Sydney Yajima


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現地採用

2010-05-06 19:35:39 | Weblog
日本人の英語のできないことは、今に始まったことではないが、問題は、出来ない人間が出来る人間に対して ひがむことである。
ひがんで、いじめる。
そして英語の出来る人間を海外駐留させるのはまだいいほうで、もっとひどいのは、英語の出来ない人間が駐留して、英語の出来る日本人を現地採用して、その出来る人間にいばりまくる。「俺は本社から来た」というだけである。

現地採用の人間はだいたい一匹狼なので、弱い立場だ。

現地採用が、実際はほとんどを動かしていたりするのだが、しかし、見返りを与えられることは少ない。

給料は本社から来た駐在よりもずっと安く激務につく。

本社から来た駐在は、本社のお偉いさんのほうを向いていればよく、男芸者をする。

こんな形で、世界中の商社は動いている

英語の勉強

2010-05-06 17:30:26 | Weblog
英語は話せないより 話せたほうがいい。
果たしてそうだろうか?

英語を話すことは、英國の植民地であることを意味する。

インド、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、みんなもともとイギリスの植民地だった。

イギリスは19世紀、まったく ロクなことをしてこなかった。
世界中に植民地を作り、奴隷貿易をし、そして中国ではアヘンを売り、戦争を仕掛けて、中東をズタズタにして、世界中の富を集めた。
今のイギリスがあるのは、そのときに集めた富があるからだ。
そして、徹底的に人種差別をして、それを正当化しつづけ、ありとあらゆる国に、英語を話せと強要した。

世界は英語を学び、英語は公用語となり、公用語でビジネスが行われ、そして、英語を話せないものは、人間ではないという風潮まで作った。

20世紀はアメリカが仕切り、英語がややなまって米語になり、日本人は、英語、米語を勉強したが、どちらもうまくいかなかった。
 
日本人が未来において、例えば、母国語のように、英語を話せるようになることは無いだろうと思う。なぜなら、日本人は植民地になった経験がないからだ。

それは、それでいい。

だが、片言でも、英語を話せるようになるならば、うまく話そうとしてはいけない。どう話すかということよりも、大切なことは、何を話すかということだ。

英語は、ツールとして、問題は中身だ。

英語のうまい日本人はたくさんいるけれど、きちんと、ディベートできる日本人は少ない。
これは、実に大事な見落としで、日本の教育はここをもっと、考えるべきだ。

ちなみに、うちの息子も娘も、英語は母国語のように話し、しかも、私という父を、きっちりとやりこめる術を学校で習ってくる。悲しいかな、日本で教育を受けた私は、いつも、負ける。13歳の息子の中国語の先生は、ユダヤ人で、そのユダヤ人は、日本語、英語、中国語、フランス語、イタリア語を自由に操る。そして、それにプラスアルファを教えるので、息子はだんだん、賢くなる。

どうも、我が家で父親である私の形成は悪いようだ。
もっとも大きな問題は、私が彼らを愛しているということで、どう考えても勝ち目はなさそうだ。