京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

分蜂:連作俳句

2024年07月08日 | ミニ里山記録

 

 目出度さも知らで荒ぶる箱の蜂

 春疾風への字くの字とハチは飛び

 待箱を置けば我が家は里めきぬ

 分蜂の山越えて来る羽音かな

 楠樹の蜜蜂共に博士号

 蜜蜂の滅び行く日も梅雨やまず

 蜂の巣もメルトダウンの暑さかな

 巣の奥で面型雀蛾(メンガタスズメ)鳴く夜かな

 蜜房を割く丸く小さな背を曲げて

   廃兵となって巣を出る蜂を追う

 

 シャーロック・ホームズがそうしたように、ちょっとした庭のある英国人は、退職後、庭で養蜂を行う。ロンドン近郊のシルウッドパークという学園都市に立ち寄った時、多くの民家の花壇に、ミツバチの巣箱が置かれているのを見た。趣味と実益といった事もあるのだろうが、ヨーロッパにおける養蜂の長い歴史文化を垣間みた気がした。

 イギリス人にならったわけではないが、定年後、ニホンミツバチを飼い始めた。幸い、現役時代にミツバチの行動研究を行っていたので、飼育のノウハウは分かっている。いま住んでいる家は京都市の真如堂のそばにある。庭に待ち箱を置くと、ほとんど毎年、ニホンミツバチの分蜂群が入る。付近の吉田山や京大構内には、いくつもコロニーが存在する。それは時計台前の楠のウロ、神社の古い井戸、墓の下、民家の床下などに見られる。これらミツバチコロニーが、我が家に飛んで来る分蜂群のソースになっている。

 春先、分蜂の季節になると、待ち箱にニホンミツバチの偵察蜂がやって来る。偵察蜂は候補となる巣の位置、大きさ、巣口の広さ、内部温度などを総合的に判断して、そこが定住するのに好適であると判断すると、もとの巣や蜂球でダンスを踊り、他の仲間にアピールする。そのうち偵察蜂の数がどんどん増え、巣口の出入りだけ観察していると、すでに分蜂群が入ったのかと錯覚する程になる。これは。だいたい二〜三日かけて行われ、いい場所には占有権を主張するためか、偵察蜂の一部が夜中も居残るケースがある。同じ箱の中で違ったコロニーの蜂同士がであった場合、取っ組み合いのけんかが始まる。

 そのうち、ニホンミツバチの分蜂群がやって来る。無数の蜂の羽音で、あたりに異様なうなりが溢れる。彼等は、女王を中心に一旦集結するか、あるいはすでに入居を決定している場合は、直接そこに向かう。集結しても大抵、数時間以内に新たな巣を見つけて、全員が飛び去ってしまう。この時期のミツバチは刺さないモードになっているので、刺激を与えないで静かに見守るのがよい。殺虫剤などをかけて追い払おうとすると、かえって興奮し飛び回り収拾が付かなくなる。

 丸胴の巣に、分蜂が入居すると、日ごとに巣盤が大きくなっていく。働き蜂は毎日、半径約二〜三キロ以内に餌を探しにでかけ、花粉と蜜を集めてくる。時期によって、咲く花が変わるので、足についている花粉の色が変わる。花粉分析をすると、周囲にどのような花資源があるかわかる。

 京都の夏は、彼等の元のすみかである熱帯林よりも高温多湿である。ミツバチにとって、この暑さはまことに要注意で、巣盤が融けて崩落することがたまにある。出入り口で何匹もの働き蜂が扇風行動をおこして空冷するのだが、あまりに暑いと追いつかないのだ。こういった崩落を防ぐために、巣を二階建にして、上下の通気をよくしてやる必要がある。

 今世紀初め頃から、米国各地で養蜂用のセイヨウミツバチが、巣箱から逃亡してしまう現象が、頻繁におこりはじめ、これは CCD (蜂群崩壊症候群) と呼ばれている。この現象の特徴は、働き蜂の大部分が逃去し、しかも死骸が巣の周りに見当たらないことである。女王と幼虫が巣にとり残されているが、働き蜂がいないので、コロニーはすぐに全滅してしまう。今までのミツバチの行動に関する知識からすると、常識はずれの不可解な現象といえる。比較的病気に強いと言われるニホンミツバチでも、原因不明で、コロニーが次第に弱り消滅する事例が多くなっているそうだ。

 ミツバチは、狭い空間に密集してくらしている社会性昆虫である。このような生活形態は、迅速な情報伝達を含めた効率の良い生活を営む基盤となっているが、一方で病原体や寄生虫に感染すると、たちまち巣全体に広がるという弱点を備えている。これはヒトを含めた社会性の特質であるが、風通しの良さが災いして病気が短期間に蔓延する傾向がある。

 ある秋の夜、巣箱でギギギ•••といった異様な音がするので、巣の蓋をはずし、懐中電灯で中をのぞくと大型の蛾がいた。ミツバチの巣を襲って蜜を盗むメンガタスズメガ(面形雀蛾)の成虫だ。背中にドクロのような不気味なマークを持っているので、面形という。おまけに体のどこを振動させるのか、蛾のくせに鳴くのである。こんな不気味な特殊な蛾が、近所に生息している事が信じられなかったが、ある日、石崎先生(名大名誉教授)のお宅にうかがったとき、庭の花壇にこの幼虫が発生するとお聞きした。我が家は、白川通りをはさんで、先生宅とは五百メートルも離れていない。

 ニホンミツバチは、西洋蜜蜂に比べて温和で、取り扱やすいと言われている。テレビでも、養蜂家が素手で巣盤をさわっている映像が流されたりする。しかし、これは春や夏の季節の事で、越冬中の連中は極めて神経質になっており、少しでも巣箱に刺激を加えると興奮し、頭を狙ってブンブン攻撃してくる。野外で熊にさんざん襲われてきた種の習慣が、遺伝子に刷り込まれているのだ。

 京都美山町の里山でフィールド調査したことがある。このあたりの農家は、ミツバチの巣箱を置いてくらしている。孫が来たときに、瓶に詰めてもたせるぐらいしか蜂蜜は、とれないそうだが、分蜂群の飛来を吉兆として大切に保護している。筆者のように、京都の街中でも、ニホンミツバチの自然群を飼育できるのは、たいへん幸運なことと思う。

 

追記(2024/07/08)

セルゲーエフ・ボリス・フェドロヴィチという人の書いた本「おもしろい生理学」(東京図書:金子不二夫訳、1980)によるとメンガタスズメの出す音は、女王バチが巣内で出す音と同じで、門番バチをだます声色だそうだ。擬態ならぬ擬声?

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「蕪村評論」の評論

2024年07月06日 | 評論
(呉春筆 蕪村像)
 
 蕪村の俳句を評論した文集は多い。江戸期後半には、俳人として、ほぼ無視されていた蕪村俳句を掘り起こしたのは、明治になって正岡子規である。以来、多数の俳人あるいは評論家が蕪村の俳句を独自の視点で解釈・評論している。それぞれの特徴を取り出し、その評価と批判を行なった。
 
1) 中村稔「与謝蕪村考」(青土社)2023 
 著者は弁護士さんのようである。弁護士の俳句評論とは、かかるものかと納得した。著者は、まず他の評者の意見を紹介し、裁判における相手側の陳述書に対するように、これに反論していく。たとえば蕪村「春風馬堤曲」の章では尾形功の解釈を紹介し、たまに同意することもあるが、ほとんどケチをつけている。その立場は、有体に言って弁護士リアリストとしてのもので、揚げ足取りで面白くない。たとえば、俳詩「春風馬堤曲」に登城する主人公を軽佻浮薄な女の子の道行ととらえている。中村は、「尾形は学者のくせに想像力が過剰すぎる」と批判してるが、尾形の解釈の方が、ずっと豊かで楽しい。ようするに面白くないのだ。かといって弁護士的リアリズムに徹しているかというと、そうでもない。たとえば、蕪村の「離別(さら)れたる身を踏込んで田植えかな」の解釈を、離縁された女性が田植え時期に員数合わせで婚家に呼び寄せられ手伝う情景としている。これは、珍しく尾形の「蕪村全集」での校註に従ったようだが、常識的にはありえない話だ。藤田真一は、出戻ってきた娘が実家の田植えの作業に参加するときの複雑な心境としている。これが普通の解釈であろう。また、蕪村「鮎くれてよらで過行く夜半の門」の句でも、中村は「くれて」と「過行く」の措辞が矛盾していると述べている。しかし「過行く」は家に入らないでという意味に決まっているではないか。それに、この句の主人公は友人でも家の主人でもなく「鮎」であることを忘れている。釣り上げて足の速い鮎を配る友人の心遣いが、よみとれないようでは駄目だ。ただ、本書は、蕪村の生活句を「境涯詠」などに分類するなど、いままでにみられない新たな分類を行った点で評価できる。子規や朔太郎は生活者としての蕪村の句をまとめなかった。100点満点で65点。
 
2)藤田真一 「蕪村」(岩波文庫705)2000
 これは蕪村俳句の評論集ではなく、俳人蕪村を多角的に分析した評伝のような構成になっている。藤田は当時、京都府大の教授であった。春風馬堤曲の鑑賞においては、藪入り少女のちょっとはしゃいだ気持ちと故郷への想いが錯綜した道行きとして無理なく解説されている。「融通無碍な発想があって、そのくせ人間らしい心が、ふわっと伝わる蕪村の俳諧世界を紹介したい」と著者はいっている。学者の評論であるが、蕪村のほのぼのとした人柄を伝える佳作である。藤田には他に「蕪村の名句を読む」(河出書房)や「風呂で読む蕪村」(世界思想社)がある。いずれも蕪村自身の独白でもって、代表句を紹介するユニークな著書である。この中の蕪村「滝口に燈を呼声やはるの雨」は、貴人と武士が経験する時間の対比論で鑑賞した名解釈である。90点。

 

3)正岡子規 「俳人蕪村」(講談社文芸文庫)1999
 明治30年4月13日から11月15日まで、子規が「日本」及び「日本付録通報」に連載したものである(底本は明治32年「ほととぎす発行)。子規によると生存中、蕪村は画人としてより俳人として有名だったそうだ。それが死後、画人蕪村として知られ、その俳句はほとんど評価されなかったそうだ。しかし子規派の再評価により、その俳名が再び画名を上回ってきたと自画自賛している。ここでは、蕪村の俳句を「積極的美」「客観的美」「人事的美」「複雑的美」「理想的美」などに分類し、用語の自由性、句法の革新性、句調の斬新性、味のある特殊な文法(間違った文法なのに句に趣をあたえている)、材料の特殊性を挙げている。そして、それぞれの項目で該当する例句を挙げている(材料の特殊性では「公達に狐ばけたり宵の春」など}。すべての句をくまなく読み込んで整理したのであろうが、おそるべき気力と分析力である。春風馬堤曲に関しては、あまり詳しい解説はないが、「蕪村を知るこよなきもので、俳句以外に蕪村の文学としてはこれ以外にはない」としているが、一方で新体詩の先駆けを開けなかったことを惜しいんでいる。ともかくこの評論や「蕪村と几董」などによって、埋もれていた蕪村俳句は、近代によみがえった。只一点ケチをつけると、子規は最後の方で「蕪村の悪句は埋没して佳句のみのこりたるか。俳句における技量は俳句界を横絶せり、ついに芭蕉其角の及ぶ所に非ず」としているが、蕪村俳句全集をみるに必ずしもそうでない。駄句、凡句も結構ある。99点。
 
4)萩原朔太郎 「郷愁の詩人・与謝蕪村」岩波文庫 1988
詩想(ポエジイ)にあふれたセンチメンタリストとしての蕪村を定着させた朔太郎の有名な書である。個人誌「生理」に昭和8-10年連載された。ここでは、まず子規派が、蕪村俳句を写生主義として規定してしまったことを批判している。しかしこれは明らかに誤解である。前の「俳人蕪村」を読んでも、たしかに「直ちにもって絵画となしうべき」ような作品を「客観的美」として分類しているが、それは蕪村俳句のジャンヌの一つにすぎない。ほかに人事句など、あまりロマンにみちたものではないのも子規は紹介している。朔太郎も「我をいとふ隣家寒夜に鍋を鳴らす」を紹介しているが、これなんかロマンどころか生活がにじみ出た俳句だ。むしろ、リリシズムの極致である「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」の引用を抜かしている。これを抜かしてはいかん。蕪村はクリスタルグラスのような多面体である。時代のせいかも知れないが、朔太郎の読みは浅いのではないか。ただ蕪村の飄逸な書体を評して、彼を「炬燵の詩人」としたのは慧眼である。90点、
 
5) 竹西寛子「竹西寛子の松尾芭蕉集 与謝蕪村集」集英社 1996
 竹西寛子は原爆体験をもった小説家であり文学評論家である。ここで竹西寛子は蕪村の俳句を一句づつ解釈していくが、その内容は極めて良識的で納得できるものである。壮大な「菜の花や月は東に日は西に」から生活句「菜の花や笋見ゆる小風呂敷」まで蕪村世界を無難にこなしている。「鮎くれてよらで過行く夜半の門」の夜半は夜中ではなく、夜半亭の事だとする宮地伝三郎(京大教授で動物学者)の説も紹介している。それなりに勉強したということであろう。ただ驚くほど新鮮な解釈を披露しているわけでない。80点

6) 小西甚一 「俳句の世界(第七章 蕪村)」 講談社学術文庫 1995
 俳諧の起源から説きはじめた俳句の歴史書における蕪村論である。「樟の根をしずかにぬなすしぐれかな」の「しずかに」の用法が当句を名品に仕上げたという解説には感じいった。断章での解説であるせいか、評論対象の選句が自由で斬新な雰囲気ではあるが、短いのでものたりない。75点。
 
7) 森本哲郎 「詩人与謝蕪村の世界」講談社学術文庫 1996
 森本哲郎(1925-2014)は)新聞記者を経て評論家となり東京女子大教授。「世界の旅」など多数の著書がある。俳人でも文学者でもない政治畑のジャーナリストの蕪村論である。雑誌「国文学」に掲載されたものをまとめたらしいが、理由はあとがきを読んでもよくわからない。ただ「私は蕪村が好きだ。蕪村の世界をこのうえなく美しいと思う」と述べている。好きでなかったら書けない。テーマ別に18章で構成されている。どれも蕪村俳句を様々な角度から解説するが、著者の博覧強記にはおどろくほかない。「島原の草履にちかきこてふかな」の句について、プラトンのイデア論を挽きつつ、「世界は仮の相であり、夢であり、幻であり、影であるというあの荘子の哲学は、蕪村の芸樹の中では独特の美学となり十七文字に結晶している」と述べている。子規、朔太郎の評論に次ぐ記念すべき書である。95点。
 
8)高橋治 「蕪村春秋」朝日文庫 2001
高橋治(1929-2015)直木賞作家、映画監督。「蕪村に狂う人、蕪村を知らずに終わる人。世の中には二種類の人間しかいない」と強烈なフレーズで始まる映像作家の蕪村論。80点
 
 
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