護する者は西側にはいない」という点である。
 かつてのソ連は「社会主義国」であり、ソ連の実態が、崩壊後に多くの秘密文書や証言などで暴かれる以前は、西側の左派の多数派は、その体制を「概ね」擁護していたという事実がある。「概ね」というのは、左派の立場も様々であり、ソ連を「スターリン主義だから打倒せよ」というものから、「共産主義」として否定する社会民主主義の立場もあり、大きく異なるからだ。しかしそれでも、ソ連国内で「反体制派」として弾圧された、科学的社会主義者を自称するロイ・メドヴェージェフが言うように、「ソ連は社会主義者と似非社会主義の混合物」(「ソ連における少数意見」岩波書店)だったのだ。看板に社会主義を掲げている以上、社会主義の要素がなかったわけではない。それは、例えば、最低限の生活保障、男女同権、教育の無償化等であり、スウェーデンなど戦前に社会民主労働党政権が樹立された一部の国を除き、西側諸国より早く、社会保障が制度化されていたのである。それらのことから、西側左派の多数派は、ソ連に対し、少なくともな敵対視はしていなかったのである。
 しかし、現在の「新冷戦」では、中・ロに対しては、西側左派に擁護する意見はほとんど見られない。ソ連崩壊後のロシアは、富はソ連崩壊に伴い国家資産の投げ売りによる一部権力者による収奪がそのまま残り、今ではプーチンと者とその取り巻きによる寡頭支配体制が続いている。中国の方は「中国の特色のある社会主義」に、社会主義の要素を見つけるのは困難であり、国家管理の強化された「特色のある資本主義」に過ぎない。確かに、「7億人が貧困層から脱したという成果」はあったが、より根本的な習近平の掲げる「中華民族の偉大なる復興」は、ナショナリズムのかたまりであり、社会主義の重要な要素である国際主義とはまったく相容れない。「万国の労働者、団結せよ」ではなく、「中国資本は団結せよ」である。また、昨今のウイグル自治区人権問題、香港への言論弾圧、台湾の武力「解放」などについて、日本共産党委員長志位和夫が強く非難しているように、西側左派は絶対に容認できないものである。つまり、中・ロは、西側左派の理想とするところとは正反対の方向を向いているのである。

「平和共存」も不可能 
 1969年、西ドイツでは社会民主党政権が発足し、首相ヴイリー・ブラントは東側とのデタント緊張緩和政策を実行した。そこには、東側との平和共存という考え方があった。それは、互いの軍備増強による核戦争の危機を回避したいという東西両陣営の共通す強い願望があり、1972年の戦略兵器制限交渉(SALT Ⅰ)から始まる軍縮へとつながった。しかし、今ところ中・ロと西側は非難合戦が続き、そのような動きは皆無である。
 確かに、全面戦争という最悪な事態を避けるために、アメリかと中国、ロシアとの首脳会談はオンラインで実施された。しかし、首脳会談が終われれば、バイデンは即、北京五輪への外交的ボイコットと民主主義サミットで応酬し、ロシアはウクライナのNATO加盟阻止のための軍事力の誇示をやめようとせず、対立する状況は何ら変化していない。

