夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

「中・ロが悪ければ悪いほど、西側の右派政党は支持を拡大する」

2022-02-24 13:06:57 | 社会
 

 中国とロシアに対する批判は、西側の政府、主要メディアでは、他の事象に比べて最も大きく主張されていることである。それは、新聞は第一面で、テレビはニュースと情報番組で中国・ロシア批判に関して大きく時間を割くことで明らかである。それには確かにこの時期に、北京冬季オリンピックが開催され、ロシアがウクライナに最大限の軍事圧力をかけているので、耳目を集めるという事情がある。しかしそれ以前から、中国は香港とウイグル自治区の人権問題で、ロシアは反政権派の活動家ナワリヌイの問題で、徹底的に批判され糾弾され続けてきたのである。
 世界では、イスラエルは抵抗するパレスティナ人を年中行事のように殺害し、イエメンでは、サウジ主導の連合軍が数万人を殺害し、国連が最大の人道危機と呼ぶ事態に陥り、南米チリは大規模抗議デモの数百人が治安当局に殺害され(その後当然のように、チリでは2022年1月に抗議デモ側の左派政権ができた。)ているにもかかわらず、西側政府と主要メディアは、それらの事柄の数十倍の関心を中国・ロシアに向け、批判と糾弾を繰り返してきたのである。
 勿論、中国とロシアには批判されて当然の理由がある。それは、左右の政治的な立場を問わず、西側のほとんどすべての政治勢力が批判していることでも明白である。右派政権と政治家はもとより、左派の英国労働党の影の外相は、ロシアに今すぐに制裁すべきと言い、アメリカのバーニー・サンダースは2月8日に英紙ガーディアンに、プーチンを「(ウクライナ)危機に最も責任のある」「嘘つきでデマゴーグ 」「腐敗した権威主義的指導者 」とする寄稿文を載せ、日本共産党は、赤旗に中国・ロシアを批判する記事をたびたび載せている。
 
 中・ロ批判とナショナリズム
 しかし、この中・ロ批判は、右派の支持を拡大する契機ともなる。なぜなら、それはナショナリズムの高揚と結びつくからである。
 日本の新聞各紙の中で、香港の言論弾圧や人権問題など、中国に対し最も激しく批判しているのは、産経新聞である。これは、産経新聞が日本の新聞の中で、最も言論の自由を重んじ、最も人権を尊重すべきと主張しているからではない。極右の産経新聞は、学術会議の政府による任命拒否を肯定しているし、死亡したリィシュマさんに関する入管の人権侵害を問題にすることはない。要するに、日本国内の言論や人権侵害は問題にせず、もっぱら中・ロにだけは激しく批判する。なぜこのような報道姿勢になるかと言えば、中・ロ批判が右派に有利な材料だからである。中・ロが悪ければ悪いほど、右派に支持は集まるからである。
 それは、敵対する相手が悪ならば、相対的に自分たちは正義になるからだ。そこにはナショナリズムがある。自分たちは正義であり、尊敬されるべき存在だ、という意識がある。敵対する悪と戦う自分たちは正義、自分たちは尊い、という意識がある。それは、相手が悪ければ、悪いほど、高まる。だから、産経新聞は中・ロを激しく批判するのである。
 もとより、中・ロの政権の基本イデオロギーもナショナリズムである(その意味では、中国共産党は党名とは正反対の右派政党である。)。偉大な中華民族の復興も大国ロシアの復権も、完全にナショナリズムである。両国ともその手段として、軍事力の増強と対抗する勢力に軍事的威嚇を繰り返す。それに対峙するのも、おうおうにしてナショナリズムとなり、軍事力で対応することが声高に叫ばれる。それは言うなれば、右派の専売特許である。ここに、右派に支持が集まる理由がある。中・ロに軍事的対抗を主とした強硬姿勢を主張する右派は、支持を獲得しやすいのだ。
 右と左の中・ロに対する対応の違いを表している好例がある。オーストラリアとニュージーランドである。オーストラリア自由党、自由国民党、国民党の右派連合政権とニュージーランド労働党の中道左派政権との対中国政策は大きく異なる。オーストラリ亜政府は中国に対抗するため、日本、米国、オーストラリア、インド の対中国政治・軍事的枠組みであるクアッド(Quad)に入り、アメリカの原潜を配備することも決め、オーストラリア公共放送ABCは連日中国批判を強めている。それに対してニュージーランド政府は、アメリカ主導の機密情報共有制度ファイブ・アイズにか加盟しているが、クアッドには加盟せず、2021年には中国と自由貿易協定(FTA)を拡大するなど、反中国対抗には慎重な姿勢を見せている。 
 このような左派の姿勢は、ますます軍事的威嚇を強める中・ロに対抗する上で、支持を維持するのは難しい。上記に挙げたバーニー・サンダースの寄稿文は、左派としての基本的立場である戦争を回避することに全力をあげるべきであり、軍事的対応を後退させることを強調しているのだが、それも、ガーディアンの他の多くの意見(oponion)欄で見られるように、強力な軍事的対応をロシアに見せつけることで、侵略を抑止すべきだという意見にかき消されてしまう。(ここで言う強力な軍事的対応とは、ウクライナに世界最強の軍隊であるアメリカ軍主体の大規模兵力を提供することを意味しているが、それはプーチンが最も嫌うことで、そのことが逆に、それが実現する前のロシアからの大規模侵攻を誘発させかねない。)中・ロの軍事的威嚇が強まれば強まるほど、西側は右派の強力な軍事的対応という意見が支持されるのである。


 ウクライナ危機の現在
 22日にプーチンは、ウクライナ東部のロシア系住民独立地域の「国家承認」に踏み切った。ロシア軍がその地域に、駐留できるとも言い切った。これは、アメリカが2か月も前から繰り返して叫んでいるウクライナ全土への「近日中の大規模侵攻」とは異なり、アメリカの予想どおりには動かないことを示しているが、アメリカは「大規模侵攻の始まり」という見方を譲らない。ウクライナ政府は非常事態宣言を発令した。しかし、このロシアの動きは、対グルジア(現ジョージア)戦争と酷似しており、親ロシア地域を「国家承認」したことと同様であり、ロシア軍はその地域でのグルジア軍を撃破したことから考えれば、その地域での(勿論、その地域拡大を含む)ウクライナ軍は撃破すると主張しているのである。しかし、それ以上の地域への侵攻はしないということも意味している。なぜなら、それ以上の侵攻は、相手側の抵抗により、ロシア側の人的・物的損害は小さくないからだ。その後、グルジアはロシアに対して、ロシアにも西側にもつかない中立的な立場をとるようになっている。要するに、ロシアの周辺に西側との緩衝地帯をつくることが、ロシアの利益だとしているのである。このことは、ウクライナでも同様だと考えられる。プーチンは、ロシア軍が大規模侵攻をいつでもできるという最大限の軍事的威嚇をすることで、ウクライナにこれ以上西側との軍事的協力をすることは、ウクライナの利益にならないことを分からせるという戦術をとっていると思われる。したがって、アメリカの言うように「近日中の大規模侵攻」という選択はせず、サイバー攻撃と同時に、ひたすら威嚇し続けるという戦術をとるだろう。しかし、ウクライナ側はロシアの狙いとは正反対の動きを見せている。現在のウクライナのゼレンスキー政権は、それ以前のポロシェンコ政権のような極右ではない。しかし、2014年当時、影響力をもったウクライナ民族主義を掲げるネオナチ集団も、今は極めて少数派になっているが、それも息を吹き返しかねない。ウクライナ政権にも、反ロシア強硬派の右派の影響も強まるだろう。ますます、ナショナリズムが強めるのは避けられないのである。
 
 西側左派の冬の時代は続く
 かつて社共共闘大統領を生み、社会党政権が長く続いたフランスでも、4月の大統領選では、自称中道マクロンと右派が有力で、世論調査では左派は惨憺たる結果が示されている。ポルトガル総選挙でも、中道色を強める社会党が勝利し、左派は激減し、極右は議席を伸ばした。ドイツ総選挙も同様に、左派党は得票率を大幅に減らした。アメリカも、共和党の支持は硬く、民主党左派は影響力を下げ続けている。日本も同様に、立憲、共産は支持を落とし、右派の維新が伸長しるなど、右傾化は著しい。
 このような西側左派の退潮に、中・ロの問題はナショナリズムを高揚させ、さらに悪影響を及ぼすだろう。左派が伸長し続けるのは、中・ロとは離れた位置にある中南米ぐらいである。中・ロが悪ければ悪いほど、それに影響される地域では、左派は支持を失う。西側左派は、今後も冬の時代、それも厳冬期を覚悟しなければならない。
 
コメント
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