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水戸の大明神

2024-06-29 22:11:13 | 水戸

 明神は、神威が明らかな神といった意味のようで、神仏混淆の考え方で、仏教の側から神を指す尊称だったそうです。一方、延喜式(平安中期に編纂された律令の施行細則)で定められた名神という社格があって、それが明神と混用されていったこともあるそうです。また、祀られている神の名前でなく、神社名に明神をつけて神号として使用する習慣が平安時代からあったそうです。
 大明神という神社の名称は、大権現とともに、神仏混淆が一般的だった江戸時代は、そうとう多数の神社で使われていたのでしょう。今見られる神額にその名残があるということなのでしょう。今まで、水戸の神額でご紹介したものにも、折居神社、香取八幡神社赤尾関・春日神社藤内神社田谷・春日神社笠原神社、高房神社と7社あります。明治以降は神仏分離が行われ、仏教臭のある名称はなくなり、単に何々神社という名称になったようです。

 

鹿島神社(河和田町(かわわだちょう)1641)
 こうした明神とある神額の多くは、拝殿内部や本殿にあり、あまり見ることはないようです。言い慣れていた名称を使いたいという氏子の思いがあったのでしょう。いかにも名残りという感じです。

 

吉田神社(河和田町2895)
 宮内町の吉田神社もかつては、明神を名乗っていたのでしょうか。

 

鹿島神社(鯉渕町2924)
 こった彫刻がほどこされた本殿にある神額ですが、あまりよく見えませんでした。

 

鹿島香取神社(下大野町258)
 ここは、今も拝殿入り口上方に写真の神額がかかっています。「お明神様」といわれているそうです。

 

手継大明神(てつぎだいみょうじん 市杵姫(いちきひめ)神社 本町1-6-17)
 市杵姫神社にある境内社です。これも社殿の正面に掲げてある神額です。

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