2020・5・26、天地の慈悲
[人間にして、よろこびを軽視するとは] (よろこびシリーズ❸)
人間は『よろこびを軽視する』と言われてます。
軽視するつもりは誰も無いと思います。しかし神さまかは軽視して見えます。
それはきびしい見方です。
喜びを軽視すると、ただちに良くない結果が現れます。
その結果に心を奪われて、原因には目がいかなくなってしまいがちですが、
そこからどう立ち直るかが問われるところです。
人の一生はさまざま、意義や価値ある人生を送る人もいれば、高齢を迎えて思い残すことばかりの人もいます。
このような人生には酔生夢死(すいせいむし)という言葉があります。
何のための人生と疑問を感じるながら、この世を去って行く人がおおかたです。
年老いて生きる望みもなくなった時、人が求めてやまないものは何か?
それは、『この世の生き甲斐』でしょう。
生き甲斐は『よろこび』からうまれるものです。
その生き甲斐は『個人的よろこび、家庭的よろこび、社会的よろこび』があります。
よろこび心は、もっとも大切なものです。
『自ら喜び、人を喜ばせ、共に喜ぶ、共に楽しむ』
人生の肝心かなめがここにあります。やります!