【連載】呑んで喰って、また呑んで㊻
タロイモ料理が出てくるまで
●インドネシア・スマトラ島
うー、何を食べようか。
ロスマン・リンダの野外レストランで英語のランチ・メニューを見ても、どれもこれも食欲が湧かないものばかりである。
「このタロというのは、タロイモのことかな」
冒険作家の谷恒生さんが私に尋ねた。
「多分、そうでしょう」
「食べたことある?」
「いいえ」
「じゃ、そのタロイモにしようよ」
谷さんの弟君も賛成した。
ところで、この連載を熱心に読まれている読者なら記憶があることだろう。そう、谷恒生さんとは、バンコクで知り合って、ビルマ国境のメーソッドで謎のピストル男に拉致されそうになった冒険作家である。あの後、バンコクに戻ったのだが、谷さん兄弟と私の3人で1カ月ほど東南アジアを旅することになったのだ。
その最初の訪問国がインドネシアだった。といっても、首都のジャカルタでも、外国人旅行者に人気のバリ島でもない。スマトラ島のトバ湖である。ロスマン・リンダとは湖畔のホテルの名前だ。リンダという女性が経営しているのだろう。
ホテルと言っても、リゾート・ホテルを想像しないでもらいたい。昼間こそ不便さはあまり感じないが、夜になると驚く。電気がないので、照明は蝋燭の明かりだけ。レストランで夕食を終えた後がつらい。蝋燭を持たされて丘の上にある小汚いバンガローに行くのだ。よほど気を付けないと、転んでしまう。
バンガローの部屋は南京錠で施錠してあるので、これがまた大変である。暗いからなかなかカギが入らない。やっとの思いで部屋に入ると部屋の中は粗末なベッドが置いてあるだけ。もちろん、電気が通ってないので、テレビを観ることも、ラジオを聴くことも不可能だ。ないない尽くしである。蝋燭の弱々しい明かりなので、読書することもままならない。それ以前に疲れ果てているので、ベッドにバタ~ンである。もう寝るしかないのだ。
その代わり、昼間はパラダイスである。まるで時間が止まっているかのようで、すべてがゆっくりと進む。いや、進むというよりも、ひたすら緩やかに後ずさりすると言ったほうが適切かも。そんなわけで、何もかも忘れてノンビリ過ごすには最高の場所だった。
▲すべてが浮世離れしていたトバ湖
さて、トバ湖は日本人には馴染みが薄いと思われるので、ちょっと説明しておこう。
面積は1300平方キロのトバ湖は、スマトラ島北西部にある世界最大のカルデラ湖。もちろんインドネシアで一番大きな湖で、最大水深が411メートルとかなり深い。湖の真ん中にあるサモシル島の面積は530平方キロで、シンガポールと同じくらい広いというから驚く。
かつてここには巨大な火山があった。しかし、約7万年前の噴火でインドからインドネシアにかけての大気中におびただしい量の火山灰が噴出した。この火山灰が日光を遮断し、地球の気温は平均5℃も低下している。このようにトバ火山の噴火で地球の寒冷化が6000年も続き、人類は絶滅寸前の瀬戸際に立たされたという。では、なせトバ湖が出現したのか。火山が噴火で山自体が消滅し、カルデラ湖となったのだ。
話がそれてしまった。タロイモの話に戻ろう。
注文したタロイモ料理だが、30分経っても出てこない。40分、50分が過ぎる。不思議とイライラしなかった。ビール瓶が次々と空に。そして1時間半が過ぎたころ、やっとこさタロイモが現れた。それも取り立てのタロイモが。これから料理するらしい。
「何、畑から取ってきたのか?」
と従業員の少年に尋ねると、
「イエス!」
もう笑うしかない。
サトイモ科に属すタロイモは、ポリネシア文化が残るパプアニューギニアやハワイ、東南アジアなどの幅広い地域で主食とされている。まず蒸してから料理するのだが、ハワイではタロイモをすり潰して発酵させた「ポイ」という食べ物が有名だ。トバ湖で食べたタロイモはどんな料理だったか、まったく記憶にない。記憶にあるのは、ただ料理が出てくるまで恐ろしく時間がかかったということだけ。
このロスマン・リンダの夕食時にはビールを呑むのを控えた。酔っぱらうと、バンガローにたどり着けなくなるからである。ホテルのレストランでは、誰もがマリファナを吸っていた。ま、よく考えると、マリファナを吸いすぎても、バンガローにたどり着けなくなるのだが…。
あ、そうそう。余計なことだが、私たちがトバ湖に滞在中、ある有名女優が恋人と逃避行をしていた。帰国後に知ったが、彼らもトバ湖にいたという。当時、彼女の頭文字はSKだったが、その後TKに改名している。さて、誰でしょう。