気まぐれ猫と音楽だらけの暮らし

マイフェバレット満載!好きなことしかしない気まま気まぐれでもちょっとセンチメンタルな、お話ばかりですが、聞いて!

補償と賠償の問題を考えてみる

2011-09-27 19:58:36 | 日記・エッセイ・コラム

 東京電力からの山のような説明書に閉口し苦戦を強いられている方が多いようですが、「今後の追加請求はしない」という合意書と誓約書を除けば案外自分で書けるなあというのが印象です。確かに面倒ですが・・・・事務職やちょっと経理をやった方なら大丈夫。家計簿の大まかな感じですね。震災からこっちの日記は別につけているし(もともと日記を書いているしブロガーだし)領収書はとっておく癖がついている(会社の経費で落とすため)ので大丈夫。それに基礎資料があれば領収書がなくても受け付けるとの事ですから、計算書が送られてくるのを取りあえず待つつもりです。それを見て納得がいかなかったらバトルすればいいだけのこと。取りあえず東電の方も色々解決策を持っているようだし、これから企業賠償も始まるとの事でいよいよ会計士の本領発揮ですね。

 で、東電は「補償問題」といい各新聞やメディアは「賠償問題」としている。どちらに責任があるのかって国民から見たら政府も東電も一蓮托生ですから「賠償」なんじゃないかなと思います。つまりは100対0の交通事故です。完全に相手が悪い。こちらに非はないのですからね。

 誘致して交付金を沢山貰ったんだから我慢しろという意見をいう他府県民もいます。首都圏でさえそうなんですから、あの脱原発集会なんかは典型的な例。原発を稼働させるにはまだまだ知識と経験が足りないというのが実情です。でもその危ないものを引き受けて半分騙されて詐欺にあったようなものです。で、避難しろってそこは精神的賠償でしょう?

 生活の補償は当たり前です。何しろある日突然「出ていけ」ですからね。確かに危ないからなので行きたくないですが。

 とにかく目をつぶってみれば平和そのものなので、なんだかなあ。変な気分。編み物なんかしてまったりしていると自分が放射能にさらされているとか、今現場は大変だとか、世界経済がどうとか考えるよりも今夜のご飯のおかずはなんにしようかしらと考える。

 集会に集まってもいいです。でもね、首都圏では福島原発のおかげで発展し仕事の拠点ができ、国会もあり、日本国を動かせるのですからそこのところよろしく!って感じですね。

 ああ・・・。なんにせよ早く!してほしいです。はっきり言って。一日でも早く結論を出して欲しい。


断捨離本を読んで考えた

2011-09-26 09:33:04 | 日記・エッセイ・コラム

 必要なもの以外は捨てる。「心の澱を捨てる」ってことかな。三年以上着ていない服や靴。持っているのに新しいものを買いたがる事を考えて辞める。新製品に飛びつかない。ストックは一つ以上持たない。読んでいらない本は売る・あげる・捨てる。

 緊急避難だったので何も持たないで出てきたため、新生活は取りあえずってところから始めたので本当にすぐに必要な物しかありません。最初から物が少ない。でも増える。何故だ?

 コンビニの箸。スプーン。弁当についてきた醤油やソース。輪ゴム。化粧品の試供品。紙袋。宅配で頼むので段ボールはかなり多くなって捨てる日まで置いておくのが大変。なので小さく切り刻んで普通の燃えるごみに入れてしまいますが、大きなものは無理。月に二回の捨てる日を待ちます。

 調味料も最低限揃えたのにいつの間にか増える。にんにく・しょうが・わさび・からしのチューブ類。マヨネーズ・ケチャップのちょっと残ったものは捨てられないでしょう?

 でもね飾り物も増えてしまうのでこれは・・・もう諦めてます。少しは心に余裕がないとと思って好きなぬいぐるみや娘のコレクションは仕方ないと諦めて飾ります。勿論美しく・・というのが前提。

 今はまっているのが紅茶。もともとコーヒーが好きなのでその日の気分によって品種を変えるのですが紅茶はもっと多くなる。今は小さな缶もあるのですが、飲みきるまでは結構時間がかかる。でも並べておくと幸せなのでここは見せる収納になる。

 食器も必要最低限しかないのですが、案外大丈夫ですね。友人が来たら大皿に料理を盛って小皿で取って貰う方式にすればOK。支援物資は家族分しかありませんが今は100均でもかなり良いものがあるのでラーメンどんぶりなどは買いそろえました。蓮華も。あとはツレの実家がくれたノリタケの食器。使わなかったらしい。我が家にもあるんだけど、もったいないな。使えばいいのに。でも古い食器を大事に使っている。それはそれでいいのですけど、親戚宅にも使わない食器が山にある。40年前に見たことのある食器もあってたぶんそれって私が昔使っていた物では?

 仕事柄ファイリングは得意なのでデスク周りはきれい。仕事終わりはしっかり締まっておかないと気分が悪い。デスク上に何もない状態で終わる。これ大事。すぐに使うファイルでも取りあえずもとに戻すというのがルール。でも手が届く範囲にあるので簡単。

 料理が終わるときには片付けも終わるというのが教え込まれたこと。だから残りは使った食器だけ。なので洗い物も個人で済ませてもらう。すると最後に水回りを点検して翌朝の準備をして、寝られる。

 最近は詰め替えのシャンプーやボディーソープが増えたので便利ですね。食器用洗剤もそうですね。ストックしても場所を取らないのがいい。

 過去にフォーマルスーツを残して全部洋服を捨てたことがあります。着物生活にしようと思ったからで、今回の震災で帰宅できないので取りあえずその辺を歩ける服を購入しましたが、娘とサイズが同じになってきたので、下着以外は共用できるので量も抑えられてグッド。男性陣は下着も同じ、靴下も一緒なのでラッキー。

 増えるのはタオル。何故だろう?買わないのに増える。よれよれになったものは雑巾にというのですが、その雑巾買った方が早いし、除菌シートの方が気分がいいのでそれを使うのでもっと溜まる。ツレの実家はドラえもんの四次元ポケットのようですね。毛布なんかもいただきましたが、決してお古ではなく買ってきたわけではなく、新品があるらしい。引き出物とかでしょうね。ありがたく貰ってきましたけど、普段ならいらないと断るでしょうね。今は何もないので揃える方が先。

 ここから引っ越すのでまた捨てることが出来そう。

 断捨離はゴミ袋を持つところから・・・。


地域性の良い面の話

2011-09-25 18:56:07 | 日記・エッセイ・コラム

 「遠くの親戚より近くの他人」とでもいうのかしら?田舎暮らしはそんな感じです。誰それの娘でその婿。孫って感じに全部知っているのでいいことも悪いことも筒抜け。冠婚葬祭は大混乱。東京にずっと住んでいた人がたまたま田舎で亡くなって、その家族が葬儀をしようとすると、仕事関係者は残らずさくさく帰るから精進揚げの料理が余る。田舎は隣組やなんやかんやで相当な人数が来ますが都会はまあさらりとしています。なので「都会の人は冷たい」ってことになる。墓参りもそう。気持ちがある人が行けばいいだけであって、お彼岸やお盆に親族より先に行く人がいて、「なんでいかないの?」とおしかりを受ける。「これから行きますけど」というと持ちきれないほどの花束が届く。うれしいけどうるさい!

 玄関先に雑草などあると「そろそろ草取りしたら?」とかいう。そうだなあと思いつつほおっておくといつの間にかきれいになっている。ありがたいやら迷惑やら。です。

 でも、風邪ひいて寝こんでるとかになると、届くのは料理。夕食の一品にとか、シチューとか作ってきてくれる。ありがたい。今はコンビニもあるから死ぬことはないだろうけどそういう問題じゃないですよね。

 ずっと親戚もいない街で我が家がちゃんと暮らしてこれたのもこういった「他人」よそ様のおかげでもあるのです。だから気が抜けない外出ですが、それもまたいい刺激になります。

 今、親戚は遠くなってしまっているので、一部の親戚しか付き合ってませんが、この方々が神様みたいに親切なんですよ。避難所を次々回されていくうちに疲れ切って上り込み、居候を決め込み居ついても何にも言わない。いや・・・まあずうずうしいのはこっちですが^^;行くとこないしね・・・・。とか。「あんたは実家のつもりでしょ!」とか言われてますがはいその通り。

