
絵のタイトルは、「すてき」です。
この方は、人妻です。
もしや恋をしたとて、一瞬のこと。
今日のタイトルは、「業」です。
業とは、
仏語。人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。
前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「業が深い」「業をさらす」「業を滅する」
理性によって制御できない心の働き。
(goo国語辞典より)
夢をみた。
優秀で美麗な女性から、プロポーズされた。
私には、付き合っている女性がいた。
心が揺れ動くのである。
友人たちからは、「それは、なかろう」と注意を受ける。
こんな夢を、まだみるのである。
他人の悪口を言う。さも、自分は偉いかのように脚色をして。
酒を飲んで、失態を犯す。
楽をしようと博打をする。ビギナーズラックで勝たせてもらったと言うのに。
私には、醜い部分がたくさんある。
色恋は、その究極の世界である。
根は悪い人ではないのだけど、皆から要注意人物のレッテルを貼られる。
総じて、吝嗇家である。
倹約は悪くはない。しかし、いつも「ごち」とはいくまいね。
酒を飲んだら、馬鹿話(助べえな話も含む)をする。
品があるエッチな話は笑えるが、そのものの話は敬遠される。
誰もが、「理性によって制御できない心の働き」に苦しむ。
予習と準備をしっかりやって、授業に臨む新米教師はなぜか子供の心はつかめない。
授業の時、口から出てくる言葉は空虚であり、臨場感がない。
悩んだ末に、素のまま感じたことを話した。子どもたちは耳を傾ける。
予習と準備は、理性的には正しかった。
子供の心の動きは、予想だにしないことばかりである。
経験不足のためか、新米教師の理性の範疇を越えた子供の傍若無人と映る。
待てよ、子どもは何故学ぶか、この新米教師は考えたことがあっただろうか。
新米教師は、なぜ教職を選んだか、あの熱量を忘れてはいないか。
すべてのことが、シミュレーション通りとはいかない。
人の理性なんて、高が知れたこと。
感情に、楽な方に流される。世の常である。
流されるのはなぜか。流された末に、楽しかったかと自問する。
気づくことができるのである。
「美人は3日で飽きて、ぶすは3日で慣れる」と。
産まれた姿で生き抜くことなんてできない。
それこそ、前世の善悪を継承しているようなもの。
私達は、どんな時でも生まれ変われるのである。
気づくのが遅くても早くても、業と付き合い始めた時から幸せに近づけるのです。
そして、また新たな業にぶつかるのです。
そんな練習を繰り返して生きてきました。
恋焦がれ 敗れて出会う 女神かな
2019年11月12日