 戦争の正当化の危険性
 西側政府も中・ロ首脳も戦争は避けたいという思いは同じだろう。大国間の戦争に勝者はなく、両者ともに甚大な被害を受ける敗者になるなのは明らかだからだ。しかしそれでも、双方の意図を誤解した、偶発的戦争勃発の危険性は否定できない。
 「中・ロは1から100まですべて悪い」という西側全体の右派から左派までの一体化した認識は、中・ロの軍事力増強を軍事進攻への準備と見做す傾向を促す。現に、米軍情報機関はロシアがウクライナ侵攻を計画していると発表している。それは、多分に「中・ロは悪なのだから、軍事進攻を企てているだろう」という憶測から、極めて信憑性のあるものとして認識される。
 西側には「中・ロは悪」だが、それと同様に、中国にとっては、西側は自分たちの発展を阻止しようと企む「悪」であり、ロシアにとっては、NATOの東方拡大によって自分たちの安全を脅かす「悪」なのである。アメリカは、タリバンの残虐性を強調し、アフガニスタンに軍事介入を行った。そこでは、「悪との戦い」即ち「戦争」は正当化される。同様のことが、西側と中・ロの間でも起こり得る。
 現に双方の軍用機と艦船が入り混じって展開しているアジア地域や、目と鼻の先に敵の大規模兵力が対峙している東欧(ウクライナでは、内戦が終わっていない)では、部隊どうしの小さな接触は起こる。その時に、双方が相手を「悪」だと見做す風潮が強過ぎれば、相手の行動をミスだと判断することなく、悪意あるもの、つまり攻撃だと判断することにつながる。攻撃だと判断すれば、反撃する。それによって、後戻りできない戦争へと進むことになる。
 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、コロナ危機にもかかわらず、2020年の世界の軍事費は1兆9810億ドル(約218兆円)と過去最高を記録した。戦争には至らないとしても、軍備拡大は止まらない。いつ始まるか分からない「戦争前夜」なのである。
 西側と中・ロの対立は、双方とも一歩も退く気配はない。東西冷戦が、東側の崩壊によって終わったように、どちらかが倒れるまで「新冷戦」の「戦争前夜」は続くだろう。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

衆院選「左派の野党共闘は、後退していない。メディアに騙されてはいけない」

2021-11-12 11:14:07 | 政治
衆院選の比例代表得票数の前回との比較

 今回の衆院選では、メディアは野党共闘の敗北を強調している。確かに、選挙の結果は、与党で議席過半数を大きく超え、改憲派の維新を加えれば衆院では改憲発議に必要な3分の2を上回っており、前回に続き、立憲を中心とした野党の敗北と言うのは間違いないことだ。しかし、前回よりも、この野党勢力が後退したのかと言えば、事実はそうではない。

 僅かだが前進はあった
 上記の表で明らかなように、野党共闘に参加した4党の合計は、政党の支持状況をより表す比例代表得票数で、2百万票以上増加しており、総議席数でも41増えているのである。また、共闘の成果が出る選挙区議席数も4党は、39から59議席と増加しているのである。立憲は選挙区で18から57議席と39議席増加し、比例区得票数でも前回衆院選よりも40万票増え、2019年の参院選比例区得票数791万票から見ても、300万票あまり増えているのである。4野党の中では共産党だけが票を減らしているだけである。それは、共産党に近づいたから立憲が票を減らしたという主張が、完全に事実に反していることを表している。これらの結果を見れば、より正確な表現は、野党共闘は勝利とは言えないが、僅かだが前進はあったと評されるべきである。
 
 このような評価をメディアがしない理由は、立憲が公示前の109議席から後退したことを取り上げていることが大きいが、それは、そもそも前回の衆院選で立憲として当選したのではない議員がこの109議席に含まれているからである。その多くは、前回は希望の党から出馬し、合流・離散後に立憲に加わった者たちである。端的に言えば、立憲は他からの寄せ集めで109人になったのであり、有権者によって選ばれたのは前回衆院選の55議席であり、109議席は名目だけで、その力があったのではない、と言うべきなのである。
 
 このような野党共闘が敗北という評価をメディアがするのは、善意にとれば、期待どおりの成果をあげられず、無念だったからとも言えるが、実際にはそうではないだろう。そこには、野党共闘が自公の政権側にとって脅威なので、それを破壊したいという政権側への忖度がにじみ出ている。しかし、より深い意味では、それだけではない。そこには、メディアも評論する学者も、そして政治勢力側にも、日本独自の欠落しているものがあるからなのである。それは、政治勢力の基本的立ち位置を表す、政治的左右という概念の欠落である。

 政治的左右とは
  アメリカのバーニー・サンダースが左派だという見方を否定する者はいない。それは、サンダースがアメリカの貧困層の医療、教育、賃金等の状況の改善要求を社会に突き付けている、つまり社会的不平等や不公平を許さない立場を政治的基本に置いているからである。(サンダース自身も、自分の主張が過激extremeであるとの見方を否定するが、自身が左派leftであることも社会主義者であることも否定したことは一度もない。)このように、何よりも社会的平等・公平性を求めることを優先することを基本的立ち位置にしているものが左派なのである。そして、現状維持(国語的意味での保守)や、経済活動の自由、その他の価値を平等よりも優先する政治的立場が右派なのである。勿論、それは相対的なのものである。その政治的区分の概念によって、アメリカでは、民主党が共和党より相対的には「左」であり、民主党の中でもサンダース等が左派と呼ばれるのである。社会主義者は左派であるが、左派のすべてが社会主義者ではないのである。
 
 この政治的区分に基づいて、ドイツSPDは中道左派、CDU/CSUは中道右派、英国労働党は左派、保守党は右派というように、海外では区分されている。さらに小党も英国自民党は中道右派というように、概ねその基本的立ち位置を区分けしている。日本のメディアも海外の政党にはそのような区分をしているが、それは海外メディアがそのように表現しているので、そっくりまねているだけである。その区分では、日本の自民党は右派なのだが、(保守という言葉は見られても)そういう表現はメディアは決してしない。日本のメディアが左右の区分を使うのは、極右の「右翼」、極左の「極左暴力集団、過激派」、共産党や過去の社会党に「左翼」というぐらいで、それ以外の政治勢力に対しては、左右という概念を放棄している。そのことが、旧民主党や民進党、希望の党といった政党の基本的立ち位置がどのようなものであるのかを見えなくしているのである。
 
 今回、野党共闘の合意した政策の中では、「憲法に基づく政治の回復 」「格差と貧困を是正する 」などを挙げているが、経済成長などの言葉はない。つまり、民主主義と平等を基軸に置いており、明白な左派の立場である。それに対して、自民党の重点政策には、感染症問題を除けば、「中間層を再構築」「成長産業」「活発な経済活動」「経済安全保障、国防力」「改憲」という言葉が並ぶ。また、国民民主党も「積極財政で経済対策」「人づくりに力」などであり、これらは典型的な右派の主張である。立憲への合流元の希望の党は、長く自民党に在籍していた小池百合子の作り上げた、言わば「私党」であり、右派に属する。また、維新は「八策」で、「減税、規制改革」「成長戦略」「労働市場・社会保障制度改革」と挙げているように、右派の立場に立っているのは、言うまでもない。(因みに、公明党は、宗教集団に有利かどうかが唯一の政策基盤であるので、左右の区別に入らない。)
 
 このように、日本で1%以上の得票率がある政党で、左派は、今のところ、4党だけであり、その他は、中道右派から極右までの差はあるとしても、すべて右派に属する。ここで留意すべきは、過去の民主党が中道右派と中道左派の寄せ集めだったことである。当然、左右両派は基本的立ち位置が異なるので、政権をとったところで、右往左往し、政権は崩壊し、政党も分解したのが、歴然とした事実である。民主党にいた中道右派の一部の議員が、自民党に入党した者もいるが、それはむしろ自然なことである。言ってみれば、過去の民主党とは、ドイツSPDとCDU/CSUが、英国保守党と労働党がいっしょにいたようなもので、当然のことながら、分裂するのである。立憲は、中道左派の政党として(当の本人たちが、それを意識していないとしても、客観的には)基本的立ち位置をはっきりさせたのである。
 過去の希望の党は中道右派であり、中道左派の立憲と同じものと見るのはまったくの見当違いである。その右派と左派が合体していた衆院選公示前の109議席は、単なる見かけ上の数字であり、立憲の真の国民の支持は、前回衆院選の55議席、参院選の比例区得票数791万票止まりだったのである。したがって、立憲の衰退を判断できるのは、それとの比較の方なのである。

 野党共闘の課題
 勿論、立憲を含め、野党共闘の課題は、中道右派政党に投票した人びとや棄権する人びとに、自分たちの主張を浸透させ、支持を獲得することである。確かに、その意味では、今回は成功したとは言えない。自公政権に反発しながらも、どの政党がよりましなのか、多くの人びとは迷い、少なくない人びとが(比例区得票で言えば、800万人が)維新に投票したという事実は、重くのしかかっている。
 その直接的要因は、維新の松井、吉村、橋下の三羽がらすが、4野党指導者より、恐らく100倍はテレビに出ていたからである(若年層では、枝野の顔はまったく知られていないが、吉村、橋下は知られている。)また、自民党は「新しい資本主義」や「新自由主義からの転換」と、実際には、そんな気はさらさらないのだが、メディア受けする言葉を並べ立てて、支持者の減少を食い止るのに成功した。それに対して、立憲は、やたらオカタイだけのテレビCMに象徴されるように、メディア対策は貧弱と言うしかない。
 
 野党共闘は失敗という自公維とメディアの攻勢の中で、立憲は今後どう進むのか、今のところ、不明である。野党共闘から離れ、過去の「栄光」を復興と、民主党の再建、つまり左右の合体した曖昧中道路線を選択するのかもしれない。しかし、その時は、メディアは失敗を懲りていないと酷評するだろうし、多くの人びとは、失望するほかはない。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

右の自公維の勝利、左の野党の敗北はテレビ露出度の差が出た。

2021-11-01 11:12:05 | 政治

 衆院選と自民党総裁選のテレビ報道は、圧倒的に差があった。テレビは、自民党総裁選は「加熱ぎみ」であり、衆院選は投票後の結果は全局で報道したが、そこに至る選挙の過程は、極めて「地味」なもので、せいぜいニュースで党首の選挙演説を流す程度のものだった。ワイドショーは、各局が全総裁選候補を順繰りに出演させ、言いたい放題を言わせていた。今日は河野、明日は岸田、という具合に主演させ、機嫌を損なわないように、「忖度」した質問をぶつけるという内容である。それはほとんど彼らの宣伝と言っても過言ではないだろう。その反対に、衆院選では野党の党首が出演したのは、羽鳥慎一モーニングショーぐらいで、それも個別ではなく、全員ひとまとめで顔を出させたのである。
 今回維新が議席を大幅に増やしたが、維新の三羽がらす、松井、吉村、橋本は、ワイドショーの常連である。特に橋下徹は、直接、維新の宣伝をしているわけではないが、その考えは、当然のことだが、維新の考えと同一である。それを毎日のようにテレビで発信しているのだから、維新の主張が、浸透しないわけがない。
 また、各党がテレビCMを流したが、「くそ真面目」な立憲や共産党のものなど、まともに観るのは、その固定的支持者だけだろう。面白くなければ、多くの視聴者は、同意もしないし、好感は持たないのである。同様に、自民党も維新も「くそ面白くもない」CMだったが、これらの政党の方は、普段からテレビに出ているので、影響はないのである。(公明党は、宗教政党なので、特殊、例外である。)
 人は得られた情報からしか、物事を判断できない。その社会的情報は、マスメディアを通じて以外にはない。インターネット内のほとんどの情報は、ニュースサイトを見れば分かるように、もともとの情報発信は、マスメディアである。だからGAFAが、新聞・テレビに情報料を支払うべきだと問題になっているのである。SNSも多くの場合、そのマスメディアの情報に基づいて、あれやこれやと発信しているに過ぎない。
 分かりやすい例が、アフガニスタン情勢である。アフガニスタンで何が起こっているのかは、ほとんどメディアからの情報に頼る以外にない。したがって、タリバンの非人道的行為の記事が多く報道されれば、タリバンは「悪」と人びとは、判断するのである。(実際に、西側主要メディアはそれらの記事を大量に流し、中村哲医師の証言にある、タリバンが、北部同盟の窃盗、強盗、強姦、殺人から、農村部の住民を守り、一定の民衆の支持を得ているということなどは、小さめにしか報道されていない。)
 日本では、新聞、テレビとマスメディアの情報源があるが、新聞はある程度支持政党が固定しており、かつ、購読者も減少している。やはり、最も一般大衆の情報源は、今のところ、テレビなのである。
 そのことは、総務省の「主なメディアの利用時間と行為者率」調査でも明らかである。2019年のテレビ(リアルタイム)視聴行為者率が全年代81.2%なのに対して、新聞購読行為者率は全年代23.5%に過ぎない。特に、新聞購読行為者率は、20代3.3%、30代9.9%と若年層ほど低く、かつ、年々下がり続けている。概して言えば、大多数の日本人はテレビを観るが、新聞は読まないのである。
 テレビは、支持政党の固定化などなく、あたかも公平であるかのように報道される。また特に、政治にいくらか興味を示し、「真面目」に選挙に行く層と、ワイドショーの視聴者層は重なっているので、その影響力は絶大である。
自民党の総裁選候補については、テレビ各局は忖度して否定的な放送内容にはならない。だから、自民党全体の好意度を上げる。その逆に、ワイドショーでも収賄疑惑が報じられた甘利明は、落選の憂き目に遭うことになったのである。
 結局のところ、テレビ露出度の大小で、選挙の勝敗は大きく左右される。それが、如実に現れた選挙結果となった。野党は、正しいことを言っているのだから、いつか勝利できる、と思っているのかもしれない。しかし、どんなに民衆のための「正しい」ことを主張していても、それが民衆に伝わらなければ、千年たっても、選挙には勝てない。現実の「自由民主主義」とは、そのようなものなのである。
 
 
 
 
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コロナ危機「このままでは、10年たっても以前の自由な生活に戻れない。鍵は徹底検査しかない」

2021-10-23 10:30:51 | 政治
 日本の医学専門家は、第6波は必ず来ると言う。冬に向かい、飲食の機会も増大するから、昨年同様、大きさは分からないが次の感染の波は確実に来るだろう。そしていくらかおさまり、またその次の波が来る。それを繰り返す。
 行動規制は、単に経済を抑制するだけではない。人間の根源的な生活の自由を束縛する、そのことが忘れられている。人はいつまで煩わしいマスクをしていなければならないのか? また、人間どうしのコミュニケーションの自由が保たれる、以前の自由な生活に、いつ戻れるのか?
 

認証店」に意味はほとんどない
 第5波から感染確認数は激減し、行動自粛を緩める動きが現れ、これまでの飲食店の営業の規制緩和が実施されようとしている。東京都では、10月25日から、特に「認証店」はこれまでの規制が全面解除となる。
 とは言っても、それまでも酒の提供は夜8時までだが、9時までの営業は許されていた(日経新聞によれば、実際には9時以降も営業を続けていた飲食店の方が多かったという)のだから、9時までは感染しないが、9時以降は感染すると言っているようなもので、日本的中途半端、いい加減さが如実に表れている規制だったと言える。
 「認証店」といっても、顔の位置を遮る程度のアクリル板、手指の消毒、できる範囲の換気、飲食時以外のマスク着用の推進、といったものぐらいで、ほとんど感染予防には、効果が極めて薄いものばかりである。
 Covid-19は、多くは唾液等による飛沫感染と呼気からの空気感染(エアロゾル感染)することが分かっており、アクリル板は飛沫感染にいくらか防止になるが、空気感染には役に立たない。また、手指の消毒、僅かな換気などをしたとしても、それでは防ぎようがないのは、世界的には常識である。マスク着用は、酒を飲む行為では、口に飲食物を運んでいる時間の方が長いのであり、また酒盛りは、お通夜ではないのだから、会話を楽しむ行為でもある。当然、飲みながら、食べながら会話を楽しむのである。食事だけなら黙りこくってマスクは可能だが、酒が伴えば、マスク着用など不可能なことは、酒を飲む者なら誰でも分かる。つまり、「認定店」であろうがなかろうが、そこに一人でも感染者(一定程度以上のウイルス保有者)がいれば、近くにいる者の感染リスクはほぼ同じである。
 日本は飲食店規制を重点にしてきたが、飲食店利用者の数が、第5波の前に増大し、第5波後に激減したなどということはない。つまり、確認数激減の理由は分からないが、その大きな増減には、飲食店利用者数は直接にはまったく影響していないのである。結局のところ、日本の飲食店規制は、飲食が感染リスクが高いというイメージを発信するだけのものだったのである。そのイメージにより感染予防に敏感なかなりの数の層が、飲食店を避けていたのである。この規制は、自粛ムードを保つ効果はあったと思われるが、飲食店はそのムードを保つための犠牲になったのである。
 日本のコロナ対策は科学を無視していると言われるが、上記のように、合理性もないのである。
 
 
 コロナ予防対策は、物理的距離の対応(行動規制等)、ワクチン接種、医療体制の強化、検査が世界的標準と言っていい。その内、日本では世界と比較して、ワクチン接種だけは進んでいる。
日本のワクチン接種2回完了者は、欧米平均を超えた。
主要国全人口ワクチン完了割合と直近1日当り平均死者数(10月17日)
スペイン79.2% 48人
中国72.6% 0
イタリア71.4% 33人
フランス67.1% 15人
日本66.4% 27人
英国65.7% 148人
ドイツ65.1% 28人
韓国62.5% 18人
アメリカ56.1% 1819人
オーストラリア54.9% 10人
ロシア31.3% 1002人
Our World in Dataによる
 欧米では、ワクチン接種が頭打ちになっているが、日本では現在も1日70~80万回の接種が行われており、順調に進んでいる。その理由は、欧米では思想的ワクチン忌避者が多く、接種が頭打ちになっているからである。日本の場合は、ワクチン忌避といっても、「何となく不安だ」というようなもので、強い意思による者は少ないと思われる。多くに人が多数派に従うという国民性なので、「みんながやるなら自分も」というように、順調に進んでいるのである。勿論そこには、政府のワクチン供給遅れの不手際はあったものの、接種を直接行う地方自治体がフル回転している功績が最も大きい。医療従事者、65歳以上が90%を超えていることを考えれば、全体で80%程度は、1,2か月で進むと思われる。ワクチン接種の遅れが、欧米の場合は、アメリカを見れば分かるるように、政治的思想と深く関係しているが、このようなことは日本では見られない。
 上記の表で、ロシア、アメリカ、英国の死亡数が多い。それは、ロシアは、ワクチン接種が進まないこと、アメリカ、英国はワクチン完了率が50%を超えたところで、早々と7月に行動規制を撤廃したため、それが結果的に早すぎた影響だと思われる。アメリカは、民主党支持者の多く住む地域は完了率70%(バーモント州70.1%)、共和党支持者の多い地域は50%未満(アイダホ州42.4%)と差が大きいので、ワクチン接種が遅れている地域の死亡者が多い。英国では、直近で1日感染確認数が4万人を超え、死亡者も周辺国の人口比で5倍以上である。
 欧米で早々と行動規制を撤廃したのは、ワクチン接種が60%程度で既感染者と合わせれば、集団免疫獲得に近づくと考えられていたことと行動の自由の抑制に我慢ができなくなったからである。英国もアメリカも新規感染確認数がそれぞれ4万人、8万人と人口換算で日本の100倍、死亡者も日本の英国10倍、アメリカ50倍と、ワクチン接種率の低いロシア並みに悪化しているのだが、行動規制の動きは見られない。両国とも規制への反発が強く、今後の規制は不可能である。
 
医療体制は、いくらか改善
 医療体制は、いくらか改善され、コロナ対応病症も増加しているが、根本的な欧米並みの公的医療体制の強化は、新自由主義の影響下にある自公政権では不可能である。したがって、現行医療体制のもとでのいくらかの改善で、日常生活の復活を考えなければ、何年たっても、そこには戻れないことになる。
 
日本の検査数は、相変わらず少ない
 1000人当り直近1週間1日平均検査数(PCRと抗原、主にPCR)10月17日
英国 13.42
イスラエル 11.24
シンガポール 10.23
フランス 6.65
アメリカ 3.88
ドイツ 1.53
ベトナム 1.36
インド 0.96
タイ 0.74
韓国 0.66
日本 0.44
(中国 データなし)         
Our World in Dataより
このデータは主に国主導の行政検査で行われている検査数が主で、民間で行われ、国に報告されていない検査は含まれていないと思われるが、各国の検査数の概要は表われている。相変わらず、日本の検査数は著しく少ないのである。
 ここうして見ると、日本は世界との比較では、ワクチン接種は最先端、医療体制はやや改善、検査だけが著しく劣るということが分かる。政府系専門家の尾身茂は、昨年、「本当の感染者は、何人いるか分からない」と国会で答弁したが、検査数が少な過ぎて、本当のところは皆目分からないと認めたのである。それが、未だに改善されていないのである。
 そもそも、日本で検査が抑制されてきたのは、抑制論に立つ専門家が、PCR検査の偽陰・陽性の可能性と「無症状の感染者は感染させない」ので無症状の検査は不要という主張をしたためである。それによって、未だに行政検査は有症状者とその濃厚接触者に限っている。しかしその主張は、前者は複数回の検査で精度を上げ得るし、後者は、発症前の無症状感染者は有症状者と同様に感染させるということから、根拠が極めて薄いと証明されている。後者の方は、未だに主張する医師がいるが、無症状感染者全体では、有症状者の感染力の3~25倍低い、さらに無症状者はウイルス量が少ないので、偽陰性が出やすいという論文を根拠にしている。しかしそれは、発症前からウイルス量は増大し、発症2日前、つまり無症状の時点から感染力が上がることを無視している。無症状の状態からその感染者が発症するかどうかは分かりようがない。無症状者の検査が無駄だというのなら、濃厚接触者の多くは無症状であり、検査の必要性もなくなり、無症状者は感染させないのなら、無症状の濃厚接触者は隔離の必要もない。したがって、どう考えても無症状でも検査は有効なのである。それはオリンピックの選手・関係者にも行われたことである。そのこと自体がまったく批判されなかったのは、全員・複数回検査が検査抑制派も有効であることを認めざるを得なかったということである。
 
日本の「実証実験」
 日本でスポーツ観戦などに、「接種・検査済み」者を対象に、事後の健康アンケート調査を実施するという試みが行われている。感染が出た場合の事後の追跡と観戦のマスク着用等の行動パターンで感染に変化があるかなどを調査するというものだ。政府は、今後は飲食店、小劇場にも拡大する予定だという。しかし、ここでも、問題は検査にある。日本医師会の釜萢敏理事は「陰性証明の結果が本人のものだという担保」が難しいと認めている。要するに、行政検査としての検査が少なく、かつ簡便に受けられるシステムもなく、しかたなく民間で受けた検査は本当のものかわからない、ということである。

