ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸であまり知られていないこと

2019-07-31 20:42:10 | 水戸

心越
 徳川光圀によって水戸に招かれた明の僧・東皐心越(とうこうしんえつ)は、高僧であっただけでなく、いろいろな才能をもっていて、篆刻(てんこく)、七弦琴、書、詩にもすぐれていたそうです。特に篆刻では少し前に同じように明から日本に来た独立(どくりゅう)とともに日本における篆刻の始祖といわれているそうです。また七弦琴でも日本の琴楽の中興の祖といわれているそうです。写真は祇園寺にある心越の墓です。

 

宮田則兼(のりかね)
 大井神社の脇にある廃寺になった飯富・龍光院の墓地に、宮田助九郎則兼の墓があります。この宮田則兼は、幕府講武所へ水戸藩の推薦で行き、その師範となったそうで、その門弟に千葉周作がいたそうです。講武所退任後は飯富に戻って道場を開いて後進を指導したそうです。千葉周作の江戸での道場・玄武館が攘夷論だったり、徳川斉昭が水戸藩に千葉を剣術師範として招いたりしたこととは、宮田と関係しているのかもしれません。写真は宮田則兼の墓です。

 

桂小五郎
 文久3年(1863)に毛利家から斉昭の墓参り(三回忌に朝廷より権大納言の位を授かったことの祝詞をあげにきたそうです)の使者として、桂小五郎が水戸へ来たそうです。本一町目の会所に2日間とまり、常陸太田市にある水戸徳川家の墓所である瑞龍山に行ったそうです。全員で5~6人の少人数だったようです。このときに、藤田小四郎に天狗党挙兵の軍資金が渡されたともいわれているようです。写真は水戸コンベンション協会発行の水戸の城下町マップの会所あたりです。少し文字などを加えています。

 

鮭の養殖
 明治10年に農商務省の技師の指導で、青柳の菊池家が那珂川で日本最初の本格的な鮭の人工ふ化放流事業に成功したそうです。その成果は高く評価されて、現在では全国的に広がっているそうです。この菊池家は、光圀時代以来、那珂川の鮭漁の漁業権が与えられていた家だそうです。写真は水府橋から見た、青柳方面です。

 

出羽海
 第19代横綱になった常陸山は有名ですが、その常陸山が明治24年に身を置いたのは出羽海部屋だそうです。親方は4代目出羽海運衛門で、水戸の肴町(今の本町2あたり)出身の本名五十嵐虎吉という人だったそうです。常陸山というしこ名で、前頭筆頭までなり、引退して出羽海運右衛門と改名して出羽海部屋をついだのだそうです。現役引退後、横綱常陸山は出羽海を襲名したそうです。写真は水戸コンベンション協会発行の水戸の城下町マップの肴町あたりです。少し文字などを加えています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水戸の素鵞神社(3)

2019-07-30 20:42:26 | 水戸

素鵞(そが)神社(大串町137)
 稲荷第一小学校裏門近くにある独立社です。とりたてのキュウリが供えられていました。

 

筑波神社(酒門町)
 並んだ境内社の中に、素鵞神社、山倉神社、大山積神社が一社になっていました。写真中央の上に幅広い板の下げてある社です。

 

天神社(吉沢町748)
 この境内社は素鵞神社、三峯神社、稲荷神社、疱瘡神社、天照神社の5社が併祠されていました。

 

飯綱神社(東赤塚2173)
 拝殿左側にある石の鞘堂の中に素鵞神社(写真右)と稲荷神社がありました。普段は扉が閉まっていて、社前の旗は稲荷神社となっていますので、いっしょに素鵞神社があるとは気がつきませんでした。これはお正月の風景です。

 

大六天(酒門町2607-1)
 ここはかつては素鵞神社といわれていたようです。

 

須賀神社(鯉淵町 石岡城里線沿い)
 素戔嗚尊(すさのおのみこと)をまつる神社は「すが」といったり「そが」といったりするそうですから、この神社も素鵞神社のお仲間のようです。牛頭天王(ごずてんのう 素戔嗚尊の本地)と、素戔嗚尊をまつっているようです。拝殿の中には立派な神輿が置かれていました。

水戸の素鵞神社(2)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水戸の蛙(3)

2019-07-29 20:39:15 | 水戸

トノサマガエル(平戸町 備前堀・涸沼川合流点近く)
 涸沼川の堤で見ました。大きなカエルだなと写真を撮ったら、すぐに見えなくなってしまいました。

 

クッキー・かえるくん(障害者支援施設・くれよん工房  元吉田町1873-8)
 ここには、かわいいお菓子がいろいろ並べられていました。

 

蛙人形(護国神社 見川1-2-1)
 今年の3月に開催されていた「懐かしの雛人形展」に飾られていました。下大野市民センターの和小物教室のみなさんが作った人形のようです。

 

動物遊具(笠原町下組第3児童公園)
 最近できた公園のようで、新しい児童遊具がたくさん並んでいました。これはその一つです。

 

蛙股(水戸八幡本殿 八幡町8-54)
 その形がカエルに似ているためにつけられた名前のようですが、蛙股にカエルそのものが彫られているものはありませんでした。これはリスとブドウが彫られています。リスとブドウは多幸・多産のシンボルだったり、「武道に律す」るということから武士の刀の鍔などに使われる模様だったそうです。ただし、「武士道うんぬん」は、水戸八幡が建てられた頃、すでに言われていかどうかは分かりません。

 

かえる様(別雷皇太神 元山町1-1-57)
 拝殿前の賽銭箱に乗っている、背中を棒でなすって音を出す福ガエルです。説明板には「一鳴雷福」と書かれています。

水戸の蛙(2)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水戸の古木(11)

2019-07-28 19:50:02 | 水戸

  樹齢は市の建てた保存樹表示に記された数字です。

 

スギ(吉田神社 下入野町1352)
 急な石段をのぼって行くとスギと共に社殿が見えてきます 。スギは社殿のまうしろにあります。樹齢は400年だそうです。

 

ヒイラギ(水戸八幡 八幡町8-54)
 樹齢は200年だそうです。境内入って左手にある休憩所裏にあります。気をつけていないと見落としてしまいそうです。ヒイラギは大木になると身を守るためにある葉のトゲがなくなってゆくことが多いそうです。

 

ケヤキ(鹿島神社 大塚町)
 いかにも古社らしい木々が繁った境内にある、樹齢200年というケヤキです。

 

クスノキ(報仏寺 河和田町887)
 かつての河和田城趾にある報仏寺には、樹齢200年というクスノキの外にも、シダレザクラ、ツバキ、タラヨウなどの古木もあります。

 

ギンモクセイ(全隈町)
 樹齢160年というギンモクセイが古民家の庭にありました。キンモクセイより花の香りが少ないようです。

水戸の古木(10)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水戸の昆虫(4)

2019-07-27 20:51:21 | 水戸

  6月から7月にかけて水戸市内で見た昆虫です。

 

アサヒナカワトンボ(熊野神社 谷田町4503)
 メタリックな緑の金色をしたイトトンボを見ました。メスのようです。

 

オオイシアブ(偕楽園公園 見川)
 毛だらけのごつい感じのアブですが、害虫を食べる益虫だそうです。人を刺すことはないそうです。

 

ダイミョウセセリ(湯殿山大明神 小吹町)
 大名の紋付き羽織姿と見たという説があるようです。羽を広げてとまるのが特徴のようです。関東型と関西型があって、関ヶ原あたりがその境界だそうです。

 

ナミアゲハ(常照寺池 酒門町4842)
 常照寺池はホタルが出たり、野草なども楽しめる場所です。このアゲハチョウはヤブガラシの蜜を吸いにきたようでした。

 

ノイエバエ(百樹園 元吉田町2618-1)
 最近こんな大きなハエを見ることがほとんどなくなってしまいました。家庭で生きる昆虫が変わってきているのでしょうか。

水戸の昆虫(3)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする