デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

冷血頼朝(PART 1)

2013-02-18 12:57:55 | 日本史
 

  
冷血頼朝(PART 1)




(yoritomo2.jpg)





デンマンさんは源頼朝が嫌いなのでござ~♪~ますか?



どうも好きにはなれない人物ですよ。

どうしてでござ~ますか?

冷淡で、非情で、極めて自分よがりなところがあると思うのですよ。

たとえば。。。?

例えば『平家物語』に次のような場面があるのです。



(shigemori.jpg)

NHK大河ドラマでの平重盛

小松殿重盛のお子・丹後侍従忠房(ただふさ)は、屋島の戦の折、おちのびて行方も知れず姿を隠しておられたが、紀伊国の住人・湯浅権守宗重をたのんで、湯浅城にたてこもられた。

 (中略)

鎌倉殿の命により熊野別当湛増が、二、三ヵ月の間に八度攻めよせて戦った。
城兵は命を惜しまずに防いだので、寄手は毎回追い散らされ、熊野法師が数多く討ち死にする。
別当の湛増は頼朝公へ急使を走らせ、(略) と申し出ると、鎌倉殿は、
「(略) 城にたてこもる兵はさだめし山賊、海賊のたぐいであろう。
彼らの取締りをきびしくして、城に出入りができないよう口を固めて守るがよい」
と言われた。

その仰せどおりにすると、案のじょう後には一人も城に姿をみせないようになった。
頼朝公はなおも計をめぐらせて、
「小松殿重盛のお子がたの中、一人でも二人でも生き残られた者がおるならば、命はお助けしよう。
理由は池禅尼(いけのぜんに)の使いとして、私の命を助け流罪にしたのは、ひとえにかの内府重盛殿の芳恩によるからだ

この計にのせられて、丹後侍従(忠房)が京の六波羅へ自首して出た。
そして鎌倉へ護送されると、頼朝は忠房に対面して、
「都へお帰りなさい。 京近くの田舎に、お住いすることを考えておきました」
そう騙して京へのぼらせ、後から人をやり、勢田の橋のほとりで、忠房を斬らせてしまった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています)




279-280ページ 『平家物語 (下)』
著者: 中山義秀 現代語訳
2004年12月20日 初版発行
発行所: 河出書房新社




源頼朝は平重盛の子供を助けようと言ってるのですよ。 なぜなら池禅尼(いけのぜんに)の使いとして、平清盛の嫡男である重盛が口をきいてくれたので殺されずに伊豆に流罪になったというのです。 だから、重盛の子供を助けたいと。。。でも、それは頼朝の本心ではなかった。 ただ、そのような噂を流しただけ。。。



その噂を聞きつけて重盛の子供である平忠房(ただふさ)が自首して出て来たのでござ~ますか?

その通りですよ。 ところが面と向かって頼朝は命を助けると言っておきながら勢田の橋のほとりで忠房を斬らせた。 つまり、恩を仇(あだ)で返したことになるのですよ。 このようなところに僕は頼朝に冷血漢を見るのです。

でも、戦国時代にはそのような事はよくあったことなのでしょう?

あのねぇ~、この当時はまだ後の戦国時代ほど世は乱れてなかった。 現に、平清盛は頼朝を殺そうとしたけれど、継母の池禅尼が命だけは助けてあげてくださいと頼んだので、頼朝を助けてあげたのですよ。 それなのに頼朝は、重盛の子供たちを一人でも二人でも助けると言っておきながら、騙して忠房を斬らせた。 それも、いかにも親切そうに「都へお帰りなさい。 京近くの田舎に、お住いすることを考えておきました」なんて、おためごかしな事を言っている。

