先日、ある中学生の子を持つ知り合いから相談を受けました。
とある雑誌の絵のコンテストに応募したところ、講評会なるものに参加しないかという通知が来たとのこと。その人は以前から、子供が、絵が好きでなかなか才能があるというのです。
その講評会なるものは多分、講座への勧誘だろうということ、例え、あやしくないにしても講座を受ければそれなりにお金かかかるのであろうという話をしておきました。
その子は、今まで、想像でものを描くのが得意で、何も見ないでも結構な絵が描けるらしいのですが、人から習うのは苦手らしいのです。
その子の上の子もスキーチームに入っていたことがあるということ、あって、なかなか素直の子なのですが、如何せん人から習うのが嫌なのだということで辞めてしまいました。。
また、下の子も同じなのかなぁと思い、取り敢えずアドバイスしたのですが。
つまり、どんなに才能があっても本人が上手くなりたいという気持ちがないと上手くならないということ、スキーにしても、絵にしても自己流には限度があるということ、だれかに習うのが嫌なら、スクールに入っても意味がないということ、絵は想像も大事だけれど、見て描くこともとても大事、
如何に努力できるかも大事。才能だけでは、大成しない、どちらかというと努力の方が大切だということ、などを話しておきました。
とある雑誌の絵のコンテストに応募したところ、講評会なるものに参加しないかという通知が来たとのこと。その人は以前から、子供が、絵が好きでなかなか才能があるというのです。
その講評会なるものは多分、講座への勧誘だろうということ、例え、あやしくないにしても講座を受ければそれなりにお金かかかるのであろうという話をしておきました。
その子は、今まで、想像でものを描くのが得意で、何も見ないでも結構な絵が描けるらしいのですが、人から習うのは苦手らしいのです。
その子の上の子もスキーチームに入っていたことがあるということ、あって、なかなか素直の子なのですが、如何せん人から習うのが嫌なのだということで辞めてしまいました。。
また、下の子も同じなのかなぁと思い、取り敢えずアドバイスしたのですが。
つまり、どんなに才能があっても本人が上手くなりたいという気持ちがないと上手くならないということ、スキーにしても、絵にしても自己流には限度があるということ、だれかに習うのが嫌なら、スクールに入っても意味がないということ、絵は想像も大事だけれど、見て描くこともとても大事、
如何に努力できるかも大事。才能だけでは、大成しない、どちらかというと努力の方が大切だということ、などを話しておきました。