路傍で人が倒れていたら、大抵の人は心配して助けにいく。通りがかりの池で子供が溺れかけていたら、なんとか救助してやろうとする。これが測穏の情というもので、学校で教えられなくても自然に発揮される人の生得的な行動である。こういったレスキュー行動 (RB)が人間だけのものか他の動物にも備わっているのかは、ずっと動物の行動学や心理学のテーマになっていた。
脊椎動物においてはイルカのRBが有名である。傷ついて弱り泳げなくなった仲間の空気呼吸を助けるために、他のイルカ達が下から押し上げてやりながら遊泳する。
動物が家族を助けるケースで感激的な映像は、プールに落ちて溺れそうになった子象を親がたすける映像である。(https://www.youtube.com/watch?v=4Fd1dbRKfHE)
動物が他種の動物を助ける例もたまにある。(https://www.youtube.com/watch?v=Q7wi2zDKh00)これは子供を捕食者から救助する行為や危機からすくう本能が転化したものであろう。人が発揮するそういんの情も、そのようなものかも知れない。
無脊椎動物の昆虫では社会性の種において手助け(helping)行動をするのはよく知られているが、はっきりしたRBは知られていなかった。しかし、フランスのNowbahariらのグールプはウマアリ属の一種があきらかなRBを示すことを示した(論文1)。
具体的には以下のような実験を行った。一定条件で飼育したCataglyphis cursorのコロニーからターゲットになるアリ(victim)を取り出し、これにナイロン糸で腹柄をしばり、糸の両端を1cm角のロ紙に通して固定する。巣口から10cm以内に、この捕われのアリを置く。一回の実験に5匹のアリを用いて、ナイロン糸で動きのとれないで困っているアリに対する反応を観察した。
その結果、試験アリが同巣のアリの場合は、砂を掘る、砂を運ぶ、捕われアリの足を引っ張るなどの行動を示すだけでなく、ナイロン糸に噛み付くといった特異な行動を行った。これは、アリがRBを示したことを示唆するものである。一方、他巣の同種アリや他種のアリに対しては上記のいかなる反応も見せず、反対に噛み付いたり蟻酸を撒くなどの攻撃行動を示した。
このアリはコロニー内での労働分化の状態によって、RBの程度が違う事もNowbahariらは報告している(論文2)。
採餌グループ (forager)、内勤グループ(nurse)、不労働グループ(inactive)の中でforagerがRBを最もよく示し、また捕われアリとして最もよくレスキューされることがわかった。反対にinactiveはPBも示さず、レスキューもされなかった。foragerがRBをしめすのは、巣の外でのリスクに対応するために適応的に発達させたものであろう。
このアリが砂を除けてナイロン糸を噛む(食いちぎるために)行動は反射行動とは思えないので、これこそアリに「意識」の存在を予想させる実験結果である。ただし、コロニー内の分化労働グループによってはRBを示したり、そうでなかったりするので測穏の情といったもので無い事もわかる。昆虫では発育ホルモン (JH)の分泌量によって労働分化は決まる。人の測穏の情は、そのような個人の生理的な状態で決まるものではない。もっと文化的で社会的なものを基盤にしている。
アリではないが、庵主はニホンミツバチを実験巣箱で飼育しているときに不思議な光景を目撃した。一匹のワーカーがプラスティクの隙間にはさまって抜け出せなくなった。それを周りのハチが引っ張りだそうとこころみたのである。このはさまったハチは動くので生きていた。すなわち遺骸処理のための行動とは思えない。これもハチのRBではないかと思っている。
以下のYUTUBEチャンネルに、この時の動画を登録してあるので興味のある方はご覧いただきたい。
参考文献
1) Elise Nowbahari, Alexandra Scohier, Jean-Luc Durand, Karen L. Hollis. (2009)『Ants, Cataglyphis cursor, Use Precisely Directed Rescue Behavior to Free Entrapped Relatives』PLOS ONE , Vo 4, e6573
2) Elise Nowbahari, Karen L. Hollis, Jean-Luc Durand (2012) 『Division of Labor Regulates Precision Rescue Behavior in Sand-Dwelling Cataglyphis cursor Ants: To Give Is to Receive』 PLOS ONE, Vol 7, e48516
3) 中島定彦 『動物心理学』2019 昭和堂