デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

ミューズィック(PART 2 OF 4)

2011-01-07 13:22:06 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽

 
ミューズィック(PART 2 OF 4)


音楽は、世界共通の言語か?



音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、
音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。
かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の “Bolero” を聞き比べたことがあった。
小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。
大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。

芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。改行を加えて読みやすくしてあります。)




pages 5 & 6
『間奏曲集 (主題なき変奏) その2』 
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月




『お願い、骨まで愛して』に掲載
(2006年10月15日)




でもねぇ、すべての人々とは言わないけれど、八雲のような、ある一部の人にとっては、民族特有の民謡といえども理解できるのですよう。



どうして、デンマンさんに、それが分かるのですか?

あのねぇ~、僕は音楽が専門ではない。 また、音楽は好きだけれど、クラシックは苦手ですよう。 さらに、八雲のように洗練された音楽的感覚というものがないので、ワーグナーやほとんどのクラシックを素直に楽しむことが出来ないのですよう。 でもねぇ、次の文章を読むと八雲が日本の民謡を理解できる素養や感性があったことが、僕にも理解できるのですよう。


神戸で、盲目の門(かど)つけが八雲邸で三味線を弾きながら唄を歌うが、その時に、

「醜い不恰好(ぶかっこう)の唇から奇蹟のような声、即ち、心にしみ通るような甘さをもった若く、深味のある、名状しがたいほどの感動を与える声が、さざ波を打って迸(ほとばし)り出た。一見物人は、『女か、それとも森の妖精か』とたずねた。 だが彼女は、ただの女だ。 恐らく西洋の音譜には書かれていない、非常に細かい節(ふし)で、セミや藪(やぶ)うぐいすから習った声で歌った。 そして彼女が歌っていると、聞いている人々は黙って泣きはじめた。 私には言葉の意味は、はっきり分からなかった。 だが私は、日本の生活の悲しみや、苦しみが彼女の声とともに私の心の中に入り込んでくるのを感じた。 それは決してこの世にはない何物かを悲し気に求めているものであった」

と述べて、名もなき流しの唄歌いの旋律に、人間自然の原点とも言うべき真・美を見出している。

民俗音楽については、八雲はチェンバレンより一歩先を歩いていた。 在米当時、既にこの道のエキスパートであった。 音楽評論家クレイビールと一緒に、世界の民族音楽を収集したり、西インド諸島でも採集した民謡を、『西インド諸島の2年間』に掲載している。 ニューオリンズ万博時、出版した案内書にも、クレオールのリトル・ソングが書かれている。

 (中略)

またチェンバレンは、八雲が文中に日本語の感嘆詞「アラッ」や、擬声語の「ピチャ、ピチャ」、その他日本人の生活感覚を表現する言葉「甚よ、甚よ!こっちへ来い こっちへ来い」 「あのね!卵はありませんか」などを、ローマ字化することに批判的だったが、これはハーンが日本語でなければ日本人の感覚が伝わらぬものとして使ったものだった。 かくて対立は年の経過と共に深まる。




234 - 235ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社




つまり、デンマンさんにも八雲のように民謡を理解できる素養や感性があると、言いたいのですか?



うしししし。。。小百合さんが僕の言いたいことを言ってくれましたよ。 そうですよう。 僕はかつて記事の中で次のように書いたことがあるのですよう。




クラシックというのは当然の事ですが大衆音楽ではないですよね。
では大衆音楽というのはどのようなものなのか?
まず民謡があげられるでしょうね。

つまり文字通り英語で訳せば“folk song”ということになりますよね。
“民の歌”です。

でも、“歌”と“謡”の違いとは?
歌はあなたにも分かりきっていますよね。
歌謡曲の“歌”です。
でも、この“歌謡曲”の中にも“謡”が含まれています。

この“謡”とはいったい何なのか?
実は僕も詳しく知りません。
“謡”と聞いて、すぐに連想したのがテレビの大河ドラマで見たシーンです。

織田信長が桶狭間の合戦に出陣する前に、
例の“人間~♪~五十年~♪~。。。”と歌いだして踊るあの謡曲のことでした。
これを歌い終わるや、死を覚悟して奇襲に望むというものでした。
現在の我々には、あまり縁のない、あの唸(うな)るように歌う謡曲です。

ちょっとネットで調べたら次のように説明されていました。


謡とは。。。
歌舞劇である「能」のセリフとコーラス部分を独自の節に合わせて歌うもので、古くから稽古事として人気を博しています。




『1から始める謡』より


つまり、「能」のセリフとコーラス部分を独自の節に合わせて歌うものの事です。

つまり民謡とは、民話や当時の事件や出来事を物語風にして独自の節に合わせて歌うもののようです。

では、クラシックとは何だろう?

ここで、太田将宏さんの本から引用します。


そもそも、昔は、作曲された音楽はorder-madeであったのだ。
それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はprêt à porterとなった。
作曲と演奏が分離、分業になったのは、このころではなかったか。
その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。

現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。
身尺に合わないready-madeのお仕着せに、どのような音楽を聴いてもambivalentな気持ちがするのは、私だけではあるまい。

それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。
私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側のarrangement、

つまりprogrameについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。
そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減される事に私は気がついた。
それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。
だから、私は久しくPacific231に対しても反感すら持っていた。

Arthur Honegger (1892-1955)自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた。




page 69
『前奏曲集 作品1の1』
(あるアマチュアの覚書)
著者: 太田将宏




つまり、クラシックというのは、
昔、ヨーロッパのお金持ちの貴族や王族が
お抱え“音楽士”に作らせた曲だったわけですよね。
当然の事ですが、その“音楽士”は注文してくれた紳士の好みに合った曲を作るはずです。

要するに大衆向けの曲を作るのではなく、
その注文主の好みに合った、趣味に合った、感性に合った曲を作る。
まさに、order-madeだったわけでしょうね。

だから、ある人のorder-madeの服を僕が身につけた場合、袖が長すぎたり、襟首が窮屈だったりしますよね。
僕は、このことを考えた時に、どうしてクラシックが僕のオツムの中に感覚的にすっきりと入ってこなかったのかが理解できたよう気がしました。

要するに、クラシックとはヨーロッパの貴族の感覚と好みに合わせて作った服のようなものです。
そんな服を僕が着たとて身尺に合わないことなど分かりきっていますよね。
まずダブダブだろうと思います。
江戸時代に和服だけしか来たことがない日本人が初めて洋服を身に着けるようなものですよ。

ところが、日本人の中には、いかにもクラシックが分かっているような気になって“高尚な気分”に浸(ひた)っている“文化的田舎者”がたくさん居るように思います。
たとえば、ウィーン・フィルハーモ二ーが演奏するモーツァルトの曲の演奏会が東京オペラシティコンサートホールであるとします。
2万円の特別席を予約した。

何のためか?

この特別席を予約した28才の山田太郎君は26才の花子さんに自分の“文化的な面”を印象付けるために4万円を支払ったのです。
つまり、4万円のデートです。


 (すぐ下のページへ続く)


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ミューズィック(PART 3 OF 4)

2011-01-07 13:19:52 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽
 
ミューズィック(PART 3 OF 4)




太郎君はモーツアルトが分かっているわけでもない。
クラシックを聴くなんて1年に1度か2度です。
それも、たまたまテレビでやっていたベートンベンの第五を見るようなものです。
最後まで見ないで途中でサッカーの実況放送にチャンネルを切り替えてしまいました。

花子さんだって、モーツアルトが分かっているわけじゃない。
でも、モーツアルトの名前には、いかにも“文化的な香り”が漂っている。
演奏会に行くなんて花子さんには経験が無い!
しかも、モーツァルトの曲を世界でも有名なウィーン・フィルハーモ二ーが演奏する。
東京オペラシティコンサートホールへ行くなんてカッコイイ。
しかも、モーツァルトという名前が“高尚”である。

最高級のGUCCIの香水をつけるような、なんとも言えない文化的な香りが漂っている。

もちろん、それが太郎君の思惑(おもわく)なのです。
そうやって、太郎君が花子さんとのデートを演出したわけです。
つまり、たくさんの人が東京オペラシティコンサートホールへ高い入場料を払って聴きに行った。
しかし、そのうちの一体何人が本当にクラシックを理解して聴きに行ったのか?

