【聖マタイの霊感】カラヴァッジョ
マタイについては以前にも一度触れてるんですけど、そこからさらに、もう少し。。。
わたしの持っている新改訳聖書の緒論のところには、
(一)マタイの召命の記事において、他の福音書ではレビという名前で語られているのに対し(マルコの福音書、第2章14節、ルカの福音書、第5章27節)、この書(マタイの福音書)ではマタイという名が用いられている。彼は、イエスの召命を受けたことにより、レビというユダヤ人にありふれた名から、マタイ(「神の賜物」の意)という名に意識的に変えたのではないかと思われる。
(二)彼は取税人であったので、母国語のアラム語だけでなく、ガリラヤ地方で語られていたギリシヤ語も知っており、また職業上、いろいろなことを記録することにも慣れていたので、この福音書を書く資格は十分にあったと思われる。
とあります。ここにまた、「遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子」より抜粋させていただくと……。
>>いつの時代でもどこの国でも取税人は嫌われがちだが、当時のパレスチナでの取税人の憎まれ方はちょっとすごい。ユダヤ教を信じる人々にとって、税金は神にこそ納めるべきものなのに、彼らの国はローマに支配されていたから、その税金も当然ローマ皇帝の懐に入る。ならばローマの手先じゃないか。
しかもそのやり口がきたない。マタイが請け負っていたのは、あらゆる品物や場所にかけられる関税だったが、取税人たちはいつでも道行く人の荷物を開けさせ、自分の好きな額を課すことができた。たとえば、道を歩いている人を呼び止め、目の玉が飛び出るような額を要求し、払えなければ取税人の金を高利子で貸し付けるといった具合。同胞を裏切り、ローマが持つ絶大なる権力に便乗、不正に取り立てては私腹をこやす。これが取税人だった。彼らは、人殺しや盗賊といった犯罪者、律法やぶりの娼婦らと同類の“人間のくず”だった。“けがれた者”とみなされ、ユダヤ教の会堂にも入れてもらえなかった。
【中略】
こうして“人間のくず”からイエスの弟子へと大出世したマタイだったが、イエスが生きていた間はとくに目立つ弟子ではなかった。しかし彼をえらんだイエスの目に狂いはなかった。マタイは黙々と“なすべきこと”をなしていた。師の言葉や行動を注意深く見守り、記録にとどめ、それが後に「マタイによる福音書」というかたちをとるのである。すべてを放り出してイエスに従ったとき、ペンだけはもっていったのだろう。取税人は卑しい職業ではあったけれども、彼はペンで記録する習慣を身につけていたのだった。
絵画の中でマタイはよく、背後で天使に囁きかけられていたり、その手にペンや本を持っていたりしますが、もしかしたらイエスさまはマタイ(レビ)がのちに福音書を書くことになると、最初から見抜いていたのかもしれませんね。
前に書いたこととも重複しますが、マタイは同胞から裏切り者扱いされる取税人という職業が、本当は嫌になっていたのではないでしょうか。まるでその気持ちを見抜いたようにイエスさまから呼び出しを受け――きっととても嬉しかったことと思います。
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
(コリント人への手紙第二、第5章17節)
新しく造られた者として、レビはこれからはマタイ――神の賜物という名前で呼ばれることになったわけですよね。これはイエスさまが彼のことをそう呼ばれるようになったのか、自分自身でそう呼ばれたいと望んだのかどうかわからないのですが、やっぱり大切なのは後世の人々にとって彼はマタイとして知られているっていうことかもしれません。
どんなにこの世的な穢れの中に否応なく巻き込まれていたとしても、イエスさまが呼ばれた時にマタイがすぐに応えられるものを心の内に秘めていたということ……それは二千年以上昔も今も、<それ>があるかどうか、あるいはあっても神さまが呼んだ時にすぐ応えられるかどうかということなのかもしれません。
では次回は十二弟子の六人目、聖トマスの紹介となりますm(_ _)m
それではまた~!!
マタイについては以前にも一度触れてるんですけど、そこからさらに、もう少し。。。
わたしの持っている新改訳聖書の緒論のところには、
(一)マタイの召命の記事において、他の福音書ではレビという名前で語られているのに対し(マルコの福音書、第2章14節、ルカの福音書、第5章27節)、この書(マタイの福音書)ではマタイという名が用いられている。彼は、イエスの召命を受けたことにより、レビというユダヤ人にありふれた名から、マタイ(「神の賜物」の意)という名に意識的に変えたのではないかと思われる。
(二)彼は取税人であったので、母国語のアラム語だけでなく、ガリラヤ地方で語られていたギリシヤ語も知っており、また職業上、いろいろなことを記録することにも慣れていたので、この福音書を書く資格は十分にあったと思われる。
とあります。ここにまた、「遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子」より抜粋させていただくと……。
>>いつの時代でもどこの国でも取税人は嫌われがちだが、当時のパレスチナでの取税人の憎まれ方はちょっとすごい。ユダヤ教を信じる人々にとって、税金は神にこそ納めるべきものなのに、彼らの国はローマに支配されていたから、その税金も当然ローマ皇帝の懐に入る。ならばローマの手先じゃないか。
しかもそのやり口がきたない。マタイが請け負っていたのは、あらゆる品物や場所にかけられる関税だったが、取税人たちはいつでも道行く人の荷物を開けさせ、自分の好きな額を課すことができた。たとえば、道を歩いている人を呼び止め、目の玉が飛び出るような額を要求し、払えなければ取税人の金を高利子で貸し付けるといった具合。同胞を裏切り、ローマが持つ絶大なる権力に便乗、不正に取り立てては私腹をこやす。これが取税人だった。彼らは、人殺しや盗賊といった犯罪者、律法やぶりの娼婦らと同類の“人間のくず”だった。“けがれた者”とみなされ、ユダヤ教の会堂にも入れてもらえなかった。
【中略】
こうして“人間のくず”からイエスの弟子へと大出世したマタイだったが、イエスが生きていた間はとくに目立つ弟子ではなかった。しかし彼をえらんだイエスの目に狂いはなかった。マタイは黙々と“なすべきこと”をなしていた。師の言葉や行動を注意深く見守り、記録にとどめ、それが後に「マタイによる福音書」というかたちをとるのである。すべてを放り出してイエスに従ったとき、ペンだけはもっていったのだろう。取税人は卑しい職業ではあったけれども、彼はペンで記録する習慣を身につけていたのだった。
絵画の中でマタイはよく、背後で天使に囁きかけられていたり、その手にペンや本を持っていたりしますが、もしかしたらイエスさまはマタイ(レビ)がのちに福音書を書くことになると、最初から見抜いていたのかもしれませんね。
前に書いたこととも重複しますが、マタイは同胞から裏切り者扱いされる取税人という職業が、本当は嫌になっていたのではないでしょうか。まるでその気持ちを見抜いたようにイエスさまから呼び出しを受け――きっととても嬉しかったことと思います。
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
(コリント人への手紙第二、第5章17節)
新しく造られた者として、レビはこれからはマタイ――神の賜物という名前で呼ばれることになったわけですよね。これはイエスさまが彼のことをそう呼ばれるようになったのか、自分自身でそう呼ばれたいと望んだのかどうかわからないのですが、やっぱり大切なのは後世の人々にとって彼はマタイとして知られているっていうことかもしれません。
どんなにこの世的な穢れの中に否応なく巻き込まれていたとしても、イエスさまが呼ばれた時にマタイがすぐに応えられるものを心の内に秘めていたということ……それは二千年以上昔も今も、<それ>があるかどうか、あるいはあっても神さまが呼んだ時にすぐ応えられるかどうかということなのかもしれません。
では次回は十二弟子の六人目、聖トマスの紹介となりますm(_ _)m
それではまた~!!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます