鳥海山七高山近くにある大きな溶岩塊虫穴、大清水の園地からも肉眼ではっきり見えます。
これを斎藤政広執筆「山と高原地図 鳥海山・月山 羽黒山」に於いて「虫穴岩」記載してあるのは誤りであると先日も述べたのですが、同様に「虫穴岩」と呼称している例がかなりありました。個人のブログでは、そう記載してある地図やインターネット上の記載によってそう書いたのでしょう。
一例をあげると、山形県山岳連盟ホームページ、鳥海国定公園観光開発協議会 のWEBページ百宅口登山ルートガイド、由利本荘市観光協会の登山案内等が挙げられます。一般登山者にある程度の影響を与えるこういったサイトで何故伝統も無視した名称の改変を行うのでしょうか。しかも鳥海山の聳える地元の団体ですよ。
実際岩だもの、そんなの虫穴岩でいいじゃないか、という人は由緒も伝統にも、まして鳥海山そのものに敬意を払わない人というしかありあせん。
虫穴と呼ばれた記録は古いもので数々あると思いますが、わかりやすい所で下の図を見てください。これは文政四年(1821)噴火の時の様子を画いたものです(飽海郡誌)。七高山と行者岳の間に虫穴と書いてあります。
出典は鳥海山大物忌神社発行「鳥海山-自然・歴史・文化-」(式年遷座記念誌刊行会編集)
もう一枚、これは古書市場で売りに出ている古地図です。カタログより部分拝借しました。勝手に載せるのもどうかと思いますが、貴重な資料なのでちょいと拝借。売価66万円と超高価なので手が出ません。興味のある方は日本の古本屋で出品されていますのでどうぞ。
黄色で囲んだところに虫穴と書かれているのがわかります。これは享和岳(新山)が描かれていないので前掲の噴火の図より古い時期を書いたものであることは間違いありません。御本社も荒神岳にあります。
更に文献では、姉崎岩蔵「鳥海山史」その虫穴の書いてある部分は、同書240頁蕨岡登山口の説明でその中に次のように記載されています。
「外輪山を通つて七高山に行く途中、虫穴と稱する所がある。可なり大きな溶岩塊で、一面穴が澤山開いている。之は大方輕石のように噴出の當時、瓦斯体の飛び出したものであろうが、また風化作用も與つて力あつたことだろうと思われる。之を虫穴と稱え、一つの拝所にしてあるのは、此穴から出る虫が田畑の害虫になるのだという傅えを持っているからである。それ故此所の小穴を塞いで行くと豊作を得るとのことで、穴を塞いだ紙が一寸異様に感ぜらる程澤山ある。」
この書は昭和28年に発行されたものを昭和58年に復刊したものですが、発行当時はまだこういった伝統が引き継がれていたことを表します。
さらにもう一書、「山岳信仰の展開と変容 : 鳥海山の歴史民俗学的考察 鈴木正崇執筆 三田哲學會哲学第128集」(2012年)という論文の一節 に次のようにあります。(同書457頁)
「外輪山を北に向かうと巨大な溶岩の塊で無数の穴が開いている 「虫穴」があり 、これらの穴からは作物を食い荒らす田畑の害虫( ハフムシ、 蝗虫、浮虚子(うむかむし、と読みます 現本にはフリガナあり 引用者注)が出てくるとされる。 穴をふさげば出てこないので豊作になるとして紙を沢山詰めた 。道者は中に棲む小虫を虫穴大明神 五穀神 として崇めた 。農耕守護の神への切実な願いが込められたのである。」
どうです、軽佻浮薄な観光目的のガイドではこうした伝統は忘れ去られているのです、しかも鳥海山の麓に住む人々が率先して「虫穴岩」と記載するのです。慣習的に二つの呼称があり、どう呼んでも間違いではないというのなら申し立てはしません、しかし「虫穴岩」という呼称はありません。昔から拝所「虫穴」あるいは「虫穴大神」と言われてきたのですからやはり呼称は「虫穴」でなければ いけません。関係各位早急に訂正していただきたいものです。
ところでそれでは観音森の東にある猿穴の謂れは何なんでしょうか?元々は噴火口で間違いありませんか?
藤原 優太郎という方の「謎めく猿穴噴火口」という随想では「旧噴火口は直径およそ100メートル、深さは20メートルほどのスケールで大きな窪地となっていて周囲は低灌木に覆われている。3月、雪の季節にこの猿穴探検をしたことがある。どうして猿穴の名がつけられたかは不明だが、猿でもないと登り降りできないという意味だろうか。」とあるのが名前の由来について書かれたものを見るくらいです。
観音森については、(続)東北の山遊びというブログで管理人さんが「観音森は昔は桑の森と呼ばれていた。『鳥海山大物忌蕨岡口宮神社考』には『桑ノ大樹数株繁生セルニ因リ』と記され、山腹の水が湧くところに観音堂があり、木造の観音像が安置されていた。しかしお堂が痛んだために300年前に小砂川の雲昌寺に観音像は移されたと言う。」と紹介しています。
なお、猿穴は多くの方が探求されていますが大江進さんも何度も訪れている様子、ブログにアップされています。
「猿穴の語源ははっきりしませんが、全国的には崖だが樹木はそれなりに生えていて、猿なら上り下りできるであろうという地形に「猿○」と名付けられている例がいくつかあるようです。」
との回答をいただきました。
弟のアルバムに高校時代、積雪期に猿穴の中を歩いた写真があったはず、探してみましょう。
先日、イワウメを見ようと湯の台から七高山に登り
虫穴のことを思いだしじっくりと観察して来ました。
祠があり、岩には確かにたくさんの穴が。
ここから虫が、と思うと少しゾクゾクしましたが(笑)
鳥海山にある様々な物事に注意を払うことができるのは
こちらのホームページのおかげです。
ただ山頂を目指すだけではなく、いろんな物をたくさん見て、触れてみたいです。
虫穴は実際に虫が這い出たわけではありませんのでご心配なく。昔の人がそこからいろんな虫が湧いて出て田に悪さをしたと信じていたのです。
外輪を歩いていくと七高山に近づくにつれ岩の様相が変わるのがわかりますね。七高山の先が破方口。登山ガイドの佐藤正俊さんが最近撮影した所を見ると七高山も崩壊寸前のようです。七高山から新山への道もかなり危険になっている様子。十分に注意しましょう。
虫穴は実際に虫が這い出たわけではありませんのでご心配なく。昔の人がそこからいろんな虫が湧いて出て田に悪さをしたと信じていたのです。
外輪を歩いていくと七高山に近づくにつれ岩の様相が変わるのがわかりますね。七高山の先が破方口。登山ガイドの佐藤正俊さんが最近撮影した所を見ると七高山も崩壊寸前のようです。七高山から新山への道もかなり危険になっている様子。十分に注意しましょう。