この記事を読んで、「介護殺人」と「子ども虐待」は構図が同じであることに気づきました。
■ 介護生活敗戦記・前編 〜普通の人が親を殺す「介護殺人」の悲劇
(2017年12月21日:日経ビジネス)
■ 介護生活敗戦記・後編 〜「介護殺人」の本と番組に寄せられた意外な反応
NHK大阪放送局報道部チーフ・プロデューサー 横井秀信氏
(2017年12月22日:日経ビジネス)
・事を起こすのは「ふつうの人々」で、むしろ真面目で責任感が強い人が追い詰められがち。
・介護する側(子どもを育てる側)の社会的サポートが不十分。
・第三者の介入がポイント。
・社会全体で支えるシステム構築が早急に必要。
それから「予防医学のパラドックス」の対話部分を興味深く読みました。
この内容は予防接種にも共通していると感じたからです。
(横井)私、松浦さんの本で、お母様との介護もさることながら、「予防医学のパラドックス」という視点から、社会の分断に対する警鐘を鳴らしているのがものすごく腑に落ちて(『予防医学のパラドックス』が教える認知症対策)。「適者生存」的な考え方は、実はまったく科学的ではないということがよく分かり、すごく勇気というか力を得るというか、あ、こういうことなんだなというのを納得しながら読ませていただきました。
(松浦)ありがとうございます。病気の人に対して集中的に対策を打つより、社会全体がやんわりと努力して対応する方が、ずっと効率がいい。そう考えると、ものすごく評判の悪かったメタボ健診、あれも正しいんですよね。一人ひとりが、太りすぎない、栄養バランスに気をつける、といった小さなことに気をつければ、全体では医療費が大きく圧縮できる。でも、個人ベースに落としこむと「俺が好きな時に好きな飯食っちゃいけないのか」みたいな反応を喰らいがちです。
よく言う例ですが、社会が禁煙に動けば、周囲の人間を含めて全体の発がんリスクが下がることは間違いない。一方で、タバコを吸ってもがんにならない人がいるし、吸わなくてもがんになる人はいる。社会全体では間違いなく効果があっても、個人にとって、運が良いか悪いかだからです。
個々の人間が気をつけたら、確実に社会全体で認知症の患者は減る。けれど、特定の個人が発症するかどうかは確率次第で、「努力すれば発症しない」とは絶対に言えない。努力しても確率が下がるだけなので、結果として運が悪いと発症することがあり得る。
(横井)そうですね。でも、困っている人を社会全体で支える、という正論が、きれい事じゃなく、科学的、合理的なんだというところがすごく響いて、「辛い人を生まないために、社会全体が動くのが最もコストが安い」と納得できる。これはとても支えになります。
■ 介護生活敗戦記・前編 〜普通の人が親を殺す「介護殺人」の悲劇
(2017年12月21日:日経ビジネス)
■ 介護生活敗戦記・後編 〜「介護殺人」の本と番組に寄せられた意外な反応
NHK大阪放送局報道部チーフ・プロデューサー 横井秀信氏
(2017年12月22日:日経ビジネス)
・事を起こすのは「ふつうの人々」で、むしろ真面目で責任感が強い人が追い詰められがち。
・介護する側(子どもを育てる側)の社会的サポートが不十分。
・第三者の介入がポイント。
・社会全体で支えるシステム構築が早急に必要。
それから「予防医学のパラドックス」の対話部分を興味深く読みました。
この内容は予防接種にも共通していると感じたからです。
(横井)私、松浦さんの本で、お母様との介護もさることながら、「予防医学のパラドックス」という視点から、社会の分断に対する警鐘を鳴らしているのがものすごく腑に落ちて(『予防医学のパラドックス』が教える認知症対策)。「適者生存」的な考え方は、実はまったく科学的ではないということがよく分かり、すごく勇気というか力を得るというか、あ、こういうことなんだなというのを納得しながら読ませていただきました。
(松浦)ありがとうございます。病気の人に対して集中的に対策を打つより、社会全体がやんわりと努力して対応する方が、ずっと効率がいい。そう考えると、ものすごく評判の悪かったメタボ健診、あれも正しいんですよね。一人ひとりが、太りすぎない、栄養バランスに気をつける、といった小さなことに気をつければ、全体では医療費が大きく圧縮できる。でも、個人ベースに落としこむと「俺が好きな時に好きな飯食っちゃいけないのか」みたいな反応を喰らいがちです。
よく言う例ですが、社会が禁煙に動けば、周囲の人間を含めて全体の発がんリスクが下がることは間違いない。一方で、タバコを吸ってもがんにならない人がいるし、吸わなくてもがんになる人はいる。社会全体では間違いなく効果があっても、個人にとって、運が良いか悪いかだからです。
個々の人間が気をつけたら、確実に社会全体で認知症の患者は減る。けれど、特定の個人が発症するかどうかは確率次第で、「努力すれば発症しない」とは絶対に言えない。努力しても確率が下がるだけなので、結果として運が悪いと発症することがあり得る。
(横井)そうですね。でも、困っている人を社会全体で支える、という正論が、きれい事じゃなく、科学的、合理的なんだというところがすごく響いて、「辛い人を生まないために、社会全体が動くのが最もコストが安い」と納得できる。これはとても支えになります。