【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」㉟
夫はお酒を飲まない。というか、飲めない、と言った方が良いようだ。結婚当初、義母がびっくりしたように「利ちゃんは、ビール飲むのかねぇ」と言われ、私は普通に「飲みますよ」と、答えたものだ。今考えると、夫が実家にいた頃は、学生だったことや、家族が晩酌をするという習慣はなかった家なので、このような質問が出たようだ。
私が夫を知った時は、宴会などで乾杯をする姿を見たことがあったので、飲める人だと思い込んでいた。そういえば、結婚前にふたりで酒を飲むような機会は一度もなかった。新婚当初から、仕事で忙殺されていた夫は深夜の帰宅が多く、飲んで帰ることもあったように思うが、それは付き合いの乾杯だけだったらしい。実際には飲めないので、ほんとうは辛かったそうだ。
私の実家では、兄はほぼ毎日晩酌をしていた。ビールに始まり、日本酒をさも美味しそうに上機嫌で飲む。姉たちは晩酌こそしなかったが、お酒のことは嫌いではなかったようだ。お燗をするときに、こぼれたお酒を「もったいない!」と言って、お皿を舌なめずりする姿を子供だった私は見ていたからだ。私には苦手だったが、酒粕があると焼いて食べていたので、家系的には、飲兵衛家族なのかもしれない。
社会人になって会社の慰安旅行に出かけたが、私自身はお酒が強いのか、弱いのか分からない。注がれるビールを飲んでも、顔が赤くなることもなかった。「飲めません」と、頑なに断る同僚をしり目にして結構な量を飲んでしまったものである。しかし、何事もなかったように立ち居振る舞いができた。
とはいっても、「酒好きか」と聞かれて、「はい」とは言い難い。すすめられれば飲めるが、自分から酒の席に出たいとは思っていないのである。ただ、飲んでも顔色に出ないので、強いように思われてしまう。それに私は食いしん坊だ。飲むときでも、つまみなどをよく食べるので、酔わないのかもしれない。
もう17、8年程前のことだ。当時、パソコン同好会で仲良くなった人たちの中に猪苗代に別荘を持っている人がいた。年に何回かその別荘に仲間数人連れ立って、車で出かけることも。その仲間は全員酒好きでもあったので、途中でサービスエリアに寄ると、何かしらのアルコールを口にする。そんな時は、私は飲まなくても平気でいられたので、もっぱら私が運転をしたものだ。
つまり、「飲め」と言われれば「はい」だし、「飲むな」と言われれば、これも「はい」と。そんなわけで言葉は悪いが、「便利な女」であった。別荘についてからは、ワイワイ言いながらみんなで夕食を作り、ビールやワインなど持ち寄ったものを飲んでいたが、気の合う仲間との宴は楽しかった。
ある時、この仲間に、「私は悪酔いしたこともないし、二日酔いの経験もない」と、うっかり豪語してしまった。皆一様に、記憶がなくなったことや、二日酔いの苦しさを経験しているらしい。そこでなんとか私にもその経験をさせようと、悪巧みをされたことがある。
お店の名前は思い出せないが、ビール、ワイン、焼酎、日本酒、ウィスキー、等々、いろいろな種類のアルコールを目の前に置かれた。すすめられるまま、飲みながら談笑していたが、それほど酔ったように見えなかったのか、テキーラまで私の前に出された。今までに飲んだこともなかったが、かなり度が強いものだった。
さすが、トイレに立つときは、壁を手で押さえて行ったのを覚えている。気分は陽気なまま、お開きになって、さすがに彼らから大丈夫かという目で見られたが、駅の階段もふらつかずに歩き、無事に我が家に辿り着くこともできた。これほどまでに飲んだ(飲まされた)のは、後にも先にも初めての経験だったが、幸いというか、残念というか、二日酔いをすることにはならなかった。
夫は飲まないが、私は体には良いとされるワインを夕食で飲んでいた時期もある。いつの間にかその習慣も無くなってしまい、アルコール類を口にしない日々が続くが、何の苦も感じていない。我が家は夫が飲めない体質で、隣に住んでいる息子もほとんど飲むこともなく、少しでも飲めば顔を赤らめる。成人したばかりの孫息子も甘党らしく、飲むことはない。ところが、沖縄出身の嫁と孫娘も少しは飲めるのだ。どうやら我が家は女性のほうが、酒には強いのかも。
さてと、お酒に関する失敗談はよく耳にする。私自身も体験した。酒の席で約束事をしても、相手が全く覚えていないのだ。まるで酒の席での話を真に受けた、こちらが悪いのだとばかりに、決めつけられたこともあった。どんなに飲んでも、自分の言ったこと、聞いたことは覚えているのが普通だと思うのは間違いなのか。
酒の席での失態を起こす人のことは、仕方のないこと、鷹揚に見るべきとでも言うのだろうか。気分転換に飲んだり笑ったり出来る場は、大いに楽しんで良いのだが、宴席で苦々しく思うことは自分の主張を大声で怒鳴るように話す人がいることだ。耳の悪い私でもうんざりすることがある。
日々の暮らしの中では、飲酒がもたらす事故や事件が頻繁に報じられている。最も悲惨なのは飲酒運転の巻き添えにあって、命までも落としてしまうことだろう。普段は気が小さいが、酒の力を借りなければ言えないとばかりに、大口をたたいてしまう、姑息な人もいる。
数年前、酔って喧嘩をしたので、禁酒を誓った国会議員がいた。が、禁酒の誓いもどこえやら、その議員がまたしても酔っ払って、あり得ない暴言を吐き、所属する政党から除名される事態に。まだ35歳と若いのに、困った人である。「酒を飲んでいたから」と、愚にもつかない言い訳もしていたようだ。
一般的に言えば、夫は酒も飲めないつまらない奴である。が、聞いた話では、ゴルフの後の宴会がある時には、まるで飲んでいるかのように、陽気にふるまっているそうだ。何年か前のパークゴルフで遠征に出かけた時、夕食のあとの宴会で、「飲めません、歌えません」の態度を、チクリと指摘したことがあったが、それで大反省したらしい。
酒は百薬の長というが、体質的に飲めない人もいることも確かだ。酒に溺れ、人生を狂わす人も中にはいる。飲みすぎて健康上のことを指摘されている人もいる。私は飲むといつもにも増して、饒舌になると自覚はしているが、陽気な仲間とは、楽しく語らいながら過ごしたいものである。