青空に白い月

ゆったりゆるりと生きましょ~よ

末端が冷たい。

2007-11-22 20:03:22 | シェーグレン日記

寒さが原因でどこかが痛むというようなシェーグレン症候群の症状は全く私にはないけど、でも流石に今日のように寒いとちょっと嫌です。

夏でも手が冷たいということは私はありませんが、寒い場所に行くと一番最初に手足の先が冷たくなるから今日のような日は一日中冷たい状態です。

末端冷え性なんです。

ストーブで暖まった部屋で体が完全に暖まると元には戻りますが、ちょっと外に出ると何を掴んだわけでなくても、手袋をしていても、やっぱり手はすぐに冷たくなります。

だから冷たいものを素手で掴みたくないですが、でも常に手袋を持ち歩いているわけでもないから、私の手は冬はいつも冷たいんですよね。

前に知り合いが自分の手が冷たいと言って、私の手を掴んだことがありましたが、その時その人の手がすごく暖かかったということがありました。

その人ビックリしてました。

だって私は自分の手が冷たいとその時思っていなかったから。

でもやっぱり手足の先の感覚が無くなるのは人より早いようです。

変色はしないのでレイノー現象とまではいきませんが、小さい頃から手足は冷たかったです。

私の場合は、単に血液の循環が悪いのでしょうね。

今日は手の平までが真っ白。


フェラーリがフェラーリである為に

2007-11-21 20:47:13 | 日々思うこと

私が見ていて格好いいなーって思う車は、やっぱりフェラーリとかランボルギーニとかポルシェといったスポーツカーである。

小さい時にスーパーカーと呼ばれたその車達は、大人になってから見てもやっぱり格好よく私の目には映る。

街中を走るフェラーリ

エンジンとかそういう部分を一切無視して、ただ単純にその外観が格好悪いと思う方が多分少数派だろうと私は思う。

だったらどうして全車そういう形にしないのか、日本の道路を走っている車はなぜズングリムックリが多いのかと、私は少し不思議だった。

別に日本車の形にセンスがないといっている訳ではないが、ただ駐車場で自分の車の隣にフェラーリが停まっていたら、やっぱりフェラーリと比べられたくはないし、だいたい比べる対象にすらならないっていうのが現状だと思う。

だからどんなエンジン積んでいようが、軽自動車だろうが、せめて形だけ全ての車をフェラーリのような造形にしてしまえば、きっと売れるだろう・・・と思う。

だって同じ性能なら過半数は格好いいほうを買うだろうから。

でもそうならないのはその希少性がとても大事だからであり、そこがいいのだろうなということを思い始めたのは、意外な方向からだった。

ここ数年の間に生まれた日本人の名前、ちょっと変わった名前が多い。

聞くところによると、学校の先生が漢字の読み方に苦労したりすることもあるらしいが、まー一昔前の芸能人の芸名も負けてしまいそうなくらい、格好いい名前の一般人が実に多くなった。

もしその子達が芸能界入りしても、多分芸名なんてものは要らなそう。

その位格好いい名前や、外国人風の名前が流行って?いる。

格好いい名前

軽自動車のエンジンを積んだフェラーリ

フェラーリがフェラーリである為にはやはりフェラーリのエンジンが必要である。

街中が形だけのフェラーリだらけだったら、誰も見向きもしない車になる。

かといって日本車がフェラーリの引き立て役をする必要もない。

日本車は日本車であればいい。日本車らしくあればそれでいいのだ。

フェラーリがフェラーリである為にはやはりフェラーリのエンジンが必要である。

街中いっぱいにあふれる本物のフェラーリ達を見てみたいものだ。

子供達にかかる期待も大きいね(^.^)


大好きな理由

2007-11-20 18:15:33 | 日々思うこと

どうして何かやる度に理由を求めるのかよく分からない。

サーキットを走っていると言えば、同じところをグルグル回っていて何が楽しいのかと聞かれ、

釣りをすると言えば、魚より道具やえさ代の方が高いと言われ、

山にきのこ採りに行くといえば、道の駅に行けば売ってると言われ、

なのにどうしてそれをやっているのかと聞かれても、そんなの楽しいからに決まってる。

ハッキリ言って楽しい意外に理由なんてないのだから、そんなものに理屈を求められても私だって困る。

別にそれで生活している訳ではないのだから、その時間が楽しむ為という理由意外に理由を求められても答えられない。

それでもどうしてなのかと知りたがる人に、逆に私はどうして理由を聞きたがるのか知りたかった。

でも聞く前に分かった。

その人には大好きなことがなかった。

仕事一筋ではなく、儲け一筋で、大好きなのはお金だけ。

だからどうして金に結びつかないことに金をかけるのかをどうやら理解できないらしい。

前に私の趣味に対して、それを続けていても将来性がないと言われたことがある。

ま~その通りだけど、趣味の分野にそう言われてしまうと、返す言葉が無いというより、ピントが外れているといった方が正解だろう。

自身ではゴルフをしたり高い車に乗ったりしていたけど、それは彼の趣味ではなかった。

今考えると彼の単なるブランドだったんだね。

今何処にいるのかわからないけど、伝えたい。

大好きなものに理由なんてないんだよ。


うっすら積雪

2007-11-19 20:17:01 | 日記・エッセイ・コラム

朝起ききたら外が白かった。

寒い寒いと思いながら、仕方が無いから出かける前にタイヤをスタッドレスにチェンジ。

幸いにもタイヤ交換だって趣味の一環だった私には、車一台分のタイヤ交換なんてなんの苦もないし、シェーグレン症候群の方も寒くなって悪化する症状が私には何も無いから、冬は結構気楽でいられる。

道路を走っていると、何処のカー用品店もタイヤ屋さんもスタンドもタイヤ交換の車で朝からいっぱいで、道路まで列をなしている。

タイヤ交換の車で車屋さんが忙しそうにしているのは毎年の光景だけど、この辺の地域は例年であればまだ積もることは無いから、明日雪が降ると天気予報があっても、タイヤ交換を要するほどではないだろうっていうのが多くの人の心の隅にはあったようで、私もその一人だった。

スタッドレスっていうのはタイヤ表面のコンパウンドが柔らかく出来ているし、ブロックが細かい為に良く減るし、サイドウォールが柔らかいから運転しずらい傾向があるから、出きるだけぎりぎりまで夏タイヤでがんばりたいっていうのが一般人の本音だったろうが、今年はそうはいかなかった。

あーあ、この雪が解けたらもう一回夏タイヤに変えようかな?


アナログ世界

2007-11-18 22:15:48 | 日々思うこと

10時10分

自動車学校に行くと車のハンドルを持つ位置は10時10分だと習う。

でもそれだと左手がちょっとだけ上に上がってしまう。

それが変だってことで、大分前それを修正しようと計算したら

10時9分13秒8

まだ割り切れていないけどここで妥協して、私の計算が間違っていなければそうなった。

まーそれはいいとして、時計の針っていうのは規則性があるけれど、ただその変化量っていうのがとても微妙なのだとその時痛感した。

秒針、分針、時針

それぞれが常に変化を続けている。

分針が360度回転すると時針は30度回転する

同じように秒針が360度回転すると分針は6度回転して時針は0.5度回転する。

更に細かく区切って、秒針が1秒で6度回転すると分針は0.1度、時針は0.008333333・・・・・・・・・・・・・度回転している。

更に細かく考えると、秒針っていうのは一秒ずつ変化している訳ではなくて、常に連続的な変化を続けているから、その変化量を数字で決め付けるのは不可能に等しい。

そう考えるとアナログの世界を人が理解するには限界がありそうだ。

アナログ人間とかアナログは古臭いなんてイメージが大半の人にはあるようだがそれは違うと私は思う。

単に人の頭脳がアナログについていけなかっただけだろう。

簡単に理解しやすいデジタルの方が人の頭に適していただけ。

でも忘れちゃいけない

世の中の全てはアナログで出来ていて、デジタルは人の表現方法の一つに過ぎないのだということ。

世界を大事に、人に親切を、いいことを次へ渡そう。

次はあなたの番だ