鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

川原宿に到着す

2021年10月23日 | 鳥海山

 八丁坂の急な道を登りきると雪解け水の流れる河原宿に着きます。(このころは川原宿と書いたようですが川でも河でもどちらでもよいと思います。)

     中村不折の描いた河原宿                         同じころの河原宿の写真

 夏の朝、河原宿小屋の前は雪渓の雪融け水が流れます。日が昇るとともに水量は増えていきます。遠くに見えるのが大雪路、小雪路。


此よりやまますゝ高竣氣愈稀薄かうしゆんきいよゝきはくしばらくにして川原宿かわはらしゆくに達す祓戶はらひど四柱よはしらの大神を祭る纖塵せんじんを止めざる淸流凜烈せいりうりんれつはださすさんと慾す然れども人皆先ひとみなさきあらそをどらして飛込とびこ滿身まんしん淸絕せいぜつ冷絕れいぜつ意氣いき快曠くわいくわうまつた俗塵ぞくぢんだつ恰腋下あだかもえきか羽毛うもうしやうじ殆んどまさばんと慾するの思あらしむ然れども一氣身いつきみをどらして飛込とびこむの勇氣ゆうきなきものは躊躇遂ちうちよついに決することあたはず怯懦きよだ逡巡しゆんゞわらふべし此處にも掛茶屋ありはりこほれる如き素麵玉霰そうめんたまあられの如き白玉しらたま苦熱くねつあせうば涼爽甚愉快りやうそうはなはだゆかいおぼゆ〇川原宿かはらしゆくの東に〇御田ヶ原おたがはらあり天然てんれん田形たがたそんす西北には龍ヶ池りうがいけあり異鱗常いりんつね遊泳いうえいすとつた


 河原宿の清流に先を争い飛び込んでいたのですね。今ならそんなことをしたら何を言われることやら。しかも飛込まないと「怯懦最笑ふべし」とまでの言われ様です。此処でまたしても「針の凝れる如き素麺玉霰の如き白玉は苦熱を去り汗を奪ひ涼爽甚愉快を覺ゆ」と美辞麗句にあふれた食べ物のせんでんです。いやこれはどうしても食べてみなくては、という気にさせてくれます。今と違って歩き始めて一時間ちょいとで着くわけではありません。長いこと歩き続けて到着した河原宿の冷たく流れる大量の清流を見た時の喜びも一入だったでしょう。

 さて、河原宿の東に御田ヶ原、西北に龍ヶ池ありと記されていますがいったいどこを指すのでしょう。鳥海山専門の写真家のAさんも?でした。西北はボタ池ではないかと思うのですが東の御田ヶ原は想像がつきません。ただ制作年代不詳の絵図には載っていました。

 ※鳥海山に詳しい方にメールしたところ御田ヶ原と思われる所について次のようなコメントをいただきました。

 「現在は、多くの人が歩いたため表土が流れて、何が何だか分からなくなっています。」「河原宿の表土流出に見られるような人為的な自然破壊が至る所で進行しているのでしょうね。何としても、自然破壊が進まないようにしていくしかありません。」

 大雪路の下といえばこのあたりでしょうか。

 


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