京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

シロボソマダラグモ(白細斑蜘蛛)

2022年07月28日 | ミニ里山記録

                                             
いさかへる夫婦に夜蜘蛛さがりけり    種田山頭火.
 
 

 最初はユウレイグモの仲間かと思ったが窓辺付近の壁に網をはっているので別種である。図鑑をしらべたがいまのところ種名はわからない。表題の名前は自分で勝手になずけたものである。すぐに種名がわからない場合はそれらしい名前をつけておくのが良い。

 

 

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井波律子〖完訳論語〗を読む

2022年07月22日 | 評論

宗教は人の救いのためのものだが、そのためにはある規範や倫理を要求する。キリスト教でも仏教でもそうだ。悪いことをすると地獄におちるとまでいって脅かす。ところで中国の儒教は宗教だろうか?孔子は中国では神格化されているが儒教は宗教ではない。「論語」は人としてあるべき姿を指し示したものである。人生の規範を集大成したものといってよい。これは当時の農民や一般人むけのものとは思えず、インテリにしか通用しない話のように思えるが、これが二千五百年以上生き延びてきた背景には、確かな論理性と登場人物群の豊かな個性によるものであろう。井波律子の「完訳論語」から、感銘を受けた名言を挙げてみた、

1)子曰く、君子は周して比せず。小人は比して周せず。

2)子曰く、学んで思わざれば即ちくらく、思うて学ばざれば即ちあやうし。

3)子曰く、利に放りて行えば,怨み多し。

4)子遊曰く、君に事えて数しばすれば、ここに辱めらる。朋友に数しばすれば、ここに疎んぜらる。

5)子曰く、之れを知る者は之を好む者に如かず。之れを好む者は之をれを楽しむ者に如かず。

6)子 南子を見る。子路説ばず。夫子 之れに笑いて曰く、予否らざる所の者は、天 之れを厭てん、天  之を厭てん。

7)子曰く、憤せずば啓せず。ひせずんば発せず。一隅を挙げて三隅を以て反らざれば、則ち復たせざる也。

8)子は怪・力・乱・神を語らず。鬼神を敬して之を遠ざく。知という可し。

9)子夏 絽父の宰相と為りて問う。子曰く、速やかなるを欲するなかれ。小利を見るなかれ。速やかならんと欲すれば、則ち達せず。小利を見れば、則ち大事成らず。

10) 葉公 孔子に語げて曰く、我がを党に身を直くする者あり。其の父 羊を盗む。而して子はこれを証す。孔子曰く、我が党の直き者は、これに異なる。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中に在り。

11) 子曰く、君子は無能を病みとす。人の己を知らざるを病みとせざる也。

12) 子曰く、君子は世を没わるまで称せらざるをにくむ。

13) 子曰く、君子は和して同ぜす。小人は同じて和せず。

 

いくつか印象深いものを列挙した。論語の孔子は意外と人間くさい。6)は美人に弱い男の習性を話題にしたもので、南子は論語で出てくる唯一の女性。9)など読むと、孔子は結構プラグマティックな現実主義者で現代中国の人々の思考にも影響していることがわかる。金儲けを悪とはしていないし、大儲けするには小事にかかわるなと諫めている。11)と12)は矛盾しているようにみえるが、結局、なんらかの名をあげることが大事だと言ってるのだろうか?子究9-23に「四十五十にして聞ゆること無くんば其れ畏るるに足らざるのみ」といってるので、「名声」は君子たるものの必要条件のようではある。前からまえからこの2つの文言は気になっている。13)もどちらが、どちらか混乱する。小人の方が「そうだそうだ」と言いながら、心では人を馬鹿にしている。

 

 

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