デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

ノーパンdeCIA

2021-03-28 01:44:59 | 日本史


 

ノーパンdeCIA

 


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ケイトー。。。 どういうわけで急に“CIAとノーパン”という話題を取り上げるのよゥ~?


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いけませんかァ~?

だってぇ~、CIAと“ノーパン”が関係あるなんて誰も思わないわよ。。。ネット市民の皆様の注目を集めるために、わざとノーパンを持ち出したのじゃないのォ〜?

僕は、そういう下心があってノーパンを取り上げたわけじゃないのですよ…。

でも、疑い深いネット市民は、ケイトーが“ノーパン フェチ”じゃないかと思うわよゥ。。。うふふふふふふ。。。

。。。ん? “ノーパン フェチ?”。。。 シルヴィー、それはちょっと可笑しいんじゃないかなァ~。。。 

なぜ、おかしいのよ?

“フェチ”というのは、例えば“生パンツ フェチ”と言うように、あるモノに対して異常に執着する性癖でしょう!。。。 “ノーパン フェチ”というと、“ノーパン”。。。要するに、パンツをはいてないのだから、執着するものがない!

だから、パンツを穿いてないことに執着するわけよ。。。 パンツを穿いてない女性を見ると性的に刺激されるわけよねぇ~。。。 うふふふふふ。。。

あのねぇ~、確かに、そういう解釈もできるけれど、シルヴィーが思うほど、僕はパンツを穿いてない女性を見て 性的に刺激されることはないのですよ。

マジで。。。? とにかく、どういうわけで“CIAとノーパン”という話題を取り上げるのよゥ~?

あのねぇ~、シルヴィーは「CIAと“ノーパン”が関係あるなんて誰も思わないわよ」と言うけれど、ネット市民の中には、CIAとノーパンが密接に関係あると信じている人達が居るのですよ…。

信じられないわァ〜…。

じゃあ、その証拠を見せますよ…。。。次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』



『CIAとノーパン』


 



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で3月4日の午前10時19分から翌日5日の午前2時11分までのアクセス者の記録なんですよ。。。 青色の枠で囲んだ記事に注目してください。。。



あらっ。。。 CIAとノーパン を読んだネット市民が金魚のウンチのようにつながって出ているじゃない!

。。。でしょう?。。。つまり、CIAとノーパンが関係あると信じているネット市民が居るのですよ…。。。次の検索結果も見てください。。。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



CIAとノーパンが関係あると信じているネット市民が、こうしてCIA ノーパン と入れて検索するわけです…。すると 308,000件もヒットして、検索結果の2番目に出ているCIAとノーパン を読んだわけです。。。



。。。で、上の画像を見ると「ノーパンとしゃぶしゃぶ」と書いてあるけれど、どういうわけで「ノーパン」と「しゃぶしゃぶ」が対(つい)になってるわけなのォ〜?

 


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かつて次のような事件があったのですよ…。

 


大蔵省接待汚職事件


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大蔵省接待汚職事件とは、1998年に発覚した汚職事件である。
ノーパンしゃぶしゃぶ事件とも言われている。

官僚7人(大蔵4人、大蔵出身の証取委1人、日銀1人、大蔵OBの公団理事)の逮捕・起訴に発展。
起訴された官僚7人は、執行猶予付きの有罪判決が確定した。
この責任を取り三塚博大蔵大臣と松下康雄日銀総裁が引責辞任した。

第一勧業銀行利益供与事件における、大蔵省の検査の甘さが総会屋への焦げ付き融資拡大になった問題が浮上したことがきっかけで、東京地方検察庁特別捜査部(東京地検特捜部)は捜査を開始(総会屋利益供与事件)。

特捜部は過去の強制捜査や任意提出で都市銀行、長期信用銀行、大手証券会社などから業務日誌や接待伝票を把握した。

1998年1月18日、東京地方検察庁特別捜査部は日本道路公団の外債発行幹事証券会社の選定に際し、野村證券から贈賄があったとして、公団経理担当理事(大蔵省OB)と、野村證券の元副社長らを贈収賄容疑で逮捕。

1月26日、東京地検特捜部はあさひ銀行・第一勧業銀行・三和銀行・北海道拓殖銀行から収賄を受け検査日程を漏らしていたとして、大蔵省検査官2名を逮捕。

3月5日、東京地検特捜部は、大蔵官僚2名を野村証券への便宜供与と収賄にて逮捕。

3月11日、東京地検特捜部は日本興業銀行・三和銀行から収賄を受け機密情報を流出させたとして、日銀証券課長を逮捕。

4月27日、大蔵省は民間金融機関に関する内部調査の結果を公表し、銀行局審議官の杉井孝を停職、証券局長の長野庬士らを減給とする等、計112人(停職1人・減給17人・戒告14人、訓告22人、文書厳重注意33人、口頭厳重注意25人)に対する処分を行った。




出典: 「大蔵省接待汚職事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



こういう事件が起きて日本中が大騒ぎしたのです。。。だから、この記憶が生々しいネット市民は次のように検索するのです…。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



ノーパン しゃぶしゃぶ CIA と入れて画僧検索したのねぇ〜。。。



そうです。。。こうして検索したネット市民は赤枠で囲んだ写真をクリックしてCIAとノーパン を読んだわけです。。。例えば、上の検索結果の左上の「ノーパン しゃぶしゃぶ」の写真をクリックすると次のページが表示されます…。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』


 



このページの拡大された右上の写真の下に出てくるCIAとノーパン:徒然ブログ をクリックしてCIAとノーパン を読んだわけです。。。



ところで、“ノーパンしゃぶしゃぶ”ってぇ、どういうことなのォ~?

つぎのようなモノなのですよ。

 


ノーパンしゃぶしゃぶ


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ノーパンしゃぶしゃぶとは、エンターテインメント・レストランの一種。
実態はノーパンの女性店員が接客するしゃぶしゃぶ料理店、もしくは風俗店である。

東京・新宿の高級ノーパンしゃぶしゃぶ店が、大蔵省接待汚職事件で大蔵官僚(当時)接待の舞台のひとつとなっていたことが報じられたことから、1998年(平成10年)頃に話題となった。

多くの店では床を鏡張りにして、覗きやすいようにしていたともいい、高い所にアルコール飲料を置き、女性従業員がそれらを取ろうとして立ち上がることで、スカートの中を覗きやすくしていたともいう。
ただし、ストリップのように女性器を積極的に披露することはしない。
また、女性従業員の上半身もスケスケの衣装や、下着をまとわないいわゆる裸にエプロンにしているケースが多いという。


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起源は京都発祥のノーパン喫茶にあるとみられ、他にもノーパン焼肉などがある。

1998年(平成10年)に発覚した「大蔵省接待汚職事件」では、銀行のMOF担とよばれる行員が旧大蔵官僚を接待する際に、東京都新宿区歌舞伎町の高級ノーパンしゃぶしゃぶ店 「ローラン(楼蘭)」を使っていた事が、マスメディアに暴露され話題となった(事件発覚後、その官僚の1人が不可解な自殺をしている)。

なぜ通常の風俗店でなく、こういう店を利用したのかは、飲食費として領収書が落とせる、というのが理由として挙げられている。

現国会議員の岸本周平(元・大蔵省官僚)は、初当選前の2008年に、国家公務員時代に自費ならまだしも、接待で複数回利用して、その後大問題となり、同僚を失い「大きな過ちであった」と反省している旨、自身のブログで記述している。

元顧客のブログ情報によれば、外国からの賓客が「スペシャル・しゃぶしゃぶ」が食べたいと言ってきた場合、それはノーパンしゃぶしゃぶの意味だったといい、日本のエグゼクティブ向け接待文化の一部にさえなっていた。

ローラン(楼蘭)のシステム


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「大蔵省接待汚職事件」の余波で閉店した「ローラン(楼蘭)」の場合、会員制を敷いていた。
ただし、閉店後に流出した顧客名簿から抽出した当時の主要公職者のリストからみて、本人確認さえできればゴルフ場などと同じくビジターとして利用できたとみられる。

また、当該リストの中に自らの利用経験を明かしていた岸本周平の名前がないこと、大蔵省が処分を行った職員が計112人(管理不行届等を含む)にのぼることから、本省課長級以下のキャリア官僚も多く顧客となっていたと考えられる。

「大蔵省接待汚職事件」の報道から、中央省庁の中で利用したのは大蔵省や日銀の幹部と思われがちだが、主要公職者の顧客リストでは旧厚生省、旧通産省、農水省が多く、次いで旧建設省、旧運輸省、旧郵政省などとなっている。
顧客リストの中には後に宮内庁長官となった官僚の名もみられる。

また、利用当時の所属官庁こそ異なるものの、日本最大の公益財団法人の現会長と現理事長がともに顧客リストに入っている。

接待での利用や著名人の利用が多かった地下3階の個室では、ノーパンで接待する女性の股間をクローズ・アップできるCCDカメラと液晶モニターが完備され、懐中電灯(ペンライト)で照らすオプション・サービスもあった。

ホステスは18~20歳の女性を中心に、元顧客のブログ情報によれば名門大学の女子大生など良家の子女のアルバイトも珍しくなかったといい、これが高額にもかかわらず人気を持続した理由のひとつとなっていたが、応対に来たホステスが自分の娘だったという悲喜劇等も起きたとされる。




出典: 「ノーパンしゃぶしゃぶ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



あらっ。。。 日本では けっこう破廉恥なことをやってたのねぇ~。。。!?



面白いでしょう!?

面白くないわよ! なんだかエログロ・ナンセンスじゃない! みっともないと思うわァ~。。。 つまり、ノーパンしゃぶしゃぶ事件というのは、エロい汚職事件なのねぇ~。。。?

そういうことですよ。。。

。。。で、CIAがどこに絡(から)んでいるのォ~?

その説明をする前に、ちょっと次の小文を読んでみてください。

 


官僚と汚職

By 池田勇人


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大蔵省の組合の幹部は、みな私の古くからの友人である。
一つ釜の飯を食った連中だから、行政整理なども比較的円満にゆく。
大蔵省に関する限り不平はあまり聴いていない。

しかも熱心に働いてくれることは大したもので、日曜でも予算編成の関係で出勤しろと言えば、文句も言わず、会議に出てくれる。
ありがたいと思っている。

ただ私が遺憾に思うのは、税務管理の汚職問題である。
昔からよくあることだが、税金が高い時代になると汚職が行われる。

自分の生活が苦しいところへ、いろいろな誘惑が来る。
その防止策として内部に監督機関を設けたりしているが、税務管理が急激に増えたために、年の若い官吏が多くなった。

一方ますます誘惑が多くなる。
そこで時々汚職事件が起こるので困っている。

これについては一般の国民が税務官吏に汚職をさせないように自分一人が賄賂を使って税金を安くしてもらおうなどという気持ちを、絶対に起こしてもらいたくないと思う。
もちろん税務官吏を充分に戒め、教養を施すなど、あの手この手で汚職の防止に努める覚悟である。

【昭和27(1952)年2月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




114-115ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋


 



この文章を書いたのは当時の大蔵大臣の池田勇人氏なのですよ。。。 この8年後に日本の総理大臣になる人物です。。。 この人が言うように昔からよくあることだが、税金が高い時代になると汚職が行われるのですよ。。。 だから、大蔵官僚の汚職事件は珍しいことではなかった。



でも、いけないことでしょう!?

もちろんですよ。。。 だから、池田大蔵大臣もあの手この手で汚職の防止に努める覚悟であると、言ってるわけです。

。。。で、CIAは、どのように関係してるのォ~?

ちょっと次の記事も読んでみてねぇ~。。。

 


特捜部は米国と深い関係


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歴史的に特捜部は米国と深い関係をもっています。
まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。

敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。
1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。


(diamon9.jpg)

そうした不当に隠された物資を探し出して、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。
「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。
つまり、GHQのために「お宝」を見つけ出す特別の捜査機関。
それが東京地検特捜部の前身だったのです。

 (中略)

過去の東京地検特捜部長のなかで、もっとも興味をひくのは布施健(ふせたけし)でしょう。
彼は戦前、ゾルゲ事件の担当検事として有名でした。
私はこの事件が1941年9月に発覚し、対米戦争の回避を模索していた近衛内閣が崩壊する一因となった裏には、米国の工作があったと考えています。
ゾルゲと親交のあった尾崎秀実は上海でアグネス・スメドレーと親交を結びますが、このスメドレーは1941年に米国国内で、対日戦争の呼びかけを行っていました。

いずれにせよ、G2のウィロビーはゾルゲ事件の報告書をまとめて陸軍省に送っていますから、ウィロビーと布施には密接な関係があります。
さらに布施は、一部の歴史家が米軍の関与を示唆する下山事件(国鉄総裁轢死事件)の主任検事でもあります。

そして田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件のときの検事総長でした。

ゾルゲ事件といい、ロッキード事件といい、いずれも闇の世界での米国の関与がささやかれている事件です。
そのすべてに布施健は関わっています。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




83-85ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

『田中角栄と軽井沢』にも掲載
(2016年4月21日)


 



つまり、東京地検特捜部が関わっている事件は 米国と。。。、ひいてはCIAと深い関係がある、とケイトーは思うのォ~?



いや。。。 僕が言い出したわけじゃなくて、そのように考えている人も多いのですよ。。。

でも、それは、単なる個人的な意見でしょう?

あのねぇ~、1992年12月8日、アメリカの政策研究機関であるケイトー研究所は、スタンレー・コバーの「経済スパイとしてのCIA」という論文を発表したのですよ。。。それには次のように書いてある。

 



(gates009.jpg)

CIA長官ロバート・ゲイツは1992年4月13日、デトロイト経済クラブで“ナショナル・セキュウリティ・レビュー (ブッシュ大統領の下で国家安全保障を検討した組織)”は、情報部門の問題として国際経済問題の重要性に焦点を当てた。

新たな要請の約40%が経済問題である。

1992年夏、上院情報委員会は米国企業トップと情報専門家と会合した。

この会合では経済スパイや工作の必要性について熱心に議論された。

ターナー元CIA長官がのべた「1990年代においては経済がインテリジェンスの主要分野になるだろう。 われわれが軍事安全保障のためにスパイするなら、どうして経済安全保障のためにスパイできないのだ」という論は多くの参加者に支持された。




出典: 「経済スパイとしてのCIA」


 



つまり、アメリカは日本を対象にして経済スパイを送り込んだと言うのォ~?



そういうことですよ。

でも、上の論文から、そう断定するのは、ちょっと早合点じゃないのォ~?

状況証拠ならば、まだあるのですよ。。。 次の記事も読んでみてね。

 


元駐日大使アマスコトは90年代半ばに次のようにのべています。


(amascot.jpg)

「政治環境から見て、これまでより規制緩和がしやすくなったのに、現実の前進はまことに微々たるものである。

その理由を求めるのはむずかしくない。

最も巧妙かつ執拗な抵抗は、他ならぬ官僚機構によるものである

 (中略)

このアマスコトの発言は実に興味深いものです。

「政治環境から見て、これまでより規制緩和がしやすくなった」

つまり90年代半ばには政治家レベルでの抵抗は少なくなったということです。

だからあとは抵抗を続けている官僚機構をつぶせば、米国の思うようになると言うのが、アマスコトの考えです。

こうしてアマスコトの考えに応じるかのように、日本国内では官僚たたきが激しくまりました。

1998年に起こった「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」 (略) はその典型でした。

この事件が大きく報道された結果、官僚イコール悪というイメージが国民の間に定着し、省庁再編で大蔵省は分割されてしまったのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




326-327ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社


 



池田勇人・元大蔵大臣も言ってたように 官僚の汚職事件など別に珍しいことではなかったのですよ。



つまり、アメリカはCIA経済スパイを使って 日本の官僚機構を弱体化するために、1998年の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を利用した、とケイトーは言うのォ~?

いや。。。 僕が言ってるわけじゃなくて、上の記事を読めば、そうとしか考えられないでしょう!?。。。 要するに、戦後の日本では、政治家には、あまりたいした人物は出てこなかった。。。 政治家は選挙区へのサービスに忙しかった。。。 かろうじて通産省や大蔵省などの官僚機構が「シンクタンク」の機能を果たして日本の舵取りをしていたのですよ。。。 それで、日本は経済大国になることができた。

つまり、そのシンクタンクとしての日本の官僚機構を弱体化すれば、日本の国家戦略はダメになると思い、それでアメリカはCIAの経済スパイを使って、東京地検特捜部に働きかけ、大蔵省を分割するように仕組んだと言うわけぇ~?

そういうわけですよ。。。 それには1998年の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」は理想的な事件だったわけです。

つまり、アメリカのCIAエージェントが日本の政治経済がアメリカにとって脅威にならないように影でいろいろと暗躍しているというわけねぇ〜。。。

そういうことですよ。。。そういうことが実際にあるのかどうか?。。。そういう事を疑りながらネットで調べているネット市民がいるというわけです…。

その証拠でもあるのォ〜?

「徒然ブログ」の次の人気記事リストを見てください…。

 




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上のリストが3月4日にソフトカメラで撮ったときのもの、下のリストは3月20日に撮ったものです…。



つまり、3月4日から20日までの間に、59人が 『CIAとノーパン』 を読んだのねぇ〜。。。

そういうことです。。。「徒然ブログ」の記事では一番人気で読まれている。。。明らかに、CIAが日本で暗躍していることを調べているネット市民がいるのですよ…。



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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもアメリカのCIAエージェントが日本の政治経済がアメリカにとって脅威にならないように影でいろいろと暗躍していると思いますか?

ええっ。。。 「そういうことより、他にもっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私にご命令なさるのですかァ〜?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。

 


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


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『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』


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『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


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『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

『フェルメールの謎』

『女に文句を言う女』

『あなたの祖国』

『宮沢りえ@韓国』

『正しい戦争』

『ゴールデンシャワー』

『死刑廃止』


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『かまびすしい』

『今、新たな戦前』

『クレオパトラ@アラビア』

『政府は嘘をつく』

『犬と人間と戦争』

『未来予測』

『知られざる悲劇』

『量子活動家』

『アンネの運命』

『10次元の世界』

『ポーランドの犬』


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『熟女ヌード@デンマン』

『ロッキード事件の真相』

『政府と役人と嘘』

『ジュンガル』

『地球温暖化は避けられない』

『国際平和連合』

『鬼島』

『悪徳サイト』

『あげつらう』

『過ちを犯す』

『三島由紀夫の謎』

『ヒラリートランプ現象』

『ノーパン@CIA』

『未開人と文明人』


(banana82e.jpg)

『オセロの失敗』

『サン・ラザールの裏路』

『「夜と霧」を観た?』

『虫酸が走る』

『大空に乾杯』

『ターバンを巻いた少女』

『美しい日本語を探して』

『アダムとイブのバナナ』

『宮沢りえ@サンタフェ』

『ネットの主要言語』

『中国人がアメリカを発見した』

『2000年前の光通信』

『習近平皇帝』

『プーチンの復讐』

『ペンタゴン・ペーパー』

『南米の富士山』

『ダンケルク』

『無実の罪』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


(hand.gif)



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ィ~ハァ~♪~!

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大久保独裁政権

2021-03-28 01:27:06 | 日本史

 

大久保独裁政権

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで急に 大久保独裁政権 を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?


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実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

 



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幕末、イギリスの外交官アーネスト・サトウは『一外交官の見た明治維新(下)』の中で、今日の情勢を聞くために薩摩屋敷の西郷を訪ねた時のことを次のように書いている。

西郷は、現在の大君の政府の代わりに国民会議を設立すべきであると言って、大いに論じた。

私は友人の松根青年から、反大君派の間ではこうした議論がきわめて一般的になっていると聞いていたが、これは私には狂気じみた考えのように思われた。

サトウは西郷の開明的な意見にひどく驚いているが、島津斉彬がしようとしていたことが、幕府だけでなく諸藩の合議で国を動かしていこうということだったとすれば、西郷が国民議会を口にすることは異とするに足りない。

だからこそ、西郷は廃藩置県に断を下し、封建制度を一掃することもできたのだ。

 (44-45ページ)




今回の旅でよく聞いたのは、小倉処平(おぐらしょへい)という名だ。
いまでも飫肥(おび)では、
「小倉さんは偉かった」と言い伝えられている。

小村寿太郎も藩校時代に小倉に見出され、東京へ出る道を開いてもらった。
いわば恩人である。

その小倉が政府に使えて出世しなかったのは、明治10年(1877)の西南戦争の際、一隊を組織し薩軍に身を投じ、戦死したからだ。

 


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【小倉処平 (1846~1877)】

小村寿太郎とは親戚関係にあり、終生、師と慕われた。
江戸で儒学者の安井息軒に学び、藩校振徳堂の師範となる。
明治になると、小村らを長崎に留学させる。(略)

英仏に留学したが、征韓論争を知って帰国。
副島や西郷隆盛らが下野すると、飫肥に戻る。

1874年の佐賀の乱では、敗れた江藤新平らが頼ってきたのを土佐へ逃がし、罪に問われた。

後に大蔵省に勤めたが、1877年に西南戦争が起こると、帰郷して薩摩軍側に加わった。


 (85-87ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『曙光を旅する』
著者: 葉室麟
2018年11月30日 第1刷発行
発行所: 朝日新聞出版


 



つまり、上の記事を読んで明治維新政府は大久保独裁政権だと思ったのでござ~ますかァ?



もちろん、そればかりじゃないのだけれど、上の文章を読んで、ますます大久保が独裁政権を築こうとしていたという思いを強くしたのですよ。。。

それはどうしてですか?

かつて、僕は次の記事を書いたのですよ。。。

 


(ass350.gif)

『放屁女に罰金』

 



でも、このオナラをして罰金を取られた女性と大久保独裁政権が関係あるのですか?



大いに関係があるのです。。。 卑弥子さんも、もう一度読んでみてください。。。

 


放屁した女を邏卒が連行し、

罰金75銭を支払わせた




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罰金だ!


 

現代では公共の場において放屁することはあまり良くないとされる。
日本では「屁=汚い・臭い」など良いイメージを持たない者が大多数であるからである。

車の中やバス、満員電車など人が密集する可能性の場所で屁をすることは、面白半分でも、多くの人に不快感を与える恐れが強い。
誰もいない場所やトイレでするのが一般のマナーとされている。

1873年(明治6年)2月8日、東京・押上の土手において放屁した女を邏卒が連行し、罰金75銭を支払わせた。

これに憤慨した女は罰金額が法外であるとして警視庁に抗議。

1872年(明治5年)の東京違式詿違条例では立小便や落書きといった現在の軽犯罪にあたる行為などを規制していたが、放屁に関する規定はなく罰金刑は不当なものであった。

このことは当時の新聞で議論を呼び、放屁の規制も条例に加えるべきとする意見と生理現象であり規制すべきでないとする意見とに分かれた。

のちに司法卿の江藤新平は通達を出し、放屁は規制の対象外として罰金も返還された。

また、当時開業したばかりの鉄道では客車内での放屁に罰金を科す旨の掲示があった。

俗説では、欧米諸国等では放屁は比較的失礼とされず、ゲップのほうが失礼とされるが、文化圏、階層、個人などにもよる。

マラウイ共和国では、「公序良俗を遵守する」という目的で、2011年2月、公共の場所での放屁を禁止する法案が提出された。




出典: 「屁」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 




あらっ。。。 今から150年近くも昔のことではござ~♪~ませんかァ!



とにかく、オナラをぶっぱなして罰金をもらった女性が居たということですよ。。。

でも。。。、でも。。。、その女性は音を立てずに すかしたのかもしれませんわァ~。。。

すかしたのじゃなくて、ぶっぱなしなのですよう!

どうしてデンマンさんは見てきたようなことをおっしゃるのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、もし、すかしたのだとすれば、この女性は「いいえ、あたくしは、そのようなハシタナい真似はいたしませんわァ。。。 ほらっ。。。 御覧なさい。。。 あたくしの前を行くあの男がすかしたのですわァ」と、言い逃れをするのですよ。。。

なるほどォ~。。。 でも。。。、でも。。。、その時、罰金のチケットを書いたお巡りさんは、どうして見逃さなかったのですか?

あのねぇ~、この当時の警察官(巡邏、邏卒、あるいは巡査)になる人は薩摩藩の下級武士が多かった。。。 当然、男尊女卑の考え方が当たり前だった。。。 当時の東京では、特に江戸っ子と言われた人たちは、巡査になった薩摩の田舎侍を馬鹿にしていた。

どうして。。。?

江戸が東京になり、薩摩の田舎侍が巡査になって「コラ、コラ、。。。 そこで立ち小便しちゃダメだ!」とえばりくさっていたから、江戸っ子は、心の中じゃ不満タラタラだった。

つまり、このオナラをぶっ放した女性は江戸生まれの姉御肌(あねごはだ)の女で、巡査を馬鹿にしていたのでござ~ますかァ?

まず間違いないでしょう! 巡査も、そういうことをウスウス察していたから、女が自分のすぐそばでオナラをぶっ放すのを耳にしたら、まるでこの女が自分を馬鹿にしていると思ってムカついたわけですよ! しかも、この女がデブで、ブスで、しかも人を小バカにしたような表情をしていたから、なおさら見過ごすわけにはゆかなかった。。。

 


(busu02.jpg)

 



それで、罰金刑にすることにしたわけですか?



それ以外に考えられないでしょう!?

要するに、明治になった頃は、巡査になった旧薩摩藩の下級武士は馬鹿にされていたのですわねぇ~?

そういうことです。。。

つまり、この事を言うために、わざわざオナラをぶっ放したデブで、ブスの女を持ち出してきたのでござ~ますかァ?

もちろん、それだけじゃありませんよ!

他に何を言いたいのでござ~ますかァ?

のちに司法卿の江藤新平は通達を出し、放屁は規制の対象外として罰金も返還された」と書いてある。

つまり、江藤新平・司法卿は、オナラをぶっ放したデブで、ブスの女の味方だったのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 庶民の味方だったのですよ。。。

 


江藤新平


(eto01.jpg)

天保5年2月9日(1834年3月18日) - 明治7年(1874年)4月13日)

政府内における急進的な民権論者であり「牛馬ニ物ノ返弁ヲ求ムルノ理ナシ」として牛馬解放令とも呼ばれた司法省達第二十二号(娼妓解放令)、民衆に行政訴訟を認めた司法省達第四十六号などが知られる。
また官吏の汚職に厳しく新政府で大きな力を持っていた長州閥の山縣有朋が関わったとされる山城屋事件、井上馨が関わったとされる尾去沢銅山事件らを激しく追及、予算を巡る対立も絡み2人を一時的に辞職に追い込んだ。

だが、その一方で英仏を範とする西欧的な三権分立の導入を進める江藤に対して行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持ちプロイセン王国(後のドイツ帝国)を範とする政府内の保守派(大久保利通たち)からは激しく非難された。

また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省の井上馨との確執を招いた。

明治6年(1873年)には朝鮮出兵を巡る征韓論問題から発展した政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に10月24日に下野。
明治7年(1874年)1月10日に愛国公党を結成し1月12日に民撰議院設立建白書に署名し帰郷を決意する。

大隈・板垣・後藤らは江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し慰留の説得を試みる。
しかし江藤はこれには全く耳を貸さず1月13日に船便で九州へ向かう。

江藤は直ぐには佐賀へ入らず2月2日、長崎の深堀に着きしばらく様子を見ることになる。
この一方、大久保は江藤の離京の知らせを知った1月13日には佐賀討伐のための総帥として宮中に参内し、2月5日には佐賀に対する追討令を受けている。

 

佐賀の乱

2月11日、江藤は佐賀へ入り、憂国党の島義勇と会談を行い2月12日、佐賀征韓党首領として擁立された。
そして、政治的主張の全く異なるこの征韓党と憂国党が共同して反乱を計画する。

2月16日夜、憂国党が武装蜂起し士族反乱である佐賀の乱(佐賀戦争)が勃発する。
佐賀軍は県庁として使用されていた佐賀城に駐留する岩村通俊の率いる熊本鎮台部隊半大隊を攻撃、その約半数に損害を与えて遁走させた。

大久保利通の直卒する東京、大阪の鎮台部隊が陸続と九州に到着すると、佐賀軍は福岡との県境へ前進して、これら新手の政府軍部隊を迎え撃った。
政府軍は、朝日山方面へ野津鎮雄少将の部隊を、三瀬峠付近へは山田顕義少将の部隊を前進させた。
朝日山方面は激戦の末政府軍に突破されるが、三瀬峠方面では終始佐賀軍が優勢に戦いを進めた。

また朝日山を突破した政府軍も佐賀県東部の中原付近で再び佐賀軍の激しい抵抗にあい、壊滅寸前まで追い込まれている。
しかし、政府軍は司令官の野津鎮雄自らが先頭に立って士卒を大いに励まし戦い辛うじて勝利する。
この後も田手、境原で激戦が展開されるが政府軍の強力な火力の前に佐賀軍は敗走する。

江藤は征韓党を解散して逃亡し、3月1日に鹿児島鰻温泉の福村市左衛門方に湯治中の西郷隆盛に会い、薩摩士族の旗揚げを請うが断られた。
続いて3月25日、高知の林有造・片岡健吉のもとを訪ね武装蜂起を説くがいずれも容れられなかった。

このため、岩倉具視への直接意見陳述を企図して上京を試みる。
しかしその途上、現在の高知県安芸郡東洋町甲浦付近で捕縛され佐賀へ送還される。
手配写真が出回っていたために速やかに捕らえられたものだが、この写真手配制度は江藤自身が明治5年(1872年)に確立したもので、皮肉にも制定者の江藤本人が被適用者第1号となった。

4月8日、江藤は急設された佐賀裁判所で司法省時代の部下であった河野敏鎌の最初から死刑ありきの暗黒裁判ともいうべき不当な裁判によって裁かれることとなった。
4月13日に河野により除族の上、梟首の刑を申し渡され、その日の夕方に嘉瀬刑場において処刑された。

判決を受けたとき「裁判長、私は」と言って反論しようとして立ち上がろうとしたが、それを止めようとした刑吏に縄を引かれ転んだため、この姿に対して「気が動転し腰を抜かした」と悪意ある解釈を受けた。
その後、江藤の首は嘉瀬川から4km離れた千人塚で梟首された。

 

逸話

明治政府に仕えていた頃、40人ほどの書生の面倒を見ていたといわれ、そのため、死後に借金が残った。

江藤が出した意見書は非常に画期的で民主的である。

その代表として「国の富強の元は国民の安堵にあり」という意見書の一文がある。

江藤が処刑された後、佐賀では「江藤新平さんの墓に参拝すると百災ことごとく去る。」と城下の人々にいわれ、参拝客が多かった。
そのため、県庁が反乱の萌芽を恐れ柵を設けて参拝を禁止した。
従って、夜間に参拝する者がいたという。




出典: 「江藤新平」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



あらっ。。。 江藤さんは、マジで民主的な方だったのでござ~♪~ますわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 三権分立を唱え、あまりにも民主的な政府を目指すので保守派の大久保利通から毛嫌いされた!

。。。で、大久保利通に殺されたのでござ~ますか?

そうです。。。 殺されたようなものですよ。。。 江藤新平が消されたのは大久保利通の策謀によるものです。 大隈・板垣・後藤らも江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し慰留の説得を試みた。。。 でも、江藤は大久保と対決するつもりだった。。。 それで佐賀に帰ったのです。

つまり。。、つまり。。。、坂本龍馬の暗殺の黒幕も大久保利通だ、とデンマンさんは断定するのでござ~ますか?

そうです。。。 坂本龍馬と江藤新平はどちらかといえば、民主主義・共和主義をよりよく理解している人物だった。。。 だから、保守派には憎まれた。。。 大久保利通は保守派の中でも特に権力志向の強い人物で、自分が“お山の大将”にならないと気がすまない人だった。

そうなのでござ~ますか?

“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”と言うけれど、大久保利通は徹底的に江藤新平を憎んだ。。。 “死人に鞭(ムチ)打つ”ほどだった。 もちろん、鞭は打たなかったけれど、それほど憎んだ。 だから、大久保利通が撮影させた獄門に処せられた江藤新平の写真がいまだに伝わっている。

あらっ。。。 そうなのでござ~ますか?

見たかったら、次のリンクをクリックしてみてください。


(gokumon.gif)

『大久保利通が撮影させた

 江藤新平の獄門首』
 (別窓)




板垣は江藤とも懇意にしていたけれど、江藤よりも坂本龍馬の死をより惜しんだ。。。 つまり、それほど坂本龍馬という人物は大久保利通の先を見ていた人物だった。。。 だから、大久保に恨まれて暗殺されてしまった。




『放屁女に罰金』より
(2019年1月16日)


 



つまり、大久保さんは自分と考え方が違う人間を徹底的に排除したのですわねぇ~。。。



そういうことです。。。 もちろん、大久保さんは自分では日本を西欧列強と並ぶような国にしたいと考えていた。。。 金銭欲に関しては淡白だったけれど、権力に関しては貪欲で、とにかく自分流にやろうと硬く決心していた。。。

西郷さんと袖(たもと)を分かつことになったのも、大久保さんの権力欲でござ~ますかァ?

端的に言ってしまえば、そういうことです。。。 西郷さんは、どちらかと言えば大久保さんよりも江藤新平さんに共感するようなタイプだったのですよ。。。

。。。で、小倉処平さんは。。。?

1874年の佐賀の乱では、敗れた江藤新平らが頼ってきたのを土佐へ逃がし、罪に問われたほどだったから、当然、小倉さんの考え方は江藤さんと同じように開明的な思想を持っていた。。。 後に大蔵省に勤めたが、1877年に西南戦争が起こると、帰郷して小倉さんは薩摩軍側に加わった事実からも判るように、大久保独裁政権には馴染めずに、敢えて西郷さんの軍に加わって戦死したのですよ。。。 生きていたら小村寿太郎以上の仕事をした人ですよ。。。

惜しい人を死なせてしまったのですわねぇ~。。。

歴史に“もし”はないけれど、大久保さんに言わば殺されてしまった、坂本龍馬、西郷さん、江藤さん、小倉さんが生きていたら、日本はもっと ましな国になってましたよ。。。



(foolw.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたも、大久保さんに言わば殺されてしまった、坂本龍馬、西郷さん、江藤さん、小倉さんが もし生きていたら、日本はもっと ましな国になっていたと思いますか?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

じゃあ、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


(milkyway2.jpg)



 

どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)



 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)


 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


『センスあるランジェリー』



(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)

『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

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