 そんなこんなで人間一人じゃ生きていけないなあ。人と人との間が人間で、時と時の間が時間で、空と空との間が空間で、何も繋がらないってことはない。

 不思議。


地域の特性による人との繋がりの複雑さ

2011-09-24 12:21:00 | 日記・エッセイ・コラム

 避難所が閉鎖されいよいよ仮設や借り上げ住宅に移り、自立の第一歩が始まったというところでしょうか。でも知っている人がいないから寂しいとか、慣れない土地でどうしたらいいのか不安だという声が聴かれます。特に高齢者や若い子育て世代に多い様子。就学年齢になれば働きに出るのでそれどころじゃないし、学校つながりで自然にママ友も出来たりするのでそんなに苦じゃないし、私のように密着型が苦手な人も中にはいるので、別に孤立しても死なないと思うんですが、そうじゃない人って案外多いらしい。

 中でも特定の地域で暮らしそこから外に出たことのない人にとっては青天のへきれきでしょうね。しかも自分で選んだ訳じゃないから余計に怒りのもっていきようもない。よく高齢になった親を引き取ったら認知症になったとかあるでしょう?そういう地域に住んでいる人にとっては新しいものを作っていくのは苦痛でしょうね。今までは外に出れば全部知り合いで何もかもわかってくれていて、安心安全だったわけですから。

 とある地域がありまして、その地区の子供たちは全員生まれてから高校を卒業するまで一緒に過ごすのです。1クラスくらいしか人数がいないのでちょうど良い。

 あるとき保育園で運動会がある。A君は足が速い。でもたまたまB君が勝った。と翌年本当の実力で行けばA君が勝つはずでB君は遅れて当然。なのにA君はB君が来ないと振り返る。B君は普通に頑張って走りますからA君を追い抜きます。すると「やっぱりかけっこはB君が一番だね」となる。B君もそんな気になる。A君もそれでいいと思う。

 それが一生そのままなんです。

 たまたま大学に行く人がいて、周りが自分を知らないことに驚いたとか。当たり前の事なんですけどね。電車に乗っていて全員が自分を知らないことが当然なのにそれが不思議だという。その感覚が普通人にとっては不思議なんですけど・・・・。大学で教授にダメ出しをされると全人格を否定された気になって落ち込んでしまう。今までは全部AGEAGEですからね。失敗を知らない。否定されることも知らない。だから落ち込みようがすごいしそのことについて相手を責める。

 「あなたの名前は何っていうの?」というセリフ。初対面ではよくある事。でも「なんで知らないの?」と返ってくる。「初めて会ったのに知っていたら怖くない?」「知らない方がおかしいよ」という。う~ん。そうなのか?

 そういう人の集団が初めて村の外に出されてたまたま避難所が二つ三つに分かれたとする。そりゃあもう大事です。村のコミュニティーが破壊されたと大騒ぎ。結局仮設住宅も取りあえずということで用意したら二か所に分かれてしまった。どうしてくれるんだ!と騒いでお互いの仮設を行き来できるようなバスを走らせることにした。

 なぜ?これを機に新しい人たちとお友達になってみようかなとか考えないのかな?隣の人は知らない人・・・じゃなくて「こんにちわ、引っ越してきました」ってそこからもしかしたら友達になれるかもしれないし、よくよく聞いてみれば遠い遠い親戚筋かもしれない。

 毎日同じことの繰り返しよりも、毎日が新しいことの始まりの方が楽しそうだと思うのは私だけ?

 だから田舎暮らしは面倒だと若い外から来た嫁や婿は嫌がる。40年経っても「婿様」はそのまま。死んでも「○○は婿様だから」と言われる。そんな地域に根づくのは簡単じゃないでしょう?ましてやそれを引きはがすのも無理。

 だから、一か所にまとめておかないと死んじゃう。うさぎじゃないんだから、寂しいと死ぬって、孤独死はそうなのかな?趣味とかないのかね。病院で小上りがあってコタツがあるのが田舎の風景。「今日はAさん見ないねえ」「具合が悪いみたいよ」「あら大変ねえ」ってここは病院じゃなかったっけ?と思う。何しろお弁当持ってくるんですから。朝一嫁が病院においていく。仕事帰りに拾っていく。そんな風景はざらです。

 ああ。田舎暮らしのやりずらさ。良い面も悪い面もありますよ。今回は悪い面の話。

 井の中の蛙大海を知らず。です。自分で動かなければ何も始まらない。行政がダメなら自分で何とかしなくては。と思う。お金がないなら働く。働けないなら病気を治す努力をする。障害があるならそれを克服して工夫して暮らすように努力する。何事も自分の頑張り度合いが幸福度合いだと思うんですよ。

 努力や辛抱は日本人の気質のいいところでしょう?耐えて忍んでいつの日かって頑張ったから欧米並みの生活水準になったわけですから。戦後の復興のように今回もがんばってみませんか?

 新しい地域に行くこと、そこで新しい何かを見つけることを怖がってはいけませんよ。


今度こそ支援物資をください!

2011-09-23 10:27:16 | 日記・エッセイ・コラム

 引っ越しを決めて役場から確認書と誓約書を貰って返送。同封されてきたのは日赤からの支援物資と町からの支援物資一覧表。家電6点セット。冷蔵庫・洗濯機・テレビ・電気ポット・炊飯器・電子レンジ。町からのは消耗品とコタツ・布団などなど。前回はいらないと断ったのに今回また同封されてきたってことは配分される権利はあるらしい。なので今回は遠慮なく貰えるものは貰っておこうと決めました。いらなかったらまた支援物資に送ってもいいし。送料はかかりますけどね。

 二巡目の一時帰宅も始まったのですが我が家の順番はまだらしい。10月中にはいきたいのに11月末までには・・と町の回答。う~ん。それじゃあ間に合わないなあとか・・・・。わがままですけど。引っ越しまでに支援物資が届くのか?も問題だし。それ以前に二回目の冬用支援物資の発送はどうなっているんだか。9月頭からやり始めるってことですけど、まあねえ。県内だけで考えて浪江町だけでも二万人以上いて世帯数で言うと・・・大変な作業でしょうけど、待っている身としては苦しいところです。まだまだ暖かい日があるので耐えられる。本気で寒くなったら会津に避難した知人はどうしよう?と悩んでいます。何しろ全然気候が違うし、仮設の断熱性能はどうなんだろう?

 台風の影響でまた避難することになった人たちもいて、使えなくなった家電はまた新しく貰えるのかしらね?もったいないっていうか落ち着かないでしょうね。気の毒です。幸い何にも影響がなく、強いて言えば息子の通学が東北本線の運休のせいでバスになったくらいかな。本人も確認しなかったからいけないのですが、迎えに来てと言われても国道にでたらすぐに渋滞。東北道が通行止めで13号も4号も旧道も混んでいる。動けない!一つ信号進むのに二回は待っている。のでガソリンだけ入れて帰宅。結局はバスと電車を乗り継いで帰ってきましたがそこまで頭が回るようになっただけ偉いねって褒めたら満足そうな顔をしてました。達成感ていうのかな?人間いざとなったらどうにでもなるって思ったのかな。たくましくなりました。

 連休には帰宅するって言っていたツレは面倒だからと帰ってこない!用事がいろいろあるのに!仕方ないから電話で済ませましたけど、まったく信用がありすぎるのも面倒です。お互いにね。

 支援物資を貰って、一時帰宅でなんとか家財道具を持ち出せれば、あと二・三年は落ち着けるかなと思ってます。それでなくてもこまごま必要だしね。爪切りとか耳かきとか細かいものは支援物資に入ってないし^^;雑巾とか足ふきマットとかね。バケツ。案外必要。洗面器は来たけれど、歯ブラシはないぞ。でも歯磨き粉は入っていた。何故だ?

 とにかく一か所に落ち着きたいです。引っ越すのはお前の都合だろっていわれたらそれまでですけど、だって狭いんだもん。ストレス溜まります。掃除は楽ですけどね。

 今日は祝日なので朝から子供たちはお出かけ。いそいそ兄妹でアニメイトに行きました。仲が良くて良かったです・・・・。て、それでいいのか?

 いない間に掃除していたら結構拭き掃除が足りなかったらしくあちこち汚れているので、青天の間に洗濯したりいろいろ忙しく過ごせるので満足です。

 でも食料品の支援物資はもうないのかな?中国産コンビーフはいらないけど。米とか、水とか缶詰とか。無いの?もうおしまい?

 てか、和歌山奈良あたりに送って欲しいですね。

 旅行で行った先が次々に被災するのでなんだか怖いです。陸前高田や三陸鉄道もそうですが、熊野古道や那智勝浦も行ったし。那智大社はあの階段に閉口しましたが、滝はすばらしかった。水もおいしくてコーヒーをお持ち帰り。あの時は膀胱炎になっていて大変だったし、三陸の時は元気だったけど鬱だったし。今も鬱ですけど。

 10月末に上高地や飛騨高山に行く予定です。寒いかな。だから自宅からコートを取ってきたいんだけど・・・・・。間に合わないならユニクロに行くしかないかしら?支援物資にコートは無いだろうしね^^;