それはちょっとやりすぎですわよね。

卑弥子さんだって、これはちょっと酷(ひど)いと思うんでしょう!? 殺される忠房の身になって考えてみてくださいよ。 命が助かると思って忠房は京都の六波羅へ自首して出た。 それから鎌倉へ送られて頼朝と対面した。 甘い言葉をかけられてから、また京都へと。。。 ところが勢田の橋までやって来ると、「この場で死んでもらいます」と言われる。 「どうして。。。、なぜ。。。? 頼朝殿は命を助けると言ったのですよ! ああそれなのに、それなのに。。。」 騙されたと知った、その時の忠房の気持ちを考えると、僕は頼朝という人間が血も涙もない冷酷な殺人鬼に思えてくるのですよ。

でも、そのような事は武士の世界には付き物だったと思いますわ。

あれっ。。。 卑弥子さんは凶悪な冷血動物の源頼朝を庇(かば)うのですか?

別に頼朝を庇おうとしているのではござ~ませんわ。 ただ、ウィキペディアを見たら『平家物語』とは違うことが書いてありましたわ。


池禅尼


(zenni02.jpg)

長治元年(1104年)頃に生まれる。
長寛2年(1164年)頃に亡くなる。
平忠盛の正室。
平清盛の継母に当たる。

平治元年(1159年)の平治の乱においては複雑な政争を勝ち抜いた清盛が勝利し、その結果、源義朝ら他の軍事貴族が駆逐された。
翌永暦元年(1160年)2月、義朝の嫡男で13歳の頼朝が池禅尼ならびに頼盛の郎党である平宗清に捕えられた。
この際、池禅尼は清盛に対して助命を嘆願したと言われている。
また頼朝の助命の為に池禅尼が断食をし始めたため、清盛も遂に折れて伊豆国への流罪へと減刑したとも言われている。

上記内容を記している『平治物語』では頼朝が、早世した我が子家盛に生き写しだったことから池禅尼が助命に奔走したとするが、実際には頼朝が仕えていた上西門院(待賢門院の娘、後白河の同母姉)や同じ待賢門院近臣家の熱田宮司家(頼朝の母方の親族)の働きかけによるものと推測される。

その後、池禅尼は死去したと言われているが、正確な没年は不明である。

頼朝は池禅尼の恩を忘れず、伊豆国で挙兵した後もその息子である頼盛を優遇し、平家滅亡後も頼盛の一族(池氏)は朝廷堂上人および幕府御家人として存続する。




出典: 「池禅尼」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




このように頼朝は池禅尼の恩を忘れず、伊豆国で挙兵した後もその息子である頼盛を優遇し、平家滅亡後も頼盛の一族(池氏)は朝廷堂上人および幕府御家人として存続すると書いてありますわ。 平忠房を殺したけれど、池禅尼の息子である頼盛を助けているのですわよ。 そればかりか幕府御家人として優遇しているのですわよ。 だから、池禅尼に対して恩返しをしているのですわ。



もしかして卑弥子さんの家系には源頼朝の血が入っているのですか?

いいえ。。。 あたくしの家系は主に藤原氏の血が濃いのでざ~ますわ。 あたくしの知る限り頼朝とご先祖様とは何の関係もありませんわ。

だったら、頼朝を弁護する必要はないじゃありませんか! どうして頼朝の肩を持つのですか?

別に頼朝さんの肩を持っているわけではござ~ませんわ。 たまたまウィキペディアを見たら『平家物語』とは違うことが書いてあったのですわ。

あのねぇ~、そもそも『平家物語』とは、「祇園精舎の鐘の声……」の有名な書き出しで始まって平家の滅亡を描いた物語ですよ。

存じ上げておりますわ。

つまり、平家が滅んだのは、武士にもかかわらず貴族の真似をして、おごり高ぶったからだと言うバックグラウンド・ミュージックのようなものが全編を通して流れている。 要するに、平家を悪く言う物語なのですよ。

だから、どうだと言うのでござ~ますか?

だから、平家の者どもが悪く言われるのは当たり前なのですよ。 それで『平家物語』では平清盛が必要以上に悪者にされている。 そんな中で僕が引用した場面では頼朝が清盛以上に悪い人間として。。。人を騙す冷血漢として描かれている。 つまり、『平家物語』の作者を含めて、この当時の人は義経に対しては好感を持っていても、頼朝に対しては好感を持ってないのですよ。 『平家物語』では、むしろ作者は源頼朝を冷血動物を見ているような書き方をしている。

でも、ウィキペディアを見たら『平家物語』とは違うことが。。。

あのねぇ~、ウィキペディアを書いている人は現在に生きている人ですよ。 『平家物語』を書いた人は、実際に平清盛や頼朝が生きていた時代を知っている人です。 だから、『平家物語』の作者の意見の方を尊重すべきだと僕は思うのですよ。

そうでしょうか?

それに、頼朝は人間として見ても、とりわけ素晴らしいと思わせるようなところがない。

まるで、見てきたような事をデンマンさんは言いますわね?

あのねぇ~、僕は生まれ故郷の行田市に帰省していた去年の11月にNHK大河ドラマの『平清盛』を楽しみにしながら観ていたのですよ。


(kiyomo01.jpg)



その中で描かれた北条政子と源頼朝のやり取りを見ていると、頼朝は政子よりも1段も2段もランクが下のような人物にしか見えない。 その後、尼将軍として権勢を振るった政子の方が頼朝よりも“将軍”らしい。



でも、それはデンマンさんの個人的な受け取り方ですわよう。

あれっ。。。 卑弥子さんは大河ドラマの中でも頼朝に肩を持つのですか?

だってぇ、頼朝に扮している岡田将生君はカッコいいんですものォ~。。。 うふふふふふふ。。。


(masako02.jpg)



やだなあああァ~。。。 カッコいいとか、ハンサムだとか。。。 そういうことは大河ドラマとは関係ないのですよ。 どうでもいいことですよ。 もっと歴史的人物の本質を見てくださいよう。 んもお~~!



つまり、デンマンさんは何が何でも頼朝が嫌いなのですわね?

いや、僕は客観的に好き嫌いを考えないようにして見ているつもりです。 『平家物語』を読んでも、大河ドラマを観ても、頼朝という人物はごく平凡な人間だったのではないかと思えるのですよ。 そのような思いに駆られました。 つまり、周りの人から持ち上げられて小山の大将になっただけだと。。。 実際に動いたのは義経を含めて有能な部下たちですよ。 しかも、頼朝は完全に政子の尻に敷かれてますよ。

あらっ。。。 カカァ~天下の家庭だったのでござ~ますか?


(masako03.jpg)



大河ドラマを観ていたらマジでそう思いましたよ。 つまり、頼朝という人間はごく平凡な人間だったのですよ。 だから、徳川家康などと比べると頼朝の名言というものは、ほとんど残ってない。 僕は頼朝の名言を何一つとして思い出せませんよ。 つまり、頼朝という人間は平凡でつまらない、ごく平均的な人間だったからめ名言を残さなかった。



つまり、頼朝さんは有能な部下に支えれれて鎌倉幕府を立ち上げたけれど、本人にはこれと言った才能がなかったとデンマンさんは言うのですか?

だってぇ、そうでしょう。。。!? もし頼朝がマジで才能ある人間だったら、織田信長や豊臣秀吉や徳川家康のように名言を残してますよう。 卑弥子さんは頼朝の残した名言を一つでも知ってますかァ~?

知りませんわ。 そう言われてみれば不思議と頼朝さんの名言というのは歴史の教科書にも出てきませんわね。

そうでしょう!? だから、源頼朝という人物は言ってみれば東国の武士たちに「源氏の棟梁」だと持ち上げられただけの、ごく平凡な人間だったのですよ。

そうかしら。。。?

