会報より
お便りコーナー
多様な学び実践研究フォーラムin九州 2019.3.16 ふくふくプラザにて
シンポジウム「普通教育機会確保法」見直しまで1年~今必要な視点~に参加して
違いを認め合える余裕を持ちたい 石井嘉寿絵
私は、辛い思いをしている子どもが減らない中でどうしていけばいいのかと考えさせられていたのですが、このフォーラムの資料に記された齋藤眞人大会委員長の挨拶の言葉を読んですっきりしました。私の中であれこれ考えていたことを見事に簡潔に表現されています。
先ずは読んでみて下さい。 (一部省略)
●私がこのフォーラムに期待することはただ一つです。それは、多様な学びの手段を共有する次元を超え、子ども達、ひいては全ての人たちの多様性を無条件に認め合える「寛容の精神が醸成される社会」の実現に向けた、社会側の価値観の変革を呼び起こすことです。今日で何かが劇的に変化することはなくても、ここから何かが始まる小さなきっかけとなって頂ければ、これに勝る喜びはありません。 以上
“「寛容の精神が醸成される社会」の実現”が子どもたちの笑顔に繋がるのです。
私はこのシンポジウムに参加し、確保法が出来るまでの経緯や、法律の説明、語られる人の立場や意識などを聞いていて、私なりに分かったことがあります。この法律は不登校の子どもたちをどうにかしたいと思う人たちが、既存の学校に行けなくても生きていけるようにと考え出したものだということです。(間違っていたらごめんなさい)
だから私は違和感を抱いていたのです。意地悪な言い方をすれば、不登校がなくなれば問題解決と思っている人たちが取り組んだ法律なのではないか。でも私は「全ての子ども達のため」になるように、学びの場を変えていく必要があると思っています。だって、不登校の子どもも登校していたし、今登校している子も同じ環境の中で勉強しているわけですから。
ある方が「机の上だけで考えているようだ」とおっしゃっていました。私もパネリストのお話が難しいからなのか、聞いていて辛かったです。でも、齋藤先生の発言を聴いて、癒され、どうにか元気になれました。
齋藤先生の発言内容をまとめたような文章が資料にありましたので、書き写します。
●本法は、簡単に言うと「学校以外の教育機会を確保する施策を国と自治体の責務とし、必要な財政支援に努めるよう求めている」内容と言えます。が、そもそもこれを法整備しなければならない社会の現状こそが問題だと気付いて頂くことが重要だと考えます。これらを「配慮」と言うならば、とっくに、当然のように、全ての子ども達が安心できる配慮がなされてあるべきではないでしょうか。無責任な言い方かもしれませんが、法の内容よりも、社会のありようそのものが問われていると考えています。
以上
皆さんはどう思われるでしょう。社会のありようを変えていく意識を「子どもが動き出さない」と頭を抱えている親に持ってもらおうとするのは、酷な話かもしれません。でも、少し我が子以外にも目を向けることが、その子が元気になるための確かな道に繋がっているんじゃないでしょうか。
いずれにしても、大らかな世の中を創って、違いを認め合える余裕を持ちたいと思いました。