小学年生の女児が、虐待死した。悪いのは父親だ。とにかく悪いのは父親だ。しかし、テレビのワイドショーはい一斉に、行政の責任を追及している。教育委員会となかんずく児童相談所への非難が集中している。確かに恐怖感を抱かせるモンスターはいる。筆者も職業柄あらゆるモンスターと関わって来た。筆者の元々の職業は証券マンである。個人投資家の投資アドバイスする「株屋」だ。損した客がおとなしくしているばかりではない。中には暴力を振るわんばかりの勢いで脅すやからも多い。暴力団関係者や在日韓国人系列を脅しの材料にするような無茶な客も多い。そのような恐怖感をもって出入りの業者だけではなく、行政などの担当者を意のままに使って来たのであろう。そんなモンスターはいる。悲しいかな他人は、警察に行けば良いのにとか、複数で対応すれば良かったのにとか、簡単に言うが、彼らが与える恐怖感はそのような常識的な判断が出来ない状況に追い込む、その様なテクニックを持っているのだ。
ここで、行政の批判をする前に我々が出来る事を考えたい。自助努力で何とかならないか?近所の付き合いの中で解決できないか。モンスターペアレンツに関わりたくはないが、子供たちを見守る事は出来る。通学時に声をかける外で遊んでいる様子を互いに注意して見る。そもそも外に出て来ない子供がいるのならばその事も重要な情報だ。町内会長や民生委員の機能を実体的に見直し出来ないか。昔いたうるさい近所のおやじはどこへ行ったのだろう。基本的に犯罪の少ない日本なので、交番所の機能も見直しできないか。学校の家庭訪問時のヒヤリングにも専門家の意見を取り入れて危険な兆候を早くキャッチできるようにしたい。
災害時にも、すぐ行政の対応に批判が出るが、そもそも災害時に向けての自助努力をないがしろにしていないか?食料備蓄や緊急持ち出しグッズの整備など、自らの努力を万全に行った上に行政への批判をするなら分かるが、エゴ丸出しの政府批判には怒りを禁じえない。
ただし、国の宝である「子供」の命を守る為、親権への制限もやむない時代に来ているように思う。連れ子であってもわが子への暴力は、一般傷害事件ではなく一方的に子から引き離す強い法整備が必要かと思う。「ひとたび子に手を挙げたらわが子から引き離される。」のである。