そうなのですよ。 それに、『吾妻鏡(あずまかがみ)』には次のような箇所がある。


辰刻(たつのこく)、国宗、院宣を捧げて樋口の河原に武州(北条泰時)に相逢(あ)ひ、子細を述ぶ。
武州院宣を拝すべしと称し、馬より下りぬ。
共の勇士五千余輩あり、この中に院宣を読めるものありやと、岡村次郎兵衛尉をもって尋ねたところ、勅使・河原小三郎云う。
武蔵野国の住人藤田の三郎は文の博士のものなりと。
藤田を召し出だして院宣を読ましむ。

(デンマン注: 読み易く読み下しました。
赤字はデンマンが強調)




承久3(1221)年6月15日の条
『吾妻鏡』



 (すぐ下のページへ続く)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冷血頼朝(PART 2)

2013-02-18 12:57:06 | 日本史

  
冷血頼朝(PART 2)



これは承久(じょうきゅう)の乱の出来事なのですよ。



その承久の乱ってぇどのような事だったのでござ~ますか?

鎌倉時代の承久3年(1221年)に、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して討幕の兵を挙げて敗れた事件です。 鎌倉幕府の成立後、京都の公家政権と鎌倉の武家政治の二頭政治が続いていたのです。 ところが後鳥羽上皇は公家政治をやりたくて鎌倉幕府を滅ぼそうとした。

。。。んで、上の院宣というのは、この後鳥羽上皇が書いた命令書なのでござ~ますか?

そうですよ。 ところが鎌倉軍五千もの武士がいながら、北条泰時も含めて漢文で書かれた院宣が誰も読めなかった。

だから、どうだと言うのでござ~ますか?

やだなあああァ~。。。京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授ともあろう人が僕の言おうとしていることが理解できないのですか?

つまり、漢文というのは当時のアジアでの国際語で。。。 その漢文を読める人が5000人の関東武士の中に誰も居なかったとデンマンさんは言いたいのですわね?

その通りですよ。 卑弥子さんは理解しているじゃありませんかァ!

それが頼朝さんと、どのように関係しているのでござ~ますか?

あのねぇ~、もしですよ、源頼朝に「源氏の棟梁」としての実力と才能があったなら、学問や文学を疎(おろそ)かにはしなかったはずなんですよ。 ところが頼朝という人物は平凡な人間だった。 むしろ嫉妬深くて冷血な人間だった。 『平家物語』に書いてあるとおりです。 だから、その下で動いていた関東武士も漢文が読めなかった。

でも、漢文がそれほど重要だったのでござ~ますか?

もちろんですよ。 平清盛は学問も文学も疎(おろそ)かにはしなかった。 だからこそ、中国との貿易、つまり、日宋貿易に見られるような財政基盤の開拓に励んだ。 宋銭を日本国内で流通させ通貨経済の基礎を築いたのですよ。 時代の矛盾に行き詰まりつつあった貴族政治を打ち破り、貴族的要素が強いとは言え、日本初の武家政権を打ち立てた。 頼朝は、清盛が打ち立てた制度を引き継いだに過ぎない。 頼朝自身はほとんど何もしなかったのですよ。 それが証拠に部下の関東武士の5000人の内に漢文が読めるものが居なかった。 つまり、国際化という点においては全く無知な人だったのですよ。

でも、当時、国際化する必要はなかったのではござ~ませんか?

やだなあああァ~! あったでしょう! 鎌倉時代に元が日本へ攻めてきたでしょう! 当時、すでに国際化の動きがあったのですよ! 鎌倉幕府の後の室町幕府を考えてみてくださいよ。 金閣寺を建てた足利義満のことを思い出してください。 義満は若年の頃から明への憧憬を深く抱いていた。 もちろん、学問や文学も疎(おろそ)かにはしなかった。 中国・明の建文帝は義満を日本国王に冊封し、同時に明の大統暦が日本国王に授与されて、両国の国交が正式に樹立されたのですよ。 日本国王が皇帝に朝貢する形式をとって明との勘合貿易が1404年(応永11年)から始まった。

でも、遣唐使の廃止以来、独自の政策を採っていた公家社会では、明皇帝の臣下となる朝貢貿易に対して不満や批判が多くあったのですわ。

あれっ。。。 卑弥子さんは何も知らないような顔をしながら知っているではありませんか!

これでも京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している身でござ~ますわ。 その程度のことは存じ上げております。

だったら、1397年(応永4年)に、西園寺家から京都北山の「北山弟」(ほくさんてい)を譲り受け、舎利殿(金閣)を中心とする山荘、つまり、のちの金閣寺を建てたことも知っているでしょう?

ええ。。。 存じ上げておりますわ。

足利義満が学問も文学も疎(おろそ)かにせず、漢文も読めたから、武家様・公家様・唐様(禅宗様)が融合した北山文化というものが日本に根付いたのですよ。 

つまり、頼朝さんは極めて平凡で冷酷な人物で、文化的には日本が誇るよな物を何も残さなかったとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

その通りですよ。 彼自身は文化的なものを何一つ残してない! 全部他の人たちがやったことです。

でも、徳川家康さんは頼朝の事績が多く書かれている『吾妻鏡』を集めて写させ、吾妻鏡を読み頼朝の行動を学んだと言われていますわ。

あれっ。。。 知らないようでいて卑弥子さんは、そのような事まで知っているのですか?

聞きかじりですわ。 うふふふふふ。。。

あのねぇ~、僕は頼朝のすべてが悪いと言うつもりはないのですよ。 頼朝にだって長所はあったと思いますよ。 「一寸の虫にも五分の魂」と言いますからね。。。 徳川家康が、その頼朝の良い所を学ぼうとする姿が素晴らしいではありませんか! でもねぇ~、『保暦間記』(ほうりゃくかんき)という、南北朝時代に成立した歴史書があるのですよ。 作者は不明だけれど、14世紀半ば、延文元年(1356年)以前に南北朝時代の足利方の武士によって書かれたと言われているのですよ。 それによると、頼朝の死因を自らが滅ぼした源義広、義経、行家、安徳天皇の亡霊によると記している。 つまり、当時からその生涯は罪深いものとして捉えられていたのですよ。




【ジューンの独り言】



ですってぇ~。。。
頼朝さんは落馬が原因で死亡したと言われています。
でも、詳しい事は分かっていません。

源頼朝さんは、確かにあまり良いことは言われないようですわよね。
それでも、自分の妻子には甘かったそうですわ。
富士の巻狩りで12歳の息子・頼家が鹿を仕止めた時は喜んで妻の北条政子に報告の使いを送ったそうです。
でも、それを聞いた政子は「武士の子なら当たり前だわ」と言われてしまったそうです。
政子さんは、かなり男勝(まさ)りな人ですわね。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(hime003.jpg)


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

『哀れなネアンデルタール』

『佐伯今毛人は臆病者か?』

『笑わせる漢字でござ~ます』

『卑弥子@婚活』

『プロメテウスの第2の火』

『うむうむ、ふむふむ人間』

『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『オバマ大統領と継体天皇』

『色男不比等』

『目の前で米軍のヘリが落ちた』

『見ちゃだめよ!』

『白い鯛焼き』

『真夜中のマリア』

『女に溺れる清盛』

『北本から見る富士』

『エロい源氏物語』

『ロマンと弥勒と阿修羅』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事





■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』



『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』



『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなたの満足度

2013-02-18 12:54:05 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽
 
あなたの満足度は…?



おほほほ。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよゥ。

また出て来て

しまいましたわア~

どうしても、あなたに

お会いしたかったので

ござ~♪~ますわよ。

ええっ?相手が

誰だか分からないのに、

いい加減な事を言うな!

いいえ。。。いい加減では

ござ~♪~ませんわ。

こうしてあなたに

お会いできると言うことは

前世からのめぐり合わせなので

ござ~♪~ますわよ。

あなたとあたくしは、

この宇宙の摂理によって、

このような形で出会うように

運命付けられていたのでござ~♪~ますわ。

おほほほほ。。。

ええっ?

そんな事はどうでもいいから、

満足度について早く話せ!

あなたは、そのような強い口調で、

あたくしにご命令なさるのござ~♪~ますか?

分かりましたわ。

あたくしも、そのつもりで

出てきたのでござ~♪~ますから。。。

おほほほほ。。。




どうですか?満足度と聞いて、あなたは、現在、自分に満足しているだろうか?

ふと上の女の子のように考え込んでしまったのではありませんか?

今日はねぇ、あなたが今の自分に対してどれだけ満足しているだろうか?

あたくしが、それを診断しようと言う訳なのでござ~♪~ますわよ。

ええっ?そんな事ができるのかって。。。?

それができるのよ。

全く関係のないような質問をするけれど、

騙されたと思ってマジで答えてね。

馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけれど、

これが、よく当たるのよ。

だから、笑わないでマジで答えてね?

じゃあ、始めるわね。

では、質問です。直感的に答えるのよ。

10秒以内に答えてね。

では。。。



「カニ」を沢山頂きました。

さて、あなたならどんな料理にして食べますか?


A: カニ寿司にする

B: ゆでてそのまま食べる

C: 天ぷらにする

D: カニシュウマイにする




おほほほほ。。。

こんな格好で失礼いたしますわ。

ほっかほっか“おばさんパンツ”を穿いて、

ほっかほっか暖炉の前で

現在、あたくしはこのように自分に対して大いに満足しているのでござ~♪~ますわ。

あなたも、「自分は、このままでいいのか?」なんて、考えているのではござ~♪~ませんか?

では、あなたの「今の自分への満足度」を診断いたしますわ。


○ Aを選んだあなたは 【今の自分への満足度】が70%です。

「カニ寿司」を選んだあなたは、そこそこ満足しているようですわ。
大した不満はありませんが、ほんの少し、変化を期待しているのでは?




○ Bを選んだあなたは 【今の自分への満足度】が90%です。

「ゆでたまま」を選んだあなたは、現状に満足しているようです。
努力の甲斐あって、自分の思いどおりの環境や、やりたい道へ進めているようです。




○ Cを選んだあなたは 【今の自分への満足度】が40%です。

「天ぷら」を選んだあなたは、環境に満足していないようです。
現状を変えるため、自分に何が出来るかを模索しているのでは?




○ Dを選んだあなたは 【今の自分への満足度】が10%ですよ。

「カニシュウマイ」を選んだあなたは、今の自分を変えたい、と思っています。
でしょう?
進むべき道が他にあるかも…と、新しい道を探しているのでは?




どうですか?
大体、当たっているでしょう?

ええっ?あたくしですか。。。?
「ゆでたまま」を選んだのでござ~♪~ますわよ。

そうなのよ。
あたくしは、おおむね現状に満足しているのですわよ。
努力の甲斐あって、自分の思いどおりの環境や、やりたい道へ進んでいるのですわ。



こうして2008年の元旦にはバンクーバーのイングリッシュベイで
ポーラーベア・スウィムに参加する事ができましたわ。

そうなのですわよ。カナダの真冬に海水浴をしてしまったのでござ~♪~ますわよ。
うふふふふ。。。
まるで、真夏に撮ったような写真でしょう?

でもねぇ、これって、マジで2008年の元旦の出来事なのですわよう!

わかるでしょう?
この、あたくしの笑顔が、満足度を表明しているのでござ~♪~ますわよ。

でもねぇ、もし、あたくしの上の診断が間違っていたとしても、
あなたは落胆したり、ムカついたりして自殺しないようにねぇ。
うしししし。。。



ええっ?
あなたは本格的に、あなたの将来を占いたいの。。。?

分かりましたわ。
それならねぇ、本格的な占いサイトをご紹介しますわよ。

もちろん無料なのよ。
じゃあね、次のリンクをクリックしてね。

『あなたも未来を開く

占いをやってみませんか?

うれしい出会いが

待っているかも知れませんよ!』


上のリンクをクリックすると「占いの館」の説明が現れますよ。
「占いの館」とは西洋占星術に基づく「ミーシャの12星座占い」です。
東洋の易術に基づく「ミーシャの易占い」という2つの無料占いと、
必ず開運アイテムがもらえる「ココロのアイテムおみくじ」が楽しめる
本格的な占いコンテンツでござ~♪~ますわよ。

とにかく、無料で試してみることが出来るのよ。
あなたが失うものは無いの。。。
だから、覗いてみるだけの価値があるわよ。

じゃあ、大いに楽しんでね。



あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『あなたのためのオンラインショッピング ガイド』

■ 『面白くって楽しくてためになる英語』

■ 『今、すぐに役立つホットな情報をゲットしようね』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』



■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』



■ 『ブログに記事を書いてお小遣いをもらおう!』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』



『弘中先生と熊谷(2009年9月6日)』

『お受験と教育ママ(2009年9月8日)』

『熊校の先生(2009年9月10日)』

『「田舎教師」再訪(2009年9月12日)』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』



■ 『バンクーバーの寒中水泳』

『四季桜(2009年9月14日)』

『熊校の思い出(2009年9月16日)』

『「田舎教師」と行田(2009年9月18日)』

『小百合さんの存在感(2009年9月20日)』

『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ~♪~ますけれど。。。

分かってるわよゥ。

でも、我慢して読んで頂戴ね。

あたくしだって、好き好んで

あなたをわずらわせたくないのよ。

でも、デンマンさんは良い人だから

あたくしは、お手伝いをしたいわけなのよゥ。

だから、あなたも我慢して

最後まで付き合ってね?

おほほほほ。。。

ところで、あたくしは散らし寿司が

大好物なのでござ~♪~ますわよ。



ええっ?

豚の角煮じゃなかったのかって。。。?

そうなのよ。良く覚えているわね?

でも、散らし寿司も、同じように大好物なのよ。

おほほほほ。。。

あなたも散らし寿司を作ってみてね。

ええっ?

良い材料が手に入らない、

とおっしゃるのでござ~♪~ますか?

心配する事は無いのでござ~♪~ますのよゥ!

貴方もこうしてネットをやって、

あたくしの記事を読んでいるのですから、

クリックするだけで、

すべての材料が手に入るのですわよ!

産地直送の食材が手に入れたかったら、

ぜひ次のリンクをクリックしてくださいね。

『あなたのためのオンライン

ショッピングガイド』


それは、さておき。。。

あたくしがマスコットギャルをやっている次のサイトも見てね。

『面白くて楽しい、

新しい日本古代史』


貴方、ホントに見てね?

ダメよ!そうやって生返事ばかりして、

この場をうまく誤魔化そうなんてぇ~

そういうコスイ考え方は、お止めになった方が

良いのでござ~♪~ますわよゥ~。

ええっ?どんな面白い記事があるのかって?

ちょっとこれを見てよゥ。



このようなペルシャ人の女の人が

ずうっと昔に日本にやって来て

聖徳太子を産んだとしたら

あなたはビックリするでしょう?

でもね、デンマンさんが、そういう

驚くべき事を書いているのよ。

でも、読んでみると、なかなか面白いのよ。

あなただって、興味が湧いて来たでしょう?

だから、次のリンクをクリックして読んでみてねぇ。

『聖徳太子のお母さんは

ペルシャ人だったの?』


とにかく、楽しい面白い記事が

たくさんあるわよゥ。

うふふふふふ。。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする