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大作曲家が白井高校の校歌を作曲していた! 7月22~31日まで白井駅で「校歌と古関裕而展」

2020-07-16 07:37:23 | 特別記事

大作曲家が白井高校の校歌を作曲していた!

7月22~31日まで白井駅で「校歌と古関裕而展」

 NHKの連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルとなった古関裕而は、「長崎の鐘」をはじめ、「イヨマンテの夜」「君の名は」「高原列車は行く」などのヒット曲を生み出しました。
 プロ野球では、巨人「闘魂込めて」、阪神「六甲おろし」の球団歌や早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」も。さらに全国高校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」や東京五輪の選手団入場行進曲「オリンピック・マーチ」も古関が作曲しています。まさに日本を代表する作曲家と言ってもいいでしょう。
 そんな大作曲家が、なんと千葉県立白井高校の校歌も作曲していたのです。同校が開校したのは昭和58(1983)年ですが、その2年前から同校敷地の隣にあった白井中央病院(現・白井聖仁会病院)に一人の作詞家が心臓病で入院していました。ディック・ミネや石原裕次郎が歌った「旅姿三人男」の作詞で知られる宮本旅人です。

 宮本は入院中の病床から見える富士山と筑波山に感動し、これから新設される白井高校の校歌を作詞し、迷うことなく、親友だった古関裕而に作曲を依頼しました。校歌を作曲したとき、古関裕而は72歳で、しかも病気がちでしてた。当時の読売新聞(昭和58年4月8日)が、次のように伝えています。

《作曲は病気で依頼を断っていた古関氏も、宮本氏の熱意に動かされ、古関氏は「私の最後の曲になるかもしれない」と引き受け、今年2月に完成させた。開校式では入学生45名が歌い、秋本町長は「著名な方が、好意で作ってくれた素晴らしい校歌。生徒は、曲の調子のようにのびのび育ってほしい」と祝した》

 私たちの身近に大作曲家・古関裕而の「置き土産」があったとは、嬉しいではないですか。残念なことに「エール」は新型コロナウイルスの影響で、6月27日の放送をもって、一時休止していますが、休止中は第1回から再放送しています。そして、朗報です。白井高校の生徒たちが、今月22日から31日まで北総鉄道「白井駅」の展示スペースで「校歌と古関裕而展」を開くことになりました。皆さん、ぜひご覧になってください。

 


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