歳のせいか、この頃よく昔の夢を見ます。
子供の頃(ワタクシがまだ幼稚園児でしたから1960年代です)、実家があった代々木で犬を飼っていました。父親がキジ猟や鴨猟をするのが趣味(当時はまだキジ猟は禁止されていなかった)だったので、ポインターというオスの猟犬を飼っていました。
名前は「エル」。
生まれたから数か月で我が家に来ましたので、最初は小さな子犬だったのですが、すぐに大きくなって、立ち上がると幼稚園児のワタクシを超える高さになりました。非常に人懐っこい犬でしたから、兄やワタクシを見つけるとすぐに飛びついてきて、ワタクシなどはいつも押し倒されて、顔を嘗めまくられておりました。
大きな犬が幼稚園児を押し倒して顔を嘗める訳ですから、事情を知らない近所の人がその光景を見かけると、まるで「オオカミに襲われている幼児」に見えたのでしょう。ビックリして、すぐワタクシの父親に通報することが日常茶飯事でありました。
元気な若いオスの犬でしたから、時々我が家の庭から逃げ出して、周辺近所を飛び回ることも。当然ながら、小さな子供がいる近隣の家庭からは、子供が犬に嚙まれたら大変と怖がられておりました。「エル」はもう2歳くらいになっていたので立派な大型犬です。その大型犬がよく逃げ出すので、近隣から心配されるのも仕方なかったと思います。
父親もさすがに、このまま飼い続けるのは難しいと思ったか、キジ猟の仲間である友人に「エル」を譲ることに決めました。その友人は、確か神奈川県に居住していて、しかもけっこうな山間地区に住んでいた方だったので、そこであれば「エル」も、自由に駆け回ったり遊んだり出来るだろうと考えたのだと思います。
子犬の頃から飼っていた「エル」がいなくなるので、小学校の高学年だった兄が泣いたのを覚えています。自分はまだ幼稚園だったので「居なくなる」という事情がよく呑み込めないでおりました。
ここからが夢に見た場面であります。
「エル」が我が家から居なくなって3年から4年が経過した頃、父親が「エルに会いにいこう」と兄とワタクシを連れて、神奈川県の山間の友人宅へ行くことになりました。電車とバスを乗り継いで、けっこうな距離の山道を歩いた先に「エル」がおりました。
「エル」はもうすっかり大人の猟犬になっていましたが、我々の姿を見るや大きな声で吠え始めて、再会を喜んでくれました。父親や兄は「エル」の顔やクビをしきりに撫でてあげていました。ワタクシは少し遠慮がちに「エル」の頭を撫でた気がいたします。
2時間くらいの間、「エル」との再会の時を楽しむことができました。ただ「エル」にしてみると、やっと父親と兄とワタクシが迎えに来てくれたと、子犬の時から過ごした我が家へ戻れるものと勘違いしたようでした。
父親から「エル、違うんだよ。会いに来ただけだよ。代々木には連れていけないよ」と話しかけると、「エル」は様子が変だと思ったか、今度は「帰らないで」と吠え続け、僕らが帰るのを許そうとしません。
友人の方が気を遣って、裏庭で「エル」に餌を与えているうちに、そっと帰ってあげてと耳打ちしてくれました。我々3人が帰途につくと、すぐにそれに気が付いたのか、丘の上から歩く3人の姿に向かって、いつまでもいつまでも吠え続ける「エル」の姿がありました。僕らが何度も何度も振り返って手を振って応えましたが、「エル」はずっと鳴き続けておりました。
ワタクシは、この時の「エル」の鳴く声がずっと忘れられず、その声が夢の中でときどき現れてくるのであります。
これが、我々3人が「エル」と会えた最後の時でありました。
当然ながら「エル」は先に天国へ行きましたので、きっと今頃は、鬼籍に入った父や兄と一緒に、野原などを走り回って楽しく過ごしているに違いありません。
もう近所を心配しなくても大丈夫だからね。良かったね、「エル」!