
1989年 Just Now For The Fan(杉浦監督)4位
1900年 Action Baseball (田淵監督)6位
1991年 Action Baseball Ⅱ
-嵐を起こせ鷹軍団- (田淵監督)5位
1992年 BIG CHALLENGE `92 (田淵監督)4位
1993年 GO!WILD!GO! (根元監督)6位
1994年 ING 1994年 なにかが起こる (根元監督)4位
1995年 AIMING 狙います. (王監督) 5位
1996年 一二三 いかせます。 (王監督) 6位
1997年 Wild But Balansed (王監督) 4位
1998年 AIMING2(エイミングアゲイン) (王監督) 3位’(2位同率)
1999年 Get The Top (王監督) 1位
2000年 めざせ!V2 (王監督) 1位
2001年 Super Hawks 2001鷹の時代 (王監督) 2位
2002年 Super Hawks
Again All Together (王監督) 3位
2003年 V奪回~VICTORY AGAIN (王監督) 1位
2004年 Golden Hawks果てしなき勝利への挑戦 (王監督) 2位
これが過去のスローガンと成績である。強調したいのは、第1年目(1989年)は別に、DO DRAMATIC DAIEIがあったのに、いつのまにか変更となった。当時の地元アレルギー緩和のためだったか?
こういう、スローガンは、根本監督は嫌い?だった。意味ないと語っていた。なぜなら、毎季目標は優勝かつ自分の成績を上げる事のみだった。ただ、ファンにとっては、毎季どんなスローガンか楽しみであった。1998年から、継続してAクラス。
さて今季はどー来るか?楽しみである。
応援団も、毎期同じ音楽、パフォーマンスでは進歩がない。ずーと同じではドウかな、研究して欲しいな。
あの服装も旗も、大漁旗で、学らんタイプも、古すぎる.近代的なスマップ隊とはいわないが、パフォーマンスも変化が欲しい。もっと若い人の意見を聞いてみたら。オール女性応援団も良かろう。ちびっこ隊もよかろう。
この際選手ユニフォームも変わることだから、ドウでしょう?思いきって・・・・。
こー見ると簡単な歴史にみえるが、ファンは大変だった。あんなに負けが混んでも、応援、指定席を購入したファンに、やっと報いてきた時に、球団買収とは。だから過去の基礎を知って、さらに報いてほしい。
あーこれでは、16年間で我が社では、ざーと1200万以上いや、弁当、ビールなど入れたら1600万は投入したことになる。
対して、悲しみ、喜び、感動を受けたから、金には変え難いとか、いろいろ理屈があるが、プロ野球球団を応援することは、確かに高くつく。いつも福岡県の統計課が、優勝売り上げを算定して、発表するが、いいかげんであまりにも少ない額を、いつも発表する。負けたあとの一杯や、ぶつけた車の修理代、翌日風邪をひいた薬代など、算定していない。
どれだけのファンが、金を落としたか、統計課の専門家の方!毎回野球を応援してください。机の上の計算機では、解りませーん。あなたの給与、計算機代も算入していますか?
こんな、沢山のファンがいて、今日の球団の基礎があるのです。歴史は繰り返すと申します。さーいよいよ明日が発表会です。
基礎編は、まだまだ続きます。写真はあぶさんですが、南海からダイエーに変わる時の冊です。41号。