黒部川上ノ廊下は、黒部ダム上流の東沢出会いから上流の薬師沢出会いまでの間を言う。黒部川は日本有数の大河であり、しかも、北アルプス鷲羽岳をその源とし、富山湾に注ぐまでの標高差が大きく流程が短いので日本第一の急流である。この上ノ廊下の遡行は沢屋なら誰でもが憧れる本流遡行の集大成なのだ。僕らが毎年ここを遡行して、いったい何年になるだろう。10数年になるだろうか。ここには数々の思い出と、撤退を含めた苦い体験の場所でもあるのだが、その反面、上ノ廊下は僕らを強く引きつけ捕らえて離さない。季節は夏、何を置いても僕らはここを訪れることを優先させている。謂わば、「ライフワーク」なのだ。そして、今回歩きながらガイド達は考えた。僕らにとってここはいったい何なのか?そして気がついた、それは・・・・・・・「祭り」であると。
黒部側の洗礼 ワッセワッセ言いながら腰を入れて渡渉する
水面を引きずる、それもアリ!
とびこめーー!これもアリ!
ロープで強引に引っ張る、これだってアリ!
大淵の脇を水中ヘツリ
口元のタルゴルジュの弱点を探す小林と西山
口元のタルを引き抜く
上ノ廊下には口元のタル沢という核心中の核心部がある。ここは200メートル程続くゴルジュ帯であるが、両岸が岸壁に因って狭められ、巨大な淵と大岩が積み重なった白泡の落ち込みが連続し、しかも抜けきるまでいっさい陽が当たらない。ここの突破は容易ではなく、且つ毎年その状況が変化するので、一定のセオリー見たいなものは通用しない場所なのだ。上ノ廊下全体がそうであるのだが、ひとたび大雨によって大激流になると河床は一変し昨日とはまるで違った場所となってしまう。「あれ?こんなとこあったっけ?」それがここの遡行の楽しさであり、何年訪れようが僕らを飽きさせない理由でもあると思う。その、もっともエキサイティングな部分がここ口元のタルで、ここを突破出来るか出来ないかが遡行の可否を決定していると言ってもいいだろう。左岸をへつって激流に飛び込んだり、右岸の壁のバンドを斜上して懸垂下降をしてみたり、その方法は様々だ。だが、大高巻きはなるべくしない。高巻きは体力と時間を消費し、何より墜落など可能性があり非常に危険である。なるべく水線通しに行くことが沢の鉄則である。そうであればただ流されるだけで済む。(笑)
口元のタルを突破、みんなニッコニコ。 ザックをウキ代わりに、別に泳げなくても大丈夫です、マジで。ガイドが引っ張るんだから。
歓喜!祝福!のシャワー
上ノ黒ビンガ
今年は一粒の雨に降られることもなく快調に遡行は続いた。だがスクラム渡渉(支え合って対岸に渡る技術)の他にロープを使った泳ぎと渡渉は頻繁で、いったい何度それを使ったのか数えることが出来ないほどだ。近年沢が土砂に因って埋まり気味であったのだが、浅くなっていた淵がここ数年で次第に深くなりつつある様な気がする。河床が安定して、岩盤も現れカチッとした歩行感覚が味わえるが、渡渉自体は深い分難しくなる。でも、そこがこの上ノ廊下の醍醐味だから僕らは楽しくて仕方がない。毎年このお盆頃に登るのも、その水量が目当てで、9月の渇水期などには、スクラムを組むこともなく、ただただ、パシャパシャ歩いて終わってしまう事さえある程だ。そんな上ノ廊下は楽しくないし、僕らは認めない。この時期黒部の水は冷たく重い。他の川では味わえない重量感がある。上ノ廊下は別格なのだ。
対岸から薪を運ぶ
完熟バライチゴ
蕎麦掻き(自家製粉) 美味いぜこれ、酒が進む
西山が釣った黒部岩魚27センチ
皮むきを西山に伝授
岩魚とアボカド、マヨネーズ、醤油、ワサビ和え
岩魚のなめろう 絶品!
岩魚の握り なんて素敵な夕食、小林作 豪放にに見えて繊細な男。僕はめんどくさくてここまでしない。
朝の鄙寿司 目に鮮やかな食事は元気の素。うまかった、さあ行くぜ!(海苔忘れた)
お客さんはテント、ガイドは左のタープに潜り込んで寝る
一日目の夜、金作谷
二日目の夜 上の広河原 なんか怪しげだが、和やかな夜。
沢中第1日目の宿を金作谷出会いに求め、翌日朝一番の大淵に飛び込む。黒部側の川幅はいきなり10メートル程に狭められ、淵の深さも5メートル以上はあるだろう。もちろん陽射しは入らず、全身ずぶ濡れの我々はガタガタと震えロープ渡渉の順番を待つ。早く歩こうよ!しばらく続くこの付近のゴルジュ帯突破は泳ぎ、ロープ渡渉、ヘツリの連続で実に面白かった。抜け出たところで陽の当たる大岩にみんな抱きついて体を温める。お日様って素敵!
黒部の白い石は陽が当たればとても暖かい、あったまろう
ここの水流が一番強烈だった。背の高い僕でいっぱいいっぱい。突破後、ロープを使ってアシストする
降り注ぐ光
簾滝
朝一番で泳ぐ、なんてこたあない、気持ちいい。
金作谷上部ゴルジュ帯の始まり始まりーーー。
ドン深スクラム渡渉
沢中二日目の宿は立石上部の広河原とした。ここは安定した河原で釣りにも向いている。以前ここで大増水に見舞われたことがあった。夜半から降り始めた雨は早朝、我々のテントサイトを中洲にし始めていた。
「逃げろ!」
テントを丸ごと引きずって慌てて山に退避。お客さんのテントは何とかひと張り張れたが、僕らガイドは激流が直ぐ下にぶち当たる栂の森のちょっとした平地に、タープを張り、ツェルトにくるまってその日を耐えた。雨と川風が吹き付け、全ては濡れ惨めな気分だった。大増水の本流は真っ茶色にうねり、巨大な流木が次々と流れ、河床の巨岩が一日中ゴンゴンと音を立てて転がり、辺りにはきな臭い臭いがたちこめていた。夜中であれば火花が散っているのが見える。そんな時である。今回は訳あって不参加の下條ガイドが一人、火をたき始めた。小林と僕はそんな事はすっかり諦めていたし、「無理だよ下さん」と言ったのだが、下條は諦めない。僕らも手伝って山の斜面の濡れ落ち葉をひっくり返し、その下から少しでも乾いた枯れ葉を見つけ、根気よく火種を大きくし、とうとう濡れ木が燃える程の焚き火をすることが出来たのだ。そして激流を逃れて川岸に避難している岩魚を釣り、天ぷらをした。
諦めぬ事が、生へ向かうベクトルを明確なものにし、僕らを再生させる。背中を丸め落ち込んでいても、ここから脱出は出来なかったであろう。奇跡としか言いようがないが、翌朝ぼくらは水位が下がった黒部側を渡渉し対岸の斜面を彷徨って高天原峠にエスケープする事が出来た。この時のただ一回の濁流の渡渉の数分後、この河原は高さ1メートルの鉄砲水に襲われた。まさに間一髪。こんな苦い思い出は実はまだまだ沢山ある。
さて、今回の最終日、僕らは1時間ほど最後のゴルジュ帯を突破して登山道のあるA沢の出会いに達した。見てくださいこの笑顔。達成感、一体感、喜び、感動、全てがあふれ出すこの笑顔。全員が来年の予約。僕は自信を持って思う、そんな登山はそうそうあるものではない。
最後に、今回体調不良の僕に代わって小林ガイドと西山君には大変お世話になった。ありがとう!西山格好良かったぜ!
この後我々は灼熱の登山道を喘ぎ喘ぎ歩き、バテバテになるのだった。早くも来年の「祭り」が待ち遠しい。
PS:このブログの写真は時系列に沿って掲載されておりません。適当です。これを頼りに黒部川上廊下を遡行するのは危険です。