フォークフェスティバルでスキー場に行ってから、花粉症が始まってしまった (;一_一)
目がかゆいのと、のどがいがらっぽい
身体も、猛暑時には耐えて元気だったけれど
残暑には耐える体力は残っていなかったようで
ここ2,3日、グダグダと過ごしている
体力、気力共に、 な身体に喝と活を入れるべく
久しぶりに半身浴なぞをし出しました
ぬるめのお風呂に ↑ いろんなものを持ち込んで
縫い物をする元気は無し、さりとて何もしないで寝ころんでばかりいても返って鬱々としてくる
そこで、こんな時でないとじっくり本を読む余裕もない私ですので
半身浴は読書タイムと決め込んで
↓ この本を
昭和49年 芥川賞を受賞した 「月山・鳥海山」
昔にこの本を読んで、いつか月山に登りたくなった思い出が・・・・
本の中身がどんなだったのかは全く覚えていなかったのですが
今、この本を読みたくなったのには訳があります
来月、いつもの山仲間から、鳥海山登山のお誘いを受けました
自分一人では絶対に登ることはないだろう山 理由は遠いから
こんな時のお誘いを断ったら一生登らないで終わって仕舞うだろと、即、参加!の返事を
ところでどこの山だっけ?難易度は?かかる時間は?とネット検索しているうちに
この、森敦さんの「月山・鳥海山」が検索で引っかかって出て来たのです
そして更に検索していくと・・・・森敦 生誕100年祭
更にの検索で、新井満さんの「組曲 月山」の音源も ← YouTube が見られる人はポチッとどうそ
地方の言葉で書かれていて、意味の解らない方言も多く、また芥川賞作品ですし
死生観が描かれている作品でもあり、中々に難しいです
上手く格好よく説明をと思い、解説を読んでみましたが
この解説もまた難しくて・・・・・・どちらにしても
病み上がりのようなkikiの頭では説明が上手くつきません
つきませんが・・・・私は何故かこの本に惹かれます
>器の中のカメムシが器の壁を這い上がろうとして転び落ち、また登ろうとして・・・・
そして、どうやってか縁にたどり着いたカメムシが、おもむろに羽を広げて飛び去って行く
ああして飛べるなら、何も縁まで這い上がることはないと物語の中の”わたし”は笑うのだが
たとえ這い上がっても、飛び立って行く所がないために、這い上がろうともしない自分を思って空恐ろしくなる・・・
>「だども山はこれからが容易でねえんだて、こうして子を背負う、孫を背負うと思えばこそ、何でもねえんども、荷なしだばとても登れるもんではねだて」「お前さまも、わぁの目で見たものをガッチリ背負うてもどるんだば・・・」
稼いでせえいればどげだ寒さにも凍えねえ!歩いてせえいればどげだ吹きにも倒れねえ!重い一足一足に、じさまのそう言った言葉を繰り返していると・・・・・・・じさまもわたしと同じ苦しみに耐えているのだ・・・・
文章の中で今の自分に引っかかって来る言葉がたくさんあります
どの文章も、みな私に何かを伝えようとし・・・
何かを読み取れよと言っている・・・よ・う・な・・・・・
今、月山を読み終えたところで、鳥海山はこれから 登山までにどうにか読み終わりたい
そして、いつかまた、この本をじっくりゆっくり、もう一度読み返したいとも思っています