衛生パスpass sanitaire(ワクチンパスポート、グリーンパス)
 マスク着用は、かなりの確率で感染を予防できるので、街中の人混みや公共交通機関では、それが予防対策になる。しかし、マスク着用が難しいのは、飲食時だけでなく、観戦観劇等の非日常的感情に包まれる場所では難しい。また、恋愛の入り口にいる者たちなど、相手との深いコミュニケーションを取ろうとする状況では、マスクは着用したくないと誰しも思うだろう。
 これらのことから、感染が起きやすい状況では、ウイルス保有者が少なければ少ないほど好ましいと判断されのである。そして、ウイルスを保有している可能性が低いことを示せるのは、今のところ、ワクチン接種2回完了とPCR検査陰性証明である。当然、ワクチン接種かつ検査陰性が最もウイルス保有の可能性が低い。したがって、日本でも検討が進み、欧米中心に行われているワクチンと検査のパスポート、衛生パス(pass sanitaire)やグリーンパスは、合理性があるのである。
 実際に、イタリア、フランス、スペイン、ドイツ、オーストリア 、スイスなどは、飲食店、文化施設等に入るには、このパスの提示が義務化されている。欧州内ではこれらの国は、導入していない国に比べ、感染確認数が5~10分の1である。例えば、実施を見送った英国との感染状況の差は、直近1日確認数英国5万人に対し、厳格に実施されているフランス6千人、イタリア4千人と歴然としている。このことは、衛生パスが国民全体のワクチン接種と検査を押し上げており、それが感染抑止に繋がっていると考えられる。
 
 このパスは日本政府も進めようとしている。しかし、「実証実験」同様、ここでも問題は検査にある。日本政府もマスメディアも「ワクチンパスポート」とワクチンだけを強調するが、海外ではそのようには呼ばない。ワクチンが接種できない人もいるので、ワクチン接種と検査はセットとして扱われており、衛生パスやグリーンパスと呼んでいる。日本でワクチン接種は公的証明が可能であるが(システムの入力ミスが散見されるが)、民間の検査は本人かどうかの証明ができない。自宅等で検査キットに入れたサンプルが本人のものかどうかなど、分かりようがない。さらに抗原検査では精度が劣る。検査証明をより正確に行うには、PCR行政検査の拡充が必要だが、行政検査でないにしても、現状のように民間検査の野放し状態ではなく、公費の補助と公的証明化と同時に、いつでも検査を受けられる体制が必要である。
 さらに付け加えれば、どうやって現場で証明を確認するのか、という大問題が残る。COCOAで失敗した政府は信用度が低く、デジタルで実施するのは、極めて困難であることから、日本での衛生パスは現状では不可能に近い。
 
外出する人がほぼ無感染者なら、一切の行動規制は必要ない
 この当たり前の理屈が、現状では無視されている。そこに感染者がいなければ、マスクも必要ないし、飲食も旅行もすべて自由である。ほぼ感染していないことを証明できれば(ほぼというのは100%は不可能だからである)、飲食店に入り、自由に飲み食いできるという衛生パスも、論理としては同じである。
 感染予防、中・重症化予防には、ワクチンが最も有効である。国は、今後もできる限りの2回接種者を増やし、3回目の追加接種も順次実施していく必要があるが、恐らくそれは日本では順調に進むだろう。それで感染者を減らすことができるのは、当たり前なことである。しかし、もう一つのこと、検査で早期に陽性者を見つけ出し、街中に出さないようにすることも当たり前のことなのだが、そのことが、まったく行われていないのだ。オリンピック選手が、マスクなしで競技ができるのは、毎日の検査で、ほぼ非陽性者と判断されるからである。その論理を、社会全体に拡大すれば、ほぼ非陽性者は、マスクなし、すなわち一切の規制をしなくてもいいのである。
 中国では、1人陽性者が出れば、100万人の住民のPCR検査を実施する。複数回のPCR検査で陰性であり、2週間経過すれば、一切の日常生活は自由である。それ以外の地域は、当然のことながら一切の日常生活は自由である。強権を使った手段に批判はあるとしても、複数回の大量検査で感染者が確認されなければ、行動規制など必要ないという、この方針は論理的に正しい。
 以前の自由な生活への近道は検査体制を最大限拡充すること
 誰でもどこでも、無償または低費用でPCR検査を受ける体制をつくる。それによって、陽性であれば外出はしないというマナーが浸透すること。そうなれば、外出する人は、ほぼ無感染者(感染者と遭遇するのは、交通事故の確率より下がること)なのだから、一切の行動規制は必要ない。それ以外に、今のところ、自由への道はない。
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする