デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

3つの顔を持つ女

2021-03-22 02:02:14 | 映画・芸能界


 

3つの顔を持つ女

 


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多重人格!

 


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2021年3月6 土曜日 午前10時08分

8時30分起床。スッキリと目覚めました。
どんよりとした曇り空。気温プラス6度。
春はすぐそこまで来ている!
嬉しい!

昨日食料の買い出しに行ってきました。
そういうわけで今朝はグレーズドドーナツに
サワークリームをたっぷりと掛けて食べました。
小百合さんの好きなサワークリーム・グレーズドの出来上がりです。
きゃははははは。。。

小百合さんが目の前で笑いながら食べている姿が
思い出されてきました。
小百合さんと一緒に食べたいよ!
きゃははははは。。。

ゆうべは2本のDVDを見ました。

1)Tolkien

イギリスでは有名な作家らしいけれど、
知りませんでした。
この作家の自伝的な映画です。

第一次世界大戦に従軍したと言うから
大正・昭和時代に活躍した作家ですよ。
思ったより良くできた映画で吸い込まれるように観てしまいました。
今日はネットで、この作家についてもっとよく調べてみようと思います。


トールキン


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(1892年1月3日 - 1973年9月2日)

ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン(John Ronald Reuel Tolkien)は、英国の文献学者、作家、詩人、イギリス陸軍軍人。
『ホビットの冒険』と『指輪物語』の著者として知られている。

オックスフォード大学で学び、同大学ローリンソン・ボズワース記念アングロ・サクソン語教授(1925年 - 1945年)、同大学マートン学寮英語英文学教授(1945年 - 1959年)を歴任。文学討論グループ「インクリングズ」のメンバーで、同会所属の英文学者C・S・ルイスや詩人チャールズ・ウィリアムズ(英語版)と親交が深かった。

カトリックの敬虔な信者であった。1972年3月28日エリザベス2世からCBE(大英帝国勲章コマンダー勲爵士)を受勲した。

没後、息子のクリストファは彼の残した膨大な覚え書きや未発表の草稿をまとめ、『シルマリルの物語』、『終わらざりし物語』、『中つ国の歴史』などを出版した。

これらは、生前に出版された作品とあわせ、「アルダ」や「中つ国」と呼ばれる架空の世界に関する物語、詩、歴史、言語、文学論の体系を形作っている。
1951年から1955年にかけ、トールキンはこのような書き物の総体を legendarium (伝説空間、伝説体系)と呼んでいた。




出典: 「J.R.R.トールキン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 

2)The Three Faces of Eve

これは実に面白い、ショッキングな映画です。
1951年から1953年にかけて、実際にこの女性を患者として診た二人の精神科の医者が診察記録をもとに書いた小説を映画化したものです。

この患者役になった女優(Joanne WOODWARD)はこの映画によって1957年のアカデミーの最優秀女優賞を獲得しました。
なかなかすごみのある演技を見せていました。

僕はこの映画を中学生か高校生の頃に日本で観たような気がするのですよ。
一人の女性がその時の気分によって3人に変わってしまうという話です…。

普通はEve Whiteという一児の女児の慎ましい善良な母親なのだけれど、気分が悪い時にはEve Blackという未婚時代のあばずれ女になってしまう。

結婚生活はEve White にとって不幸なのですよ。
Eve Blackになると、うるさくしている自分の子供の首を絞めたりする。
夫のことはぼろくそに言うし、ボニーという自分の子供も
Eve Blackになると他人の子供でしか無い。

不眠と頭痛が元で医者に診てもらうのだけれど、ある日診察の途中で、あばずれ女になったEve Blackに人格が変わってしまうので医者がビックリしてしまう。

とにかく手のひらを返したように貞淑な家庭の主婦が
あばずれ女になって、べらぼうなことを言い出す。

この変わりようが実に面白い!
ある日、夫も初めて、このEva Blackを見て
度肝を抜かす。

普段は酒も飲めないのに、夫に向かって、「ウィスキーのストレートを作れ!」と言い出す。
タバコを吹かして、行儀の悪い娼婦のように振る舞う。

 


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1年ぐらい診察していた医者の前に、
催眠術を賭けて、昔の思い出を探り出そうとしている途中で
3人目の女ジェーンが現れる。

Eve White も Eve Blackにも子供の頃の思い出がまったくない!
思い出せないのですよ。
ところがジェーンになると子供の頃の思い出を話し始める。

5歳ぐらいの子供の頃におばあさんが亡くなってしまう。
そのおばあさんに母親が最後のお別れのキスをしなさいと
棺桶に入っている死体のおばあさんの顔に母親が
抱きかかえて、無理やりキスをさせようとする。

しかし、ジェーンにとって、それは死ぬほど怖い経験だから、恐怖に襲われてショックを受ける。
それが原因で記憶をなくしたEve Whiteとなって
結婚して子供を生み、記憶のない家庭の主婦として
一生を送ろうとしていたわけです。

でも、無意識のうちに子供の頃の経験が元で
不眠や頭痛に悩まされるようになる。
それで、医者に診てもらったら、多重人格であるということが判ったという物語です。

最後は、ジェーンに戻って、理解のない夫と離婚したジェーンは再婚してボニーと共にしあわせな家庭生活を送っているところで映画は終わるのです。

小百合さんも機会があったらぜひこの映画を観てね。
自分のことのように観ることが出来る部分がたくさんあるのではないかと思います。

小百合さんも、なつかしいバー(おばあちゃん)の事を思い出すでしょう。
また、理解のない嘘つきの元夫のことを思い出すかもしれません。
きゃはははははは。。。

一生は一度だけです。
小百合さんも、思い出を大切にしながら
子どもたちを宝だと思い
思い出を食べながら
楽しく、明るく、元気に暮らしてね。

今夜も山の家で、小百合さんが揚げたクレッソンの天ぷらを食べて一緒にコーヒーを飲みながら楽しくだべる夢を見ようと思います。
きゃははははは。。。

最近、行田に行ってゼリーフライを食べましたか?
さきたま古墳公園のゼリーフライ屋は今でもやってるようだよね。
たまには、行田に行って思い出を食べてね。
あそこのゼリーフライは、昔の「銭(ゼニ)フライ」と内容がよく似ています。
小百合さんと一緒にもう一度食べたいね。
きゃはははははは。。。
じゃあね。。。

ところで、映画の中にライラックが出てきました。
1月に咲く花の名前が思い出せなかったけれど、
花が咲いた枝を折って図書館に司書に見せたら
ライラックだと言ったのですよ。

でも、僕はネットや本で調べてみたのだけれど、
ライラックとは違うと思ったのです。
このことでかつて次の記事を書きました。
読んでみてね。

 


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『ライラックと小百合さん』

 


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デンマンさん... また個人的なメールを書き出したのですか?


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そうです。。。いけませんか?

こういう私的なメールはネット市民の皆様にはつまらないと思いますわ…。

小百合さんも楽しめるように書いたのだから、ネット市民の皆様にも楽しめる箇所があるはずです…。

でも、個人的な部分は省略すべきですわ…。

あのねぇ〜、小百合さんが迷惑だと思うようなことは書いてません…。。。だから、心配することはありませんよ。。。

つまり、デンマンさんが観た映画のことが書いてあるので、メールを引用したのですか?

そうです。。。

。。。で、『The Three Faces of Eve』という映画は面白かったですか?

面白かったですよ。。。ついつい引き込まれて観てしまいました…。

 


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『拡大する』

『実際のページ』




映画について


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『イブの三つの顔』(The Three Faces of Eve)は、1957年のアメリカ合衆国のミステリー映画である。
Nunnally Johnson監督。

作品は、精神科医のCorbett H. Thigpenによる同名の著書に基づいている。
ThigpenとHervey M. Cleckleyは、脚本の執筆も手伝った。

物語は、彼の患者である解離性同一性障害(当時は複数人格障害として知られていた)に苦しんでいるChris Costner Sizemore(イブ・ホワイト)の事例に基づいている。 Sizemoreのアイデンティティは隠され、1977年まで一般に公開されなかった。

アメリカの女優ジョアン・ウッドワードは、映画でのパフォーマンスでアカデミー主演女優賞を受賞し、3つの異なる個性(イブ・ホワイト、イブ・ブラック、ジェーン)を演じたことでアカデミー賞を獲得した史上初の女優になった。

また『イブの三つの顔』は、1936年にベティ・デイヴィスが『青春の抗議』で受賞して以来となる、ほかの賞にノミネートされずに主演女優賞を受賞した作品となった。

ジョアン・ウッドワードはアカデミー主演女優賞を受賞し、その後、映画Sybil(1976年)でCornelia Wilbur博士を演じた。

ウッドワードは、Sybil Dorsett(プライムタイム・エミー賞を受賞したサリー・フィールドが演じた)を多重人格障害と診断し治療に導いた精神科医を演じ、役が逆転することになった。




出典: 「イブの三つの顔」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 



実際に3つの顔を持った女性が居たのですか?



いたのですよ。。。

 



クリス・コストナー・サイズモア

 


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(1927年4月4日– 2016年7月24日)

 

Christine "Chris" Costner Sizemoreは、1950年代に、現在解離性同一性障害として知られている複数の人格障害と診断されたアメリカ人女性でした。
仮名を使用した彼女の事件は、精神科医のコーベットH.ティグペンとハーヴェイM.クレックリーが書いた、1950年代の本「イブの三つの顔」に描かれています。
彼女は1970年代に彼女の正体を公表しました。

サイズモアは1927年4月4日にサウスカロライナ州エッジフィールドの両親エイシーとズエリンヘイスティングスコスナーにクリスティーンコスナーとして生まれた。

当時の障害に関する考え方に従って、ティグペンは、サイズモアが小さな子供として3か月以内に2人の死と恐ろしい事故を目撃した結果、複数の人格を発達させたと報告しました。
しかし、サイズモア自身の報告では、これらのトラウマ的な事件は、すでに存在していた自分自身の証拠を引き起こしただけでした。

当局の反対の主張にもかかわらず、私の以前の変更は私の出生人格の断片ではありませんでした。
彼らは、私が生まれる前に私の生まれた性格と共存していた、完全に彼ら自身の権利の実体でした。
彼らは私ではありませんでしたが、本質的に私であることが何を意味するかに関連しています。

 

診断とイブの3つの顔

ティグペンとクレクリーはサイズモアを診断し、数年間無料で治療した。
1956年、彼女はまだ彼らの世話をしている間に、20世紀フォックスに彼女のライフストーリーの権利に署名しましたが、後に彼女は法的代理人なしで彼女の代替人格の名前を使用してこれに署名したと主張されました。

イブの三つの顔は、1957年に出版されたときにベストセラーになりました。
これは、サイズモアからの限られた入力で、ティグペンとクレクリーによって書かれました。

1958年、彼女はイブリンランカスターのペンネームを使用して、(ジェームズポーリングと)「私の体の見知らぬ人:イブの最後の顔」を共同執筆しました。
彼女はその後の2つのフォローアップを書いた。
私はイブ(1977)で、エレン・セイン・ピティロと一緒に書いた。と私自身の心(1989)。

1970年に彼女はトニー・チトスとの治療を開始しました。
トニー・チトスは、次の4年間で多様な性格を統合する上で最大の進歩を遂げたと信じています。
サイズモアと、ティグペンとクレックリーの治療後に彼女と一緒に働いた精神科医の両方によると、彼女が3人ではなく、20人以上の性格を経験したことに気付いたのは、彼女がTsitosの世話をするまではありませんでした。
彼女自身が一度に3人のグループで提示されたと報告された。

サイズモアは、イブの三つの顔の本と映画を取り巻くメディアの電撃によって悪用され、客観化されたと感じていると報告しました。
1988年に、彼女自身のライフストーリーに対する彼女の法的権利がティグペンによって20世紀フォックスに署名されたことを発見すると、サイズモアはマンハッタンの連邦地方裁判所に契約に異議を唱えました。
彼女は法廷外の和解を受け入れ、それ以上の映画は作られなかった。

サイズモアの1952年から1989年までの論文は、デューク大学図書館によって取得されました。
コレクションの概要とサイズモアのストーリーの要約は、そのウェブサイトに含まれています。

サイズモアは、2009年3月25日にBBCニュースチャンネルシリーズハードトークでインタビューを受けました。

サイズモアは、2016年7月24日、フロリダ州オカラでホスピスケアの心臓発作で亡くなりました。彼女は89歳でした。

(デンマン訳)




出典: 「Chris Costner Sizemore」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



。。。で、デンマンは、どういうわけで3つの顔を持った女 を取り上げたのですか?



実は、僕にも3つの顔を持った女 に出くわしたことがあるのですよ…。

マジで。。。?

おそらく誰も信じてくれないと思うのだけれど、かつて記事でも書いたことがあるのです…。

あらっ。。。ホントにィ〜?

小百合さんも読んだことがあるはずですよ…。

 


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『仙台を離れて』


 



読んだかもしれませんけれど、よく覚えていませんわ。。。この上の記事の中に 3つの顔を持った女 が出てくるのですか?



そうです。。。上の写真の恵子さんですよ…。

この恵子さんが映画の中のイブのように多重人格障害を患っているのですか?

とにかく僕の話を聞いてください…。。。記事の中にも書いたけれど、恵子さんは女性としては実にたくましい女の子だったのですよう。僕よりも背が高くって、体格だってよかったのですよう。たぶん170センチ以上あったのではないか?「身体の三女」とは、よく言ったものです。恵子さんは女子プロレスラーになっても見劣りがしないように見えました。

「身体の三女」とは、どういうことですか?

宮城県立第3女子高校の生徒はたくましい体の女の子が多いということです…。

。。。で、デンマンさんは恵子さんと、どのように知り合ったのですか?

僕が下宿していた仙台市の富沢金山というところにはバス停の近くにスーパーがあった。。。日用品は、たいてい そこで買うのですよ…。恵子さんを初めて見たのは、そのスーパーの中だった。。。彼女は下宿の裏手に住んでいたのです…。「ピンキーとキラーズ」で一頃、歌謡界を風靡した「恋の季節」を歌ったピンキーこと、今陽子さんに よく似ていたのです。

ずいぶん昔の話ですわねぇ〜。。。

僕は、てっきり恵子さんは結婚したばかりの新妻だと思ったのですよ…。。。なぜなら、表情も体つきも大人だった。。。しかも、タイトスカートを穿いて目の前を歩いてゆく恵子さんの尻はむっちととして、とても女子高生とは思えなかった。

 


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つまり、恵子さんのむっちりとしたお尻に魅了されて、デンマンさんはその後からついて行ったのですか?



もちろん、あまりしつこくついて行くとストーカーだと思われるから、すぐに離れましたよ。。。

。。。で、恵子さんが女子高生だと分かったのはいつのことですか?

僕も恵子さんも仙南バスで通っていたのですよう。 夜型の僕も大学1年生、2年生の時には、結構、真面目に朝起きてバスで通学していたのです。

それで。。。?

バスには門前町経由と長町経由があったのですよう。 今から考えれば門前町経由と言うのは宮城三女の学生のためにあったようなものでしたね。

つまり、宮城三女の女学生がたくさん乗るのですか?

確かに、長町経由よりも門前町経由の方が女学生は多かったですよう。

それで、デンマンさんは、わざと門前町経由のバスに乗ってヤ~らしく女学生を眺めながら通学したのですか?

うへへへへ。。。それ程意識してはいませんでした。。。ある朝、バス停でバスを待っていた時に、恵子さんがセーラー服を着て現れたのですよう。

 


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僕は、死ぬかと思うほどビックリしましたよ…。



それは、オーバーなリアクションですわ…。。。妹さんだとは思わなかったのですか?

いや。。。直感ですよ…。。。間違いなくスーパーで見た恵子さんなのです…。。。その歩き方だとか、体型は間違いなく恵子さんなのです…。直感的に、そうだとわかったから僕は死ぬほど驚いたわけですよ…。スーパーでは結婚してるかもしれないと思ったほど、恵子さんが大人っぽく見えたのに、実は高校3年生だったのですよう。

。。。で、デンマンさんは、ずうずうしく声をかけたのですか?

まさかぁ~。。。僕は20代の頃は女性に対して、とっても消極的だったのですよう。まだ一度も言葉を交わした事もない女性に声をかけるなんて、僕にはとてもできない仕業(しわざ)でしたよう。

そのような事をマジで信じるわけにはゆきませんわ。。。んで、デンマンさんは恵子さんと、いつ言葉を交わしたのですか?

バスは混んでいました。とても座れない。たまたま彼女と隣り合わせになって僕は緊張していたのでしょうね。

たまたまではないでしょう?!デンマンさんのことだから、他の人を押しのけてまでも、恵子さんの隣に行ったのでしょう?

たぶん。。。無意識のうちにそうしたのでしょうね。うしししし。。。

。。。んで、どうしたのですか?

やはり緊張していたのですよう。僕は教科書2、3冊とノートを数冊ほど小脇に抱えていたのですよ。バスの揺れは時には激しい事がありますからね。急な揺れに僕は、教科書とノートをバラバラと落としてしまったのです。普通だったら女子高生は、そういう時に知らん振りしていると思うのですよう。ところが恵子さんは違ったのですよう。

 

宮城三女 校訓

自立 聡明 敬愛

 

やっぱり宮城三女で3年近く勉強したから、校訓が身についていたのかもしれませんよう。恵子さんは“敬愛の心”を忘れなかったのですよう。

校訓なんてぇ~。。。そんなものは。。。、そんなものは、最近の女子高生は屁とも思わないのですわァ~。。。うふふふふふ。。。

だから、20年前の女子高生は違っていたのですよう。

そのように一般化しないでください。。。たぶん、他の乗客に無視されたので、恵子さんはデンマンさんが哀れに。。。可哀想になったのかもしれませんわ。

とにかく、恵子さんは僕と一緒に教科書とノートを拾ってくれたのですよ。

“どうもありがとう”。。。僕は、そう言うのが精一杯でした。とにかく、僕よりも背が高いのですよう。どう見ても170センチ以上あるのです。しかも、香水をつけているわけではないのだろうけれど、仄(ほの)かに甘い香りが僕の鼻腔をくすぐって、僕はもう、心臓がドキドキしてきたものです。

デンマンさんは、大学生の頃は草食系だったのですか?

そうですよ。。僕はもう気が動転してしまっているのに、恵子さんは涼しい表情を浮かべて、パッチリとした眼を僕に向けて言ったものですよう。

“教育学部ですか?”

ん。。。? 教育学部。。。? なんでぇ〜。。。? 僕が不思議そうな表情を浮かべているのが彼女にもすぐに分かったのでしょうね。

“教育原論というタイトルが見えましたわ”

宮城三女 校訓にも書いてあるように、恵子さんは聡明なのですよう。

誰だって教科書のタイトルを見ればその程度の推測はできるものですわ。

僕は数年後に仙台商業高校で教育実習することになるのだけれど、「教育原論」がきっかけになって、僕は恵子さんと話すようになったのですよ。

デンマンさんは工学部なのになぜ教育原論などを選択したのですか?

高校の先生になれる免許が取れるというので、それならば取っておこうと思ったのですよう。人生の間口を広げるためですよう。教員免許を持っていれば喰いっぱぐれが無いと思ったのですよう。授業料は変わらないのだから免許を取れるものなら取っておいた方が得でしょう。ウへへへへ。。。

つまり、恵子さんには、女子高生の顔と、新妻の顔。。。で、もう一つの顔は、どういう顔だったのですか?

次の記事も読んでみてください。。。

 


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『杜の都の青春』


 



デンマンさんの学生時代の思い出ですわねぇ〜。。。



僕は、4年生になると片平丁キャンパスの公孫樹(いちょう)食堂のすぐ近くにある電気通信研究所で卒論を書いたのですよ…。

 


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公孫樹(いちょう)食堂

 



4年生の頃には、僕の生活は完全に夜型になっていたのですよ…。お昼ごろに起き出してバイクに乗って片平丁キャンパスの研究所に向かい、まず近くの公孫樹食堂で、カレーか定食を食べ、研究室に戻って、机の上においてある洗面用具を持って、歩いて近くの銭湯・開福湯へゆくのです。。。

 


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開福湯

 



今では、公孫樹食堂も開福湯もキャンパス改造・都市改造で無くなってしまいました。。。



。。。で、恵子さんの第3の顔はどこに現れたのですか?

公孫樹食堂ですよ…。彼女は、宮城三女から東北学院大学に進学していたのです…。当時は、まだ学生運動がくすぶっており、東北学院大学は片平キャンパスとは隣り合わせになっている。。。彼女は明らかに東北大学の革マル派か中核派と思われる急進派の活動家のグループと一緒にテーブルについて、活発に議論を戦わせていたのですよ。。。

あらっ。。。恵子さんはテロも行う急進派の活動家としてデンマンさんの眼の前に現れたのですか?

僕は自分の目を疑いましたよ…。持ち込んだビールを飲みながら、タバコをプカプカ吹かして、ツバを飛ばしながら肉食系の活動家を相手に、まさに、彼女はアマゾンの女闘士のような形相(ぎょうそう)をむき出しにして、がなり立てていたのですよ…。

 


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女子プロレスラーにもなれると想えるようなあの体格だから、ひ弱な男など、彼女の前に立てば、吹っ飛ばされそうな勢いですよ。。。僕は、2度じっくりと確かめ、それでも信じることができずに、3度目には、より接近して確かめたのですよ…。



人違いだったのでしょう!?

いや。。。恵子さんに間違いありませんでした…。

どうして、そうだと断定できたのですか?

彼女と2度、目が合った。。。一度目は、どこかで見たような顔だというような、記憶を探るような風情の表情が見て取れた。。。でも、議論の途中だったから、それはほんの一瞬のことだった。。。僕は、彼女だと確かめたかったので、その場から動かなかった。。。議論が一段落したのか、彼女はその場に立ち尽くしている僕を2度目に見た…。その表情には、明らかに僕だということを認めた様子が表情に見て取れた。。。

恵子さんは、デンマンさんの所に駆け寄ったのですか?

いや。。。僕が信じられない!というような表情を浮かべていたのでしょう!? 彼女は無言のまま僕から目線をそらせて、また議論を始めたのですよ…。

でも、それは3重人格障害ではないと思いますわァ〜…。

その根拠は。。。?

私は、もちろん専門家ではないからよく分かりませんけれど、活動家の恵子さんがデンマンさんを認めることができたということは、彼女は一人の恵子さんだったのですわ…。

どういうことですか?

もし、恵子さんが3重人格障害を患っていたとしたら、活動家の恵子さんは、女子高生の時の恵子さんとも、新妻の時の恵子さんとも、全く違う人格だから、デンマンさんを認めることができなかったはずですわァ〜…。

なるほどォ〜。。。でもねぇ〜、映画を観ると、医者がイブさんに向かって言うのですよ…。「今度は、イブ・ホワイトさんに出てきて欲しい」そのように医者が言うと。イブ・ブラックさんが、5秒ぐら無言でうなだれて、すぐにまた頭を上げた時には、イブ・ホワイトさんになって話し始めるのですよ。。。ということは、3人の人格はお互いの存在を知っているのです…。そうであるならば、活動家の恵子さんが、僕と言葉を交わした女子高生の時の恵子さんも知っているはずです…。

でも、そうだとしても、デンマンさんと話した内容までは、活動家の恵子さんは知らないはずです…。つまり、高校生の時の恵子さんの心までは、活動家の恵子さんは共有できないのですわ…。。。でも、デンマンさんと2度目に視線が合った時に、活動家の恵子さんが気まずいようにして目線を避けたということは、女子高生のときの恵子さんの心を持っていたということです。。。だから、恵子さんが三重人格障害を患っていたことにはならないと思います。

つまり、恵子さんは意識的に新妻のような服装をしたり、活動家のように活発に議論するようになったと小百合さんは思うのですか?

そうですわ。。。高校3年生から大学生にかけて、あの年頃の女の子にはよくあることですわァ〜…。

 


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私も女子校生の頃には、ダサいセーラー服を着せられることに抵抗を覚えて、学校から帰るとタイツスカートを穿いて外出するようなこともよくありましたわ…。校則では、そういう服装は禁じられていましたけれど。。。



恵子さんが、極めて常識的で、おとなしそうで、親切な女子校生だったのに、アマゾンの女性兵士のように議論をふっかける活動家になったのは、どういうことですか?

自分の内気な性格が嫌になり、性格を変えたいと思うのは、その年頃の女の子にはありがちなことですわ。。。

小百合さんにも女子高生の頃に、自分の性格を変えたいと思ったことがあったのですか?

ありましたわ。。。。私は一人っ子で、内気なタイプだったので女子校に入った時には、もっと活発な外交的な女子になろうとして、文化系のクラブに入ろうと思ったのですけれど、急遽、体育系のバスケ部に入りましたわ。。。デンマンさんも、自分の性格を変えたいと思ったことがあるのではありませんか?

うん、うん、うん。。。確かに、言われてみれば、そういう時期が10代の頃にありましたよ…。

恵子さんが、新妻のような服装をしたり、活動家を目指したのも、高校3年生から大学生にかけての、そういう時期だったのですわァ…。



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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも自分とは違った、他の性格の人物になろうとしたことがありますか?

ええ。。。「そんな事はどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」

あなたは、そのような強い口調で あたくしにご命令なさるのでござ〜♬〜ますかァ〜。。。

じゃあ、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”をご覧に入れますわァ。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

最近 「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよゥ。

 


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

とにかく、興味深い話題が続きますゥ。

どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。

じゃあ、またねぇ。。。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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RSSリーダーがどういうものなのか?

よく分からない人は次の記事を

ぜひ読んでみてください。

『床上手な女とRSS』


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ところで、英語の面白いお話を集めてみました。

もし、時間があったら読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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ショスタコーヴィチ

2021-03-22 01:30:37 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽

 

ショスタコーヴィチ

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで ショスタコーヴィチ を取り上げるのですかァ~?


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実は、最近バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。

 



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どうしてそこまでして、作曲家の心情を汲み取る必要があるのだろう?
クラシック音楽の場合、ほとんどの作曲家はとっくに死んでしまっているわけだし、現代の人間が好きなように演奏したって別にかまわないんじゃないだろうか。

そんな僕にヒントをくれたのは、器楽かヴァイオリン専攻の山口真由夏さんだ。
山口さんは切れ長の目で柔らかく微笑みながら言う。

「ソビエト連邦で、音楽も共産党に支配されていた時代、反政府を言葉ではなく音楽で伝えようとした作曲家がいるんですよ。
口で批判したら投獄されますけど、音なら邪魔されないですから」
音楽は自由なんです、と山口さん。

「ショスタコーヴィチという人です。 彼の曲を弾いていると、ものすごく訴えかけてくるものがあって……もう、本当に病んできますよ!」

当たり前だけれど、山口さんにソビエト連邦で弾圧を受けた経験はない。
しかし曲を弾くだけで、作曲家の憤りがありありと伝わってくるのだそうだ。

ソビエト連邦でどんな弾圧があったのかを調べ、ショスタコーヴィチがどんな人生を送ったのかを学んで、彼の気持ちと一体化して……ようやくその曲が弾けるような気がする。
澤村杏太朗(指揮科)さんがやっているのは、そういうことなのか。

「楽譜どおりに演奏するだけではダメなんです。 作曲家の込めたものを汲み取らないと、曲の魅力は引き出せません」

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




115-116ページ 『最後の秘境 東京藝大』
著者: 二宮敦人
2016年11月5日 第7刷発行
発行所: 株式会社 新潮社


 



なるほどォ~。。。 上の本を読んで ショスタコーヴィチ を取り上げる気になたのですかァ~?



もちろん、それもあるのだけれど、オマエがかつて ショスタコーヴィチ について衒学的な文章を書いていたのだよ!

。。。ん? オイラが ショスタコーヴィチ について衒学的な文章を書いていた、とデンマンさんは断定するのですか?

そうだよ。。。 オマエは忘れてしまったようだけれど、ここに書き出すから、久しぶりに読んでみたらいいよ。。。

 


18.2 Dimitri Shostakovich

言いたい事を言うこと自体が目的なのではない。言いたい事を言える場、状況を得る事が目的なのである。それでこそ、言いたい事はいつでもいえる。それなしには言論、表現の自由はあり得ない。そうした自由は天与の、一人一人の人間に与えられた権利なのであろうか。それとも、我々が自ら獲得しなければならない、人間としての責務なのであろうか。多分、前者だけであったのならば、無責任な、と言う事は、無意味な自由だけしか残らないであろうし、後者だけであったならば、強者のみの自由に終わるであろう。
さて、今ある状況で何処まで言えるか、という事に神経を擦り減らしてきた後で、比較相対的には自由に発言できる場を確保した時に、或いはそうした状況にめぐり合った時に、ふと、自分は言うべき何ものをも現在はもっていない、という事に気がついた、という様な消耗しきった人を見る事は心痛む事である。
私は今、Dimitri Shostakovichのことを言っているのである。彼の作品の多くは、妥協の産物と言うよりは、失敗した弁証法なのであろう。此処で私が意味する弁証法とは、自己の主体性と自己の外界との軋轢及びそれらの止揚である。B. Bartokは前者しか見なかったが故に、<<Concerto for Orchestra>>でShostakovichの作品を揶揄していたのであろうか。そういう資格は一切の妥協を拒んだBartokにはあるのではあるが、私には、それは強者による事態の単純化ではないか、と思えるのである。
我々、西側に住んでいた人間は東側の人々よりも自由であったであろうか。多分そうで(あったで)あろう。しかしながら、何か身動きも出来ない、といった閉塞感にいる(いた)のは、私だけではないであろう。音楽ひとつとって見ても、無思考で無責任な自由と、金力による自由が野合した商業資本という権力によって、どれほど我々が管理されている(いた)か、という事が気にならないとしたら目出度い限りである。それではBartokの晩年の困窮もなかったことであろう。
Shostakovichについては多くの事が書かれてきた。また、彼自身の遺言とされた<証言>もある。それらに見られる記述に比較して、彼の作品の響きは、先入観なしに聴けば、それほどまでには暗くはない、というのが私の印象である。私がここで、陰鬱である方が良いとか、深刻である方が高級である、などとは言ってはいないのは断わるまでもないであろう。より悲壮がかった雰囲気をもつ作品を作る作曲家は、捜すまでもなく幾人もいるではないか(草子地:ポーランドの作曲家の作品に顕著である)。そうではなくて、私がShostakovichの作品を聴くときに辛く感じるのは、敢えて言うのであるが、その音楽の中に、何か薄笑いにも似た表情を見てとる時である。それが、私には、前後の経過とは然したる関連もなく、ときおり顔を覗かせる様に見える(聞こえる)のである。その、うわの空、とでもいった様な仮面の微笑は、彼の資質によるものなのか、はたまた強いられた古典主義、とでも言える彼の作曲技法からくるものなのか、私には分からないのであるが、もともと、それは区別できるものでもないかもしれない。好き
か、と聞かれれば、好きではない、としか答えられない一方、それが嫌いか、と聞かれれば、嫌いだとか不快だとか言うには、あまりに軽すぎる冷笑である。
丁度、ソヴィエト社会主義連邦共和国そのものが、反定立としての成熟した資本主義を欠いたままでの擬似的に成立した体制であったように、Shostakovichは、自己の尊厳と権力からの圧力を止揚するのに、その手段を奪われていたが故に失敗せざるを得なかった。その失敗した弁証法は、行き先のない結果を苦悩する。S. Kierkegaardは、苦悩だけが真実だ、と繰り返し書いていた。しかし、私は、Shostakovichに未だその真実を聴けないでいる。問題は、多分に、私の側にあるのかも知れないが、ただ、別の見方をすれば、彼についての記述から彼の作品が充分に自立する可能性については、今なお年月を要するのではないか、とも考えられるのである。私は、ここでは、例えば、J.S. Bachが神を信じていたか、いなかったかに拘わらずに、彼のfugaは自立している、と言う意味で<自立>という言葉を使用しているのであるが、一方、この例にしても、彼のKirchenkantatenが同じく自立しているかどうかは議論の余地があろう。しかるに、そうした自立に終局的な意味があるかどうかは、別次元の話題である。現代に於いて、それは個人の価値観の問題でもあり、そうでなければならないであろう。ただ、私は、Shostakovichの作品の幾分かは、永久にそうした自立を促すような性格を持ってはいない、と予想してはいるのである。
五十歩百歩と言う言葉がある。五十歩逃げた人間は、百歩逃げた人に対して誇ってはならない、という意味であろう。
私は、しかしながら、百歩逃げた人間は、五十歩逃げた人に対して恥じねばならない、という事をも忘れてはならないと思う。私のような者でさえ、仕事の第一線から退いたときは、これで戦いは終わった、としみじみ思ったものである。
一歩も逃げないで、なおかつ、他を裁かなかった人を、私はひとりだけ知っている。

蛇足(コーダ):
単純な家内は、不愉快な気分になるのなら、(そんな)音楽など聴かなければいい、などというが、その不愉快さを含めて何ものでも存在するのだ。直接的にも、間接的にも、他人とつき合うという事は、嫌であっても、そういう事であろう。いいとこ取りのつまみ食いは良くない。
ほど良い(名)曲を聴きたいと、と思う時に、私は、Shostakovichの<<ピアノ協奏曲 第二番 ヘ長調>>(Op. 102、特に第二楽章)を聴く。こういう言い方は作曲者に対して失礼であるのは承知しているのではあるが、典型的な名曲を聴くのも腹にこたえすぎる時というのもあるのである。Dimitri Shostakovich Juniorのさわやかな演奏(Chandos CHAN 8443)には眼をみはるものがある。




78-79ページ
『前奏曲集―あるアマチュアの覚書-作品 1の1』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!


 



思い出しました。。。 確かに、上の文章はオイラが書いたものです。。。 しかし、この文章が衒学的だと、デンマンさんは主張するのですか?



そうだよ。。。 英語で言うなら pedant。。。、論理の形式、厳密性、正確性などに過剰にこだわったり、学識をひけらかし、傲慢な態度を見せるような書き方なんだよ!

まさかァ~。。。?

まさかじゃないよ! 読んでいて、なんとなく鼻持ちならないんだよ! しかも、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、上の文章を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ! 改行もなく、長い文章がのた打ち回っている。。。 それに、やたらと横文字が入っている!

マジで。。。?

見れば、すぐに判るじゃないかァ! 僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。

 


18.2 ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

     Dmitri Shostakovich



(dmitri01.jpg)

 

言いたい事を言うこと自体が目的なのではない。
言いたい事を言える場、状況を得る事が目的なのである。
それでこそ、言いたい事はいつでもいえる。
それなしには言論、表現の自由はあり得ない。

そうした自由は天与の、一人一人の人間に与えられた権利なのであろうか。
それとも、我々が自ら獲得しなければならない、人間としての責務なのであろうか。
多分、前者だけであったのならば、無責任な、と言う事は、無意味な自由だけしか残らないであろうし、後者だけであったならば、強者のみの自由に終わるであろう。

さて、今ある状況で何処まで言えるか、という事に神経を擦り減らしてきた後で、比較相対的には自由に発言できる場を確保した時に、或いはそうした状況にめぐり合った時に、ふと、自分は言うべき何ものをも現在はもっていない、という事に気がついた、という様な消耗しきった人を見る事は心痛む事である。

私は今、ドミートリイ・ショスタコーヴィチのことを言っているのである。

彼の作品の多くは、妥協の産物と言うよりは、失敗した弁証法なのであろう。
此処で私が意味する弁証法とは、自己の主体性と自己の外界との軋轢及びそれらの止揚である。

ベーラ・バルトークは前者しか見なかったが故に、<<オーケストラのための協奏曲>>でドミートリイ・ショスタコーヴィチの作品を揶揄していたのであろうか。」

 



バルトーク:オーケストラのための協奏曲



ショスタコーヴィチ:ピアノ、トランペット、

弦楽器のための協奏曲(Op.35)


 

そういう資格は一切の妥協を拒んだバルトークにはあるのではあるが、私には、それは強者による事態の単純化ではないか、と思えるのである。

我々、西側に住んでいた人間は東側の人々よりも自由であったであろうか。
多分そうで(あったで)あろう。
しかしながら、何か身動きも出来ない、といった閉塞感にいる(いた)のは、私だけではないであろう。

音楽ひとつとって見ても、無思考で無責任な自由と、金力による自由が野合した商業資本という権力によって、どれほど我々が管理されている(いた)か、という事が気にならないとしたら目出度い限りである。
それではバルトークの晩年の困窮もなかったことであろう。

ドミートリイ・ショスタコーヴィチについては多くの事が書かれてきた。
また、彼自身の遺言とされた<証言>もある。
それらに見られる記述に比較して、彼の作品の響きは、先入観なしに聴けば、それほどまでには暗くはない、というのが私の印象である。

私がここで、陰鬱である方が良いとか、深刻である方が高級である、などとは言ってはいないのは断わるまでもないであろう。
より悲壮がかった雰囲気をもつ作品を作る作曲家は、捜すまでもなく幾人もいるではないか(草子地:ポーランドの作曲家の作品に顕著である)。

そうではなくて、私がドミートリイ・ショスタコーヴィチの作品を聴くときに辛く感じるのは、敢えて言うのであるが、その音楽の中に、何か薄笑いにも似た表情を見てとる時である。
それが、私には、前後の経過とは然したる関連もなく、ときおり顔を覗かせる様に見える(聞こえる)のである。

その、うわの空、とでもいった様な仮面の微笑は、彼の資質によるものなのか、はたまた強いられた古典主義、とでも言える彼の作曲技法からくるものなのか、私には分からないのであるが、もともと、それは区別できるものでもないかもしれない。

好きか、と聞かれれば、好きではない、としか答えられない一方、それが嫌いか、と聞かれれば、嫌いだとか不快だとか言うには、あまりに軽すぎる冷笑である。

丁度、ソヴィエト社会主義連邦共和国そのものが、反定立としての成熟した資本主義を欠いたままでの擬似的に成立した体制であったように、ドミートリイ・ショスタコーヴィチは、自己の尊厳と権力からの圧力を止揚するのに、その手段を奪われていたが故に失敗せざるを得なかった。

その失敗した弁証法は、行き先のない結果を苦悩する。
キルケゴールは、苦悩だけが真実だ、と繰り返し書いていた。

しかし、私は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチに未だその真実を聴けないでいる。
問題は、多分に、私の側にあるのかも知れないが、ただ、別の見方をすれば、彼についての記述から彼の作品が充分に自立する可能性については、今なお年月を要するのではないか、とも考えられるのである。

私は、ここでは、例えば、バッハが神を信じていたか、いなかったかに拘わらずに、彼のフーガは自立している、と言う意味で<自立>という言葉を使用しているのであるが、一方、この例にしても、彼の教会カンタータが同じく自立しているかどうかは議論の余地があろう。
しかるに、そうした自立に終局的な意味があるかどうかは、別次元の話題である。

現代に於いて、それは個人の価値観の問題でもあり、そうでなければならないであろう。
ただ、私は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの作品の幾分かは、永久にそうした自立を促すような性格を持ってはいない、と予想してはいるのである。

五十歩百歩と言う言葉がある。
五十歩逃げた人間は、百歩逃げた人に対して誇ってはならない、という意味であろう。

私は、しかしながら、百歩逃げた人間は、五十歩逃げた人に対して恥じねばならない、という事をも忘れてはならないと思う。

私のような者でさえ、仕事の第一線から退いたときは、これで戦いは終わった、としみじみ思ったものである。
一歩も逃げないで、なおかつ、他を裁かなかった人を、私はひとりだけ知っている。

 

蛇足(コーダ):



 

単純な家内は、不愉快な気分になるのなら、(そんな)音楽など聴かなければいい、などというが、その不愉快さを含めて何ものでも存在するのだ。
直接的にも、間接的にも、他人とつき合うという事は、嫌であっても、そういう事であろう。
いいとこ取りのつまみ食いは良くない。

ほど良い(名)曲を聴きたいと、と思う時に、私は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの<<ピアノ協奏曲 第二番 ヘ長調>>(Op. 102、特に第二楽章)を聴く。

 



ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 Op.102

第2楽章[ナクソス・クラシック・キュレーション

#ロマンチック


 

こういう言い方は作曲者に対して失礼であるのは承知しているのではあるが、典型的な名曲を聴くのも腹にこたえすぎる時というのもあるのである。

ドミートリイ・ショスタコーヴィチ ジュニアのさわやかな演奏(Chandos CHAN 8443)には眼をみはるものがある。

 



ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 Op.102

第2楽章 アンダンテ


 

デンマン注: 残念ながらチャンドス・レコード会社制作のカタログ番号CHAN 8443の CDのコピーはYouTubeにはないようです。

でも、上のクリップの演奏は太田さんも“眼をみはるものがある”と言うかもしれません。




42-43ページ
『前奏曲集―あるアマチュアの覚書-作品 1の1』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




ずいぶんと編集し直して、余計なクリップや写真などを貼り付けましたねぇ~。。。 ちょっと手の加えすぎじゃありませんかァ~!?



あのさァ~、オマエの文章にはネット市民の皆様に読んでもらおうという意思が見えないのだよ! 読者のことなど全く頭になくて、これまで通りにオマエが自分の学習ノートに書き付けたままを ネットで公開している!

いけませんかァ~?

当たり前だろう! オマエの学習ノートなど、誰も見たくないのだよ! ネットで公開するなら、ネット市民の皆様が楽しく読めるように公開すべきだよ!

そのつもりで書きましたが。。。

そのつもりになってないよ! 悪文の見本だよ!

分かりました。。。 で、デンマンさんは、オイラが書いたものを読んで、何か間違ったことを書いていると思って取り上げたのですか?

衒学的なオマエの文章には、ウザイと思ったけれど、特に間違っているところがあるとは思わなかった。。。 ただし、オマエの心優しい奥さんが言った事にちょっとだけ引っかかったのだよ。。。

どういうわけで音楽そのものについて語ろうとしないで、オイラの家内のことを取り上げようとするのですかァ~?

これから、音楽そのものを語ろうとするのだよ。。。 その前に、リンゴの嫌いな人に無理やりリンゴを食べさせるのは、拷問に等しいと僕は思うのだよ!

なんでリンゴを持ち出すのですか?

だから、例えだよ! 分かり易いようにリンゴの嫌いな人を持ち出すわけだよ!

つまり、クラシックの嫌いな人にクラシックを聴かせるのは、拷問のようなものだ、とデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ。。。

でも、デンマンさんが引用した本に、「ショスタコーヴィチという人です。 彼の曲を弾いていると、ものすごく訴えかけてくるものがあって……もう、本当に病んできますよ!」 「楽譜どおりに演奏するだけではダメなんです。 作曲家の込めたものを汲み取らないと、曲の魅力は引き出せません」 と書いてあります。。。

だから、どうだと言うのォ~?

デンマンさんも、その言葉に共感したのでしょう!?

いや。。。 共感したわけじゃない。。。 演奏家として「楽譜どおりに演奏するだけではダメなんです。 作曲家の込めたものを汲み取らないと、曲の魅力は引き出せません」 という姿勢はもっともだと思うよ! でも、それは演奏家に対してだけ言えることだよ。。。

つまり、聴衆にとっては、そんなことはどうでもいいと言うことですか?

あのさァ~、僕はどちらかと言えば、クラシックは苦手なんだよ! 確かに、≪ピアノ協奏曲 第二番 ヘ長調 第2楽章 アンダンテ≫は、さわやかな演奏だと僕も思うよ。。。 ただ、その事についてクダクダとオマエのように 御託(ごたく)を並べたくないのだよ! さわやかな印象を受け止めることができただけで僕は十分に満足しているのだよ! その印象を大切に温めることが、僕にとってクラシック鑑賞なんだよ。。。

要するに、クラシックそのものよりもオイラの家内の反応の方がデンマンさんに取って より興味深いのですかァ~?

その通りだよ! オマエが奥さんの反応を文章の中に取り上げるから、こういうことになるんだよ! しかも、奥さんの言う通りなんだよ! 不愉快な気分になるのなら、(そんな)音楽など聴かなければいいのだよ! 100人のうち90人から95人が、そう思うはずだよ!

そうでしょうか?

だってさァ~、わざわざ不快な気分を味わうために、クラシックを聴く馬鹿はいないだろう!?

でも。。。、でも。。。、時には、いやな人間とも付き合わなければならないように、いやな気分になる曲も後学のために聴くべきだと思いますよ。。。

あのさァ~、僕は嫌な人間とは付き合わない主義なんだよ! だから、気分が悪くなるような音楽も、聴かないのだよ!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんだってぇ、ネットの世界で毛嫌いされている あの50ヅラ下げて 年老いた両親の世話になって狭い部屋に引きこもりながら 嫌がらせのコメントを書き回っている現実主義者と付き合っているじゃありませんかァ~!

 


(einstein91.jpg)


(fool940.jpg)


『天才と現実主義者』

『現実主義者 馬鹿の見本』


 



確かに、あの愚かな現実主義者はネットの世界で毛嫌いされている。。。 でもなァ、僕にとっては、ブログの記事のネタになる マジで興味深い男なんだよ!



つまり、ブログのネタになるので、あの馬鹿とデンマンさんはネットで付き合っているのですか? 

もちろん、ネタになるから足掛け4年も付き合ってきたけれど、こういう嫌がらせのコメントを書く愚か者がネットに出てきては困るのだよ。。。 ブロガーやネット市民の皆様の迷惑になる。。。 だから、そういう愚か者にならないようにと反面教師として取り上げているのだよ!

でも、クラシック音楽は、あの馬鹿とは違いますよ。。。 だから、いやな気分になる曲も後学のために聴くべきだと思います。

同じことなんだよ。。。 いやな曲は聴く必要ないし、いやな人間とも付き合う必要はないのだよ。。。



(laugh16.gif)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも、いやな曲は聴く必要ないし、いやな人間とも付き合う必要なない、と思いますか?

「ええっ。。。 そんな事は、どうでもいいから、他にもっと面白い話をしろ!」

あなたは、そのように私に強要するのですか?

分かりましたわ。。。 では、話題を変えます。。。

これまで、デンマンさんは太田さんについて

ずいぶんと記事を書いてネット上にアップしたので、

太田さんも次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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