秋葉神社(赤塚36°23'02.0"N 140°24'48.0"Eあたり)
石柱に秋葉神社のやしろをはめ込んでいるようです。石柱が神社というのは大変珍しいのではないでしょうか。
県営双葉台東アパート(双葉台36°23'34.6"N 140°24'20.8"Eあたり)
昭和62年から平成1年にかけて建てられたアパートのようですが、この頃は、団地などにこうした石彫がよく建てられたようです。
信願寺(緑町1-2-1)
昭和29年に建てられた門柱のようで、小森邦夫の制作だそうです。
祇園寺(八幡町11-69)
神社入口に建てられた石柱です。「開基徳川光圀公 曹洞宗寿昌山 旧寿昌派総本山」とあります。開山の心越(元禄9年(1696)死去)がもたらした曹洞宗寿昌派は、その死後に幕府の認可を得たようです。たぶんそれによって天徳2年(1712)に、それまで天徳寺だったこの寺は寿昌派本山の祇園寺となり、天徳寺は河和田へ移ったようです。現在の祇園寺は、明治以後に道元系の曹洞宗になっているそうですが、寿昌山祇園寺としているようです。
旧水海道小学校(茨城県立歴史館 緑町2-1-15)
学校入口の石柱です。この学校は羽田甚蔵の設計で明治14年に竣工した、明治10年代に建設された明治洋風建築では県下唯一の遺構だそうです。改築されていたのを、元の設計図に基づいて現在地へ移転復元したそうです。この石柱はあまり古くなさそうです。
天徳寺(河和田町914-1)
彫られているのは、生飯偈(さばげ)といって、寺での食事の一部を餓鬼や鬼神にほどこすために唱える言葉だそうです。斉昭の食事毎に農人形の笠に供える一箸の飯が連想されます。
水戸の石柱(2)