気まぐれ猫と音楽だらけの暮らし

マイフェバレット満載!好きなことしかしない気まま気まぐれでもちょっとセンチメンタルな、お話ばかりですが、聞いて!

屋久島太古の息吹に感動する!

2014-11-10 22:26:15 | 旅行記
屋久島に行ってきました。
まずは、前日に羽田に移動。7時に集合ということで当日移動は無理なので、ゆっくりホテルに入ってくつろぎます。
五時から朝食バイキングは食べられるそうだけれど、ちょっと食欲がわかないので、パス。
とりあえずは集合場所へ。それから搭乗時間まで余裕があるので、そこで軽食をゲット。
鹿児島空港まで二時間、そこから屋久島までは35分。まあまあの距離です。で、鹿児島ー屋久島はプロペラ機、初めて見た!感動。何とかついて、昼食会場へ。とつとつとした、現地の料理人が料理を並べてくれています。先に空港で予約を入れていたのですんなり待つことなく食べられました。私は飛び魚のから揚げ。飛び魚は八丈島でも食べられるので慣れてるし、おいしいので大好き。
さて、トレッキングの時間。ここで靴のかかとが折れてしまいました。あーあー。支店長の手を握り、何とか下まで降りて、Acoopで買い物、急いで買ったシューズは4000円高い・・・・。いや、間に合わせにしては高い。まあいいか。
ホテルに入り、温泉でくつろぎ、夕食。アサヒが二とかいろいろ珍しいものも食べられて満足。
有名な縄文杉にはいけないけれど、とりあえずいろいろめぐって、自然のパワーをもらった気がします。
杉も有名ですが、遊歩道わきには姫沙羅が多く大木になっている。自宅の姫沙羅が今後これだけ大きくなるとどうなるんだ?と一抹の不安を覚えました。枇杷もボタンも、つつじも手入れをしていないからそうとうに自由に咲いているんだろうなあ。
と、月下美人を思い出した、お嬢が、あれを持ってこられないかというけれど、もうかれたんじゃないかな。
まあ、ともかく、暖かいし、過ごしやすい気候だし、それなりに何もないことを念頭に入れていれば、どこでも変わらないかな。

ツアーじゃなかったら、もっとゆっくり一つずつじっくり観察したいところなんですが、どうしても時間に流されてしまうのが残念。

でも、これをきっかけに見識を深めるというのが会の目的なので、これでよし。

最終電車に飛び乗って、はあ・・・・。

ずっと眠らずにいたので、帰宅した次の日はずっとベッドの上。
それでも仕事はこなしたんだから偉いよねえ。記憶にないっていうだけで。

また、行ってみたいと思います。

出雲大社を参拝しました!

2013-11-15 20:20:06 | 旅行記

 遷宮60年ということで、かなりの観光客の数です。空港を降りた時からものすごい人。丁度神有月ということで、全国の神様が集まる日なので、お得感があります。境内は手を上にして歩くと良いと聞き、実行します。なんかパワーが感じられます。ぴりぴりする~という感じです。

 いや~歩きますねえ。そうじゃないとご利益もないのでしょうけれど、特別参拝ということで、一般の人とは別に禰宜が付き、神主さんが御祈祷をしてくれます。かしこみかしこみもうす。かしこみかしこみもうす。いや~心がすっきりします。

 故郷の復興を願い。家族の健康を願い。面倒で祈願成就にしてしまえ!

 そのあとに歴史博物館を見学。本当に御柱が出てきたときには驚いたでしょうねえ。弥生の時代からあんな高いところに社殿を作るなんて、やっぱり神に近いところに建てたかったのでしょうね。

 それでいうと、やはり神様宇宙人説が有力になってきます。他の文明も神が降臨し知恵をさずけてくれたとあり、ここ日本でも同じように高い建造物が作られる。それは突然に帰ってしまった神への捧げものであり、合図であり、願いを込めた民衆の思いなのでしょうね。

 山そのものがご神体というのはよくあることで、冨士山もそうですが、ここは八雲山がご神体。しかし綺麗だな。圧倒されます。

 日本の寺社の中でも特別に荘厳な感じがします。ご朱印を貰う人も多く、沢山の印を貰っている人もいます。神様同士で喧嘩するという話もあって、面白いです。

 お札とお守りを頂いて、私だけ先に都内へ戻ります。

 せっかくの出雲の旅ですが、次の60年後は生きてるかな^^;無理だな。

 


補償範囲に疑問あり?!

2011-08-05 23:05:21 | 旅行記

 津波や原発の事故で有無をも言わさず警戒区域になった地区の住民はどうしても避難しなくてはいけない。避難したくなくても避難するのだから「補償」の対象になって当たり前だと思う。生活費や交通費、精神的損害も含まれるとの事で一安心。まあ、まだいつ・いくら・どれだけという部分は不明だが「やる」ということは決まったのは良いことだ。

 だが、報道では一部の自主避難民には補償がないという。差別だという。

 そうなのか?福島の郡山から京都に避難したひと。この夏休みにも沢山の子供たちが疎開するという。子どもの将来を思って避難指定はされていないが自主的に避難するという。それに東電の補償が出ないと嘆くのは・・・・理不尽なのか?ではその郡山市や福島市に避難してきた警戒区域の人々はどこへ行けばよいのか?