たぶん、80%の入場者は太郎君のような“下心”を持って相手を誘って出かけて行ったのではないでしょうか?
腹の中では、音楽なんかどうでも良いと思っているのですよね。
うへへへへ。。。

こういう考え方をするのは、僕がクラシックが分からないので、ひがんでいるのでしょうか?
それで、このような心の曲がったことを書いているのでしょうか?
あなたはどう思いますか?

ところで、演奏会で思い出しましたよ。
僕にも似たような思い出があるのです。
でも、状況はまったく違うものでした。
誘ったのは僕の方ではなく、女性から誘われたのです。うへへへへ。。。。

。。。と言っても、鼻の下を伸ばすような話ではないんですよ。残念ながら。。。

当時、ぼくは“ナショナルソフト”という
松下通信工業が100%出資していたソフトウェアの子会社で働いていました。
日本が経済大国に向かって伸びている時だったので、ソフトウェア業界は人手不足でした。

そのようなわけで、僕はその会社にストレートで引きぬかれて、“無試験”で松下産業の正社員となり、
出向で松下通信工業に配属され、
そのまた出向でナショナルソフトに出向いて働いていたのです。
この“ナショナルソフト”は間もなく“パナファコム”に吸収合併されてなくなりますが。。。

僕を誘った女性は松島優子(仮名)さんでした。
僕よりも1年前に入社した早稲田大学の理工学部数学科を卒業した人でした。
どちらかと言えば目立たない地味な人でした。
“お友達と一緒に見に行くつもりが、急に行けなくなったのだけれど、一緒に行きませんか?”
当日そのように言われたんですよ。

もちろん、僕が“お目当て”で、そのような手の込んだことをする人か?と言えば、決してそのようなレンゲさんタイプの女性ではないんですよ。
確か神奈川県民ホールだったと思います。
当時そのホールはできて間もなかったと思います。
海岸通りにありました。
今、ネットで調べたら次のように出ていました。




神奈川県民ホールは1975年に全国屈指の大型文化施設として、県立音楽堂は1954年、日本初の本格的音楽専用ホールとして誕生。
以来国際レベルの音楽や舞台芸術など、多彩なプログラムを提供しております。


間違いなく、県民ホールです。
ただ、ハンガリー国立フィルハーモ二ーだったか?
ウィーン・フィルハーモ二ーだったか?
とにかく有名な交響楽団で指揮者も有名な人だったですよ。
カラヤンだったろうか?
調べてみたけれど、そこまでは分かりませんでした。

僕はクラシックにハマッテいたわけではありません。
でも(2006年)6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で述べたように、クラシックとまったく無縁であったわけでもありません。
有名なフィルハーモニーの演奏を聴きに行くと言うよりも、
優子さんに誘われたと言うことが僕には“衝撃的”なことだった。
仕事が終わる頃に誘われたのでした。
彼女の方が1年先輩のわけですし、それまで親しく話しをしたと言うわけでもない。
でも、優子さんにまったく関心が無かったか。。。?と言えば、やはり関心がありましたよね。

当時、同期に入社した女性が3人居ました。
東京学芸大学を出た良子(仮名)さん、
学習院を出た淳子(仮名)さん、
それに横浜国立大を出た小百合(仮名)さん。
この中で最も僕と気が合って、よく話をしたのは良子さんでした。

この3人は、どちらかと言えば、まだ子供っぽいところがあって、僕もけっこう馬鹿やるほうですから、面白おかしく楽しくやっていましたよね。
でも、優子さんは1年先輩だと言うだけなのに、“お姉さん”という印象を与える人でした。
とっつきにくいと言うわけではない。
でも、ベラベラ話をすることもないし、
ゲラゲラ笑うことも無く、おっとりとして、地味で静かな人でした。

そういう人から誘われたわけですよね。やっぱり、意外というか。。。

“ん? 僕とですか。。。?”
“ええ、他に用事でも。。。?”
“いや、別に。。。”



そういうわけで、その日残業もせずに優子さんと東横線の綱島駅から出かけたわけです。
でも、無料の残業食は松下通信工業のカフェテリアで食べてから出かけたように記憶しています。

。。。で、あまり話をしない人かと思っていたけれど、話し始めれば、優子さんはいろいろと話題の豊富な人でした。
話をしていても、話題に事欠かなかったし、きまづい沈黙などまったくありませんでしたね。

でも不思議なことに音楽のことはほとんど話さなかったですね。
意識して話さなかったわけではなく、話題が音楽とは関わりの無い方向に行っていたと言うことです。
優子さんが常に“お姉さん”のように、おっとりと構えていたので僕も気楽に話をすることができました。
その時の曲目が何であったのか、まったく記憶にありません。
そういうわけですから、曲を聴いた感動もまったく無い!
きれいサッパリ音楽の思い出はまったく無いんですよね。
今、振り返ってみても、自分で馬鹿らしくなるほど、音楽の記憶がまったく無い!

自分でチケットを買って行くのなら、音楽を聴きに行くと言うつもりにもなったのでしょうが、誘われて音楽を聴きに行く。
はっきり言って、当時僕にとってクラシックなんてどうでも良かったですからね。

なぜ、出かける気になったのか?
意外にも優子さんに誘われたと言うことと、この人ってどういう人なんだろうか?
それだけが動機だったと言っていいのです。

ただはっきりと記憶に残っているのは、演奏会が終わった後、僕は夜食をとろうと言い出して彼女を誘ったのです。
それまで、僕は1円も出していませんでしたから、
お礼を兼ねて食事でも。。。というつもりでした。
当時、僕は松下通信工業の男子寮に居ました。
門限は12時ですが、僕の部屋は1階にありましたから12時を過ぎても問題は無いんですよ。
窓から入れますから。。。

彼女は自宅から通っていました。
つまり、両親の家から通っていました。
“もう、遅いから家に帰りますわ。また別の機会に。。。”
良家の子女の“たしなみ”。。。
そういう事が、ごく普通に守られていた時代だったんですよね。

もちろん、食事をしてから温泉マークに行くことなど僕は考えてもいませんでしたよ。
そういう考え方が全くオツムに思い浮かばなかったのか?
それは考えとしてそういうこともあるよなあああ~。。。とは思いましたよ。
しかし、考えることと、実際に行動を起こすこととは、全く次元の違う話です。

あなたと僕が思うことをすべて実行にうつしただけでも、この地球上は私生児であふれかえってしまいますからね。

優子さんと個人的に話したことは、それが初めで最後でした。
僕は間もなく会社をやめて海外に出てゆきましたから。。。
“別の機会”は、あれから20年以上になりますが、まだありません。

上の記事の中で書いた恵美子さんの場合もそうですが、僕と音楽との思い出には必ずと言っていいほど女性がつきものなんですよ。
ところが、なぜか最初で最後。。。と言うことになっているケースがほとんどなんですよね。
女性と音楽。。。
ロマンの題材としては面白いのですが、
音楽に関する限り、女性がつきものであるにもかかわらず僕には女性との縁が無いのです。

なぜこのようなことを書く気になったのか?
それは、僕とクラシックの関係を象徴しているように思えたからです。
それを敷衍(ふえん)すれば、クラシックと民謡の関係もうまく説明できるのではないのか?


私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。


ここで僕は、上の太田さんの言葉をもう一度噛み締めてみたのです。

僕は(2006年)6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で次のように述べました。


“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”


。。。だと、僕も思いますね。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。



ここで、もう一度恵美子さんに登場してもらいますが、
僕は、クラシックが何たるものか?と分からないうちに恵美子さんが演奏した“乙女の祈り”を聴いて感動したんです。
もちろん、可愛いと思っていた恵美子さんが弾いたから、中学生の僕は、なおいっそう感動したのです。

僕がピアノを独習で習い始めたのは、この経験があったからで、それがクラシックであったからではないのです。
いづれにしても、一つの曲がある人物によって演奏された事で僕に感動を引き起こした。
その感動が、僕をピアノに近づけさせた。
恵美子さんに会いたいからピアノを弾き始めたわけじゃない。
なぜなら、恵美子さんに会ったのはあの時が初めで最後。
僕の演奏を聴いてもらった事で僕の“片思い”は完結したのです。
でも、それからも、僕は時々“乙女の祈り”を弾いたものでした。

あの感動を自分のものにしたいから。。。

しかし、今の僕はすっかり忘れていて、この曲を弾く事さえできないんですよね。
あれだけハマッた“乙女の祈り”だったのに。。。

つまり僕にとって。。。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。

現在、“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのですよ。懐かしいとは思いますが。。。
しかし、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられます。




『ん? クラシック興味ある?』より


あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
なぜなのか?
“昔の民衆の創造性”とは、具体的にどのようなものなのか?

その答えを見出すために、僕は“津軽じょんがら節”の成り立ちを遡(さかのぼ)って行ったのです。

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。
それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。
しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。



その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、先祖代々の位牌を背負って逃げた。
ところが、捕らえられそうになったので白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。
その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。
民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。
テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。


つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。
しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

次のリンクをクリックして、“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。



『津軽じょんがら節』

では。。。




『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)


 (すぐ下のページへ続く)

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ミューズィック(PART 4 OF 4)<

2011-01-07 13:17:23 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽

 
ミューズィック(PART 4 OF 4)



デンマンさん。。。それらしい事を長々と引用していますけれど、結局、優子さんにコンサートに誘われたことを書きたかったのでしょう?



あれっ。。。やだなあああァ~。。。小百合さんまでが、レンゲさんのように僻(ひが)むのですか?

いいえ。。。別に僻んでいるわけではありませんわ。

僕は、ただ、八雲のように民謡を充分に理解できる素養と感性があることを言いたかったまでですよ。 うへへへへへ。。。

ただ気になることがひとつありますわ。

なんですか?

横浜国立大学を卒業した小百合さんが出てくるでしょう。。。どうして他の名前にしなかったのですか? 私と混同されてしまいますわ。

あのねぇ~、上の記事は2006年に書いたのですよう。 当時、『小百合物語』を書くつもりはなかったから、何の気なしに小百合という仮名にしたのですよう。

デンマンさんもサユリストなのですか?

いや、サユリストはサユリストでも『小百合物語』を愛するサユリストですよう。 思い返してみれば、ずっと以前から無意識のうちに『小百合物語』を書きたいと思う気持ちが潜んでいたのかもしれませんね。 うしししし。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
小百合さんが呆れていますわよう。
日本人であれば、日本の民謡を理解できる素養も感性もあるのでござ~♪~ますわ。
あなただって持っているでしょう?

ええっ。。。?
あなたには『津軽じょんがら節』のような日本の民謡を理解する素養も感性もないの?
どうしてよう?
ビートルズやローリングストーンズの方がいいのォ~?

あたくしも、実は、ジョンレノンの熱狂的なファンなのでござ~♪~ますわよう。
うふふふふふ。。。


 
 
キャ~ ビートルズ!
 
 
すてきィ~♪~!

 
 
そうよねぇ。 日本の民謡って、かな~♪~りダサいところがありますわよね。
そうですわ。。。そうですわよう。。。
やっぱり、ビートルズはいいのですわよう。
うふふふふ。。。

とにかく、次回も興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。



 
メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

文明開化のお話が出てきました。

愛(いと)しいという言葉は昔にもあったようですが、

愛(あい)すると言う用法はなかったようです。

日本では“恋しい”という言葉を使っていたのです。

英語圏でしばしば使われる

I love you. という言い方は

明治時代の文明開化の時に

イギリスからその概念“love(愛)”

を輸入したそうです。

だから、今でも愛を告白する時に、

日本人の男性は

次のように言うと思います。

「僕は君が好きだよ」

「僕はきみに惚れてしまったんだ」

「僕はきみに恋してしまったようだよう」

デンマンさんに尋ねたら、日本で暮らしている頃、

女性に対して「好きだ」と言ったことはあるけれど、

「愛している」といった事は一度もなかったそうです。

あなたはどうですか?



ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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入釣り銭を少なく渡す<

2011-01-07 13:14:56 | 英語・英会話

 
釣り銭を少なく渡す



こんにちは。ジューンです。
お元気ですか?
桜が咲くのが待ち遠しいですよね。
あなたは旅行の計画を立て始めましたか?



ところで、“釣り銭を少なく渡す”を英語でなんと言うと思いますか?

アメリカやカナダを旅行すると数字に弱い人って良く見かけますよ。
日本人は一般的に数字に強い人が多いですよね。
特に暗算の早い人が多いです。

デンマンさんに尋ねたら、そろばんをやる人が多いので
日本人は暗算が得意な人が多いと言ったのですけれど、
あなたは、そろばんが得意ですか?

いづれにしても、アメリカ人もカナダ人も暗算が苦手な人が多いのですわ。
最近では、どこのスーパーでもレジでコンピュータ-使っているので
つり銭が自動的に算出されます。

でも、“ガレージセール”だとか“青空市場”、“蚤の市”、“バックヤード・セール”などで買い物をするときには気をつけてくださいね。
つり銭を暗算で計算するからです。

つり銭を多くもらえば問題がありませんが、
少なくもらう事も多いのですわよ。

そういう時に英語で何と言ったらよいのか?
あなたは、考えてみた事がありますか?

では、例文をお目にかけますね。




Many people tried to shortchange Jack

because they thought he was a bumpkin

who wouldn't know he had been cheated.

ジャックは田舎者だから、

ごまかしても気づかないだろうと思って、

多くの人が彼に少なくつり銭を渡して騙そうとした。


shortchange を使います。

「釣り銭を少なく渡す」 とか 「釣り銭を少なく渡してだます」 と言う意味で使います。

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くどいようですけれど、

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やっぱり、ジューンさん

ぱっかりに任せていると

退屈するのよねぇ~。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ~♪~ますわよ。

ええっ、余計な事は

言わなくてもいいから、

さっさと言いたいことを

言って消えろ!

あららあああぁ~

あなたはそのような厳しいことをあたくしに

言うのでござ~♪~ますか?

いけすかないことォ~♪~

分かりましたわ。

では、今日の一言を。。。

うふふふふ。。。

We make a living

by what we get,

but we make a life

by what we give.

--- Norman MacEwan

人は得るものによって生活する。

しかし、人生は与える事によって成り立つ。

(世の中の役に立つ人間に

ならなければならないのよね)


このノーマン・マッキュウーワンと言う人物は調べたけれど、

誰だか良く分からないのでござ~♪~ますわ。

でも、この格言は良く知られているのでござ~♪~ます。

英国の元首相、ウィンストン・チャーチルが言った、

と言う人が居ました。

えっ?他になんか面白い話はないのかって。。。?

ありますわよ。

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うふふふふ。。。

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チェンバレンの女(PART 1)

2011-01-05 12:48:50 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ
 
チェンバレンの女(PART 1)
 
 



ちなみにチェンバレン自身にも『チェンバレンの女』と呼ばれる日本の女性がいた。パーシヴァル・ローエルは写真の名手で明治22年の東京で若き日のダンディーなチェンバレンをはじめ次々と写真におさめているが、その一枚に着物姿の日本女性が写っており、裏にローエルの筆でChamberlain's girlと記されている。

チェンバレンは、生涯妻帯せず、秘書や家政婦たちと一緒に暮らしていた。彼の日本でのことはよく分からないが、後年には赤坂の家からホテル住まいに変わった。箱根宮の下の富士屋ホテルの構内、ホテルの北東、熊野神社傍らに、書庫兼書斎、後の王堂文庫を建てた。彼は、午前、午后の数時間をそこで過ごしていた。



また、ジュネーブではアパートの部屋で、ボラール書記と女中一人を置いていたが、後にホテルの二階に住んだ。

チェンバレンの長い滞在中にこのような日本女性との関係があったために(小泉)八雲は、彼を受け入れられなくなったのである。もちろん、このようなことは、当時日本の社会通念からすれば、男の甲斐性として非難されぬものであった。

なお、この関係を、チェンバレンの日本での研究第一人者(名を秘す)である方に問い合わせたところ、「チェンバレンの件ですが、交際していた女性はいたと思いますが、サトウやハーンの場合のような日本女性がいたのかどうか聞いていません、虚弱な人でしたからそういうことはなかったのではないかと推察します」との御回答を頂いた。

ここでの、「アーネスト・サトウ云々」は、彼が、武田兼と同棲し、二人の男子をもうけながらも、最終的には妻子を残して離日したことである。チェンバレンは、1894年1月22日付、東京、八雲宛の書簡で、「もし私が、いつかこの国を離れるとするなら、たぶん妻を日本人のままにしておく方を選ぶでしょう。なぜなら、そのようにすることが、彼女の最上の幸せと思うからです。もちろん、このような問題は、各人の判断によるものですが」と書いている。

八雲は、このような当時の外国人の気持ちにはついて行けなかった。

(注: 写真はデンマンが貼り付けました)




241-242ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社




デンマンさん。。。あんさんはどうして明治時代の女性関係の話など持ち出してきやはったん?



わては、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と日本人の小泉セツさんとの関係に不変的な愛の形を見るような気がするねん。

つまり、あんさんは、また「愛の色と形」の話を蒸し返そうとしやはるの?

めれちゃん。。。、苦虫を踏み潰したような顔をせんでもええやん。

要するに、わたしの愛は閉鎖的で、独占的で、閉塞感があって、しょうもない愛の形やと、あんさんは言いたいん?

めれちゃんも、そないに思うてるんか?

ちゃいますがなァ。。。、あんさんがそないに言いますさかいに、わたしが要約したまでやんか! あんさんの言う事を認めたわけやないねん。

さよかァ。。。、あのなァ、小泉八雲がセツさんに寄せる愛には人種を越えた。。。何か本質的な愛の姿が見えるような気がしたのや。。。

どういうところが本質的な愛の姿やねん?

本の中に次のような箇所があるねん。


なぜ女性を大切に扱うのか?

これは、チェンバレンが女性をどうかしたか、という確たる証拠があってのことでなく、八雲が、不幸な母親のこともあって、女性を大切にし、その結果、女性をいじめたり、女性関係にだらしない人を嫌ったということを強調するものである。八雲の作品でも、日本女性を非難したようなものがほとんどないのも、その辺りの事情を物語っている。著書『日本』の「封建制の完成」でも、「日本女性を道徳的、宗教的信念を持った愛らしい倫理的創造物である」とし、「日本社会の純粋培養花」とまで激賞している。

エルウッド・ヘンドリック宛の手紙で、「世の中には自分の子を産んでくれた女を虐待する人もあると思い出したら、天地がしばらく暗くなった。子供が生まれた時、目に見えざる力に謙虚と感謝の念がこみあげて来た」(1893年11月熊本)とある。また晩年、お抱え車夫や自家の使用人を選ぶ条件として、愛妻家や小児を愛する人には悪人はないといって、それらの人を雇った。

いつの頃かよく分からぬが、小泉一男は、父・八雲について次のように語っている。


八雲は、自分の生母が罪無くして離婚された事実に甚だしく同情し、一生を通して母を慕っていた。それ故か女房を虐待して離別する人には、たちまち愛想尽くしをして交際を断つのであった。チェンバレン氏との交友のさめて行った原因の一つにもこうした問題が潜んでいたらしい。

(「左顧右眄」より)


また、妻であるセツは、


すべて、女と子供とか言う弱い者に対してひどいことをすることを何よりも怒りました。一々申されませんが、ヘルンが大層親しくしていました方で後にそれ程でなくなったのは、こんなことが原因になっているのが幾人もございます。日本人の奥様を捨てたとか、何とかそれに類したことをヘルンは怒ったのでございます。

(「思い出の記」より)





239ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社




八雲が、不幸な母親のこともあって、女性を大切にし、その結果、女性をいじめたり、女性関係にだらしない人を嫌ったという、と書いてるねんけど、明治27(1894)年当時、日本人女性と恋愛関係・性的関係にあっても、正式に結婚したり、また八雲のように日本に帰化する外国人は極めて少なかったようやでぇ。



人種差別やと言いたいん?

人種差別と決め付けるわけやないけれど、チェンバレン氏は次のように書いていた。

もし私が、いつかこの国を離れるとするなら、

たぶん妻を日本人のままにしておく方を選ぶでしょう。

なぜなら、そのようにすることが、

彼女の最上の幸せと思うからです。


チェンバレン氏は英国人。チェンバレンの女と呼ばれる女性は日本人やァ。 いわゆる内縁の妻やがなァ。

つまり、「ラシャメン(洋妾)」やったと、あんさんは言わはるのォ~?

そういうことやなァ。

要するに、外人の身勝手で日本人の女を「おめかけさん」として付き合っていたということやんか。

そう受けとめられているけれど、チェンバレン氏に言わせれば、正式に結婚するよりも、そのような関係こそお互いにベターだと言ってるねん。

それが男の身勝手ですねん。「蝶々夫人」の悲劇は、そのような関係やから起きたのですやん。ピンカートンは蝶々夫人という女性が日本に居るのにアメリカで良家の娘と結婚してしまった。それで、蝶々夫人は悲観して自殺してしもうたのやないかいな。男の身勝手以外の何ものでもあらへん。

確かに、そうなのやァ。 それが、その当時の外国人と日本人女性の愛の形やったのやァ。そやから、チャンバレン氏と小泉八雲は、言わば、例外やったのやァ。

例外。。。? どうして。。。?

チェンバレン氏は、生涯妻を娶らなかったのやでぇ~。 要するに、結果として「蝶々夫人」のような悲劇を避けたわけやァ。 小泉八雲の場合は、日本に帰化するほどの固い決意でセツさんと正式に結婚して家庭を持つことを選んだわけやァ。

生き方の問題やと、あんさんは言わはるの?

そうや。。。結局、人生の選択の問題やと思うでぇ~。。。

。。。で、あんさんは、小泉八雲の生き方に共感を持っていると言わはるの?

そうやなァ~。。。わての生き方は、チェンバレン氏よりも小泉八雲に近いと思うでぇ~。。。

そうやろか。。。?

めれちゃんは反論があるようやな?

わたしは次の箇所を読みましてん。。。
 

ネルソン提督、広瀬中佐、と東郷大将

八雲はネルソンを尊敬せず、広瀬中佐や瓜生少将、東郷大将らが、日本海海戦前に仁川港外や旅順港の海戦において奮戦し、「東洋のネルソン」と呼ばれる度毎に、「広瀬や瓜生、東郷などの立派な日本武士の人格を無視し、これを侮辱するものであると憤慨した。

(中略)

広瀬中佐は、死を覚悟して妻すら娶(めと)らなかった日本武士であるのが、英国人ネルソンは、死を知るが故に不倫の行為を敢えてした人物だ。大した人格の差である(『父八雲を憶う』小泉一雄)」




242ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社




あんさんは八雲が嫌ったネルソン提督のように、敢えて不倫するような考えを持ってますやん。



それは、めれちゃんの独断と偏見やでぇ~。。。不倫と言うのは結果として、本人、あるいは相手の家庭が崩壊したりして不幸になることやでぇ~。。。、つまり、不倫=不幸 ということやんか。 めれちゃんが、わてと、ある女性の関係を何と呼ぼうが、わては相手の女性を大切にするし、その女性の家庭は崩壊することもなく、その女性が不幸になることもないねん。 要するに、不倫=不幸 という関係が成り立たない以上、それは不倫ではあらへん。

それは、あんさんの詭弁ですやん。

しかし、関係者が誰も不幸にならん限り、それは、望まれる関係やと、わては信じているねん。 それこそ、レンゲさんが言う愛と性の自由と言うことやんか!

 (すぐ下のページへ続く)

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チェンバレンの女(PART 2)

2011-01-05 12:48:05 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ


 
チェンバレンの女(PART 2)


セックスとは、

愛を基盤とした自由なもの


2007-04-13 13:53



デンマンさん
わたしの言う「エロい」は、
やはり少々お下品だったかな?
この表現って、
わたしにとっては「ギャグ」に近いんですよ
わたしは関西人のなかでも特に?
ウケをねらう傾向が強すぎるものでして、
必要以上に自分をコミカルにデフォルメするという、わるーい癖があるんですよね

で、回答へとまいりますね。。。

江戸川乱歩全集に関してですが、
とにかく横尾氏のイラストが、
エロチックだったのです。
幼いころから、女性の肉体の美しさに
強烈に魅了されていたわたしは、
偉大な画家たちの描く裸婦や、
女性のヌード写真を見て
「わたしも早くこんな風にキレイになりたいなあ!」
と、成熟へのあこがれを強く感じていました。

乱歩の作品自体については、
「エログロナンセンス」の時代特有の、
妖しげな表現に魅せられました。



「人間椅子」での、愛する女性のソファに、
自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、
「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、
それはむしろ、純粋なものすら感じました。

そういえば…
乱歩の時代のことが知りたくて、
おばあちゃんに
(今は亡き愛するおばあちゃんです!)
「見世物小屋行ったことある?」
「衛生博覧会って、どんなんやった?」
などと、聞きまくっていたものです

「チャタレイ夫人の恋人」ですが…
ぶっちゃけエロい箇所の拾い読み、
というのが事実です!
だってねえ…あの小説の大半は、
ロレンスの思想の
展開だと思いませんか?

小学生のわたしに、そんなものを理解できるような
知性も理解力もなかったっす…
で、大人になってから読み返したのですが、
森の番人の野卑でありながらも、
深い洞察力に満ちた性格に、
恋愛感情にも似た気持ちを感じました。
おまけに、セックスは上手ですしね(キャー!)

女性が自らの性欲を恥じる必要など
ないということを、
わたしは少女時代に、
あの小説によって知ったのかもしれませんね。

フロイトも、ヒステリーの原因は、
性的欲求不満であると、言ってましたよね?
セックスとは、
愛を基盤とした自由なものであるべきだと、
わたしはずーっと信じてます!

 
 
by レンゲ




『おばさんパンツ (2007年10月6日)』より




あんさんは都合のええ時だけレンゲさんの詩を持ち出してきますのやねぇ。



いや。。。決して都合がええ時ばかりやあらへんでぇ~。。。レンゲさんの言うてる事の中には真理が潜んでいると、わては信じてるねん。


【レンゲの独り言】



ですってぇ~。。。
うれしいですわ。
あたしの書いた詩をデンマンさんが素直に読んでくれるなんてぇ本当に珍しいことですから。。。

とにかく、さらに興味深い話題が続くと思います。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

小泉八雲は次のように言っていたのです。

日本女性を道徳的、宗教的信念を持った

愛らしい倫理的創造物である


明治時代の日本の女性は、

そうであったのかもしれません。

でも、最近になって日本の女性も

変わったようですね。

一つの事件を取り上げて、そう言うのも

独断過ぎると思いますけれど、

「苫小牧子殺し事件」は象徴的な事件だったと

思いますわ。そして痛ましい事件でした。

北海道・苫小牧の何処かで、3歳の長男と

1歳の三男の兄弟が鍵の掛かったアパートに

閉じ込められ放置されのですわ。

長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで

飢えをしのいだのです。

三男は飢餓と低体温症で亡くなってしまいました。

昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が

無残に腐食する横で、お兄ちゃんは

必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、

ママの帰りを待ち続けたというのです。

でも、ママは新しいボーイフレンドの部屋に

住み着いて1ヶ月以上、

子供たちの養育を拒み、

ボーイフレンドと遊んで暮らしていたのです。

もう、死んでいるのではないかと思って、

アパートに戻ると、長男は生きていた。

「何で生きてるの?」

冷血女性のママは長男を見て

まず、そう感じたと言うのです。

人間は、それほどまでに非情に

冷血になれるものでしょうか?!

何度読んでみても、亡くなった子供のために

涙が流れてきますわ。(めそめそ。。。)

「苫小牧子殺し事件」のことは

次の記事の中で引用されています。



『愛の進化論』

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楽しいサイトを作りました。

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やらしくさわる

2011-01-05 12:46:25 | 英語・英会話
 
ん?やらしくさわる?



こんにちは。ジューンです。
今日は、ちょっとばかりやらしい話題です。

“やらしくさわる”って、英語でなんと言うと思いますか?

“さわる”と言うのは、英語では“touch”と言う単語がすぐに思い浮かぶでしょう?

では、“やらしくさわる”は。。。?

paw を使うのですよ。

この動詞は俗語では「女性にみだらに触る」と言う意味です。
他動詞として次のように使われます。




He pushed her against the wall and

started to paw her hair roughly.

彼は彼女を壁に押しつけ、髪を荒々しくさわり始めた。


また、at を伴(ともな)い自動詞として「~をいやらしく触る」と言う意味でも使われます。
では、例文をお目にかけます。




Oh, no! Someone is pawing at my lingerie!

やだ!誰かがわたしのランジェリーをいやらしく触ってくるわ!


また、次のように「いじくりまわす」という意味でも使われます。


John paws about the old TV set.

ジョンは古いテレビをいじくりまわしている。




Jim pawed around Mary's shoes.

ジムはメアリーの靴をいじくりまわした。


さらに、「せんさくする」と言う意味で次のようにも使われます。




Tom is tirelessly pawing over the love affairs between Nancy and Robert.

トムはナンシーとロバートの情事を飽くことなく詮索している。


paw と言う単語は、もとは動物のつめのある足や手を意味する名詞です。
例えば犬の足です。
次のように使われます。




The dog lifted his paw at his master's command.

その犬は主人の命令に従って足を上げた。


この paw が人間に使われる場合には「大きくて不格好な手」を指します。

この「大きくて不格好な手」が、動詞として俗語的に使われる場合には、なんとなくイヤらしい意味を帯びる事になるのですよね。
あまり良い意味には使われません。

どうですか?
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ええっ、何で英語の記事に

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あたくしも、英語を勉強して

ついに2008年のお正月に、

バンクーバーへ行って来ました。

しばらく十二単から開放されて

自由な気分を味わっていたのですが、

また日本へ戻ってきて、

このダサい十二単を着ることになったのですわ。

あたくしは、もう着るのがイヤなのですけれど、

デンマンさんが、頼むから我慢して着て欲しいと

土下座して頼むので

仕方なく着ることにしたのでござ~♪~ますわ。



おほほほほ。。。

ところで、あたくしは次のサイトで

マスコットギャルをやっているのよ。

■ 『面白い新しい古代日本史』

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うふふふふ。。。

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箱根の思い出(PART 1)

2011-01-03 13:51:16 | 海・河のスポーツ・旅行・車
 

箱根の思い出(PART 1)








Subj:小百合さん、おはよう!

明けましておめでとう




From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date:Sun, Jan 2, 2011 12:24 pm
Pacific Standard Time
日本時間:1月3日(月)午前5時24分
 

バンクーバーの元旦は寒かったよ。
いつになく早めに、午前9時に目が覚めて、ラジオをかけたらCNNのニュースで気温マイナス1度と言っていた。
バンクーバーの元旦はたいてい快晴。
2011年の元旦も、きれいに晴れ渡って日本で言えば“日本晴れ”でした。
カナダだから“カナダ晴れ”。
でも、日本語では、やっぱりダサいよね。
Gorgeous New Year's Day!
この方がいいよね。

恒例のイングリッシュ・ベイのポーラーベア・スィム(寒中水泳)は今年も行われました。
1991年が第一回だから、今年で21回目です。
よく続いているものです!
お昼の受付時間で外気はプラス1度。海水の温度の方が暖かい。
たぶんプラス4度ぐらいだと思う。
70歳の老人も参加したと言うけれど、
僕は、もちろん止めましたよ。
心臓麻痺を起こしそうだから。。。
きゃはははは。。。

ところで箱根はどうだった?
芦ノ湖では寒中水泳をやりましたか?
神域(しんいき)だから多分、泳ぐ人はいないだろうね。

セピア通りのアンティークの店で楽しいものが見つかった?
小百合さんの楽しい話を待ってるね。



じゃあ、新年も軽井沢タリアセン夫人になりきってルンルン気分で楽しい日々を過ごしてね。
バ~♪~イ!

バンクーバー市立図書館より






箱根で楽しい店を見つけたと言ってましたね。 どんな店でした?



デンマンさんにとっては面白くない店かもしれませんわ。

小百合さんがどんな店を面白いと思うのか?それを知るのが楽しみなのですよ。

アンティークの店というか。。。陶磁器などをたくさん並べているお店の中にある喫茶店ですわ。

やっぱりね。。。アンティークと関係ある店だと思っていましたよう。

どうして。。。?

僕は栃木の山の家を見ていますからね。。。

私は、それほどアンティークにハマっているわけではありませんわ。

いや。。。小百合さんはアンティークにかなりこだわっていますよ。。。あのねぇ、海外で暮らしたことがある女性って、結構アンティークにハマっている人が多いですよう。 安子さんもそうでしたよう。

今、沖縄でベッド・アンド・ブレックファーストをやっているデンマンさんの古いお友達ですか?

そうです。。。かつて1800番代のロブソン・ストリートのマンションに住んでいたのだけれど、初めて居間に入った時にアンティークの家具に圧倒されましたよ。

圧倒されたって、どのように。。。?

僕のようにアンティークに無関心な者でも、目に入る家具が、どことなく格調高いというか。。。、品格があるというか。。。、買えば高いに違いないというか。。。言ってみれば、軽井沢タリアセンにある睡鳩荘(すいきゅうそう)のリビングルームに足を踏み入れた時のようでしたよ。

私の「山の家」も睡鳩荘のような印象をデンマンさんに与えたのですか?

今から思い返せば栃木の「山の家」は、小百合さんが睡鳩荘を真似して建てたのではないか?!。。。僕は、今、そう思っているほどですよう。

デンマンさんは、なんでもそうやって関連付けてしまうのですわ。

だってねぇ、そもそも小百合さんが、どうして箱根に興味があるのか? その事を考えるとアンティークと箱根と軽井沢が結びつくのですよう。

どのように。。。?

言ってみれば軽井沢も箱根も“日本のアンティーク”だからですよう。 つまり、軽井沢も箱根にも、どこかに“上流”あるいは“舶来”を感じさせる歴史があるのですよう。 それで、小百合さんは軽井沢にも箱根にも惹きつけられるのですよう。

デンマンさんの考えすぎですわ。

それで、小百合さんの見つけた面白い店って何という名前ですか?

「茶房つぐみ」というのですわ。

ほおォ~。。。なんとなく純日本風な喫茶店という感じですね。

アンティークの椅子やテーブルがレトロな雰囲気で、洒落たカップでコーヒーや紅茶が飲めるのですわ。 それに、どちらにもお菓子が添えられているのです。





なるほど。。。小百合さんが気に入りそうな店ですね。 今度、箱根へ小百合さんと一緒に行く機会があったら、ぜひ、のんびりとコーヒーでも飲みながらダベりたいですよう。



バラの一輪挿しはテーブルにおいてありませんけれど。。。うふふふふ。。。



いや。。。僕は別にバラの一輪挿しにこだわっているわけではないのですよう。うしししし。。。ところで、軽井沢の万平ホテルはジョンレノンのお気に入りのホテルだったけれど、ジョンレノンと小野ヨーコさんが富士屋ホテルにも泊まったことがあるのですよう。


富士屋ホテル



神奈川県箱根町の宮ノ下温泉にある、富士屋ホテル株式会社が経営する。
1878年(明治11年)創業の老舗ホテルである。
現在は国際興業グループに属している。

国道1号に面しており、年始の箱根駅伝中継では選手の位置関係を表現する際に使われることもある箱根のランドマーク的な存在。

現存する本館は唐破風を取り入れた和洋折衷の木造建築であり、明治の建築様式を現代に伝えている。創業者である山口仙之助は「外国人の金を取るをもって目的とす」という言葉を残し、「外国人を対象とした本格的なリゾートホテル」をめざしたという。

古くは宿泊客に外国人が占める割合が高く、外国人専用であった時期も長かったこともあり、日本文化を伝える展示や工夫がされている。別館にはジョン・レノンとオノ・ヨーコが滞留していたこともあり、ホテル内ツアーで宿泊した部屋を見学することができる。
また、ヘレン・ケラーやチャップリンも宿泊している。

沿革

1878年(明治11年)7月15日:山口仙之助が藤屋旅館を買収・改装し、神奈川県足柄下郡底倉村に開業。
1887年(明治20年):塔ノ沢から宮ノ下間に、富士屋ホテルが私費で建設した有料の人力車道が開通。
1891年(明治24年):本館が竣工。
1893年(明治26年):ホテル奈良屋との協定により、外国人専用ホテルとなる(1912年(大正元年)まで)。
1929年(昭和4年):佐分利貞男、富士屋ホテルの一室でピストル自殺。
1930年(昭和5年):3代目山口正造により「富士屋ホテルトレイニングスクール」立ち上げ。
1931年(昭和6年):タイ王国国王・王妃が滞在。
1932年(昭和7年):チャールズ・チャップリン、兄のシドニーとともに来館。
1936年(昭和11年):花御殿が竣工。
1937年(昭和12年):ヘレン・ケラーが、花御殿に宿泊。
1945年(昭和20年)
5月:ホテル内に外務省箱根事務所が設置される。
9月:進駐軍のレストホテルとして接収される。
1946年(昭和21年):高松宮家別邸(旧宮ノ下御用邸)の払い下げを受け、菊華荘とする。
1950年(昭和25年)12月8日:政府登録国際観光旅館となる。
1954年(昭和29年):一般自由営業を再開。
7月14日 - 外国通貨両替業務が許可される。
1965年(昭和40年)4月20日:昭和天皇が宿泊。
1966年(昭和41年):国際興業グループに株を譲渡し、小佐野賢治が会長に就任。山口一族による経営が終わる。
1997年(平成9年)12月12日:本館、一号館、二号館、アイリー、花御殿、食堂および菊華荘が、登録有形文化財となる。
2007年(平成19年)11月30日:本館、西洋館、食堂棟、花御殿、カスケードルームおよび厨房が、近代化産業遺産群「富士屋ホテルと箱根観光関連遺産」に認定される。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




あらっ。。。チャップリンとヘレンケラーも泊まったことがあるのですわね。



外国人専用ホテルになったり、やっぱり、富士屋ホテルはどことなく特別じゃありませんか。

ピストル自殺をした男性が居るのですわね。 いったい、どういう人なのですか?

ウィキペディアには次のように書いてあります。


佐分利貞男

1879年(明治12年)1月20日 - 1929年(昭和4年)11月29日
大正・昭和初期の外交官。広島県出身。妻は小村寿太郎の娘・文子。

佐分利家は備後福山藩士で佐分利流槍術を営む家柄であった。
貞男は、1879年(明治12年)1月20日、父好直、母八代の五男として出生した。
1905年(明治38年)7月、東京帝國大学仏法科を卒業、10月、外交官試験に合格した。
外交官補として清国、ロシア、フランス在勤などを経て、外務省参事官、大使館参事官、通商局長、条約局長等を歴任。

1929年(昭和4年)8月、浜口雄幸内閣の外相幣原喜重郎に乞われて、駐支那公使に就任。張作霖爆殺事件後に悪化した対支外交の打開を期待されていたが、一時帰国中の同年11月29日、箱根宮ノ下の富士屋ホテルにおいて変死体で発見され、自殺とされた。

佐分利公使怪死事件

1929年(昭和4年)11月29日の朝、佐分利は前日から宿泊していた常宿の箱根宮ノ下富士屋ホテルにおいて死体で発見された。死因はピストルで頭部を打ち抜いたことで、即死状態だった。

警察当局は、佐分利が右手にピストルを握っており、外部からの侵入者の形跡もないため、自殺と断定した。

佐分利は大変な愛妻家として知られていたが、1925年(大正14年)に妻を亡くしており子もおらず、亡妻を慕うあまりの後追い自殺であろうと推測された。
また、対支外交の将来を悲観しての自殺とも囁かれた。
しかし遺族からは自殺には疑問が呈されていた。

他殺疑惑

死体は右手にピストルを握っていたが、佐分利は左利きであった。
遺書もなかった。
また、佐分利は日頃から護身用に小型のピストルを所持していたが、使用された拳銃は銃身六インチもある出所不明の三十八口径大型コルト八連発拳銃であり、ホルスターも見つからなかった。

また、身綺麗な外交官に相応しくない寝間着姿での自殺は不自然であり、翌日の行動予定もあった。犯人は大陸浪人説、中国国民党工作員説などがあるが真相は不明である。

名誉毀損訴訟

佐分利は広田弘毅と帝大の同期であり、入省年次は一期先輩であった。
城山三郎の小説『落日燃ゆ』では広田のライバルとして描かれているが、佐分利の名誉を毀損する描写があったとして佐分利家側が城山を相手取り訴訟を起こし、死者に対する名誉毀損が不法行為として民法上の損害賠償の対象となりうるかどうかが注目された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 (すぐ下のページへ続く)

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箱根の思い出(PART 2)

2011-01-03 13:50:07 | 海・河のスポーツ・旅行・車

 
箱根の思い出(PART 2)



歴史にハマッているデンマンさんらしいですわね。デンマンさんも自殺ではないと見ているのですか?



もちろんですよう。 自殺にしては不自然すぎます。 だいたい、佐分利氏の立場なら富士屋ホテルなどで自殺しませんよう。

どうしてですか?

富士屋ホテルには外国人がたくさん泊まっている。 海外からやって来た特派員などもかなりいたはずです。 そんなところで自殺すれば、世界の耳目を必要以上に集めてしまう。

でも、自殺する人は、そのような事まで考えるでしょうか?

“飛ぶ鳥跡を濁さず”

僕が佐分利氏の立場で自殺するならば、富士山の麓(ふもと)の原生林で人知れず、口の中に銃口を入れて玉をぶっ放して自殺しますよ。

でも、どうして自殺じゃないとデンマンさんは思うのですか?

まずねぇ、佐分利氏は日頃から護身用に小型のピストルを所持していたのですよ。 つまり、殺されるかもしれないことを覚悟していた。

。。。で、いったい誰が佐分利氏を殺したのですか?

もちろん、80年以上も前の事件です。 犯人を挙(あ)げるなんてとても無理だけれど、どういう人物が殺害したかは比較的すぐに分かりました。

マジで。。。? いったい、どういう人物が佐分利氏を殺害したのですか?

たまたま夕べ、日本史の本を読んでいたのですよう。 昭和のところで次のようなことが書いてあった。


軍縮と軍人の反発

日露戦争後、軍人の人気が高かった時代に職業軍人への道を志した少年たちが、やがて将校として一人前になるころ、軍縮の時代がやってきた。兵力の削減がすすむにつれ、軍人は出世の道をせばめられ、失業の不安にさらされるようになった。世間の目はきびしくなり、軍人の社会的地位は低下した。とりわけ都会では、軍人が軍服姿で街のなかを歩くことが、はばかられるような雰囲気がひろがったという。ある師団長は先輩への手紙のなかで、結婚がきまっていた部下の将校で、軍縮がはじまったため婚約者の女性から破談を申しわたされた例もあるとして、軍縮により若い将校たちが動揺し、師団内の士気が低下していることをなげいている。こうした世間の風潮に対する軍部側の反発が、やがて政府の手で推進された協調外交や軍縮政策に不満をいだき、テロやクーデタでそれを打破しようとする急進派軍人たちをうみだす背景になったと考えられる。

中国情勢の変化

1920年代の後半になると、中国の情勢に大きな変動があった。すなわち、1924年に孫文が国共合作の方針を打ち出し、そのあとをついだ中国国民党の蒋介石が、広東を勢力基盤に1926年から全国統一をめざし、国民革命軍をひきいて北伐を開始した。翌1927年、その勢力は長江流域におよんだ。

そのころから日本では、軍部の急進派、野党の立憲政友会、国家主義団体、中国に利権を持つ実業家などのあいだから、憲政会の若槻礼次郎内閣(幣原外相)の対中国不干渉政策は、日本の中国における権益をまもれない“軟弱外交”であるとして非難する声が高まった。

ロンドン条約問題

外交の面では、浜口内閣の下で幣原外交が復活したが、中国側の反日民族運動がはげしくなり、対外危機はしだいにふかまった。 1930(昭和5)年イギリスの提唱によって、ロンドン海軍軍縮会議がひらかれると、浜口内閣は元首相・若槻礼次郎らを全権としておくり、ロンドン海軍軍縮条約に調印して、日・米・英3国間で海軍の補助艦保有量の制限をとりきめた。しかし、海軍の強硬派は強い不満を示し、内閣が海軍軍令部の反対をおしきって条約をむすんだのは、天皇大権の一つである統帥権の干犯であると攻撃した。国家主義団体や野党の立憲政友会もこれに同調し、同年、浜口首相は右翼の青年に狙撃され、これがもとで翌年に死亡した。こうして協調外交路線はゆきづまっていった。




280、288-289、293-294ページ
『もういちど読む山川日本史』
2009年12月15日 1版6刷発行
発行所: 山川出版社




ウィキペディアに書かれている事実と上の歴史の流れを見ると、どのような人物が佐分利氏を暗殺したかが分かるのですよ。



デンマンさんは推理小説にもハマッっているのですか?

いや。。。僕は推理小説はめったに読みません。半年ほど前にアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』を読んだけれど、最初の10ページも読まないうちに投げ出してしまいましたよう。

どうして。。。?

あの小説はテレビができる前に書かれたのです。最初の10ページまでに読者の興味を湧き起こすか。。。どうして。。。?というミステリアスな気持ちを起こさせない限り読者はテレビの方が面白いので本を投げ出してしまうのですよう。

でも、デンマンさんはテレビを持ってないでしょう?

だから、僕は『オリエント急行殺人事件』を読むのを止めてブログの記事を書き始めたのですよ。

つまり、佐分利氏が自殺したという事件を富士屋ホテルの「沿革」に見た時には、デンマンさんは『オリエント急行殺人事件』を読む以上の興味が湧き起こってきたのですか?

そうです。。。。実は、もう10年ほど前に、僕は男装の麗人・川島芳子のことでドキュドラマを書いたのですよう。






マジで。。。? 英語でですか?



そうです。うしししし。。。

ぜひ読みたいですわ。

あのねぇ、そのうち抜粋をアップロードしますよう。 そのとき、僕は大正から昭和にかけての歴史を川島女史をオツムに浮かべながら調べたことがあったのですよう。

じゃあ、以前からデンマンさんは佐分利氏の自殺には疑問を持っていたのですか?

そうなのですよ。。。ウィキペディアに書いてあるとおり自殺現場を検証すると不自然なことが多すぎるのです。

それで、デンマンさんは犯人を割り出そうと決めたのですか?

いや。。。もう80年以上が経過していますからね。 犯人を特定することは不可能ですよう。 でもねぇ、この記事を書き始めた時に『もういちど読む山川日本史』を読んでいた。 ちょうど昭和史を読み終えようとしていたのですよ。

つまり、いろいろと偶然が重なったわけですわね?

その通りですよう。 小百合さんが元旦に箱根へ行かなかったら、佐分利氏の謎の自殺は、僕のオツムには登場しなかったのですよ。『もういちど読む山川日本史』には佐分利氏の名前は出てこなかった。 小百合さんが富士屋ホテルに泊まったと聞いて、不意に佐分利氏の謎の自殺が記憶の底からよみがえったのですよ。

。。。で、どのような人物が佐分利氏を殺害したのですか?

急進派の軍人、スパイ、極右翼のファナティスト(fanatist)...そのような人物ですよ。 でもねぇ、もし、僕が佐分利氏の謎の自殺を基にして推理小説を書くならば、軍縮のために婚約が破談になってしまった将校を犯人にしますね。 読者の納得を促す充分な動機になりますからね。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
婚約が決まっていたのに軍縮の波が押し寄せてきたために破談になってしまった将校の恨みが佐分利・元中国公使を殺害に追い込んだというデンマンさんの筋書きは、あたくしには、なぜか切実な動機に感じられるのでござ~♪~ますわ。

あたくしも、その将校の気持ちが良く分かるのでござ~♪~ますう。
実を言えば、あたくしも、ほぼ婚約が決まっていたのですわ。
ところが、あたくしの教え子の一人がネットで次のお写真を見つけたのでござ~♪~ます。



この写真は、もちろん、デンマンさんがコラージュしてでっち上げたものですわ。
でも、この写真がキャンパスでばら撒かれて、数人の手を経て、あたくしの婚約者の手元に届いてしまったのでござ~♪~ますわ。
破談になった時、あたくしはムラムラとムカついて、デンマンさんを殺害しようと何度も出刃包丁を懐に隠して行動に移そうとしたのです。
でも、嗚呼。。。、京都とバンクーバーの間には、何千キロにも及ぶ太平洋が横たわっているのですわ。
出刃包丁を飛行機の中に持ち込むわけにもゆきません。
それで、あたくしは諦めてしまったのでござ~♪~ます。

現在は、デマなどに惑わされない、もっと素晴らしい殿方が現れるのを待っているのですわ。
おほほほほ。。。

とにかく、次回はもっと興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。



 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“飛ぶ鳥跡を濁さず”

あなたも聞いたことがあるでしょう?

よく耳にする諺ですよね。

さて、英語で何と言うのでしょうか?

いくつか言い方があります。

It is simply common courtesy

to clean up after yourself.


そうですよね。

あなたが公園などで散らかした後では、

帰る前にゴミを拾ってクズカゴに入れますよね。

次のような言い方もあります。

A bird does not foul the nest

it is about to leave.


日本語の諺に最も近いと思います。

次のような言い方もありますよ。

On leaving a place

one should see

that all is in good order.


そうですよね。

あなたが公園を後にするときには、

あなたが居た所にゴミなどが

散らかっていないかどうかよく確かめてから

帰宅するということですよね。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

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ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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地図だけを印刷?

2011-01-03 13:47:53 | 就職・転職・資格・スキル・技能
 
地図だけを印刷?



こんにちは。ベティーです。
お元気ですか?
正月スキーでも予定していますか?
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ところで、ホームページに載っているお店などの地図だけを印刷したいと思ったことがありませんか?
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こうなるとせっかく印刷したのに、はさみで切って
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何か良い方法は無いものでしょうか?
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これで、無駄なく地図だけを印刷する事ができますよ。

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じゃあね。



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おほほほほ。。。

卑弥子で

ござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

ええっ?

何でこの記事に

顔を出すのかって?

実は、あたくしも、

地図を印刷しようと

思っているので

ござ~♪~ますのよう。

ええっ?どこへ行くのかって?

ハワイに行こうと思っているのですわ。

レースクイーンになったつもりで

ワイキキビーチを歩いてみたいと

思うのでござ~♪~ますわよ。

うしししし。。。

ダサい十二単に開放されて、

ルンルン気分ですわア。

あなたも安い航空券を手に入れたければ

次のリンクをクリックして探してみてね。

■ 『あなたもお得な旅をして幸せで

豊かな気分になってくださいね。』


いい気分だから、あなたのために

フラダンスを踊ってあげますわね。



ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

あらさっとォ~。。。

るるルンル~♪~ン

ららランラ~♪~ン

あらよっとォ~


うしししし。。。

でも、あまりバカやると

デンマンさんに叱られてしまうので、

これぐらいにしますわア。うふふふふ。。。

ところでね、あたしが顔を出す

次のサイトもぜひ見てね。

■ 『面白い新しい古代日本史』

あたくしは、このサイトで

マスコットギャルを勤めているので

ござ~♪~ますのよ。うしししし。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあ、バ~♪~イ。





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