デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

白衣の天使

2024-03-27 04:05:28 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽

 

白衣の天使

 


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デンマンさん、。。。今日は看護婦さんを取り上げるのでござ~ますかァ~?


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そうです。。。卑弥子さんは看護婦さんになりたいと思ったことはありませんかァ~?

そうですわねぇ~。。。子供の頃にナイチンゲールの伝記を読んで 心を打たれたことがありましたわァ~。。。

 


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それで看護婦さんになりたいと思ったのですかァ~?



いいえ。。。従軍看護婦になって野戦病院に勤務することなると恐ろしい目に遭わねばならないと思って諦めましたわァ~。。。デンマンさんはトランス女性になって看護婦さんになることを夢見たのでござ~♫~ますかァ~?

いや。。。僕は性転換してまで看護婦になろうなんて夢を見たこともありません。。。

それなのに、どういうわけで 白衣の天使 を取り上げたのですか?

実は、次の『笑点』のクリップを見たのですよ。。。

 


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残念ながら声だけなんですよ。。。でも、最近見た『笑点』のクリップでは、このクリップが一番面白かったです。。。



特にどれが 面白かったのでござ~ますかァ~?

三遊亭小遊三さんが新入りの看護婦さんに次のように注意するのがマジで面白かった。。。

 




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あなたァ~。。。患者さんに体温計を洗わずに口に入れたでしょう!?

いけませんかァ~?

ダメよう。。。その体温計、きのう患者さんのお尻の穴で計ったのだから。。。



 



あらっ。。。デンマンさんは、こういうマジでヤバいお話が面白いのでござ~ますかァ~?



ありそうで。。。、ないような。。。こういう意外な、マジでヤバい やり取りはマジで面白いですよう。。。うしししししし。。。

想像しただけでも、汚いですわねぇ~。。。うふふふふふふふ。。。その体温計を自分の口に差し込まれたと想うだけで ゲロが出てきますわよう。。。

では、次は柳家木久扇(元、木久蔵)さんのやり取りです。。。

 




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あなたァ~。。。なんで患者さんと一緒にプリクラ写真なんて撮ってんのよう!?

いけませんかァ~?

ダメよう。。。レントゲン写真を撮って欲しいと言ったのよゥ。。。



 



あのねぇ~、この話を初めて聞いた時 僕は「プリクラ写真」というのが分からなかった。。。



あらっ。。。やっぱり、デンマンさんは、浦島太郎になってしまったのでござ~ますわねぇ~。。。

日本でプリクラが流行った頃、僕はすでにカナダで暮らしていたのです。。。

今までに「プリクラ」を見たり、読んだり、聞いたことはないのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、僕はバンクーバー市立図書館でDVDを借りて 6000本以上の映画を観ているのですよ。。。もちろん、日本の映画も観ている。。。でも、どの映画にも「プリクラ」は一度も出てこなかったのですよ。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』


 



それにしても、ずいぶんと映画を観たものですわねぇ~。。。



DVD をいくつ借りても無料ですから。。。最近リリースされた映画は観られないけれど、半年前ぐらにリリースされた映画ならば DVDを借りて観ることができます。。。2月にアカデミー作品賞を始め、7部門で受賞した『オッペンハイマー』も予約しました。。。

 

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『拡大する』

『実際のページ』


 



179本ものDVDを予約しようとしてタイトルを保存してあるのですわねぇ。。。無料で何本でもDVDを借りられるので、暇があると映画を観ているのでござ~ますかァ~?



そうです。。。では、次のクリップを見てください。。。

 


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これも面白いお話が色々と出てきますわねぇ~



上のクリップの最後の方に桂歌丸さんが「冨士子!」とラウドスピーカーで叫んでいますが、この名前は歌丸さんの実の奥さんの名前です。。。

 


桂歌丸

 


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誕生: 1936年〈昭和11年〉8月14日
死亡: 2018年〈平成30年〉7月2日

 

桂 歌丸は、日本の落語家。位階は従五位。勲等は旭日小綬章。出囃子は『大漁節』。
神奈川県横浜市中区真金町(現:南区真金町)出身。

公益社団法人落語芸術協会五代目会長、横浜にぎわい座二代目館長などを歴任した。

神奈川県横浜市中区真金町(現:南区真金町)出身。
定紋は『丸に横木瓜』。血液型はA型。
横浜市立横浜商業高等学校定時制中退。

五代目古今亭今輔の門下となり、古今亭今児を名乗る。
のちに四代目桂米丸の門下に移り、桂米坊を名乗った。
当初は新作落語中心だったが、晩年は、廃れた演目の発掘や三遊亭圓朝作品など古典落語に重点を置いて活動していた。

社団法人である落語芸術協会に所属し、理事や副会長を歴任した。
2004年に5代目会長に就任し、公益社団法人への移行後も引き続き会長を務めた。
また、地元・横浜においては横浜にぎわい座の2代目館長や、横浜橋通商店街の名誉顧問を務めていた。

演芸番組『笑点』(日本テレビ)の放送開始から大喜利メンバーとして出演し、2006年(平成18年)5月21日から2016年(平成28年)5月22日まで同番組の5代目司会者を務め、同日付で終身名誉司会者に就任。
没後は永世名誉司会に名称が変更された。

 

幼少時の生い立ち

常陸国筑波郡(現在の茨城県つくばみらい市)にルーツを持つ横浜市中区真金町の遊女屋の長男・椎名貞雄と、千葉県市原市瀬又の農家の娘・伊藤ふくの長男として生まれる。
3歳で父を結核で亡くし、ふくは遊郭を手伝っていた。

