(まだまだしぶとい) チラシの裏日記

鉄道写真中心に、撮影行記やその思い出話、音楽鑑賞記などを

昭和39年10月改正の客車急行

2020年03月22日 | ネットあれこれ
 
午後の下り
急行「鳥海」が大沢、「第1ざおう」が峠に
それぞれ停車する点に注意。


午前の上り。
「第2ざおう」が庭坂に停車している。

 ・・・この他上り「鳥海」が笹木野に停車している。
 幹線や亜幹線を走る客車「急行列車」。単線区間も多かった昔は普段は停まらないような駅にも、列車同士の行き違いの都合で停車せざるを得なかった訳だが、ドアが手動の旧型客車では車掌1人で全部鍵をかけていくのも無理があったのだろう、停車したついでに客扱いもやってたと思われる。
 こうした例は東北本線の好摩以北や常磐線、信越『山線』にもあって、下り「十和田」が北高岩と向山、同「北斗」が目時、同季節運転「第2十和田」が奥中山、日立木、下り「白山」が牟礼、上下「白山」が二本木にそれぞれ停車している。
 しかし奥中山か・・・あそこはつい10何年前まで下りナナゴ重連貨物列車が(1本だけ)、引き上げ線にスイッチバックして中線に停車していた所。もしも同じようにやってなら面白いと想像したりして。
 また二本木の上下・・・他の急行と準急は全て気動車(自動ドア)で、みんな通過してるしおかしいと思ったら、両方とも上野発着の特急「白鳥」の通過が絡んでいた。俺なんかは雪ウサギのマークのあの会社(工場がそばにある)の都合もあったんじゃないか?という穿った見方をしていた。
 後に客車急行列車は、特急格上げ、気動車化または客車の自動ドア化、複線化で、こういった普段停まらない駅で停車して客扱いすることがなくなる訳だが、この昭和39年改正前のダイヤでも全国的にそういう事例があったんじゃないかという気がする。何せ上下「白鳥」が止まる!ってお祭り騒ぎしたら、実際にはどっちも交換するだけの「運転停車」だった、って事例があった位だ。停車=客扱い、って思ってた人々はうんといた。
 本当のところは正直分からないが、古い時刻表を読みながらこういうぁゃιぃのを見つけては想像するのって結構楽しいのでハマってたりする今日この頃だ。

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