新月の二月の星冴えかえる
しんげつのにんがつのほしさえかえる
星々の海に旅立つ漫画家の
次行く先は平和の星なり
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疎開先の愛媛県で終戦を迎えた漫画家松本零士さんにとって忘れられない夜がある。
公職追放となり炭焼きで生計を立てていた元陸軍少佐の父親が、満天の星の下で話してくれた南方の星の海の美しさと敵機撃墜の悔恨である。
飛行隊長だった父親は撃墜のたび逡巡(しゅんじゅん)した。
「一瞬、そいつの家族のことが頭をよぎるんだ」。
天空を埋める星々とそのまたたきを映す大海の幻想的な光景とは対照的な戦争の現実。
松本さんの作家としての原点だ。松本さんは戦後、敗戦の苛酷さを目の当たりにした。
わが物顔の進駐軍、戦争孤児、困窮する暮らし、相次ぐ自殺者。
貧しくとも、民間パイロットの依頼を「二度と空は飛ばない」と断り続けた父親の姿から人としてのありようを学んだ。
宇宙戦艦や銀河鉄道の話から4畳半暮らしの悲喜まで。
多くの作品を残した松本さん。「二度と太陽を見られないかもしれないから」夕日は嫌いだという兵士の絶望。
他者の犠牲の上に成り立つ永遠の体を拒否する少年。
通底するのは命の在り方に対する問いかけだ。
米国訪問時、「広島、長崎のことをどう思いますか」と尋ねられたことがあった。
原爆に対する米国人の苦悩に触れた松本さんは答えた。「聞いてくれてありがとう」。
相手方の境遇や思いに心を致すことができるのが、人が人たる理由の一つだろう。
85歳で星の大海に旅立った松本さんが教えてくれた。(北海道新聞卓上四季2023.2.21より)
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「銀河鉄道999」メーテル・鉄郎、懐かしいな~、でもその奥にはやっぱり先の戦争が見え隠れしていました。
戦争が終わってもう78年経つのにです。
テレビアニメでなく漫画本を見たいなと思います。
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今日は漱石の日だそうです。
当時の文部省が文豪・夏目漱石氏に対して、その功績から文学博士の称号を贈る計画が持ち上がりました。
が、これを知った同氏は自分に肩書きは必要ないと提案を一蹴。
1911(明治44)年2月21日に、夏目漱石自身が称号付与を辞退する旨の手紙を時の文部省専門学部局長に送りました。
その気概に感銘を受けた有志たちが、後日、称号辞退の手紙を送った日となる2月21日に記念日を設けたそうです。
ユーモア精神にあふれ、負けず嫌いだったといわれている漱石の作品の中に「吾輩は猫である」「坊ちゃん」「三四郎」などパッと思い出す名前もあります。
いずれも読んだ記憶はありませんが、テレビドラマで見た気がします。