漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「うつ」は漢方でなおす(森下克也著)

2012年07月14日 06時19分59秒 | 漢方
PHP、2011年発行。

「うつ」について調べているときに出会った本です。
漢方の勉強をするにつけ、検査値で異常がなく「気のせいですよ」と云われる患者さん達には漢方薬が効くのではないかと思ってきました。
西洋医学の弱点は「心身二元論」という考え方です。
病気を考える際に体と心を分けてしまったため、内科医は心の問題が不得手、精神科医は内臓の病気が不得手になってしまいました。
その橋渡しをすることが期待された「心療内科」は1996年に日本で標榜が許可されましたが、その内実は残念ながら従来の精神科と変わりがないと著者は記しています。

一方、漢方医学は「心身一元論」です。
心も体も一緒にその人間(ヒト)全体の病態を把握・評価する学問として発達してきました。
そして「気のせいですよ」と見捨てられた患者さんは、「気」の異常として病態を捉え治療薬が処方されます。
漢方医学では「気・血・水」という、体調の悪さを3つの要素のバランスで捉える概念が2000年前から存在しました。
「元気」「やる気」「気がふさぐ」等、ふだんの言葉遣いに残っているのはそれが日常化してきた証です。

「気」の異常は以下の3つに分けられます;
・気虚:気力を消耗してなくなった状態
・気うつ:気の流れが滞った状態
・気逆:気の流れが逆行・逆上した状態

そして、それぞれの病態を和らげ解決する薬が用意されています。

この本は「気うつ」に焦点を当て、真面目に丁寧に解説している点で好感が持てました。

著者は気うつにも病期があると指摘しています。
西洋医学では、うつと診断されれば即薬が決まり、それを長期間投与することになるのが一般的です。
一方、漢方では病期の変化に伴い、きめ細かく処方を変えていくのが一般的。
六病位に当てはめての解説はよくわかりました。
しかし、五行説・五臓論になると、なかなか理解しがたく、覚えられません。
漢方系の本を読んでいると、いつもこの陰陽五行説(黄帝内経)が私の前に立ちはだかるのです。

メモ
 私自身の備忘録。

うつ病の漢方的病期分類
 うつ病を六病位に当てはめてみますと、太陽病期から少陽病期にかけては、抑うつ、不安、焦燥、悲哀感など情緒の並みが激しく。また、動悸、胸が苦しい、呼吸がしづらい、汗をかく、などの身体症状も活発です。
 病期が進み、少陽病期から陽明病期になると、情緒の並みは沈静化し、何事も手に付かない、憂鬱であるといった抑うつ気分が目立つようになります。
 やがて太陰病期に入ると、興味がない、根気が続かない、生きがいがないといった意欲障害、疲労・倦怠などが持続します。
 このように六病位とは、心身の抵抗力が次第に消耗していくプロセスにほかなりません。

病期に則した漢方処方
 初期の不安や焦燥、動悸や呼吸困難感などに対して→ 加味逍遥散柴胡加竜骨牡蛎湯
 少し病気が進行して、胃痛や便秘が強く出てくる時期→ 調胃承気湯大承気湯
 さらに進行して、無欲、無気力、意欲の低下、倦怠、冷えなどが目立つ→ 帰脾湯真武湯

 一方、うつ病の病気の概念がはっきりしない西洋医学では、病期によって薬を使い分けることがなく、病初期から何年も同じ抗うつ薬が処方されたりします。うつ病と診断がつけばその患者がどんな性格であろうと、どんな生活の背景を持っていようと、とにかくSSRIが処方させると云うことになりがちです。
 太陽病期や少陽病期など、情緒の並みの激しい、心身の抵抗力も十分な時期なら、抗うつ薬や精神安定剤を多少多めに使用しても問題はありませんが、太陽病期以下の、気力も体力も疲弊しきった時期に同様の内服を続けていると、かえって消耗を助長してしまい、意欲の低下や疲労・倦怠を持続させることになります。
 慢性病であるうつ病では、心身の消耗あるいは疲弊という概念がとても重要です。時とともにそがれていく気力と体力を、時に応じて補いながら使用するクスリを選ばねばなりません。西洋医学的なうつ病治療では、進行期におけるこの「補う」という考え方がないために、うつ病の治療を決定的に長引かせているのです。

心身二元論の西洋医学と、心身一元論(心身一如)の東洋医学
 うつ病には睡眠障害、頭痛、肩こり、腰痛、便秘、めまい、動悸、喉の違和感、冷え、のぼせなど、さまざまな身体症状が合併することが知られています。
 心身二元論の西洋医学では、これらの身体症状と精神症状を結びつけることをしません。よって、頭痛には鎮痛薬、便秘には下痢といった対症療法しかなされず、訴えが多いほど薬の数が増えていくことになります。このような多量の薬の服用は「臭いものに蓋」といった付け焼き刃的な治療に過ぎません。さらに、薬を代謝する臓器である肝臓に多大な負担をかけることになり、副作用や飲み合わせの問題も出てきます。
 一方、心身一如の東洋医学的な考え方では、うつ病は全身を巡る生命エネルギーである気の流通が滞った状態として捉えます。気は全身を巡るわけですから、気の滞りは心だけでなく身体面にも及ぶことになります。滞った気の心理面に出たものが抑うつであり、腸に現れたものが便秘というわけです。
 すると治療は、抑うつ状態、便秘といった個々の症状よりも、滞った気を通すことが目標となります。どんなにたくさん症状があっても、気を通す薬が一つあればそれで事足りるのです。
 うつ病によく使われる漢方の一つに柴胡加竜骨牡蛎湯があり、この薬は11種類の生薬で構成されています。
 そのうち、柴胡、半夏、大黄には抗うつ作用が、
 桂皮、竜骨、牡蠣には抗不安作用が、
 人参、大棗、生姜には消化機能の改善作用が、
 大黄には便通の改善作用があります。
 一つの漢方薬の中に、抗うつ薬、抗不安薬、健胃消化薬、下剤の4種類の薬を併用するのと同等の意味合いがあることになります。

西洋薬の副作用を軽くできる
 現在、抗うつ薬の腫瘤はSSRIとSNRIです。その副作用の代表が吐き気や嘔吐などの消化器症状です。
 この副作用に対して、六君子湯五苓散が有効であるといわれています。ともに胃の蠕動機能を改善する作用があり、これらを併用することで、消化器症状を抑えることができるのです。
 また、動悸や頻脈など、循環器系の症状もよくある副作用です。これに対しては、加味逍遥散柴胡加竜骨牡蛎湯が有効で、いずれも自律神経の過興奮を鎮静させます。
 他にも性欲減退に対しては八味地黄丸桂枝加竜骨牡蛎湯が、口の渇きや便秘に対しては麻子仁丸調胃承気湯が、手の震えやけいれんに対しては芍薬甘草湯が有効であるといわれています。
 さらに柴胡加竜骨牡蛎湯はSSRIと同じメカニズムで脳に働きかけて抑うつ症状を改善することが報告されており、抗うつ薬との併用で、相互作用的に抗うつ効果を増すことができます。

漢方の「証」とは「その薬が効くための条件」です。
 単に症状というものではなく、もっと広い範囲の様々な所見を指しています。

「虚実」の概念は中医学と日本漢方で微妙に異なる
 中医学では、生体側の抵抗力と病邪の病勢が関係づけられているのに対し、日本漢方では、あくまで生体側の抵抗力の強弱だけを見ています
中医学の虚実】虚とは生命を維持するエネルギーであり、病気に打ち勝つ抵抗力であるところの正気の不足した状態で、実とは、病邪の勢い(邪気)の盛んな状態をいいます。
日本漢方の虚実】体力や気力、病気に対する抵抗力の弱い状態が虚、強い状態が実であると考えます。

■ 煎じ薬とエキス製剤
 かつて漢方薬は、生薬を毎日、小一時間ほどトロ火で煎じて作るものでした。しかし、現在はエキス製剤が開発され、服用がずいぶんと手軽にできるようになりました。エキス製剤は一言で云えば「インスタント漢方」です。製薬会社の工場で大量の生薬を煎じ、インスタントコーヒーを作るのと同じフリーズドライ製法で粉末や顆粒にします。
 エキス製剤の欠点としては、効果が弱い、生薬の微調整がきかない、全ての漢方薬を網羅しているわけではないなどがあります。
 煎じ薬はエキス製剤の三倍効くといわれています。

■ 食前服用の理由
 食前服用の根拠は、できるだけ空きっ腹の胃に漢方薬だけを満たして吸収を高めようということですですから、食前といっても食べる直前は好ましくなく、できれば食事のに時間ほど前に服用していただきたいものです。食前と云うより「食間」といったほうが適切かもしれません。
 では、絶対に食前でなければならないかというと、そでもありません。大抵の薬は食後に服用するようにできています。ですから、食前ということにこだわりすぎると飲み忘れてしまいます。
 ジュライ、食後に服用すると食べ物の消化によって効果が打ち消されるといわれてきましたが、最近の研究では、実は僧でもないことがわかってきました。食前・食後はあまり気にしないでも問題ないようです。


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