会報から一部を紹介
こんな記事みつけました 不登校だった17歳少女が伝えたいこと
●インターネットの「AERAdot.」というところで、とても興味深い記事を見つけました。
小学3年生から不登校になり、いまは「“学校”をつくりたい」という夢のために動き始めた、通信制高校に通う17歳の成毛侑瑠樺(なるげうるか)という方へのインタビュー記事です。
彼女は、熊本市内の中学校で、教職員向けの研修プログラムで教壇に立っているそうです。
どんな学校を求めているのか。何を教師たち、大人たちに伝えたいのか。全国不登校新聞の
編集長・石井志昂さんがインタビューされています。下記に記事を書き写しました。
Ì
uまずは成毛さんが不登校になった理由から聞かせてください。
すごくふつうの不登校だったと思います。
私の記憶では不登校の始まりは小学校3年生です。学校へ行きたくない私は、毎朝のように泣いてわめいて親に引きずられて……という日をくり返していました。それ自体は多くの不登校家庭と同じだと思いますが、少し変わっているのは、私がわが家で3人目の不登校だったということです。
ひとりは4歳年上の兄ですし、もうひとりは母です。
uえ? お母さんも不登校だったんですか。
母は学生時代、不登校だったそうなんです。不登校だったからこそ、子どもたちには「学校で楽しい思いをさせてあげたかった」と思っていたそうです。
その後は私も含め家族5人、みんな不登校になりました。母も最近では「不登校はうちの文化」だとまわりに話しているそうです。母は学校へ行く、行かないを問題にするのではなく「自分自身がどうするかが一番大事だよ」というスタンスで私たちと向き合ってくれていると感じています。
uなるほど。そんな成毛さんは「学校をつくること」が夢だそうですね。
はい。正確に言えば「公教育の場を整備したい」というのが私の夢です。私立学校をつくりたいとか、フリースクールをつくりたいということではなく、公教育全体を変えたいというのが私の夢です。
というのも出会ってきた先生たちのなかには「どう学校へ行かせるか」ばかりを考えていて「不登校した人の気持ちを見れていないのでは」と感じる人もいました。
背景には先生の勤務状況が過重労働であるとか、公教育全体が閉ざされているなどの指摘も聞いています。
でも、もっと学校という場はよくなるし、よりよいかたちを考えられるのではないかと思っています。
u “公教育の場を整備したい”という夢を持つ直接のきっかけはなんだったのでしょうか?
中学校で別室登校をしていたことと修学旅行がきっかけでした。
以下省略