このブログにはアクセス解析がついている。訪問者数がブログ開設当初の数字になった。それで、訪問して下る方々に報告をして、厚くお礼を申したい。いつものお訪ねを有難うございます。3月になってから、二つの記事をこちらでは停止をして日常のニュース記録などを移設している。いまそちらのアクセス記録を見ると、日により、数字は上下を繰り返しているが、ニューストピックに応じて閲覧がある。これと相対するようにこのブログの数字が変化したのは、ごく普通に推移してきたためであると思っている。コンスタントにどれくらいのことかと思うなか、日に一つの更新と、いくつかの記事のトピックを立てることの違いである。アクセス記録とブログ名を紹介しておこう。 . . . 本文を読む
日本語の変化をとらえることは時間的な変遷と空間的な遷延を見ることになる。また変化という語を変遷とし、遷延とするのは変化という語に意味を求めるからである。遷延は延び延びになるという意味を表すとするので、伝播を使うとよいが、でんぱ、伝播は、diffusionとして、文化人類学の用語でもあるので、次のようである。その説明には、二つの文化が直接あるいは間接に接触した場合、一方の文化から他方の文化へ、文化要素の移行・受容が行われる現象をさす、とする。世界大百科事典 第2版の解説より。ただ、この用語は文化要素を規定し、地域と地域だけでなく小同一文化内で起こる発明に当てはめられる。すると、空間的な言葉の広がりには、遷移という用語も考えられそうであるが、これも植物についていうと、植物群落が時間とともに一定の方向性をもって変化していくこととなり、サクセッションsuccession、生態遷移などともいう、との説明がある。デジタル大辞泉より。言語を遷移するというのに当てはめるとどうだろう。 . . . 本文を読む
日本語の変化は、古典語と現代語のそれぞれ、音韻、文法、語彙と変化してきているので、それを具体的にどうとらえるかである。国語の歴史にその一つ一つが明らかにされて、日本語の学習対象項目ともなる。それには、たとえば、唇音退化の現象を挙げれば、ハ行転呼音と言われる音変化がある。また動詞の活用を種類に分けると古代には9種類を分けたものを、現代語では5種類に分けることなどである。語彙にはカタカナの語が増えている。日本語の変化を大きく見て古代と近代に分けるなら、その文体に見ると分かりやすいことがある。よく日本憲法は、明治にはじめてカタカナで書かれていたものを、昭和には平仮名で書くようになったと、たとえてみる。そこに大きく現代語として用いるなかでの変化を示すものがある。法律の文章である。大日本帝国憲法と日本国憲法、さらに基本六法と言われる条文には、まだまだ言い回しに変化をしてきた、これからするだろうと感じさせるものがある。 . . . 本文を読む
日本語が変化した、日本語が変化する、日本語の変化はその現象をとらえた表現である。言語の変化は史的変化を意味している。それは自然言語として、誤用や流行などにより長い時間をかけ、たくさんの人間の利用により、意図せざる形で変化していくと、説明される。それはプログラミング言語に対するものとして、より複雑な言語をあらわにするのであって、言語の変化にかぎらず、一般に自然言語の規則は奥が深く、驚くほどの合理性に裏打ちされていることがあると言及される。ウイキペディア、プログラミング言語、自然言語との違いより。人工言語に対する自然言語は、機械に命令する言語とは大きく異なっている。さて、変化した、というのは、その言語を見て、A言語がB言語になることではない、A言語がA'言語になることであるのか、A言語はそのままにB言語やCの言語に影響されることであるのか、あるいはまた、A言語がB言語やC言語などをとりいれていくことであるのか。このように考えていくと、日本語はA言語のままにB言語とC言語を取り入れる現象がみてとれる。 . . . 本文を読む
日本語の乱れを日本語の変化と見ることがある。そも日本語が乱れるとは何か。検索をしてみると規範の用法に対して、食い違いが起こる現象として説明している。日本語変化、日本語の揺らぎとも言う、とある。ブログのコラムに、ら抜き言葉、から始まり、 若者言葉、ギャル語、バイト敬語などをあげて、その例を示す。それは、創られた日本語とする見方であるらしい。ら抜き、ということが言われだして久しいが、その現象からすれば、若者言葉の流行を見て日本語の新たな、つくられた語という印象があるのだろう。日本語の乱れは耳慣れない言い方が出て来て、それが使われるたびに、人々に与える、ことばの捉えがたさにあるのかもしれない。その乱れを現象として見ていくと、とりまとめて、硬軟さまざま言及がある。規範用法からの逸脱であれば、それをわたしはつかわない言い方である、とするだろうし、調査でそのような回答をする人の割合が高くなる。変わった言い方だから、何をどういっているのだろうかとすれば、そこには言語的な類型を求めようとする。 . . . 本文を読む