歌丸が9歳のとき、戦況の悪化によりふくの実家がある千葉方面へ疎開。
疎開中、横浜の空襲が起き、それをただただ見つめていたという。

また、千葉への疎開中は道端の草やサツマイモばかり食べていたため、その影響で終戦以降「私ゃね、サツマイモが食えねえんだよ」とサツマイモが食べられなくなってしまったことを語っていた。

さらに、父方の祖母・タネとふくはしきたりの違いなどで関係が修復不可能になり、ふくは遊郭を出てしまう。

終戦直後、疎開先に母ふくが歌丸を引き取りにきたが、2,3日後にはタネが歌丸を真金町に連れ帰った。
タネが連れ帰ることを歌丸本人も嫌とは言わなかった(歌丸本人談)。

タネ(1879-1953)は三重県四日市市川原町で名産品万古焼の包装紙を扱う紙卸業「紙宗」の長女で、16歳で横須賀柏木田遊郭の若葉楼で働き始め(職種は不明)、30歳で結婚、大正時代には吉原遊廓で引手茶屋「東屋」を夫とともに営んでいたが、関東大震災を機に横浜真金町の永真遊郭で周旋屋を始め、昭和9年から女郎屋「富士楼」を経営、近隣の「ローマ」、「イロハ」の女将と合わせて「真金町の三婆」と呼ばれるほどの気性の女性だった。

この空襲で生家が焼失したが、戦後すぐにタネはバラックを建て「富士楼」の経営を再開。
店が繁盛したため戦後の貧しい時代にあっても食料に困ることがなく、当時高価だったラジオも持っていた。
このラジオでよく聴いていた落語に影響されたことが、落語家になるきっかけとなっている。

祖母に連れられてよく行った伊勢佐木町の大衆劇場『敷島座』で芝居の幕間で観た漫才にも夢中になって漫才師になることを考えたが「わがままな自分にとって二人で演芸をするのは無理かな」と思ったことも落語家を目指したきっかけの一つとなった。

小学校4年生の頃には、将来落語家になるとすでに決めており、自習の時間になると落語を演じていた。
これが非常に好評で、時には他のクラスからも自習になったから落語をやってくれと要請があったほどであった。

 

妻・冨士子

 


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桂歌丸の妻。通称、冨士子夫人。1932年生まれで歌丸より4歳年上。
蒔絵師の末娘で、歌丸と同じく横浜真金町の出身であり生家の近くに在住していた。

このため、師匠の今輔から勧められた女性を断って、顔見知りだった冨士子と結婚し下積み時代の歌丸を支え続けたと後に語っている。
冨士子は結婚前は横浜駅で崎陽軒の「シウマイ娘」として活動していたことがある。

上述の通り、結婚後に歌丸は一時落語から離れた時期があり、冨士子も歌丸と一緒に化粧品の訪問販売をしていた。
女性相手の仕事のためか売り上げは歌丸より多かったという。

夜は内職をして収入を得ていた。
その後、冨士子は歌丸に落語界への復帰を促し、歌丸は落語界へ戻ることができた。
このことは『BS笑点ドラマスペシャル 桂歌丸』でも取り上げられた。

1989年(平成元年)に歌丸が座布団10枚の賞品として獲得した「クィーンエリザベスIIの夕べ」にて“美女とクルージング”をすることになったが、その「美女」として冨士子が登場している。

ただし、このときは後ろ姿のみで顔は出していなかった。
その後も番組内で姿を現すことはなかったため、笑点では「謎のヴェールに包まれた人物」とされていた。

2007年(平成19年)11月23日に行われた歌丸の旭日小綬章と金婚式を祝う会では、公の場に夫婦揃って登場した。
例外として、日本テレビのトーク番組『ご両人登場』(1967年11月7日放送)には夫婦で出演した。

歌丸は、高座や大喜利でしばしば「恐妻」「鬼嫁」として冨士子をネタにし、歌丸以外では三遊亭楽太郎(6代目円楽)が罵倒ネタの1つとして用いることもあった。
なお、歌丸は冨士子を知らない視聴者のために「冨士子ってのは、あたくしの妻なんです」と頻繁に解説していた


歌丸は『笑点』勇退後、体の不調もあり、落語家を引退することも考え、それを冨士子に打ち明けたが、「落語家辞めたら何するの?」と聞かれたため、現役を続行、歌丸は死去するまで落語を続けた。

歌丸最後の出演となった2016年5月22日の笑点の生放送に観客として客席におり、その模様が歌丸勇退特集の地上波日本テレビ系列及びBS日テレの笑点関連番組で放送された。

歌丸死去後の笑点追悼特番では、冨士子をはじめとした遺族が収録を観覧した。

 

死去

同年7月2日11時43分、慢性閉塞性肺疾患のため、横浜市内の病院で死去。81歳没。

 


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『笑点』では死去後の7月8日に「歌丸追悼スペシャル」と題して、前半は歌丸の回答者時代、司会者時代のVTRを振り返り、メンバーが思い出を語った。後半は歌丸への追悼大喜利が行われ、この中で6代目三遊亭円楽(元の楽太郎)は最後に司会の春風亭昇太に指名され、「歌丸師匠、一緒に回答者だった頃、そして、司会になられても、私の悪口を優しく受け止めてくれて、罵詈雑言にも耐えていただいて、ありがとうございました」と述べ、「最後に一言、言わせてください、ジジイ! 早過ぎるんだよ!」と涙声になりながらも叫び、長年の罵倒合戦に終止符を打った

 


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2018年7月22日より、先述通り笑点での肩書が『終身名誉司会』から『永世名誉司会』に変更された。

日本政府は歿日付で従五位に叙した。

 

その他のエピソード

女の化粧風景を描写した「化粧術」の珍芸を持つ[注 13]。「もともとあたしは横浜・真金町の遊郭育ち。女性のお化粧は見慣れているんですよ」と自負を持っていた。
また、バニーガール姿、花魁姿など、女装を『笑点』で幾度も公開している。

1985年8月12日、当時の他の笑点メンバーである5代目三遊亭圓楽、三遊亭楽太郎(後の6代目三遊亭円楽)、林家木久蔵(初代、現・林家木久扇)、三遊亭小遊三、林家こん平、古今亭朝次(現・7代目桂才賀)、山田隆夫と共に翌日の阿波踊りに参加するべく徳島入りするために当初予約した徳島行きの航空機が大幅に遅延した上に、徳島空港が悪天候のため予約便が条件付き運行となった。そこで1つ後の日本航空123便(この事故で坂本九さんが亡くなっている)に搭乗して 神戸から船に移動する案が浮上したが、こん平が「いいじゃないかい、決まった便でゆったり行こうよ、きっと徳島空港に着陸できるよ」と提案したために結局元の徳島便に搭乗し、その墜落事故から逃れることができた
徳島空港到着後、宿泊先のホテルへタクシーで移動中に同墜落事故を知ったという。

戦中生まれであることが影響し、戦争の愚かさを「決して忘れてはいけないこと。日本は二度と再びああいう戦争は起こしてもらいたくないと思いますね。あんなものは愚の骨頂です。世界中が本当の平和にならなきゃいけない時代が早くこなくちゃならないと思っていますね」と語っている。

戦時中に演じられた国策落語については「つまんなかったでしょうね」「お国のためになるような話ばっかりしなきゃなんないでしょ。落語だか修身だかわかんなくなっちゃう」と語っている。

また『笑点』の大喜利で「靖国の母は九段に ひざまずき 銃弾(たま)に倒れし 息子慕いて」という短歌を回答したり[116]、靖国神社におけるみたままつりでぼんぼりに揮毫する活動も行っていた。

一時破門された後、パチンコにはまり、家中の物を質入れし、自分の物だけでなく、妻の冨士子の着物まで質に入れた。
ある時、自身が着ていた着物を質に入れ、長襦袢一つで帰宅したこともあった(冨士子夫人談)。




出典: 「桂歌丸」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



歌丸さんの司会は抜群に面白かったし、また場を盛り上げました。。。



惜しい人を亡くしたものですわねぇ~。。。

では、最後に、上の2つのクリップが含まれている全編を見てください。。。

 


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

落語は、外人のわたしには、ハードルが高い娯楽ですが、それでも『笑点』は日本語を勉強するためにも面白い番組でした。

今でも、時々クリップを観て 日本語をおさらいしています。

ええっ。。。「そんなことは、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」

貴方が、そう言うのであれば、デンマンさんがピンタレストで「ランジェリー 下着」のページを立ち上げました。。。

覗いてみてください。。。男性ならば、ムンムン、ムレムレになって元気をだしてください。。。

女性であれば、若い頃を思い出して、若やいだ気分になってくださいねぇ~。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』


 

ええっ。。。「そんなことは、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」

貴方は、そのようなムカついた口調で 更に、あたくしに御命令するのですかァ~?

分かりましたわァ~。。。

じゃあ、ショッキングなニュースでもお伝えします。。。

かつて「セサミストリート」で子どもたちに慕われていた人気者のビル・コスビーは、芸能界では幅を利(き)かせて大きな“権力”を握り、百人近い女性に対してセックスを迫ったのです。。。

 





 

子どもたちに性的ないたずらをしなかったことが せめてもの罪ほろぼしですわァ~。。。

ええっ。。。「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのような強い口調で 更に あたくしに ご命令なさるのですかァ~?

分かりましたわァ。。。。

では、あなたもビックリするような

忠臣蔵のとっても古い映画をご覧くださいまし。。。

なんと。。。昭和3年(1928年)制作の『忠臣蔵』ですわよう!

無声映画ですけれど、弁士の方がなかなかうまい説明をしてくださいますわ。。。

つい、引き込まれて観てしまうのですわ。。。

浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)がどうしてヘマをしでかしたのか?

そのへんのところが詳しく映像に残っております。

観るだけの値打ちがありますわ。。。

では、どうぞ。。。

 



 

ところで、どうして小百合さんが

「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

 


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あなたは ご存知ですかァ?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわァ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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メチャ面白い、

ためになる関連記事




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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


『熟女下着』ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

『センスあるランジェリー』



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(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』


(hama10.jpg)

『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

『パンツと戦争』

『海外美女 新着記事』

『日本語を作った男』

『江戸の敵を長崎で』

『芸術は尻だ』

『尻の芸術』

『左翼的な下着』

『エロい源氏』

『ネット市民は見ている』


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『朝妻船』

『阿修羅を探して』

『羅漢と良寛』

『源氏エロ』

『元寇船』

『ハマガソ』

『歴史ロマン@バンコク』

『平安のキス』

『大久保独裁政権』

『愛情ゲットの呪術』

『源氏物語とおばさん』

『たこつぼ探し』

『光源氏の弟』

『勝負服』

『大伴家持の野心』

『そこが天才の偉いとこか?』


(annasalleh.jpg)

『生パンツカテゴリー』

『大衆文学』

『車中も亦臭し』

『聖徳太子の母親』

『笑える電報』

『忠臣蔵のウソ』

『天照大神@マレーシア』

『エロ@韓国』

『レオタード姿@女子大』

『美人と接吻』

『パンツに下痢』

『阿仏尼』

『楊貴妃@満州』

『ズロースを探して』

『四睡図』


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『キャドバリーチョコ』軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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(byebye.gif)

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春画@源氏物語

2024-03-27 03:04:21 | 源氏物語

 

春画@源氏物語

 


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デンマンさん。。。 どうして急に“春画@源氏物語”なのでござ~ますかァ?


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いけませんかァ~?

だってぇ~、あたくしは これでも京都の女子大学で「日本文学と源氏物語」を腐女子たちに講義しているのですわァ~。。。 『源氏物語』がポルノチックな印象をもたれるのは 実に困るのですわァ~。。。

卑弥子さんもやっぱり春画というのは俗っぽいヤ~らしいものだという印象を持っているのですねぇ~。。。?

多くの日本人の皆様が そう考えていると思いますわァ~。。。

でもねぇ~、認識を改めた女性がいるのですよ。。。

それはどなたでござ~ますか?

実は夕べ、バンクーバー図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。 卑弥子さんも読んでみてください。

 


「春画」というと、どのような絵をイメージなさるでしょうか。 (略)

あることをきっかけにして、春画の奥に広がる豊かな世界を知りました。

一つ目のきっかけは、大阪の絵師・月岡雪鼎(つきおかせってい)が描いた春画との出会いでした。
大学院生だった頃、修士論文を書くために、ある会社が所蔵されていた雪鼎の肉筆春画を社内の部屋で拝見する機会を得ました。
もとは巻物だったと思われる作品ですが、12図に分けられて、きれいに装丁されていました。

春画の名手として江戸時代に知られていた雪鼎の肉筆春画は本当に美しく、なによりも圧倒されるようなパワーがありました。
金地に極彩色で横たわる男女が描かれています。

 


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月岡雪鼎「春宵秘戯図」第二図

 天明中期(1781-1789)


 

着物の文様一つひとつが丁寧に細やかに描写され、身体にまとわりつく衣のドレープが見事に表現されています。

肉身を表す線は肌の張りや瑞々(みずみず)しさを感じさせるものでした。

初めて見た実物の春画の美しさに驚き、春画だから低俗だと決めつけてしまうのは間違いだと思うようになりました。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




1ページ 『春画を旅する』
著者: 山本ゆかり
2015年9月25日 第1刷発行
発行所: 柏書房株式会社


 



あらっ。。。 「初めて見た実物の春画の美しさに驚き、春画だから低俗だと決めつけてしまうのは間違いだと思うようになりました」と言っているのでござ~ますわねぇ~。。。



そうですよう。。。 だから、卑弥子さんだって春画を見直すべきですよゥ。。。

でも。。。、でも。。。、春画と『源氏物語』を一緒にして欲しくござ~ませんわァ~。。。 もし、紫式部さんが生きていて、このようなお話を耳にしたら きっとムカつきますわよう!

いや。。。 紫式部さんは、むしろ、この話を聞いたらルンルン気分になると思いますよ。。。

デンマンさんは、なぜ、そのような根も葉もないことをおっしゃるのでござ~ますかァ?

根も葉もあるのですよ。。。 同じ本の次の箇所を読んでみてください。

 


『源氏物語』に描かれた春画

 


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平安時代中期の祭主・歌人で36歌仙の一人、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 921-991)が、春画を前にして和歌を詠んでいるのです。

「又、男女けしからぬことどもかかれたるところに」という詞書(ことばがき)につづいて、「うしろめた したのこころは しらずして 身をうちとけて まかせたるかな」という和歌が、『能宣集』(984~986年の成立)という能宣自撰の和歌集に収められています。
男女のいけないことが描かれた絵というものを能宣は目にしていたのです。

そこにあからさまな官能を詠む歌が寄せられます。
10世紀に春画が描かれていたことを示す貴重な記録です。

この序文には「勅ありて歌集をめす」とあり、春画にまつわる和歌が選ばれているのです。
『源氏物語』(11世紀初期成立)のなかにも、男女がともに寄り添って横たわる絵が描かれる場面があります。

宇治十帖の「浮舟」のなかで、貴公子・匂宮は宇治にいる浮舟という女性を訪ねます。
浮舟は薫(源氏の妻・女三宮と柏木との不義の子)の想い人でしたが、匂宮は薫を装って寝所に入り、浮舟と契ります。
その強引な振る舞いのなかに、浮舟は匂宮の情の深さを感じます。

匂宮は浮舟に男女が添い寝している絵を描いて見せ、「お逢いできないときは、この絵を見てください。いつもこうしていたいものです」といいます。

 


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浮舟は匂宮の描いた絵を時々見ては、自分の境遇に涙するのです。

江戸時代には『源氏物語』のこのシーンは、匂宮が春画を描いたものと理解されていました。

(略) 月岡雪鼎が描いた18世紀後半の肉筆春画には、春画を描くに当たって雪鼎が参考にした文献の名が書かれていますが、そのなかに『源氏物語』の「浮舟」の段を読んで、参照したことが記載されています。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




67-68ページ 『春画を旅する』


 



あらっ。。。 「江戸時代には『源氏物語』のこのシーンは、匂宮が春画を描いたものと理解されていました」と言ってますわねぇ~。。。



そうですよう。。。 月岡雪鼎が春画を描くに当たって『源氏物語』の「浮舟」の段を読んで、参照したことが記載されているのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、次のような男女が添い寝している絵を匂宮が描いて 浮舟に見せ、「お逢いできないときは、この絵を見てください。いつもこうしていたいものです」と言ったなんて考えられませんわァ~。。。

 


(shunga814b.jpg)

 



どうして卑弥子さんには考えられないのですか?



だってぇ~。。。、だってぇ~。。。、浮舟は、アンヨをガバッと開いて、大切なアソコをネット市民の皆様に見せていますわよう。。。

ボカシが入っていますよ。。。 ボカシがァ~。。。

でも。。。、でも。。。、そうだとしても、上の絵を見ているネット市民の女性の皆様は、実物のものをオツムに描いて、とっても恥ずかしい思いをしているのでござ~ますわァ。

僕は、絶対にそのようなことはないと思いますよ。。。

でも。。。、でも。。。、あたくしは、とっても恥ずかしいのでござ~ますわァ~。。。

あれっ。。。 卑弥子さんが そのようにカマトトぶるとは思いもよりませんでしたよ。。。

デンマンさんは、あたくしがアンヨをガバッと開いて、大切なアソコをネット市民の皆様に見せてしまうような女だと思っているのでござ~ますかァ?

だってぇ~、卑弥子さんは 温泉に浸かりながら ちょっと休息したついでに アクロバットのようなことをしでかすのですよ。。。 忘れてしまったのなら、次の記事を読んでみてください。。。

 


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『衝撃の角度』

 



あらっ。。。 すっかり忘れていましたわァ~。。。 おほほほほほ。。。 んでぇ~、「江戸時代には『源氏物語』のこのシーンは、匂宮が春画を描いたものと理解されていました」と、デンマンさんも信じているのでござ~ますかァ~?



あのねぇ~、別に 江戸時代だけじゃありませんよ! 現代のミーちゃん、ハーちゃんだってぇ、『源氏物語』はエロい物だという印象を持っているのですよ。。。

まさかァ~。。。?

まさかァ~じゃありませんよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。

 


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『拡大する』

 



これは、ちょっと古くなるけれど、アメブロの僕のブログの2015年4月24日から30日までの1週間の「人気検索キーワード」のリストなのですよ。 赤枠で囲んだキーワードに注目してください。



あららあああっ。。。 “エロい源氏物語”をネットで探しているヤ~らしいネット市民の方が たくさん居たのでござ~ますわねぇ~。。。

あのねぇ~、“エロい源氏物語”をネットで探しているネット市民を“ヤ~らしい”と決め付けるのは 京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授らしくないですよ。

じゃあ、どのように言えば よろしいのでござ~ますかァ~?

だから、「源氏物語の中にエロチックなエピソードを読みたいと思っているネット市民の皆様がたくさんいるのでござ~ますわねぇ~」と言えばいいのですよ。

ちょっと言葉を変えただけで、言っていることは“ヤ~らしい”ネット市民が大勢居るということではござ~ませんかア!

そのように言ってしまっては、身も蓋もありませんよ。。。 あのねぇ~、人間は根本的に3つの欲望に支配されているのです。。。 つまり、色欲、金銭欲、それに食欲。。。 だから、多くのネット市民の皆様が“エロチックなエピソード”を読みたいと思っても、けっして“ヤ~らしい”わけではないのですよ。 言わば、極めて人間的なことです。

でも、人間は食べるために生きているのでも、セックスをするために生きているのでも、お金をためるために生きているのでもありませんわ。

じゃあ、何のために生きているのですか?

だから、文化的な生活と教養に満ちた生活をするためでござ~ますわよう。。。 うふふふふふふふ。。。 それこそが、人間を他の動物たちと分けている マジで人間らしい特徴ですわよう。 だからこそ、あたくしは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~♪~ますわア。。。

なるほど。。。、なるほど。。。、僕は卑弥子さんの言う事も もっともだと思いますよ。。。 でもねぇ~、きれい事だけを見ていても人生はつまらないのですよ。

要するに、“ヤ~らしい”ものも見ないとつまらないと、デンマンさんは言うのでござ~ますかア?

いや。。。 僕が言っているわけじゃないのですよ。。。 上のリストの検索キーワードを見れば そうとしか考えられないでしょう!?

それで、いったい何のために、デンマンさんは今日の記事を書き始めたのでござ~ますかァ?

だから、ネット市民の皆様の ご要望に答えるためですよ。

つまり、“春画@源氏物語”について お話になるのでござ~ますかァ?

いけませんかァ~?

上のリストを見せられた後では、いけないとは言えませんわァ~。。。

じゃあ、卑弥子さんも しばらく僕に付き合ってくださいよう。

分かりましたわァ。 デンマンさんが そのように言うのでは、断れませんわァ。

じゃあ、まず、次の小文を読んでください。

 



(suma007.jpg)

 

昔、「須磨返り」という言葉があって、『源氏物語』を通読しようとした者の大抵が、12帖目の「須磨」の巻あたりで息切れし、いやになって投げだしたという。
そんな自嘲(あるいは、ひやかしか)の語が流行するくらいだから、54帖全巻を読み通した者は稀なのであろう。

 (中略)

江戸時代はどうだったのだろう。
国学者はともかく、一般庶民は、この世界最古の長編小説を読んでいたのだろうか?
庶民文芸の川柳に、次のような句が見える。
「又文(またふみ)か そこらへ置けと 光る君」
「膳立(ぜんだて)を してはよばれる 光る君」

いずれも女性にもてもての主人公を詠んでいる。
文はラブレター、二句目の膳立は、女性のお誘い。
「据え膳」のことである。

 (中略)

江戸人はどこで『源氏物語』を知り、読んだのだろう?
現代のように、手軽に原文が入手でき、読めるような時代ではない。
川柳に詠むほどの知識を、どこから得たか。

庶民にとって最も身近な情報源、といえば、貸本屋だろう。
風呂敷に書物を包んで、家々を回った。
しかし、これらの貸本屋は、いわゆる古典は持ち歩かない。
ほとんど読み物である。
古典の引き合いは、まず無かったのではないか。
かわりに、備えていた本がある。
春本である。
江戸の貸本屋は実はこちらで稼いでいた節がある。

そうだ、江戸っ子は、春本で紫式部を知り、『源氏物語』を学んだのではないだろうか。
「本歌取り」を得手とする春本だから、貴公子の恋の遍歴『源氏物語』は、格好の種本ではあるまいか。

そこで調べてみた。 ある、ある。
『亥中(いなか)源氏須磨琴(ごと)』 『偽紫(にせむらさき)女げんじ』 『偽勢(にせ)紫浪華(なにわ)源氏』 『源氏思男貞女(しなさだめ)』 ……
いづれも枕絵といわれる春画本(艶本〔えほん〕という)である。
『艶紫娯拾余帖(えんしごじゅうよじょう)』 『花鳥余情吾妻源氏』 『正写(しょううつし)相生(あいおい)源氏』

 


(kunisa52c.jpg)

  『艶紫娯拾余帖』


(kunisa53c.jpg)

  『花鳥余情吾妻源氏』


(kunisa54.jpg)

  『正写相生源氏』


 

この三冊は、浮世絵師、不器用亦平(ぶきようまたへい)こと歌川国貞の枕絵本で、「国貞三源氏」と呼ばれ有名である。

(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




146-149ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社


 



あらっ。。。 江戸の庶民は春本によって『源氏物語』を知ったというのでしょうか? 京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している身にとって、この事実はいささか不本意でござ~ますわァ。



でもねぇ~、あんな長編の物語を庶民が読むのは無理ですよ。

そうでしょうかしら?

だってねぇ、正直に言うと僕だって源氏物語の54帖全巻を読んでませんよ。

あらっ。。。 でも、デンマンさんは知ったような事を記事に書いているではござ~ませんかア?

実は、54帖全巻には目を通しましたよ。 でもねぇ~、僕は現代文のダイジェストを読んだだけなのですよ。 原本で読む気はさらさら起こらない。

でも、高校生の頃、古文で勉強したのでしょう?

だから、その時、先生に源氏物語の本の一部を読まされたけれど、まったく面白くなかった。 それで、食わず嫌いになったのですよう。 第一、『源氏物語』の原文を読むことは現代日本人にとって、かなり難しい。 他の王朝文学と比べても語彙は格段に豊富で、内容は長くて複雑で、専門的な講習を受けないと『源氏物語』の原文を理解するのは難しいのですよ。

だったら、谷崎さんや、円地文子さん。。。あるいは瀬戸内寂聴さんの現代語訳を読めばいいではありませんか!?

源氏物語に関しては評論やエッセーや、いろいろなものを読んだから、もう知ったつもりになってしまったのですよ。 だから、「今更、原文を読むなんてぇ~。。。」という気持ちになってしまって、駄目ですよう。 とても読む気になれません。

ダイジェストで済ませているなんてぇ古典を勉強する邪道ですわ。

でも、何も読まないよりはダイジェストでもいいでしょう。 アメリカには、ちゃんとリーダーズ・ダイジェストという会社がありますよう。

アメリカはアメリカですわ。 日本には日本の古典という素晴らしい物が存在するのでざ~ますう。 だから、原文で読まなくても、せめて現代語訳で54帖全巻を読むべきですわァ。

あのねぇ~、源氏物語は、昭和初期には「皇室を著しく侮辱する内容がある」との理由で、不敬の読み物だとされていた。 光源氏と藤壺女御の逢瀬などを二次創作物に書き留めたり上演したりすることなどを大日本帝国の政府は厳しく禁じたのですよ。

それは軍国主義が華やかな頃でござ~ますわ。 一時的な現象ですう。 そのような狭い考え方に凝り固まっている人たちが大日本帝国の政府に居たから戦争に負けてしまったのでござ~ますわ。 デンマンさんも書いていたではござ~ませんかァ!

ん。。。? 僕が。。。? なんてぇ~。。。?

アメリカは戦争に勝つためには日本人の心と文化を研究しなければならないと一生懸命に日本語を情報将校に学ばせたにもかかわらず、日本では英語の使用を大日本帝国政府が禁止してしまったと。。。

うん、うん、うん。。。 確かに日本では軍国主義や皇国史観に毒された人たちが政治や文化を主導していた時期には源氏物語はワリを喰ったのですよ。 でもねぇ~、室町時代や江戸時代にだってぇ、『源氏物語』は猥褻な書物であり、子供に読ませてはならないというような事を言ったり書いた人が居たのですよ。

つまり、江戸時代に源氏物語の春本が出回らなかったら、『源氏物語』は死滅したとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

いや。。。 そこまでは言いません。 でもねぇ~、古本屋のおっさんが書いていたように春本に惹かれて『源氏物語』を知った人は江戸時代の庶民にはたくさん居たと思いますよ。。。 だから、江戸時代には源氏物語風な春画がたくさん出回ったのですよ。。。

。。。んで、今日はその『源氏物語』の春本のエピソードをデンマンさんが披露するのでござ~ますか?

卑弥子さんだってぇ京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しているのだから興味があるでしょう?

あたくしはエロいお話には興味がありませんわァ。

卑弥子さん。。。 無理しなくてもいいのですよ。 ネット市民の皆様にバレてしまうからってぇ、そのような心にもないことを言わないでください。

デンマンさん!。。。 いい加減にしてくださいましなア! んもおォ~。。。! あたくしに「エロい女」のレッテルを貼り付けないと気が済まないのでござ~ますかァ~? 

いや。。。 そう言う訳ではありませんよ。 僕はただ卑弥子さんの心の内が解っているから、そう言ってるまでです。

まるで解ってませんわア!

とにかく、せっかくここまで話を進めてきたのだから「春画@源氏物語」の話をしないことにはこの記事を終わりにすることはできないのですよ。

解りましたわ。 じゃあ、あたくしに遠慮なしにお話を進めてくださいなァ。

そう言いながら卑弥子さんも興味があるのでしょう!? (モナリザの微笑)

そのようなことはどうでもよろしいのですわ。 ガタガタ言わずに早く話してくださいなァ。

解りました。 じゃあ、「国貞三源氏」の一つである『正写相生源氏』のエピソードを話しますよ。 昭和30年4月10日に原文が伏字無しで初めて出版されたのですよ。

つまり、映倫に引っかかるような極めてエロい。。。 うふふふふふ。。。 猥褻な。。。 やらしい文章で書かれているのでござ~ますか?

卑弥子さん。。。、鼻息を荒々しくして、そのように身を乗り出さなくてもいいですよ。 ちょっと近寄りすぎです。 もう少し離れてください。 卑弥子さんの鼻息が僕の顔にマジで吹きかかっているのですよう。 んもおォ~。。。 歌川国貞の枕絵は4枚のみ。。。 でもねぇ、ノーカットで掲載されているのです。 エロに厳しかった昭和30年代としては勇気のいる出版だったのですよ。

。。。んで、『源氏物語』のどの帖なのでござ~ますか?

あのねぇ~、それが『源氏物語』の54帖のどれとも直接のかかわりはないのですよ。 ただし「ここに何れの御時にや。。。」 と『源氏物語』の書き出しに似せて始まっているのです。 京は北嵯峨のあたりに、表に冠木の門を構え、築山(つきやま)や川の流れを備えた庭のある洒落(しゃれ)た屋敷があり、40歳ばかりの未亡人と14歳のひとり娘、それに二、三人の女中、老僕が住んでいるのですよ。

それで。。。?

母を浅香(あさか)といい、娘を音勢(おとせ)というのです。 家屋敷は借金の抵当(かた)に入っている。 つまり、この母と娘は貧乏な暮らしをしているのですよ。 でも、娘がチョ~美人で京の都では評判になっている。 その噂を聞きつけた21歳になる光源氏ならぬ吉光公(よしみつこう)が御所に上げよと言ってきた。

。。。で、母親はお金に目がくらんで娘を御所に上げるのでござ~ますか?

そうしないと話が進まない。 でも、この母親がどこからか吉光公の噂を聞きつけてきた。

どのような。。。?

この吉光公は好色で、その上、巨根の持ち主だという。 まだ初潮を迎えたばかりの音勢(おとせ)には荷が重過ぎる。 そこで母親は近所のお金持ちで弓削道足(ゆげのみちたる)という名の50歳になる男に性教育を頼んだのですよ。

あらっ。。。 なんとなく、あの有名な弓削道鏡をもじったような名前ですわね。

それもそのはず。 この弓削道足(ゆげのみちたる)という男も巨根の持ち主なのですよ。

あらっ。。。 50歳になる巨根の持ち主に14歳の娘の性教育を頼んだのでござ~ますか?

そうなのですよ。 娼家では生娘(きむすめ)を店に出す前に、世慣れた年寄りに「水揚(みずあ)げ」をしてもらう。 つまり、男女の道を実地に教えるわけですね。 この初老の男は、かなり乗る気で「10両出すからぜひワシにやらせてくれ」と言う。 母親はお金が欲しいから二つ返事でお願いしますと言った。

でも、14歳の娘には、母親は何と言って説得したのでござ~ますか?

御殿勤めに必要な作法だから一生懸命に勉強するようにと。。。

あらっ。。。 そのようなことを。。。? マジでござ~ますか?

そのように話が進んでゆくのですよ。

あのォ~。。。 前置きはこのぐらいでけっこうでござ~ますから。。。 あのォ~。。。 エロいお話をしてくださいなァ。 うふふふふふ。。。 そろそろこの記事を読んでくださっているネット市民の皆様も退屈していると思うのでござ~ますわァ。 うふふふふふ。。。

あれっ。。。 卑弥子さんも退屈し始めているのですか?

あたくしの事はどうでもよいのですわ。 それよりも、この記事を読んでくださっているネット市民の皆様にエロいお話をしないといけませんわ。 「エロい源氏物語」を求めて検索した方がたくさんいるのでござ~ますから。。。、だから、エロいお話でもしないとガッカリして、次回からデンマンさんのブログにやって来なくなってしまいますわァ~。。。

解りました。 じゃあ、すぐにエロい場所に飛躍しますねぇ~。。。 卑弥子さんもじっくりと読んでみてください。

 


音勢(おとせ)は夜に入っても帰らない。

(母親の)浅香の酌で酒を飲んだ吉光公は、

したたかに酔い、横になる。

浅香がまめまめしく尽くす。

当然のなりゆきとなる。

 (ここからは読み下し文)

浅香は久しく男の傍らを、遠ざかりつることなれば、

歳はとっても何となく、初々しさに気もときめき、

自由になれば吉光は、やがて抱きしめ手をやつて、

山繭の腰巻を、探りひらきて内股へ、

わり込み給へば思ひの外、肌ざわりさへすべすべし、

毛はふつさりと房やうじを、並べていぢる如くなる、

 


(kunisa52b.jpg)

 

だんだん奥へさしこむ手先に、紅舌(さね)はさはれどこの辺り、

吐淫ぬらぬら溢れ出て、滑(ぬめ)りて紅舌もつままれず、

況(ま)して陰門の両淵は、流るるばかりのありさまに、

吉光もはや堪(たま)りかね、両手でぐつと内股を、

おし広げて足を割込み、

鉄火に等しき一物をあてがひて二腰三腰、

おせば下より持ち上げる、はずみにぬるぬる毛際まで、

何の苦もなく押し込めば、その開(ぼぼ)中の温かさは、

いふも更なり忽地(たちまち)に、子宮(こつぼ)ひらけて鈴口を、

しつかと咥(くわ)へて内へひく、その心よさ気味よさは、

何に喩(たと)へんものもなく、吉光は目を細くなし、

口をすぱすぱ吸いながら、大腰小腰九浅一深、

上を下へとつき立て給ふに、

浅香は子供を二三人産みたる開(ぼぼ)にて、

さまざまの道具だてさへ多ければ雁首(かりくび)より胴中へ、

ひらひらしたもの巻きついて出しいれのたび玉茎(たまぐき)を

しごくやうにてえも言はれず、吉光あまたの側室を抱へ、

いろいろ楽しみたりといへど、かかる稀代の上開(ぼぼ)は、

いまだ覚えぬばかりにて、それいくいくア、またいくと、

浅香が背中へ手をまわし、力一ぱい抱きしめて、

嬌(よが)り給へばさらぬだに、浅香は誠に久しぶり、

殊(こと)には太く逞しき、一物に突きたてられ、

ヒイヒイフウフウム、フウと、声をも立てず最初から、

精をやりつづけて息もはづみ、正体もなき折からに、

 


(kunisa53b.jpg)

 

アアソレいくよまたいくよと、男に嬌(よが)りたてられて、

何かは以(もっ)てたまるべき、五臓六腑を絞るばかり、

陰水どろどろずるずると限りもあらず流れ出て、

昔を今にかへり花、たのしく其夜を明したり。

 (ここから現代文)

そもそも浅香は色好みの性で、

15歳で大納言蟻盛卿のおそば勤め中にお手がつき、

というより浅香の方から手を取りて、

あげくは妊娠、卿は実家に帰らせる。

 


(kunisa54b.jpg)

 

産まれたのが音勢である。

世間の手前、出産前に婿を迎えたが、

とんでもない食わせ物で、すぐさま離縁した。

(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




158-160ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社


 



デンマンさん。。。 どうして読み下し文を現代文になさらないのでござ~ますか?



「読み下し文」そのままの方が、なんだかずっとエロいのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?

そうかしら? でも、娘の「水揚げ」の場面がないではござ~ませんか?

あのねぇ~、 この場合、娘の音勢(おとせ)よりも色好みの母親・浅香の方がエロっぽいのですよう。

それはデンマンさんの個人的な意見でざ~ますわ。 音勢(おとせ)のことを思わせぶりに語っておきながら、「水揚げ」の場面がないので、この記事をお読みになっているネット市民の皆様方はガッカリしていると思いますわ。

あのねぇ~。。。、音勢(おとせ)の場面を読みたい人は地元の図書館で『春本を愉しむ』を借りて読んでみてください。




初出: 2016年12月29日



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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あたくしも『春本を愉しむ』を探して読んでみたいと思いますわ。

歌川 国貞(うたがわ くにさだ)は1786(天明6)年に生まれ、
1865(元治元)年に亡くなっています。
79歳でした。
のちの三代目・歌川豊国のことです。

墓所は亀戸の光明寺にあり、墓も現存しています。
明治維新になる3年ほど前に亡くなったのですわね。

作品の数は浮世絵師の中で最も多いそうです。
その作品数は1万点以上に及ぶと言われています。

柳亭種彦『偐紫田舎源氏』の挿絵は「源氏絵」ブームを巻き起こし、歌舞伎にも影響するほどでした。
また国貞時代の春画も彼の力量を良く伝えるものです。

代表作として「浮世名異女図会」、「思事鏡写絵」、「当世美人合」、「当世美人流光好」、「時世江戸鹿子」、「江戸名所百人美女」、「星の霜当世風俗」などといった美人画シリーズに秀作があります。

春画もたくさん描いたのですわね。


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話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。

 


(tora019.jpg)



 

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)



(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『熟女下着』ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『さらに軽井沢ブーム』

■ 『バンクーバーの生活』

■ 『別れの朝に』

■ 『思い出の天の川』

■ 『隠し子』

■ 『ウィーンの空』

■ 『ハルヴァ@軽井沢』

『キャドバリーチョコ』軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『二人の母親』

■ 『アダルトダメよ』

■ 『月の男』

■ 『アダルト駄目』

■ 『ホロドモール』

■ 『ワンダフルライフ』

■ 『上原良司の自由主義』

■ 『季節外れのハロウィーン』

■ 『アダルトと成人』

■ 『やらしい夢』




軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)
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