故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

2019-11-12 05:27:37 | よもやま話

絵のタイトルは、「すてき」です。
この方は、人妻です。
もしや恋をしたとて、一瞬のこと。


今日のタイトルは、「業」です。
業とは、
仏語。人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。
前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「業が深い」「業をさらす」「業を滅する」
理性によって制御できない心の働き。
(goo国語辞典より)

夢をみた。
優秀で美麗な女性から、プロポーズされた。
私には、付き合っている女性がいた。
心が揺れ動くのである。
友人たちからは、「それは、なかろう」と注意を受ける。
こんな夢を、まだみるのである。

他人の悪口を言う。さも、自分は偉いかのように脚色をして。
酒を飲んで、失態を犯す。
楽をしようと博打をする。ビギナーズラックで勝たせてもらったと言うのに。
私には、醜い部分がたくさんある。
色恋は、その究極の世界である。

根は悪い人ではないのだけど、皆から要注意人物のレッテルを貼られる。
総じて、吝嗇家である。
倹約は悪くはない。しかし、いつも「ごち」とはいくまいね。
酒を飲んだら、馬鹿話(助べえな話も含む)をする。
品があるエッチな話は笑えるが、そのものの話は敬遠される。

誰もが、「理性によって制御できない心の働き」に苦しむ。
予習と準備をしっかりやって、授業に臨む新米教師はなぜか子供の心はつかめない。
授業の時、口から出てくる言葉は空虚であり、臨場感がない。
悩んだ末に、素のまま感じたことを話した。子どもたちは耳を傾ける。
予習と準備は、理性的には正しかった。
子供の心の動きは、予想だにしないことばかりである。
経験不足のためか、新米教師の理性の範疇を越えた子供の傍若無人と映る。
待てよ、子どもは何故学ぶか、この新米教師は考えたことがあっただろうか。
新米教師は、なぜ教職を選んだか、あの熱量を忘れてはいないか。

すべてのことが、シミュレーション通りとはいかない。
人の理性なんて、高が知れたこと。
感情に、楽な方に流される。世の常である。
流されるのはなぜか。流された末に、楽しかったかと自問する。
気づくことができるのである。
「美人は3日で飽きて、ぶすは3日で慣れる」と。
産まれた姿で生き抜くことなんてできない。
それこそ、前世の善悪を継承しているようなもの。

私達は、どんな時でも生まれ変われるのである。
気づくのが遅くても早くても、業と付き合い始めた時から幸せに近づけるのです。
そして、また新たな業にぶつかるのです。
そんな練習を繰り返して生きてきました。

恋焦がれ 敗れて出会う 女神かな

2019年11月12日
コメント
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