 風評被害も大きい。実際にセシウムが検出された牛肉や野菜は出荷できない。絞った牛乳を捨てる酪農家の苦悩は計り知れない。知人が泣きながら仕事を続けている。孫は避難させたという。

 つまりはコンパスで描いた避難地域が間違っていたわけで、今思えば当時は仕方がなかったとはいえ、もっと迅速に線量を測って安全な場所を見つけて避難させるべきだったのだ。今になってホットスポットがあると避難を促しても遅いと思う。

 幸い普通の生活をしている我が家は内部被ばくもないので安心だ。過剰反応せずに良いと分かっただけ少しストレスが減った。窓を開けても大丈夫。長袖着なくてもOK.マスクをしなくても大丈夫。食品も安くておいしくて新鮮なら買う。県内産でも県外産でも変わりはない。なるべくなら地産地消したいと思うので協力していきたいとは思う。

 原子力の事故により業務は縮小せざるを得なかったし、事務所も移さ無ければならなかったので、補償の対象になる。商工会を通して仮払金を受け取り、今後の補償も交渉中だ。仕事が今後廃炉になるまであるのかどうかも不明だし。このままつぶすのか?それこそ生活と人生がかかっているので必死だ。毎日放射能の降る原発に働きに行くツレや社員は?行かなければ収束しないんですからね。日当が10万だと?あるわけないでしょうが!協力会社だって値切られている世の中。8000円でももらえればいい方ですよ。東電が10万で作業員を募集するわけがない。それは協力会社がよく知っている。瓦礫をかたづける使い捨ての作業員は別なのかもしれないが・・・・。線量が高くても給料を高くして短期間で去ってもらえればいい。だから人数がいる。人海戦術しかない。線量が高くなれば使い物にならないから次の人に変わってもらうしかないのだから。幸い線量が低いところでの作業をしている弊社はまだましか・・・・。

 義捐金も仮払金もまだ入金されていない。書類は届いているので安心してください。時間はかかりますが必ず入金しますから・・・とありがたい文書は届いたから待っていられるけれど。

 本気で仕事が無い人たちは大変でしょうね。だから補償に期待をしているのかもしれないけれど、落ち着いて考えてよ。

 避難したくなくても避難した人と、避難したくて避難した人を一緒にしないで欲しいのよ。残酷?冷酷?どうとでも言ってくれ。

 ただ、求めるのは16歳以下の子供の一生の医療費を面倒見てほしいってこと。何かあったら最優先で治療を受けられる体制を取ってほしいってこと。勿論生活の補償もしてほしい。

 大人はいいよ。お迎えの方が早いだろうからね。がんのリスクが0.1%上がったところでそんなに怖くはない。何しろ親や親類をがんで亡くしているから。放射能でなくても癌になるのはわかっている。

 見えない放射能であたふたするなら、ストレスなく暮らす方がずっといい。

 やけっぱちじゃなくってさ。落ち着こうよ。とにかく。

 福島県内案外大丈夫だってば。三キロ圏内以外はね。10キロ離れている浪江町だって線量はまだまだたかい。ちょうど我が家の上を通って行くんだよね。あの線量マップを見るたびにため息が出るけど。国が買い上げてくれるならそれでもいいよ。

 とにかく帰れるのか帰れないのか。いついくらの補償が出るのか、いつまで補償し続けてくれるのか。原発がいつ終息するのか。指針を示してほしい。はっきりとダメならダメといってくれ!

切なる願いです。


WBCを受けてみた

2011-08-04 21:36:54 | 旅行記

 今日は朝7時に集合して茨城県の東海村にある施設に行きWBCをしてもらいました。勿論弁当付き。一人三分くらいで終了。結果は生涯にわたっての累積被曝も1mSV未満という結果。現在は外部被ばくもなし。内部には少しだけ検出はされましたが、問題ない数値とか。帰りは外食。土産にクロデットクリームとメープルシロップをいつものお店で購入。これが無いとスコーンもパンケーキも食べられませんからね。我が家では切らすことのできない物です。

 普通の生活をしていてこの数値ですから安心しました。窓も全開だし、長袖やマスクも着用してませんが、大丈夫でした。長男の方が数値が高いのは日々長く移動するからでしょうね。それでも生涯に換算すると全然問題ないとの事なので安心です。

 花崗岩に覆われている国会議事堂の方が線量が高いとか・・・・。ぷぷwww

 これからも食生活や日々の健全な生活を心がけて、免疫力を高め、成人病や習慣病に気を付ければ天寿をまっとうできるでしょう。

 死ぬときは死ぬしね。早いのも遅すぎるのも嫌ですが。

 


毎日同じ

2011-01-05 21:41:00 | 旅行記
年末年始は温泉旅館を予約して、上げ膳据え膳でのんびりゆったりでした。心配された天候悪化でしたが何もなく現地に到着。
お正月なので全員着物を準備しました。
でも、面倒になった私は3日同じ着物で過ごす事に。1日だけ帯を替えましたが、あとはそのまま。
着尽くしてから洗いに出そうと思ったからです。
枚数を増やしてしまう癖があるので、今年は着回しを考えていきたい
帰宅してからもあれこれ出掛ける姫。元気だなー。
母は温泉疲れかな。
今年は昨年よりも着物日を多くしたいな