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マア真意は分かりますが、つい『人を形で表わしただけでしょ、、、』と言いたくなり、それを言えば話の腰を折ってしまうのでグッと我慢するしかない。
同じように「親」という感じについては、「木の上に立って見ている:要するに子供を見守っている」という解説を聞きます。
これについては、文字が出来上がる過程で「象形」とは別に構成する部分の意味で出来上がった文字かもしれないとは感じる、、、。
実際に土曜日はそういう場面に立ち会いました。
人の親では無くて鳥の親です、、、。
チョウゲンポウの巣立ちの場面です。
早朝、、、朝8時頃に1羽巣立ちました。
これは私が油断していて、巣の前の松の周りを飛ぶ鳥を見て「巣立った」事が分かりました。
巣にしている施設の通気口の正面の松・・・ここでは毎年チョウゲンポウの子育てを見ている人は「巣立ちの松」と呼んでいます。
雛が初めて巣から出て約20メートル先の松の木のテッペンにとまった時、これで2度と巣に帰る事は無いので『巣立ち』ですが同時に初めのピンチでもあるそうです。
ここでカラスの襲撃に遭って命を落とす鳥もいるらしい。
鷹の一種とはいえひとり立ちした直後は危ない。
そこで親鳥はこの松を見下ろすビルの屋上とか屋根の上、雨樋の金具などにとまって雛が襲われないように見守るのです。
少し経てば、チョウゲンポウの子供も本来の飛翔力を発揮出来るようになるらしいので、そこまでの少しの時間が親のケアの時間帯らしい。
今日初めに出た鳥はそれほど長くは松の木にいなくて立ち去ったので、あっさりした旅立ちだったようです。
但し子供によってはいろいろあるようです。
巣の中にはまだ雛が残っている様子、、、。
時折外を覗く、、、恐らく2羽はいる。
これが「出そうで出ない!」のだ。
親が外から啼き声で誘う、、、巣立ちの松で雛の巣立ちを促す、、、ついにはしびれを切らせて巣穴の通気口を覗きこむ、、、。
両方の親鳥が外でジッと待つのに子供は外に出る踏ん切りがつかない様子。
普通、巣立ち前後は親は子供に餌を充分には与えないらしい、、、要するに「お腹がすいたのなら自分で獲物を獲りに行きなさいと言う事でしょうネ。
でも今日は余りにの思い切りが悪いので、時々餌を運んでいましたね。
写真は通気口の上に乗って、雛の様子を見る親鳥(多分母親)。
天気が悪くて、距離があるので私の短いレンズではこんなものですネ。
明日は、残っている2羽が巣立つのか?、、、勝負は早朝なので8時前には行かなくては。
チャリンコで5,6キロ。
その時だけでも空が明るくなる事を祈っています、、、でなければまた来年までチャンスが無い。
鳥の親と言えばこのチョウゲンポウを見ていて、空が怪しくなってきた。
そこで午後1時過ぎに諦めて、毎年カルガモが子育てする公園の池に移動。
その話はまた明日。