故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

秒針の音

2024-01-29 11:49:42 | よもやま話

絵のタイトルは、「昭島夕暮れ」です。
にぎにぎしいに違いない駅の風景です。
この絵を選んだのは、寂しいから無音だったに違いないという理由からです。
あなたは、何かのおとが常に聞こえていますか。
そして、気づいていますか。


図書館で借りた本を返す期日が来ました。
姜尚中(かんさんじゅ)さんの「希望と絆」(いま、日本を問う)を読んでいます。
「秒針の音」(今日のタイトル)が、耳に付きます。
久しぶりに聞いたような気がします。

毎日、「何かをしなきゃ」と追われる気持ちがあります。
何かに夢中になると、秒針の音は気にならなくなります。
夢中になることも少ない暮らしです。
それなのに、秒針の音を聞き逃していました。

何を気にして暮らしていたのでしょう。
日々やるルーチンワークのことでしょうか。
出来てない野良仕事のことでしょうか。
妻のリクエストや小言が耳を塞いでいたのでしょうか。
釣りなど、やりたいと思うことに、気がとられていたのでしょうか。
ニュートラルではない、何かが追い立てていたのではないかと気づきました。

また、秒針の音が聞こえなくなりました。
耳を澄ますと、聞こえてきます。
鳥の声、車が通る音以外無音です。
島で初めての夜、無音の世界に不気味さを感じました。
いつしか慣れて、秒針の音を聞き逃すようになっていました。
よいことなのか、恥ずべきことなのかわかりません。

時計を眺めていました。
秒針が1-7まで動く間は音を出します。
それ以外の時は、無音です。
錯覚ではありませんでした。
どんなに集中しても、1-7の間でも秒針の音が聞こえなくなります。
不思議です。
何なんでしょう。

秒針の音の不思議を、普段の暮らしの中に落とし込むことが馬鹿々々しくなりました。
音は、人々の心に届いたり届かなかったりするのです。
それでいいじゃない。
また、本を読むことにしました。

2024年1月29日
コメント
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