さくらの花びらの日本人よ誇りを持て さんより転載です。
「心のノート」は「これはまるで修身教科書だ」「これはあぶない」と警戒する。左翼はどうして道徳教育を嫌がるのか。
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「心のノート」復活 政権ごとに変わる教育 現場当惑
子 どもの心に教育がどこまで踏み込むべきか−。導入時に議論を呼び、民主党政権では中止された道徳副教材「心のノート」の小中学校への全児童・生徒への配布 が、自民党の政権復帰で復活しようとしている。政権交代ごとにコロコロと施策が変わることに「教育現場の声にもっと耳を傾けてほしい」と切実な声が上が る。
「心 のノート」は、神戸の連続児童殺傷事件(一九九七年)など深刻な少年事件が相次ぎ、いじめや不登校が社会問題化したことを受け二〇〇二年度から文部科学省 が配布。小学校の低、中、高学年用と中学生用の四種類あり、思いやりや友情の大切さに加え、愛国心なども盛り込まれた。中学生用には「我が国を愛しその発 展を願う」などの記載があり「一定の方向に子どもを誘導することにつながりかねない」との批判も出ていた。民主党政権による事業仕分けで、約三億円の予算 は削減され、一〇年度からは配布を中止。必要に応じ、文科省のホームページからダウンロードして使用するよう改めた。
十一日に公表された一三年度予算の概算要求には、全校配布の費用が盛り込まれた。さらに、一三年度中に省内に有識者会議を立ち上げ、改訂版をつくる方針だ。「モ ラルを教えることは大切だが、心のノートが本当に役立つとは思えない。子どもに刷り込もうとする大人の思い上がりではないか。学校で現実に起きていること を題材に、子どもたちに考えさせることが大切だ」。都内の中学の男性教諭(60)は指摘する。「教育が政治の道具に使われる危険を感じる」
(2013.1.12 東京新聞)
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「政権交代ごとにコロコロと施策が変わる」と書く東京新聞ですが、その政権交代を煽ったのはマスコミです。マスコミが反省しない、自覚もない、ことが一番の問題なのです。
そ の上で、日教組から支持された民主党が政権になると教育が大きく変わることは誰もが感じていたことでしょう。日教組と言えばもともと日本を破壊するのが目 的で出来た団体であり、暴力革命ではなく教育で革命を起こそうという輩ですから、日本にとって正しいことをするわけがないのです。
民主党政権は教育事業を“国会審議”ではなく“事業仕訳”というやり方で凍結、縮減しました。「心のノート」をはじめ、「伝統・文化活動」、「読書活動」、「食育推進」、さらには日教組が反対する「学力テスト」、「体力テスト」もです。
学力テストは国民の7~8割が必要だと賛成していましたが、民主党政権はサンプル方式と変更したのです。国民の意向より日教組の意向を重視したということです。
また教員の免許更新制度も日教組の猛反対で予算を削減して取りやめしようとしていました。
東京新聞に限らず左翼は「心のノート」に批判的です。なぜか?
心のノートに反対する団体の主張を以前記事に書きました。ここで一部抜粋します。
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「心のノート」の真の狙いと5年・10年先の学校の姿を予測したときの恐ろしさを、教職員だけではなく保護者や市民の方々にも知っていただき、事態への警戒と強制反対の共同行動を呼びかけます。
戦前の「国民学校」世代の元教員は口を揃えて「直感した」と言います。
「これはまるで修身教科書だ」「これはあぶない」「しかも極めて巧みで悪質だ」
軍国少女・少年に育て上げられた自分自身の経験から即座に発せられた重みのある言葉です。
「日の丸・君が代」を強制したのと同じように「心のノート」の使用とその内容に即した道徳教育を全ての学校と教員に強制しています。
すべての子どもたちに国家が作成した一律の教科書を義務づけることは、争う余地なく「国定教科書」の復活に他なりません。内容も教材も指定した形で道徳教育を上から強制するのはよくありません。
「心 のノート」は自由や権利の主張や行使を自ら抑制し、我慢して義務を果たす国民になるように教え込みます。子どもにはどのような権利があり、権利行使がいか に大切であるかに全く触れることなく、「自由は自分勝手と違う」や、「社会の秩序や規律を高めるために」「権利の正しい主張=義務を果たすこと」を教え込 もうとしています。
思いやり、感謝、公正・公平、命の尊さなど一般的な徳目を並べ立てることによって消し去られているのは、障害者差別、性差別、民族差別、差別や環境破壊、貧困、戦争などの現実の矛盾です。
一方で「自分で考え、判断し、実行する」人間になることを勧めながら、社会矛盾に目を向け、社会や国家に対する批判的精神を育てることを学校から排除することを狙っています。
善意を装った人権否定の積み重ねから生み出される家族愛、友情、奉仕、愛国心、他民族や他国を見下す国家的な優越感。じわじわと子どもたちに植え付けていく過ちを、二度と許すわけにはいかないのです。
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戦前を直視せずにすべてを”悪”と否定し、被害妄想と反国家の思想がにじみ出ています。
道徳に反対する人たちは、日本が今これほどまでに社会が荒廃し、モラルもルールも守らない連中による事件や事故が多発していることを道徳観の欠如だと思わないのでしょうか。
かつて、明治天皇はなぜ「教育勅語」を発したのか。
明 治の初めは西洋のものをどんどん取り入れ、富国強兵に邁進したため、一方では西洋の個人主義的な考えまで入り込み、道徳教育がおろそかにされていたのです。その結果、子供達のモラルなどの荒廃が顕著になって日本の将来を不安に思われ、教育勅語を渙発することになったのです。今の日本と同じような状況ではないでしょうか。
「心のノート」を一度ご覧になられた方はご存知でしょうが、道徳教材としては写真や絵が多過ぎる気がします。やはり昔の「修身」の教科書のような文章でしっかり感じて学べる道徳教育こそ今の日本に必要であると思います。
「修身」を読むと改めて戦前の教育レベルの高さを感じるとともに、「修身」の復活こそ日本を取り戻す正しい教材であると思えるのです。
今の教育は日本人から自信を失わせ、日本のよさを教えず、愛国心もない国民を育てようとしています。ここに「修身」の一節があります。
日本よい国 きよい国。世界に一つの神の国。
日本よい国 つよい国。世界に輝くえらい国。
読んだだけでも日本人として心が洗われる気がしませんか。