エルザ・ウォーバーグとオルヴァル・イスベルグは、いずれもスエーデン人で20世紀の前半に活躍した古生物分類学者であった。ウォーバーグはユダヤ人で、イスベルグは親ナチの極右支持者であった。当然、二人の仲は良くなかった。最初に、分類学上の名前によって戦いの口火を切ったのは、ウォーバーグだった。彼女は1925年の博士論文で、ある三葉虫の属にイスベルグから取った名前をつけたのである。自分が研究する化石を集めてくれたイスベルグに愛想良く感謝の意を表しているように見えたが、命名はあきらかに悪意に満ちたものであった。新たなイスベルギア属には2種類があったが、ウォーバーグは、それをIsbergia parvulaとIsbergia planifronsと命名した。ラテン語でparvulaは「取るに足りない」をplanifronsは「平べったい頭」を意味している。ナチスは、その人種理論で平べったい頭を劣等人種としていたのである。
それに対して9年後になってイスベルグは反撃した。彼は絶滅したイシガイの属をWarburugiaと命名した。ウォーバーグが大柄で肥えた女性であったのをあてこすり、4種の種小名にそれぞれ、crassa (太っている)、lata (幅広い)、oriforimus (卵形)、inique (邪悪)と名命した。そしてこの属が、近縁種と区別する特色としての大きな形質はschliessmuskel (肛門括約筋)のような閉殻筋だと記述した。
ウォーバーグとイスベルグにとって、それぞれ不名誉なこれらの生物の学名は文明が存続する限り文献に永遠に記録されている。
<参考文献>
スティーブン・B・ハード 『学名の秘密^生き物はどのように名付けられるか』(上京恵訳)原書房 2021