杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

必死剣鳥刺し

2011年01月08日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2010年7月10日公開 114分

時は江戸。東北・海坂藩の物頭・兼見三左エ門(豊川悦司)は、藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を城中で刺殺した。最愛の妻、睦江(戸田菜穂)を病で喪った三左エ門にとって、失政の元凶である連子刺殺は死に場所を求めた武士の意地でもあった。しかし、意外にも寛大な処分が下され、一年の閉門後、再び藩主の傍に仕えることになる。腑に落ちない想いを抱きつつも、亡き妻の姪である里尾(池脇千鶴)の献身によって、再び生きる力を取り戻してゆく三左エ門だったが、ある日、中老の津田民部(岸部一徳)から主家と対立している別家の直心流の達人、帯屋隼人正(吉川晃司)から藩主を守れと言う秘命を受ける。やがて訪れる隼人正との決着の日。三左エ門を過酷な運命が待ち受けていた……。

武士の美学シリーズではありますが、前2作と比べてあまり共感できなかったかな。

美しい能舞台から始まるのですが、この演目は「殺生石」。美女に化けて帝に近づき国を滅ぼそうとした鬼の話で、直後に連子に振りかかる運命を暗示しているのだとか。

美貌と才気で藩主を骨抜きにして藩政に口を出し、己の欲を満たすために領民や藩士の命を奪うことに躊躇いもない冷酷な連子の存在は、藩にとって災いと考えた兼見は単独で犯行に及ぶのだが、それは死に場所を求めた男の美学でもあったという解釈になるらしい。けれど、醒めた目でみれば、単に直情的短絡的な思考の結果の行動とも思える。

現実、藩政は連子亡き後も変わらず、領民は相変わらず窮状から脱することができない。この愛妾にしてこの藩主あり、割れ鍋に綴じ蓋。他人に影響を受けやすく享楽的なダメ藩主なのだ。大体、右京太夫って名前からしてなんだかなぁ~~(^^; 当然、兼見も日々、自問自答を続けることになる。刺殺に及んだ自分の行為の意味、それが藩の役に立ったのか?これから自分はどうすればよいのか?・・・。

中老の津田から藩主の温情で命を救われたと聞かされていた兼見は、藩主を守るという大儀のために藩主を諌めに登城した帯屋と対決し彼を討つ。人物的には非のない別家との対決は藩主への忠誠の他に、剣士として同等の使い手との対決への潜在的な渇望があったのかもしれない。しかしこの事件を裏で操っていたのはほかならぬ津田だった。
愛妾を殺され怒りに燃える藩主に“鳥刺し”という技を持つ天心独名流の剣豪、三左エ門を別家を葬る道具にしようと提案したのが津田だったのだ。

過去と決着をつけ主君の恩に報いるべく己が道を決めた兼見は、里尾の一途な愛を真正面から受け止める。といえば聞こえはいいけれど、だからこそ突き放す方が「美学」じゃないのぉ?という思いも抱いてしまう。それでは物語に華がないから仕方ないか(^^;
一夜の愛の結晶を抱いて兼見が迎えに来るのを待つラストが涙を誘う演出なのだが、斜め目線で見てるとあざとさに映ってしまった。

乱心者として藩士に囲まれ斬り合いをする場面が生々しい。血しぶきも大量でそこに華麗さは無いに等しい。事の真実を悟りながらもなす術もなく討たれる兼見に、これまでか?という思いがよぎるが、別家に対して必死剣を使ってなかったよな~?という疑問が湧いてくる。と津田が近寄った刹那に必死剣が!!! 

まさにその秘剣は遣い手の死と引き換えの剣だったわけです。
在りし日の妻との野辺の安らぎのシーンで見せた「鳥刺し」の技が生の輝きに満ちていたのに、津田を討ったのは死の秘剣だったという対比は見事だと思いました。

さて、兼見・別家・津田が退場した海坂藩のその後は希望があったのでしょうか?
あの藩主じゃなぁ~~~傾く一方だよなぁ・・

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