釣り場の桜 満開 去年より1週間早い・・・右下がお気に入りのポイントです
今日の昼食介助記録
昨日と打って変わって春爛漫の言葉が ぴったりのポカポカ陽気。
施設への通い道 草・木が一気に眠りから覚めたようだ。
さくらは満開 点在する民家の庭先には どこも黄色の水仙が帯を造っています。
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3月22日のてんかん発作が落ち着き 3日前は時間はかかったがほぼ完食。
今日は以前のように食欲は戻ったと期待して食介を始めると ひと口 ふたくちで拒絶してしまった。
間をおいても口を開けない・・・
妻の今の状態はアルツハイマー病は別にして老衰が著しく進んだ段階だと認識して考えます。
口を開けないのは老衰で食欲がないのかと思った時、職員さんが、
「朝食は完食しました。便通があったので疲れたせいだと思う」と言われた。
前も同じことがあったのでひとまず安心。
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意思の疎通が図れない。目は瞑ったまゝ。声は発しない。
ただスプーンで口に入れてもらって食べるだけ。
本人は生きる目的を持っているのだろうか?と、要らぬ思いが浮かんできた。
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その思いとは、
妻が意思の疎通が出来なくなった時から「どんな形でも良いから生きていて欲しい」と、願ったことに、
妻の活きているすべての機能を使っているので、他に機能は働かないのだ?!・・・邪念がうかんだ・・・。
「十分頑張ったからもういいよ。ありがとう」・・・と、伝えたい。
ばかばかしいことだが思ったことを記してみた。
考えても仕方がないことが次々と浮かんできてしまうのです。
「いつまでも生きていて欲しい」と願うのは、私の勝手な願いで、妻は「これ以上生きていたくない」と、訴えているのかも。
対処できない難題です。
ビゴ様のコメントから妻の立場は? と、気付かされました。
最近になり、今まで思ったこともない葬儀のことが毎日のように頭に浮かんできてしまうのです。
深く考えないようにします。まだまだ頑張れます。
「もういいよね?たくさん頑張ったよね。もう疲れたよね?」なんてことを語りかけました。
そう言いたくなるような母の姿でした。
きっともう疲れてる、こんな形で生きていたくないと思うに違いないと……。でも、生きていてほしかった。一日でも長く生きてほしかった。
でも、見ているのが辛かった……病院に通うのが重荷だった……
相反する思いを抱えていました。
果たして本人は何をどう感じているのか?
何も感じていないのか?
なにが正しいのか、何をどう受け止めればいいのか、永遠の謎です。
mitu様のあたたかいコメントにいつも元気を貰っています。
有難うございます。
現在の妻は、どう見てもほんとうに何も分かってないと認めるしかないですが、よく言われる「呆けても心は生きている」という言葉、今の妻には全く窺うことは出来ません。
しかし、「魂」だけは不滅だと思うと納得できます。
「呆けても魂だけは不滅です」この言葉に納得できる段階に入りました。
配偶者介護には終わりはないと思っています。
自分の健康が気になります。
まだまだ頑張れます!!
今までのへらぶな様の頑張り奥様よーく解っていられますよ奥様は、もう少しもう少しとへらぶな様の尋ねてこられるのを待っているのだと思います。私だったらそうかなと思いました。私も義父、義母、父、母、もういいよ、ご苦労様と見送りましたが、自分の連れ合いと成るとどうでしょうか。
私はもし主人と別れるときまで、自分がどれだけ健康で居られるかが心配にも成ります、16年主人を介護していて、顔の艶が私よりいいし食欲もある主人を見て
うーんとうなざる負えません、此処だけの話【笑い】