最近、信頼している人2人から、立て続けに
「なぜもっと堂々としないの?」と言われました

つまり、日常生活がそうだから、私の演技パターンも、
どうしても自信のない方向に行ってしまう、ということで、
ハタで見ていて歯がゆいらしいのです

そこまで親身になってくれる人が、
1人ならず2人もいるのは、
本当にありがたいことです。
これは誇りに思っていいと思います


ただ、この「堂々と」ってヤツがねぇ。
本当にむずかしいんです。
役の上で堂々と、偉そうにしている、
なんてのは、いくらでもあります。
でも、この場合は中身の問題なのです

この前もワークショップで、
「私の場合、自信がないのが、外から見えるんでしょうね」
と言ったら、
「自分を信じてないんですよ。
自信とは『自分を信じる』って書くでしょ」
おーーーーーっとっとっとっ。
またしても、イタいところを・・・


このあたりから、
自分の最大の武器だと思っている「謙虚さ」にも、
疑問がわいてきて、今、いろいろと揺らいでいます

謙虚っていうと、いかにも人格者みたいですが、
そんなもんじゃないんです。
謙虚は人のためならず。
自分の進歩のために一番必要なもの。
私はそう思っています。
まぁ、そのためにナメられたりもしますが、
そんな奴はほっときゃいいさ。
でも、もしその謙虚さが、
「自信のなさ」から生じるものだったとしたら・・・、
私はかなりピント外れなことをやっていることになります

謙虚とは、相手を認めること。
だから相手から、もらうことができる


でも、それが自分の脅えから生じるものだったら、
自分を閉じているから、もらうことができません



ただ普通に、相手の前にポンと自分をさらすこと。
等身大の自信をもって、
そのまま相手と対峙すること。
それだけで堂々として見えるでしょう。
偉そうなのではなく、中身から「堂々と」。
そこなんでしょうね



これができないために、今一歩、前に進めない。
「そこそこ」の演技にとどまってしまっている。
そして「そこそこ」でも、とりあえず通用している。
あーーー、問題だなぁ。
その一歩を踏み出せば、何かが変わる。
それがわかっているのに、どうすればよいかわからない。
観念でわかっているだけじゃ、動けないんだなぁ。
うーーん。
かなりワケのわからないことを書いてるな~。
読んでもらっているのに、ごめんなさい。
私自身が今、混乱してます。
もどかしいんですよね、自分でも


こうやって、頭で考えるからいけないんでしょうね。
もっと感覚でとらえないと、
・・・って、頭で考えている私(笑)
ううううううううう・・・・・・む。
根本的なところだなぁ・・・

