緊急事態宣言のままGWへと突入。通常のGWとは、かなり様変わりした光景がニュースで流れている。何気ない日常が、いかに大切なのか、尊いものなのか思い知る。将来このブログを読み返した時、今の想いが伝わるように綴っておこう。
「踊り子」からEF58が続いてしまったので、今回は交流機で口直しと行きたい。関東圏で生まれ育ったアントンKだから、身近な機関車は、直流機関車なのは当然だが、逆に滅多に出会えない交流機関車だからこそ、普段から憧れは強く、若い頃は深紅の機関車を早くこの目で見てみたいとずっと思っていた。そんな思いでいたアントンKだったが、本格的に鉄道撮影に目覚めてから3年経って、ようやく交流区間へと足を踏み入れることが出来た。当時のことを思い出すと、交流電機はまさに最盛期の時代で、ED75はもちろん、ED71やED77、ED78、EF71といった強者たちも健在で、とても一度の訪問では把握しきれないくらい魅力的に思えた。中でもやはり群を抜いてED75という電機の活躍は凄まじく、特急をはじめとする旅客や貨物列車を日夜を問わず突き進む姿は、頼もしく憧れたものだ。しかし、後のヘッドマーク復活で、全て撮影のやり直しという嬉しい誤算も重なり、当時の思い入れも益々強くなった気がしている。
今回は、奥羽本線をいく特急「あけぼの1号」で秋田区のED75700番台けん引。ごく最近まで残存していた(とはいっても廃止から早5年)ブルートレイン「あけぼの」だが、この当時は、新幹線がまだ未開通であり、本来の東北~奥羽経由での運転。EF65PFで上野を出発、ED75~ED78/EF71~ED75とけん引機が青森まで3回も代わるという豪華列車だった。掲載写真は、大釈迦峠を全開で越えるED75746「あけぼの」。アントンKにとって、700番台はナナゴの中でもベストではないが、それでもこの時代の700番台は端正で凛々しく、「あけぼの」マークもお似合いだ。
1986-05-04 1003ㇾ ED75746 あけぼの3号 奥羽本線:大釈迦-鶴ヶ坂
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます