京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

悪口の解剖学:ジェームズ・ワトソン定番の嫌がらせ。

2020年06月28日 | 悪口学

 ジェームズ・デューイ・ワトソン(James Dewey Watson, 1928年)は1953年にフランシス・クリック(1916年- 2004年)とともに遺伝子DNAの二重螺旋の構造を解明し、1962年にノーベル賞を受賞した。

 ワトソンは、15歳で大学に入学し、20歳で遺伝学のPh.Dの学位をとり、シカゴの神童といわれていた。22歳で英国ケンブリッジに留学し、ここで知り合ったクリックと共同で遺伝子DNAの化学構造を明らかにした。

彼は科学者の伝記によく登場するような自制的なジェントルマンでは決してない。ノーベル賞受賞後に出版した『二重らせん』はベストセラーとなり、いまでも読み継がれているが、この本の中で、ロザリンド・フランクリンの撮ったX線回折写真を本人の承諾もなく見ることによって、DNAの構造を思いついた事をあからさまに述べている。

ウィキペディア(Wikipedia)の記事をみても、人種差別発言を繰り返すなど問題の多い人物である。当年92歳で存命中。

 マックス・ペルツ (Max・F・Perutz)は英国でX線解析法によるヘモグロビンの研究に従事し、1962年にノーベル化学賞を受賞した有名な生化学者である。ペルツは、ワトソンが英国に留学していた1950年ごろ、キャベンディシュ研究所で分子生物の研究グループの主任をしていた。クリックは、そのペルツのグループの一員であった。ある日、ペルツの部屋にクールカットの頭で目玉の飛び出た変わった男が、挨拶もせずに入ってきて、「ここで仕事をさせてもらえませんか?」と言った。その男こそジム・ワトソンであった。

ペルツの評によると、ワトソンとクリックに共通しているのは、自分と知的に同程度の人物はめったにいないという、途方もない尊大さであったとしている。ワトソンが『二重らせん』で、ロザリンド・フランクリンを攻撃的で視野の狭いインテリ女性として描いたことに、ペルツは「才能ある女性を侮蔑したことに猛烈に腹をたてた」と述べている。

 

 フランクリン・ポルトガルはその著、The Least Likely Man-Marshall Nirenberg and the discovery of the genetic code(「あり得ないほどすごい男・ニーレンバーグと遺伝子暗号」)で、ワトソンの異常な性向について、次のようなエピソードを伝えている。

ニーレンバーグは後で述べるが、DNAの遺伝子コードを解明し、1968年にノーベル生理学・医学賞を受賞したアメリカ人である。

 『1961年10月にワトソンはニーレンバーグをマサチューセッツ工科大学での講演に招待した。それを聞きに来た聴衆で大講堂はあふれかえり、後から来た人は建物に入れなかった。

 ニーレンバーグは、遺伝暗号を解明する自分の研究結果を話し始めた。ワトソンは、いつものように、傍らにニューヨークタイムズを置いて最前列に陣取っていた。ニーレンバーグの講演の半ばになるとワトソンは急に新聞をバサバサと広げて読み出した。ニーレンバーグは、ワトソンが気に入らない話しや同意できない話しを聞いた時には、必ずこのような大人げない行動をとることを人から聞いていた。。ニーレンバーグは、この情け容赦のない無礼にたじろいで一瞬講演を中止しようかと考えたが、結局、最後までやり通した。科学者は、話しの内容が不満でも講演が終わるまで静かに聴き、その後で批判や反対の発言をするのが普通である。このワトソンのように、途中で話しの妨害を決してしないものである』(以上庵主訳)

 

 気に入らない講演の話しを聞くと、これ見よがしに新聞を読みはじめるのが、ワトソン定番の嫌がらせであった。どうして、ワトソンはニーレンバーグの講演が気に入らなかったのだろうか。それには、遺伝子暗号の解明にかかわる当時の激しい先陣争いが背景にあった。

 1953年のワトソン・クリックによるDNAの二重螺旋モデルが明らかにされて、ただちに遺伝子暗号を解読する研究が始まった。ワトソン、クリックとガモフは、この研究目的のためにRANタイクラブ(RNA Tie Club)という国際的な組織を作った。これは定員20名で、ワトソン、クリック、ガモフをはじめ、ブレナー、カルビン、シャルガフ、ステントなど錚々たる核酸の研究者が含まれていた。メンバーの一人づつに1個のアミノ酸が割当てられ、それを支配する遺伝子コードを明らかにすることが義務付けられていた。クラブ会員のネクタイには二重らせんがデザインされていたそうである。

 だれもが、このRANタイクラブの一人が遺伝子コード解明の先駆けをするものと信じていた。ところがそれを行ったのは、当時、NIHの研究員の一人に過ぎなかったマーシャル・ニーレンバーグ (1927-2010)であった。かれはドイツから来たポスドクのヨハネス・マッシー (Johannes Mathaei)と協力し、無細胞タンパク質合成系を使って実験をすすめた。そして人工的RNA(UUUUUUUUUUUUUU)を用い、UUUがフェニルアラニンに対応していることを明らかにした。この実験結果は1961年8月のモスクワでの国際生化学会議で発表された。ニーレンバーグは結局、64個のアミノ酸コドンのうち54個を明らかにしている。

 先を越されたRNAタイクラブは、このニーレンバーグの発表に驚き、かつ不快であった。ニーレンバーグの講演で、ワトソンが嫌がらせをしたのは、まさにその態度表明であったのだ。

  ワトソンの相棒であったイギリス人のクリックも、人の講演中に同じように嫌がらせをしたことを、庵主は前のブログで述べた (「悪口の解剖学 IV フランシス・クリック、おまえもか!」19/06/24)。ペルツの言うように、二人とも尊大で二重螺旋のように屈折したところがあった。

 

追記 (2020/03/12)

ジェームズ・ワトソンは、分類学者の間でも評判が悪い。スティーブン・B・ハードはその著『学名の秘密』(上京恵訳)(原書房 2021)でインドネシアのゾウムシにTrigonopterus watsoniの学名が付けられたことに憤慨している。著者はワトソンを強固な人種差別主義者、女性差別主義者として知られており、長らく彼に献名された種の学名がないことを吉としていた。

 

参考図書

Franklin H. Portugal. The Least Likely Man-Marshall Nirenberg and the discovery of the genetic code. The MIT Press、2015

Max・F・Perutz. Is Science Necessary? Essays on Science and Scientists. E.P.Dutton,

1989(『科学はいま』中馬一郎訳 1991、共立出版)

 

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植物の感覚生理学: ダニエル・チェモヴィツ著『植物はそこまで知っている』

2020年06月26日 | 評論

ダニエル・チェモヴィツ著『植物はそこまで知っている』(矢野真千子訳)河出書房 2016

 

 

 

 植物が「見ている」、「臭いでいる」、「感じている」、「聞いている」と言った現象を、動物におけるそれぞれの感覚のメカニズムと比較しつつ、平易に解説を加えている。よくある疑似科学的なお話ではなく、研究報告を踏まえしっかりとした構成になっている。

 

 植物の「見る」ということでは、情報としての光の受容現象、すなわち屈光性、光周性、概日性リズムについて述べている。

ところで、この章にでてくる話しの、フィトクロムによって夕方には遠赤色光 (Fred)が受容され、朝方には赤色光 (red)が受容されるという主張は正しいのだろうか? 夕焼けと朝焼けのスペクタル組成が違はなければならないはずだ。

嗅いでいる」については古典的なエチレン作用の話しにはじまって、ネナシカズラの芽の宿主探索、食害されたヤナギの葉の警報フェロモンの話し(日本でも似たような研究をしている人がいるが、1980年代にすでに、この手の報告が外国であったのだ)。ライマメは細菌にやられるとサリチル酸メチルを放出し、虫に食われるとジャスモン酸メチルを出す。

 植物は物理的な接触刺激だけで活性化する遺伝子が存在し、touch(TCH)遺伝子と命名された。その遺伝子の一つは、細胞内のカルシュウム(Ca)信号の調節に関わるカルモジュリンの合成をするものであった。たくさん作られたカルモジュリンは活動電位中にでてくるカルシュウムと結びつく。

シロイヌナズナの遺伝子の2%以上が、昆虫が葉の上に止まったり、動物が触れたり、風が枝を揺らしたりする刺激によって活性化するらしい。

 音波が植物の成長などに影響を与えるという話しがよくある。ただ、著者のチェモヴィツによると、これらの報告は雑でとても信頼できないらしい。ダーウィンも、オジギソウに自分のバスーン演奏を聞かせて葉が閉じるかどうか調べたが、最後は「まぬけな実験」という自嘲的な記録を残して、無駄な試みをやめたそうだ。

2000年にシロイヌナズナの全ゲノム配列が決定された。そのDNA解析によってヒトの難聴に関わるホモログ(類似)遺伝子が存在することが分かった。それはミオシン蛋白を支配するが、シロイヌナズナの四つの「難聴」ミオシン遺伝子のどれかに変異が生ずると、根毛が正しく伸びなくなる。

この章は「鐘消えて花の香は撞く夕かな」という芭蕉の発句で始まる。これは感覚同調を表現した不思議な句としているが、作者はどこでこれを知ったのだろうか。

 ヒトが耳石で上下(重力)を感ずるように、植物は内皮の平衡石でそれを感ずる。植物の重力感知にかかわる遺伝子スケアクローは内皮の形成を支配しており。これに変異がおこると重力を感じなくなる。朝顔の一品種である「枝垂朝顔」はスケアクローに変異がおこっていることがわかった。植物のツルの回旋転頭運動は、内生的な機構とそれを増幅する重力応答の両方がかかわっている。

 「植物の記憶」現象についても、それらしい話しが紹介されている。ヒトの記憶はエンデル・タルヴィングによると1)手続き記憶、2)意味記憶、3)エピソード記憶の3層に分かれている。すべての記憶に共通するのは記憶の形成(情報の符号化)、記憶の保持(情報の格納)、記憶の想起(情報の回収)という三つの過程である。植物にも同様の現象がみられるかどうかが問題になる。短期記憶としてはハエトリグサでの実験がある。長期記憶としては側芽の形態形成記憶の研究がある。遺伝子レベルではエピジェネティク現象が関与する春化処理などの話しがある。さらにストレスにされされて活性化された遺伝子の発現パターンが次代に継承される例も知られている。

 

上で述べたような植物の情報信号は、受容部から離れた場所に、活動電位といった電気生理応答で伝えられる。この時、細胞内カルシュウム濃度の調節が関与していることが多いとされている。

参考図書

リチャード・フランシス『エピジェネティクス:操られる遺伝子』(野中香方子訳)ダイアモンド社、 2011

 

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コロナ論文数は中米が圧倒

2020年06月24日 | 環境と健康

日経新聞などの報道によると、新型コロナ関連の論文がこの4ヶ月で約1万本も全世界で提出されているそうだ。大量の論文の生産の背景には研究の高度化、高速化、デジタル化などがある。ただ日本のコロナ関係の論文数(33本)は世界8位で、中国 (545本)、米国 (411本)や英国、イタリアに比べても少なく、問題にされている。

多くのコロナ論文が査読前に公開するプレプリントで発表され、バイオアーカイブ (bioRxiv)やメドアーカイブ (medRxiv)といったサイトに投稿されている。

もっとも閲覧回数の多いのは米ロスアラモス国立研究所のKorberらの査読前論文である。これはウィルスの表面のスパイクタンパク質の構造変化と感染力の増大を関連づけたものである。そこでは、スパイクタンパク質における14の変異を特定し、その中の1つの変異株(D614G、いわゆる欧州株)が2月初めから欧州で感染拡大し、世界中に広がったと指摘している。論文は「D614Gの分布は驚くべき速さで増しており、もとの武漢株と比較してより迅速に感染・拡散できる変異種である」と分析している。

AIで論文を分析治療薬の探索を絞り込む試みがなされているが、その実力が試されるチャンスになっている。

 

参考資料

日経新聞 2020/06/14 「知の共有」世界で加速。

Korber B,  et al. Spike mutation pipeline reveals the emergence of a more transmissible form of SARS-CoV-2

(bioRxiv preprint doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.29.069054.)

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ゾンビ化する被感染動物 : 寄生生物が宿主の脳を操る

2020年06月22日 | 環境と健康

寄生微生物が宿主である動物の脳をコントロールして行動をかえて、自分の都合の良い生活を営む例がたくさん発見されている。この分野の研究は、寄生生態学というものであるが、ゾンビ生態学とかゾンビ行動学ともいわれる(実は勝手に作った分野であるが)。

 

1)一番良く知られる例は恐犬病である。発症した犬に咬まれてウィルスに感染すると、それは神経系を介して脳の神経組織に達する。そして、様々な症状が表れるが、水を怖がるようになる(それ故に恐水病とよばれる)。さらに興奮、麻痺、精神錯乱、幻覚をおこして、人が犬の遠吠えのようなうなり声を上げるようになる。

2)ハリガネムシに寄生されたコオロギカマキリカマドウマは、水に飛び込む入水自殺を行う。ハリガネムシにマインドコントロールされているのである。ハリガネムシは水中でのみ交尾・産卵をおこない、宿主を転々と移動して成長するという生活史を持つ。すなわち川で交尾・産卵 → 水生昆虫(カゲロウやユスリカ)体内 → 陸生昆虫体内 → 再度、川 という流れである。

水の反射光に対する反応を異常にすることにより、宿主昆虫を入水自殺させていることが行動学実験などによりわかってきた。その脳には、光応答に関わる日周行動を支配するタンパク質や、ハリガネムシが作ったと思われるタンパク質が発現していた。こういった飛び込み昆虫のマス(量)は、渓流魚が得る総エネルギーの9割以上となり、河川の群集構造に大きな影響をもたらしているそうだ。

3) トキソプラズマ原虫に感染するとヒトを含めた動物の行動が変化するという仮説をチェコ・カレル大学のヤロスラフ・フレグル教授がたてた。

健康なネズミはネコの尿の臭いを警戒して、忌避行動をおこすが、トキソプラズマに感染したネズミは不活発、無用心となって、やすやすとネコに補食されてしまう。そうして、この原虫は最終宿主のネコに寄生をはたすことができるのである。

ネズミの体内に寄生した原虫が白血球に入り、これをトロイの木馬にして脳に侵入して、そこで神経伝達物質のドーパミンを分泌する。そうすることによって恐怖心や不安心を鈍らせせるらしい。フレグル教授のグループの調査結果によると。人でもトキソプラズマ感染者は社交的、世話好きで活発になるという。トキソプラズマに感染した人は交通事故に遭う確率が2倍以上高まるが、これはトキソプラズマが反応時間を遅くするためだとフレグル氏は考えている。さらに、感染者は統合失調症を発症しやすくなるという。トキソプラズマ感染は自殺率の上昇に関連しているという別の研究チームの報告もある。

4)タイワンアリタケ(Ophiocordyceps unilateralisと呼ばれる菌の一種が、アリに寄生すると、組織全体をむしばんで成長する。そして宿主であるアリを木に登らせ、小枝を噛ませることで体を固定する。もはや用済みになってしまったアリが死ぬと、その頭の後ろの部分を破裂させて胞子をばらまき、木の下にいる他のアリたちに感染する。

タイワンアリタケの胞子がアリの外骨格に付着すると、まず硬い外殻を侵食していく。そしてやがて、栄養豊富な内部に入り込む。そこで菌糸と呼ばれる管を体中に伸ばし、哀れなアリの筋肉を貫通するネットワークを形成する。この菌はアリの行動を操作するのだが、実は脳には侵入しない。代わりに脳の周囲と、大あごを制御する筋肉のなかで成長する。これらは噛みつき攻撃の際に使われる部位である。菌は筋繊維の周囲のさやのような部分(筋繊維鞘)を破壊していたが、神経筋接合部は無傷だったそうだ。後者は、ニューロンが筋肉を動かすためのコミュニケーションが行われる部分である。アリが目的地に到着して、小枝を噛んだ瞬間、菌が同時に何らかの物質を放出して筋肉の強制収縮をもたらすと考えられている。

5) ガラクトソマム(Galactosomum)は、Heterophyidae科の吸虫。主に水生鳥に感染するが、幼虫としてイシダイ、トラフグ、イワシなのど魚に寄生する。感染すると魚が水面でクルクルと回って泳ぐ。寄生虫が神経を刺激することが原因で、 クルクル回ることでウミネコなどの海鳥に捕食されやすくなる(動画:https://www.fam-fishing.com/entry/galactosomum)

6) 扁形(へんけい)動物の一種、ディクロコエリウムという槍型吸虫の成虫はウシなどの草食動物の肝臓に生息している。卵は糞として宿主から排出され、カタツムリに食べられる。その体内で卵が孵化すると、カタツムリは寄生虫のまわりに保護嚢を作り、粘液とともに吐き出す。この吸虫入りのスライムは、アリのエサになって感染する。普段は物陰に隠れているアリが、感染すると葉の先端に移動するなどして行動が変わる。すると、牛や羊が葉もろともアリを食べるので、寄生虫はもとの宿主を乗り換えることができる。

7)ロイコクロリディウムカタツムリに寄生すると、角に集まって縞模様になり上に下へと動く。あたかも芋虫のような動きをするので、鳥の目にとまって食われる。鳥の体内で卵を産み、それが排泄されてふたたびカタツムリに寄生する。

(動画:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150219/436285/)

参考文献

石弘之『感染症の世界史』角川ソフィア文庫、2019

 追記(2023/01/28)

宿主をゾンビ化する寄生菌、ヒト感染する可能性は? | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト (nikkeibp.co.jp)も参考なる。

 

 

 

 

 

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ハナショウブ(花菖蒲)

2020年06月21日 | ミニ里山記録

 

 

花菖蒲化粧崩れの帯を解く   保坂加津夫

 

ハナショウブ(学名Iris. ensata var. spontanea)。ノハナショウブの園芸種で、約5,000種類あるといわれている。我が家のビオトープに昨年植えたものが咲いた。

 

  

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世界の感染症データ: 石弘之 『感染症の世界史』より

2020年06月20日 | 環境と健康

石弘之『感染症の世界史』角川ソフィア文庫、2019

 

 石弘之氏 (1940生)は東大卒業後、朝日新聞編集委員、東京農業大学教授、東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使などを歴任した環境問題研究家である。庵主は90年代に文部科学省の生物多様性プロジェクトで同氏を知った。石氏は、一見、書斎派の学者のような印象だったが、フィールドワークもさかんに行っておられたようである。本書の「あとがき」では、感染症の罹患歴として「マラリア四回、コレラ、デング熱、アメーバー赤痢、ダニ発疹熱各一回、原因不明の高熱と下痢数回....」と書いている。

この書は、人類の感染症の歴史を読み易くまとめたものであるが、感染症に関する様々なデータが登場する。それ故に一種のデータブックとしての価値があると思える。以下、興味あるデータ記載をランダムに拾いだして紹介する。

 

1) デング出血熱の感染者は世界で毎年5000万〜1億人、発症する患者は50万人、死者は2万人。

2) マラリアの感染者は年間3-5億人、100-150万人が死亡。その9割が5歳以下の幼児。

3) 人に病気を起こす病原体は1415種、そのうち細菌が538種、ウィルス217種、菌類307種、原虫66種、寄生虫287種。うち60%が動物を媒介して人間に感染する。さらに、うち175種が、この半世紀に出現した新興感染症(エマージング感染症)である。

4) 人と家畜で共有する病原菌は、犬と65種、牛と55種(天然痘ウィルス、結核菌、ジフテリア菌など)、豚と42種(百日咳、E型肝炎ウィルスなど)。

5) 時代ごとに感染症の主流は交代した。13世紀はハンセン病、14、15世紀はペスト、16世紀は梅毒、17~18世紀は天然痘、19世紀はコレラと結核、20世紀はインフルエンザがそれぞれ全世界的に流行った。21世紀前半の最近になって、Sars系統の新型コロナウィルスがCovid-19のパンデミックを起こしている。

6) 地球は微生物で満ちており、年間200万トンの細菌、ウィルス、5500万トンの菌類の胞子が霧雨のごとく降り注いでいる。これが人の健康(たとえばアレルギー症)に影響している可能性が多いにある。

7) 人体の常在菌の種類は舌に7947種、喉に4154種、耳の中に2354種、大腸に3万3000種もいる。口中には100億個、皮膚には1兆個以上の常在菌がいる。ヘソのゴマの常在菌は2368種である。この中には深海の熱水噴孔にいる極限環境微生物に似た細菌もいる(ヘソの孔は極限環境?)。人の常在菌の総重量は1.5Kgもあるそうだ。

 人類とともに名うてのばい菌の運び屋はコウモリである。コロナウイルスだけでなくエボラ出血熱ウイルスなど100種以上のウイルスを体に保持している。映画「アウトブレイク」でアフリカの占い師が「本来人が近づくべきない場所に人が木々を切り倒しためために、めを覚ました神の怒りの罰として病気を与えた」とのべるが、実はジャングルのオオコウモリだった。

8) HIV(AIDS)感染者は累計で7500万人、累積死者数は3000万人、年間の新規感染者数は230万人、エイズ関連死者数は100万人。世界人口の0.8%が感染者か患者である(日本は0.1%). 

9) 成人T細胞白血病(ATL)の感染者は日本全国で108万人。年間約1000人がこれで死亡する。

10) 2009年メキシコ発のブタインフルエンザ(H1N1亜型)の流行では199カ国で感染者は推定100万人、死者は1万8000人であった。日本では死者は203人だった。別の統計では、死者12万〜20万人で、関連死も含めると40万人という説もある。

11) 2001~03年のトリインフルエンザ(H5N1亜型)では、感染者630人で死者は374人であった。死亡率6割という強毒性のものであった。疫学者が再度の蔓延を考えると怖くて寝れないという最凶のインフルエンザウィルスである。

 

これらの統計データーをみると、人類のほとんどが、いずれかに罹患しているか、何らかのリスクに曝されているかと思える。まさに『ヒトは病原菌の満ちあふれた大海に漂う小舟の乗組員にすぎない』

 

 

 

 

 

 

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ブドウトリバ (葡萄鳥羽蛾)

2020年06月20日 | ミニ里山記録

なんとなく葡萄鳥羽蛾のような奴 楽蜂

 

ブドウトリバ Nippoptilia vitis (Sasaki, 1913)。体長約1センチ半。細い胴体に細い翅。深く切れ込んで羽毛のような毛を持つ独特の翅を持つ。一見、蛾のようにはみえず、大型の蚊あるいはガガンボのような姿である。幼虫はノブドウ、ヤブガラシの花や果実を食べる。

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病原体に感染しても必ずしも発症しないという事

2020年06月15日 | 環境と健康

19世紀の終わりまで、病気の原因は人とその環境の間の調和が欠ける為と考えられていた。古代ギリシャのヒポクラテスによると四つの体液間のバランスの崩れが病気をおこすと唱えた。中国では陰と陽の組み合わせがその原因であるとした。

 

ヒポクラテス

しかし近代になって、ルイ・パスツールローベルト・コッホおよびその後継者達は、唯一特別な微生物によって病気が生ずるとした。この特異的病因論が、その後の医学の理論的支柱となり治療の実践の要諦となった。

ところが病原体を摂取したり、感染しても発病しない例がたくさん見つかった。

1900年ごろドイツのベツテンコーファーやフランスのメチニコフはコレラ菌をたっぷり飲んだが、発症しなかった。コレラ菌がまず腸管に定着し、発症するために幾つかの条件が必要と思われる。感染症の発病には、まず必要条件としてウィルスや細菌のような微生物が要求され、さらにそれが体で増殖、発病するための十分条件が整わなければならない。必要条件での研究はやりやすいので進んでいるが、十分条件の生理的研究はあまり進んでいない。

Covid-19についても原因ウィルスのSARS-Cov-2の分析はさかんになされているが、発症のメカニズムはよくわかっていない。ウィルス感染者の8割が無自覚ないし軽症なのに、2割が重症になる理由は、体質的なものか患者の内部環境の問題かは、大いなる研究課題である。最近、こういった視点からやっと患者のゲノム解析が始まった。

 

参考図書

ルネ・デュボス 『健康という幻想-医学の生物的変化』田多井吉之介訳、紀伊国屋書店

1983

 

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マクニールの『疫病と世界史』を読む

2020年06月13日 | 環境と健康

 本書はWilliam H. McNeil『Plaques and peoples』(1976)の日本語訳である(佐々木昭夫訳、中央文庫)。この書は人類における感染史の教科書といえるもので、この分野の研究者の必読本となっている。

  エルナンド・コルテスが、たった600人の部下の軍隊で数百万の民を擁するアステカ帝国を滅ぼすことが出来たのは、彼らが持ち込んだ天然痘であったという説はマクニールを嚆矢とする。同様のことを述べたジャレッド・ダイアモンドの有名な『Gun, Germs and Stell』(銃、病原菌、鉄)は1997年に刊行されたものである。

 マクニールは人類の歴史を貫く二つの太い糸として「マクロの寄生」と「ミクロの寄生」を考える。マクロ寄生とは支配者による社会的収奪であり、ミクロ寄生とは微生物による生物的消耗のことである。この二つの系の織りなす様々な歴史的な事件が、世界の人口や文明の消長を支配してきた。本書では、熱帯林でくらしていた人類の祖先から、現代人にいたるまで、疫病の物語が滔々と展開する。ここでは、興味深い考察をいくつかピックアップしてみた。

 

1)インドのカースト制は感染症対策のソシアルディスタンスだった。

 古代インドでは文明化した部族と森にすむ部族が棲み分けていた。一般的には、辺境の部族は文明の進んだ部族にいつのまにか”消化吸収”され混然融和されてしまうのだが、ここではそうならなかった。高温多湿な熱帯雨林での疫病が、文明の侵入を許さなかったからである。こういった生態的な背景があったので、インドでは、森の部族の人々を隔離された下層カーストとして組み入れる特殊な社会が形成された。そして、カーストの枠として身体的接触を忌諱する不可触賤民を形成した。どの社会でも、感染症の発生頻度の多い職業が、地理的な隔離をうけておのずと被差別地区へと変遷する歴史的な経緯があったのではないか?これは、単に嫌悪感からくる社会的差別感情だけで出来たものではなく、森の部族からの感染菌による疫病へのおそれが重要な動機としてあったする。文明化された都市の住民も、それなりに病原菌を持っていたろうから、このことは逆に森出身の人の防疫にもなった。

最近、インドではCovid-19のために、大都市のロックダウンが行われた。そうすると数百万もの森や村から来ていた人々が、一斉に都市を離れて故郷に逃げ帰った。彼らは都市で定着した生活を営んでいたのではなかった。

 

2)19世紀のフランス陸軍では田舎から来た兵士の方が都会の兵士より病死率が高かった。

田舎出身の身体強健な青年よりも都会の栄養不良で虚弱な青年の方が感染症になりにくかった。都会では、ほとんどの住民が子供の頃に多くの感染症(麻疹、疱瘡、おたふく風邪、百日咳など)に罹り、軽くすんで免疫を獲得していたが、田舎では大人になるまでその経験がなかったからである。現在はワクチンのおかげでそのような違いは見られないが、新型感染症ではそのようなことが将来おこる可能性がある。

 

3)生涯身体で生き残る病原菌

 抗体ができても数年間、いや終生、宿主の体内に病原体が残存する感染症がある。「腸チフスの料理人メアリー」の話しは有名である。彼女は症状が出なかったが、知らずにチフス菌をばらまいて他人にひどい感染をおこしたスパーブレッダーであった。菌にとっては、宿所で生き残るための隠れ戦術といえる。メアリーの場合は、胆のうにチフス菌が巣くっていたそうだ。

我々も大抵、子供の頃に罹った水疱瘡のヘルペスウィルスを終生、身体に保持している。これは実に50年以上も、遠心性神経組織に潜んでおり、体調が悪くなると成人病の一種である帯状疱疹となって発症する。Covid-19のSars-CoV-2がこういった隠れウィルスになるかどうかは、まだ分かっていない。結核菌も病後、長いあいだ体の一部で休眠のような状態で巣くっているとされる。

4) 中国における疫病史とCovid-19発生の背景

 中国の古代文明は黄河流域で発祥し、紀元前600年頃にはこの広大な氾濫原を利用した稲作が盛んに行われた。豊かな食糧の備蓄によって、戦国時代となり、紀元前221年に秦が天下に覇を唱えたが、短い内戦を経て漢帝国が成立し、実質400年にわたり全中国を支配した。そして黄河流域の華北を中心とする文明が華中、華南に進出しはじめたのは漢王朝の末期であった。肥沃な南への進出が遅れた理由は、その地にはやる疫病罹患が大きなリスクとなって、開拓者にのしかかってきたからである。

華北と華南は山岳地帯によって分断され、気候風土がまったく違っている。華北の疫病に適応し馴れてしまった人々にとって南方にはびこる恐るべき困難は、新たに遭遇する病原体(菌やウィルス)であった。司馬遷の史記に「揚子江江南の土地は低く気候が湿潤で成年男子は若くして死ぬ」と書かれている。南方に派遣された官吏の任期は著しく短く、そこで死亡する者の割合が高かった。三国志のクライマックスである「赤壁の戦い」で、南下した曹操の大軍は、呉と蜀の連合軍に破れたと演義には書かれているが、実は史実によると、曹操軍に蔓延した疫病(多分赤痢かチブス)のために、戦う前に撤退したらしい。

中国の南部でなんとか人口が維持できるようになるのは、10世紀の宋王朝になってからである。そこでの疫病に何度も打撃を受けながら、適応できた集団が淘汰されて、人口を増やしていった。

マクニールの本書には付録「中国における疫病」(クインシー・カレジッ極東史教授ジョゼフ・H・チャー編纂)がついている。これをみると中国の歴史は、どこかで感染が連続している。

 中国は広大な地域に膨大な人口を擁する多民族国家である。それは人文地理的に幾つかのブロックに別れており、そこでは、独自の遺伝子構成を備えた人々が、これまたその地に独特の感染微生物と共存してくらしている。それらは長い歴史的な経緯を経て共存しあって、いまやほとんど無害になったか、小児病として子供の頃に軽く感染するぐらいのものになっている。少し強情なものは、風土病となっているが、その地域では平衡状態になっていて、おおむね平和共存している。

 こういった安定状態にある多数のブロックを攪乱する事態が近代の中国に起こった。中国は近代化と経済発展を目指して、国土の隅々まで高速鉄道と道路網を張り巡らした。人、物および感染微生物の往来は無尽となり、多数のブロックコンテンツの無秩序なミックス(混合)が行われるようになった。各ブロックで、なんとか維持されていた調和は破壊されて、ある地域ではいままで経験しなかった微生物フローラに曝されるようになった。

今や中国の交通網の中心の一つである武漢で、Covid-19の原因ウィルスであるSars-Cov-2が発生したことは象徴的なことである。Peter Daszakによると20世紀に人類が経験した約500種の感染症の解析の結果、人口が密集し、道路が拡充され、森林が破壊され、農業の拡大により景観が変化した場所ほど、新たな病原菌が出現する頻度が大きいことが分かった。

(J.チウ「追跡新型コロナウィルスの起源;中国のコウモリ洞窟を探る」日経サイエンス 2020/07 p30-36)

5)防疫に役立つ迷信のはなし

昔、満州の部族は草原に棲むげっ歯類マーモセットについて、つぎのような禁忌を伝承していた。マーモセットは罠で捕らえてはいけない。弓矢か銃で捕らえよ。また動作の鈍いマーモセットに近づくな。マーモセットの集団に病気の兆候が出たら、テントをたたみ移動せよ。マーモセットはペストの保菌動物であるので、これらの伝承は防疫に役立った。

清朝が衰微して、漢民族が満州に入り込んで毛皮をとるために、むやみにマーモセットを捕獲した。当然の事のように中国人にペストが発生し、ハルピンから建設されたばかりの鉄道によって四方に広がった。迷信が大事な祖先の知恵を伝えていることもある例だ。

 

6)病原体の間に疫病競合がおこることがある

ハンセン病は中世における大きな感染病であった。これが14世紀以降激減した。この原因はそのころから流行り始めた結核と免疫競合したためではないかという説がある。結核菌と接触が、ハンセン症に対する部分的な免疫をもたらすものであることは、疑いようもないとマクニールは言う。Covid-19にBCG接種が部分免疫を示すのではないかという説と似ている。

 

追記1)2020/07/01

多くの国で一夫一妻制をとり、フリーセックスを社会的に排除してきたのは、淋病をはじめとする感染症を防止するためのものであった。アダム・クチャルスキーの「感染症の法則」(草思社2021)にそのようなことが書かれている。

 

 

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近代医学と自然治癒エコロジー派の相克

2020年06月13日 | 環境と健康

 近代医学を支える思想は特定病因論である。一つの病気には、それに対応する一つの原因があり、それを取り除けば病気は治るとする。インフルエンザに罹れば、抗ウィルス剤と解熱剤を投与して原因ウィルスを体内から駆逐すればよい。

一方、エコロジー派の人は次のように主張する。ヒトはもともと自然治癒力を備えているので、副作用のリスクのあるクスリは必要ない。子供が高熱を発すると、すぐに解熱剤を投与する傾向にあるが、風邪の発熱は体内に侵入した病原体を熱で弱らせるための防御手段である。下痢もまた、毒物を一刻も早く体内に排出する緊急措置である。それをクスリによって抑えることは結果として病気の回復を遅らせるものだという(現にコレラ患者に下痢止めを与えると死亡率がたかまる)。プラトンもその著『共和国』で、病院や医師が多数、必要な都市は悪い都市であると述べている。

  医者が基本的にもうけ主義で、だいたい不要な検査や治療を施すこと、それはかえってリスクがあることを市民は知っている。ただ、敗血症になりかけの患者は、ただちに抗生物質の投与が必要だし、熱中症で脱水症状の子供には点滴が必要になる。そういった時は、理屈ぬきにお医者サマに頼らなければならない。

 大部分の日本人は「近代医学か自然治癒エコロジー」かといった極端な二分法は採らずに、状況に応じて適当に使い分けている。新型コロナウィルス感染症(Covid-19)に関しては、今のところ適切な治療法は見当たらないので、賢い市民の場合は少し体調が悪くても病院には近づかず、自宅で安静を保つようにしている。ただの風邪なのに、PCR反応が擬陽性で指定病院に隔離され、そこでウィルスに感染しては、たまったものではない。

 老化と癌だけは、自然治癒力を今のところ期待できない。だったら、これらは近代医療のお世話になるのかどうか問題になるが、それぞれ医者が何をしてくれるかを冷静に見極める必要があるということだ。

 

 

 

 

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抗生物質の効かないMRSA(耐性黄色ブドウ状球菌)の悲劇

2020年06月12日 | 環境と健康

MRSA(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ状球菌)という奴はとんでもなくやっかいな細菌らしい。ほとんどのMRSAが多剤耐性で、ペニシリンだけでなく、セフェム系、カルバペネム系、ニューキノロン系、アミノグリコシド系抗生物質に耐性となっている。前に紹介した『感染源』の作者ソニア・シャーさんは、これに感染した苦い経験をしている(2020-05-18拙ブログ)。

(MRSAの写真 Life Scienceより引用転載)

1947年に戦勝国アメリカよりペニシリンが日本に入ってきてから、我が国に抗生物質神話ができあがり、それに関する様々な開発と利用がなされた。そのおかげで、結核のような感染症は少なくなった。ただ、それの減少の背景には日本人の食生活や環境が改善されたことも忘れてはならない。

ともかく、感染症には抗生物質が効くということで、医者は不必要にこれを使うようになった。現代医学は病気をその根源で治すことより、クスリをたくさん出すほうが儲かるので、むやみやたらに大量の抗生物質を使った。

 その結果、細菌の生態系に変化が起こり、突然変異で抵抗性をもった種類の細菌がはびこりはじめた。その代表がMRSAである。MRSA自体は特殊な細菌ではあるが、普通の環境では、他の細菌との競争に弱く姿を消すか、おとなしくしている。抗生物質が大量に使われて常在細菌のいない場所や患者の体内でしか増殖できない。こういった特殊環境をわざわざ作り上げたのは、現代医学にほかならない。たんに検査のために入院し、MRSAに院内感染して死亡するといった例はごまんとある。クワバラクワバラ。

 現代医学はなおもMRSAに打ち勝つために、新たな抗生物質であるバンコマイシンやハベカシンなどを開発したが、当然、これらの耐性菌が出現してくる。クスリで稼ぐという現代医学のシステムが変わらないかぎり、このイタチごっこは終わらない。

追記1)

 MRSAで免疫力が落ちた患者や高齢者が感染すると、敗血症や髄膜炎をおこす。これが原因で、年間で約4224名もの死亡者がでている。また緑膿菌も同様に危険な常在菌である(週刊現代7月4日号特集「コロナでいろんなことが分かってきたーこの国の病院と医療について考える」

 

 

 

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クリニックの患者数激減が意味するもの

2020年06月11日 | 環境と健康

 新型コロナウィルスが流行してから医療機関を訪れる患者の数が激減しているらしい(図参照)。東京都内1200ヶ所の診療所の9割ちかくで収入が減少、おまけにコロナ対策のための経費もバカにならない。このために多くの医療機関やクリニックが、経営危機に直面している。日経メディカルの報道では多くの医者がコロナ鬱症になっているそうだ。

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202005/565720.html?n_cid=nbpnmo_mled

 

(参考資料から引用転載)

 

最も受診控えがおこっているのは小児科である。「子供が少し熱を出した」「くしゃみをする」といって、子供を連れて医院に駆け込むアホなお母さんが少なくなったせいである。飲みもしない薬をもらいに医者に行く年寄も減った。ようするに不要不急な「病気」がなくなったということだ。おまけに、病院に行ってインフルエンザのような感染症をもらうリスクもなくなった。医者や薬にたよらずに、市民が自分で自分の健康を管理する自発性を育てる契機にコロナ禍がなればよいと思う。

 

 

参考論文

井上有紀子、 『患者の激減と消毒・防護で赤字』AERA 20/6/15号

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Covid-19は血栓症リスクを誘発する

2020年06月11日 | 環境と健康

 Covid-19の多様な症状を解く鍵はACE2(アンジオテンシン分解酵素2)であると前に述べた(2020-06-04 庵主ブログ参照)。Covid-19の重症者の30%に血栓が生ずる。そして30-40代の患者が脳梗塞を併発する例が多数報告されている。血栓は、動脈にも静脈にもできて、大いものは直径1cm,長さ10cmにも及び、これらが飛んで脳や心臓の血管に詰まり、脳梗塞や心筋梗塞を起こす。静脈にできた血栓は肺で詰まり肺塞栓症を起こす。これは飛行機の旅客におこるエコノミー症候群と同じ現象である。

そのメカニズムは以下のように考えられている。血管にあるACE2の受容体にSars-CoV-2ウィルスが結合し、ウィルスは血管内に入り血管内皮を傷つける。それを修復するために、その部分に血小板が集まり、白血球からサイトカイニンが放出される。サイトカイニンにより凝結系が活性化されて、そこに赤血球も取り込まれて血栓が生ずる(図参考)。

 

(参考資料より引用転載)

Covid-19に感染し、自宅で療養中に呼吸困難になって死亡した人の中には、血栓が肺に飛んで肺塞栓症を起こした可能性が高い。血栓症の進み具合を判定するために、血液中のdダイマー値の測定が、こういったリスクを予防するのに必要である。日頃、血圧の高い人や心疾患のある人はリスクが高いので注意が必要である。

 

参考論文

F.A.Klok et al. (2020) Incidence of thrombotic complications in critically ill ICU patients with COVID-19. Thrombosis Res.

191, 145-147.   (https://doi.org/10.1016/j.thromres.2020.04.013)

野村昌二、 『コロナが襲う血流危機』AERA 20/6/15号

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下水のSars-CoV-2ウィルス検出がCovid-19の流行予測に役立つ!

2020年06月10日 | 環境と健康

  米イェール大学のJordan Pecciaらは、人口約20万人の下水を処理する米コネチカット州ニューヘイブンの下水処理場で下水汚泥試料を毎日採取し、新型コロナウイルスのRNAを抽出・分析し、その地域でのCOVID-19感染者出現のデータと比較した(medRxiv preprint doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.19.20105999.。彼らは下水汚泥に含まれる新型コロナウイルスのRNA濃度と、この地域で確認された新型コロナウイルスの感染者数と入院患者数との比較を行った。その結果、SARS-CoV-2 RNA濃度は、COVID-19の感染者よりも7日間、入院患者数より3日間先行する優れた指標になるという(図1参照)。

 

図1.COVID-19の新規陽性者数(黒線)と、下水汚泥1mL中のウイルスRNAの量(赤線)(参考論文より引用転載)。

 

   Sars-CoV-2は感染者の糞尿中に排出されるので、下水をモニターすれば、市中感染のサーベイになると考えられ各国で調査が行われていた。環境DNAと違って、環境中のRNAは不安定で分解しやすいので、どれだけ定量的に分析ができるかが、ポイントであった。

この報告の結果が信頼できるとすれば、下水Sars-CoV-2の検出はCovid-19の発生・流行に関する有力な予測指標になりそうだ。サンプルの採集地点を細かく選ぶことによって、保菌者が集中する地域も特定できる可能性もある(例えばビル毎とか)。

 

参考論文:

Jordan Peccia et al., (2020) SARS-CoV-2 RNA concentrations in primary municipal sewage sludge as a leading indicator of COVID-19 outbreak dynamics . medRxiv preprint. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.05.19.20105999v1#disqus_thread 未査読論文 (Medrxivは、健康科学に関する未発表の原稿を配布するインターネットサイト)

松岡由希子 『下水が新型コロナ早期警戒システムになる?』Newsweek日本版(2020年5月28日)

 

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社会性昆虫と感染症

2020年06月06日 | 環境と健康

(アリのコロニーでの労働:参考文献より引用転載)

 動物における社会性の要件は密集である。社会性昆虫のミツバチ、アリ、シロアリなどはコロニーを形成して高い密度で生活している。昆虫における社会性の進化の必要条件の一つは、外敵にたいする防衛行動と考えられている。社会生物学の専門家であるエドワード・ウィルソン博士は、オオズアリを用いてそれを明らかにした。

 

       

                        (ウィルソン博士のサイン)  

 

別の必要条件は、あまり議論されないが、集団での防疫能の獲得である。

コロニー内のアリやハチが微生物の攻撃を受けないかというと、そうではない。昆虫の集団の一匹でも病原性の微生物に感染すると、それはたちまちコロニー全体に広まってしまう。例えば、アリに取り付いてゾンビ化する寄生菌の話しがナショナル・ジオグラフィックで紹介されている (https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/111400440/)。

 社会性昆虫はウィルスや細菌の感染を防ぐ為に、巣の清掃、グルーミイングを四六時中行っている。シロアリは唾液腺からリゾチームというバクテリアの消化酵素を分泌して、有害な巣内の病原菌を消毒している。さらに少しでも弱った個体がいると、健康なアリやハチに外に追い出されてしまう。それほど、彼らは衛生環境のキープに多大なエネルギーをかけている。

 

 社会性昆虫の防疫能は、他の生物のそれと同様に微妙なバランスの上でなりたっている。環境が変わると、いままで何ら影響の無かった微生物が突然、病原性を発揮してパンデミックを起こすことがある。たとえば、セイヨウミツバチで問題になっていたCCD(ミツバチコロニー崩壊症)の原因は単一ではなく、イスラエル急性麻痺ウイルス(IAPV)、ノゼマ病原菌などが原因で、これはミツバチを取り囲む環境変動がその背景にあると考えらえている。

 

 社会性でないのに高密度で育つ昆虫にカイコがいるが、これにはやっかいな感染病が昔から知られている。微粒子病、硬化病、軟化病、膿病(核多角体病)などである。いったん、蚕室にこれらが発生すると、たちまち全体に広がり全滅してしまう。カイコはこれらに対してなんら自己防衛的な行動をとらないから、飼育者が残存個体を焼却し、環境を消毒・滅菌して拡大を防ぐ必要がある。養蚕はこういった感染症との闘いの歴史である。

 

参考文献

横山忠雄監修 『綜合養蚕学』中央蚕糸協会 (1954)

Edward O. Wilson  (1976) The organization of colony defense in the ant Pheidole dentata (Hymenoptera  :Firmicidae) Behav. Ecol, Sociobiol. 1, 63-81.

Fujita A., Minamoto T., Shimizu I. and Abe T. (2002) Molecular cloning of lysozyme-encoding cDNAs expressed in the salivary gland of a wood-feeding termite, Reticulitermes speratus.  Insect  Biochem. Mol. Biol. 32. 1615-1624.

 

 

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