日本語の変化で活用変化という現象がある。語形変化を動詞に見る。変化というとそれをさすとすると、活用のほかには音便変化、そして発音変化の現象がある。いずれも音変化が文法に及ぶ。日本語の活用変化は、ほかの言語の屈折変化と対照する。日本語には分析によっては屈折現象と認めることがあるが、国語の分析では屈折変化としない。膠着語の故であるが、その変化を入れると、実は日本語の変化現象は丁寧語への変化、敬語の変化など、さまざま、現象があることになる。その変化を代表的にみると、用言の変化がわかりよい。用言には品詞で分ける動詞、形容詞があげられるが、その形容詞の変化は日本語特徴の一つである。形容詞に加えた国語の形容動詞は述語動詞にかわる。そう見ると形容詞の活用変化は述語の位置に立つ言語のあらわれである。たとえば、難しい、というのを、難しかろう、と言えば、それは述語動詞であるととらえてもよいのである。動詞の変化になぞらえて活用を分析するのは、日本語用言の自立性を明らかにする。体言と用言で成り立つ日本語を、主語と述語と捉えなおしたのは、これもまた、日本語の変化である。 . . . 本文を読む
言語は変化するか。日本語の変化とは何か。こう考えると言語は変化するものではない、となるだろうし、その変化を見るのは長い時間経過をたどることにもなる。言語そのものであるよりは言語の使い手が意識するかどうか。かわった用い方をして表現に変化を見せる。しかし、これは文学の言い回しにはよく表れることである。古き皮衣に継ぎ足す美酒の類いである。それも変化をすぐにも見せるものではない。ただ日本語の変化には一つの見方を与えることができる。常々言うところの日本語は言語を学び続けてきた、まず漢語を学び、そして英語を取り入れたという、歴史的経緯に重要な、おおきな変化である。漢文を訓読して文法をたしかにし、そこに漢字語彙を借用してきたが、それをまた英語の概念を文法理論に、カタカナの語彙に取り入れて、日本語は変化してきている。その歴史は、かたや千数百年、かたや百数十年、その時間は実質的な長さのことにはならない。漢文法の言語知識があって、そこに英文法の言語知識がいれかわっているかのような、日本語の見方、捉えかたである。そうそう、たやすく日本語の根幹が変わるものではないと言いながら、現実は果たしてどうであろう。 . . . 本文を読む
平和の俳句、中日新聞の連載である。俳句に季語があり、切れ字があるなど、俳句そのものの約束事は、>俳句とは、五・七・五の十七音から成る日本語の定型詩である。世界最短の定型詩とされる。十七文字(じゅうしちもじ)、十七音(じゅうしちおん)、十七語(じゅうしちご)とも呼ばれる。 という解説があるだけであるが、それはまた、>近代文芸として個人の創作性を重視して俳句を成立させたのが明治時代の正岡子規であった。子規は江戸末期の俳諧を月並俳諧と批判して近代化した文芸たらしめるための文学運動を行い、発句が俳句として自立した。俳句の自立後の視点から、芭蕉などの詠んだ俳諧の発句をさかのぼって、俳句と同一視するようになった。 と、ウイキペディアにある。俳句というときには、近世の文芸の俳諧連歌との連続性を考えないようになって、それぞれのとらえ方もある。その議論は俳句の本質を捉えようとしている。俳句の本質によれば、平和の俳句は、平和がある。 . . . 本文を読む
日本語の音韻について変化を説明する名著がある。いま国語音韻変化の概観を引用する。この書はインターネット上に青空文庫として公開している。橋本進吉 国語音韻の変遷 - 青空文庫
www.aozora.gr.jp/cards/000061/files/377_46838.html
底本:「古代国語の音韻に就いて 他二篇」岩波文庫、岩波書店
1980(昭和55)年6月16日第1刷発行
1985(昭和60)年8月20日第8刷発行
底本の親本:「国語音韻の研究(橋本進吉博士著作集4)」岩波書店
1950(昭和25)年
橋本進吉については、リタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説には、
はしもとしんきち
[生]1882.12.24. 敦賀
[没]1945.1.30. 東京
国語学者。 1906年東京帝国大学言語学科卒業。 09年から 18年間同大学国語研究室の助手をつとめ,27年助教授,29年教授。 34年文学博士。 43年定年退官。国語学会初代会長。厳密な学風で知られ,精緻な文献批判に基づく国語学を築き上げた。
. . . 本文を読む
全国で最多である。外国人児童に日本語の指導が必要という数は、愛知県が5,878人で一番多い。そのための担当教員を増やすという、議会での質疑応答である。日本語教育適応学級担当教員として、415人に、2015年度からは、53人増やした。外国語に通訳する語学相談員も、スペイン語の相談員を現在の2人から5人に、タガログ語の相談員を新たに2人確保したと伝える。また、あいち外国人の日本語教育推進会議を設置する。愛知県内の外国人児童生徒の母語で多いのは、12年度はポルトガル語が3,088人、タガログ語が1,041人、スペイン語が767人である。なかでも、名古屋市、豊田市、知立市では在籍児童の半数以上が外国人の小学校もあるそうだ。なお、日本語教育適応学級担当教員は、日本語の授業についていくのが難しい外国人の児童生徒を週に2~3時間、正規の授業時間中に別の教室に集め、分かりやすい授業を行うという。平成12年度配当位方針は、中学校で、>日本語教育適応学級担当教員の配置 (1) 日本語教育が必要な生徒が10人以上在籍する学校に原則として1人配置する。ただし、帰国子女関係の加配校は調整する。 (2) (1)で対象となった生徒数を除き、対象者が市町村単位で11人以上在籍する場合、対象者の数に応じ当該市町村の中学校に予算の範囲内で配置する。 . . . 本文を読む